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2021.01.29 安全保障

インド太平洋調整官カート・キャンベル、アジア戦略のキーマンとなるか

將司 覚

2021年1月23日、戦略国際問題研究センター(CSIS:Center for Strategic and International Studies)上級副所長のマイケル・グリーン氏が、フォーリン・ポリシー誌に「バイデン、アジアで初の大胆な動きを見せる。カート・キャンベル氏をバイデンのアジア担当の右腕に任命したことで、次期政権の中国対策政策はさらに加速するだろう」という論文を発表した。論文では、「バイデン政権の国家安全保障チームは中東と大西洋横断関係に焦点を当てているように見える。そして、オバマ政権が中国に甘かったため、バイデン政権も中国との戦略的競争に対し意欲が低いとの声が高まっていた。しかし、政権移行チームにキャンベル氏を『インド太平洋調整官』として任命したことによりその印象を覆した」とキャンベル氏の任命を高く評価し、その活躍に期待を寄せている。

2021年1月12日、キャンベル氏はフォーリン・アフェアーズ誌に「アメリカはいかにしてアジアの秩序を強化できるか。バランスと正統性を取り戻すための戦略」と題する論文を発表した。キャンベル氏は、クリントン政権で国防次官補、オバマ政権では国務次官補を務め、いずれもアジア太平洋地域を担当し、多くの輝かしい実績を残している。キャンベル氏は「今日のインド太平洋戦略には、ヨーロッパの歴史のエピソードから得られた3つの教訓を取り入れることが有益だと主張している。すなわち『パワーバランスの必要性』、『地域の国々が正統であると認識する秩序の必要性』及び中国の挑戦に対処するための『同盟国とのパートナーの連合の必要性』である」と述べている。

この3つの教訓の具体的な主張は、次のとおりである。バランスの必要性については、「中国の物質的な力の増大は、この地域の微妙なバランスを不安定にし、領土的冒険心を強化している。中国のこの行動を放置してはならない。米国は、中国を抑止するために空母の運用を変更し、長距離巡航ミサイル、弾道ミサイル、無人空母をベースにした攻撃機など比較的安価で非対称な攻撃能力に投資する必要がある。そして、米国は前方展開拠点を維持する必要はあるが、少数の脆弱な施設への依存度を減らすため、米軍を東南アジアとインド洋に分散する必要がある」と戦力構成の変更と前方展開拠点の分散について提唱している。

正統であると認識する秩序の必要性については、「アジアでは軍事的・物質的バランスだけでは、地域の秩序を維持することはできない。国際システムの安定性はキッシンジャーが言うように『一般的に認められた正統性』に依存すると言われている。中国の行動が、米国やアジアのインド太平洋秩序のビジョンと衝突することは避けられない。これに対応するため米国は他の国と協力して体制を強化しなければならない。中国が秩序を脅かす行動をとった場合の罰則規定を設計し、中国を抑制するため、国際システムのバランスと正統性を維持するため同盟国とパートナーの双方からの強力な連携と、中国からの譲歩と受容が必要となる」としている。この点は、やや弱腰に映るかもしれない。

同盟国とパートナーの連合の必要性については、「『同盟と協力する』という考えはほとんど決まり文句のようなものだ。米国は柔軟かつ革新的にパートナーシップを構築していく必要がある。英国が提唱したD-10(G7に豪州、インド、韓国を加えたもの)やクアッド拡大による軍事的抑止力などに焦点を当てることも考えられる。これらの連合の目的は、ある場合にはバランスを取り、ある場合には地域秩序の重要な点についてのコンセンサスを強化し、中国の現在の路線にはリスクがあるというメッセージを送ることである。しかし、この課題は、近年の米国の国家運営の歴史の中で最も困難なものの一つになるだろう」と、同盟国との協力の重要性と中国への対応の困難性を強調している。

シンガポールのキショール・マブバニ元国連大使は、「オバマ政権の対中政策が60%の協力と40%の競争、トランプ政権のそれが10%の協力と90%の競争だったとしたら、バイデン政権は40%の協力と60%の競争となるだろう。ただし、単独ではなくアジアとの協力が必要だ」とロイターに語った。キャンベル氏も「サプライチェーンを中国から切り離すことは困難で、管理されたデカップリングを追求するだろう」と述べており、トランプ政権ほどの競争ではなく、オバマ政権ほどの協力でもないレベルの対中政策になりそうである。ただ、中国の経済力・軍事力はキャンベル氏が活躍した8年前とは大きく異なり、また、「インド太平洋調整官」というポストにどの程度の権限が付与されるか不明である。バイデン政権においてキャンベル氏がキーマンとしてどれほど活躍するのか目が離せない。

サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。

写真:ロイター/アフロ

將司 覚

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年からサンタフェ総合研究所上席研究員。2021年から現職。

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