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2023.07.25 経済金融

「後出し」で暗号資産業界と全面対決の米SEC、業界萎縮につながるか

大崎 貞和

 2023年6月6日、米国の証券市場監督・規制機関であるSEC(証券取引委員会)は、大手暗号資産交換業者コインベースが無登録の証券取引所を運営しているとして違法行為の差し止めや民事制裁金の支払いを求める訴訟を提起した。SECは同日、同じく大手暗号資産交換業者バイナンスについても、顧客資産の適正な管理がなされていないなどとして、裁判所に資産の凍結などを申し立てた。

 2022年11月の暗号資産交換業大手FTXの経営破綻以後、SECは暗号資産業界への締め付けを強めていたが、業界を代表するトップクラスの企業2社が違法行為を行ったとして提訴の対象になったことは、関係者に大きな衝撃を与えた。

暗号資産規制で後手に回った米当局

 2009年にビットコインの最初のブロック(データのかたまり)が形成されてから14年余り。ブロックチェーンなどの分散型台帳技術を用いて組成・移転されるデジタル資産は多様化し、世界中で活発に取引されている。この間、各国の政府、中央銀行、金融資本市場規制当局は、この新しい資産を自国の法体系上どのように位置付けるか模索を続けてきた。

 極端な政策を打ち出したのは中国である。中国は、一時はビットコインのマイニング(暗号資産の新規発行と取引認証の際に行われる計算作業)で世界の5割を占めると言われたほどだった。だが、中国政府は2021年9月、暗号資産に係る経済活動がマネーロンダリングを助長するなどとして、マイニングや暗号資産関連の取引を全面的に禁止した。

 これに対して日本では、2016年の資金決済法改正で暗号資産(19年の法改正以前は「仮想通貨」)を明確に定義した上で資金決済手段の一つと位置付け、暗号資産を円やドルといった通貨と交換する、いわゆる「取引所」に対して暗号資産交換業者としての登録を義務付ける政策がとられた。

 明治維新以来、欧米先進国へのキャッチアップが国家的課題となってきた日本では、新たな社会現象を巡る法整備は往々にして諸外国の立法を参考にしながら後追い的に行われる。ところが、暗号資産規制を巡る法整備は、世界各国を先取りする画期的なものとなった。その背景には、2014年2月、東京都渋谷区に所在した当時世界最大級のビットコイン取引所マウントゴックスが、サイバー攻撃で顧客資産の大半を失い破綻に陥るという事件があった。日本の行政当局は、そのような機関が国内に存在することすら十分認識していなかっただけに事態に困惑し、早急な規制整備が必要だと考えたのである。

 一方、ITと金融の先進国である米国当局の動きは後手に回った。ビットコインやイーサリアム(通貨コード「イーサ」)との交換で組成される新たなトークン(デジタル権利証)を資金調達手段として用いるICO(initial coin offering)が大きな広がりを見せた2017年7月、ようやくSECは、ICOで組成されるトークンの多くはSECによる規制・監督に服すべき「証券」であるとの見解を明らかにしたのである。

SECを強硬姿勢に変えた詐欺的行為

 このSECの見解は、1946年に連邦最高裁判所が下した「ハウイ事件判決」で示された「証券」の定義(ハウイ基準と呼ばれる)という古い先例に基づく。同判決では、(1)資金の拠出が行われ、(2)拠出資金で共同の事業が営まれ、(3)事業による収益獲得が期待され、(4)収益獲得が資金拠出者自身ではなくもっぱら他人の努力によって実現する――という四つの要件が満たされる場合、そこでは「投資契約」と呼ばれる証券の売り付けが行われているとの考え方が示された。ハウイ事件で問題となったのは果樹園の売買契約だったが、SECは、近年のトークン組成が、多くの場合、ハウイ基準に照らして証券の募集に当たると指摘したのである。

 もともとSECは、ビットコインのような「仮想通貨」は通貨に近い「商品」だとの観点に立ち、「仮想通貨」の先物やオプションといった派生商品(デリバティブ)の取引は商品先物市場の規制監督機関であるCFTC(商品先物取引委員会)の所管に属するという考え方をとっていたようである。

 そのSECがトークンに係る規制に乗り出したのは、ICOが事業活動のための資金調達をうたって行われ、なかには投資家に虚偽の事実を伝えているとしか思えない詐欺的な事案も多かったためだ。2017年以降SECは、ハウイ基準を適用しながら、多くの詐欺的なトークン組成をSECの登録を受けない違法な証券募集だとして差し止めを申し立てたり、民事制裁金の支払いを求めたりした。

写真:AP/アフロ

 これに対して、新たな暗号資産を利用することで独自のエコシステム(経済圏)を作り上げるとうたう事業者は、自分たちが組成するトークンはそのエコシステムの下でだけ利用される「ユーティリティ・トークン」であり、一般的な決済手段となる「仮想通貨」とは別物だといった主張を展開した。いわば、トークンは企業が独自に発行するポイントのようなもので、自社経済圏以外では通用しないものだから規制の対象外だ、と訴えたわけだ。

 だがSECは、そうしたトークンについても、少なからぬケースが無登録の証券募集に当たるとして摘発を続けた。そして2020年12月には、当時、ビットコインとイーサに次ぐ時価総額規模を有していた暗号資産リップル(通貨コード「XRP」)の組成も、違法な証券募集だったとする訴訟の提起に至った。

 SECが強硬姿勢を維持するなか、暗号資産業界では、独自のトークンがSECによって証券と見なされても深刻な問題が生じないよう、SEC登録の免除規定に着目してトークンの「私募」を行う例も増加した。米国の証券規制では、一定の要件を満たす個人を含む幅広い投資家への証券販売は、SEC登録の不要な「私募」とされるので、当面のトークン発行を無登録募集だとして差し止められる事態は回避できると考えたのである。

「顧客保護」の下、広がる規制の網

 SECによる規制の網は、トークン発行企業だけなく、暗号資産交換業者へも広げられた。ある暗号資産が「証券」であれば、その暗号資産を「上場」してビットコインなど他の暗号資産や米ドルなどの通貨と交換する暗号資産交換業者は、SECへの登録なしに「証券取引所」を開設していると見なされる可能性がある。

 もっともSECは、「あらゆる暗号資産が証券だ」とは言っていない。ビットコインについては、SECはこれまで一度も証券だと主張したことはない。ビットコインには明確な発行者が存在せず、決済手段である通貨に近いからである。新たなトークン組成に活用されるイーサについても、SEC幹部は2018年に行われた講演で、「少なくとも現在のイーサは証券ではない」と明言した。従って、暗号資産交換業者が無登録の取引所とされるかどうかは、取引対象とする暗号資産の顔ぶれ次第ということになる。

 また、暗号資産交換業者が証券だとされる暗号資産を取り扱ったとしても、換金に応じるだけであれば取引所とまでは言えないかもしれない。非上場の株式を誰かから買い取ってもそれだけで違法ではないのと同じことともいえる。投資家間の売買を仲介すれば、無登録の証券ブローカーと見なされる可能性もあるが、取引所を無登録で営んだとまで言えるかどうかは、それほど単純ではない。

 実際、この問題を巡るSECの姿勢は、最近までかなり慎重であった。暗号資産交換業者をターゲットとする初の摘発事案は、暗号資産取引所「イーサデルタ」に対する提訴(2018年11月)である。これはイーサデルタが一般の取引所のような中央集権型の仕組みではなく、「分散型」の仕組みをとって運営者を介さずにユーザー同士での取引を可能にしていたことが影響したように思われる。

 その後SECは、2023年2月には大手暗号資産交換業者「クラーケン」による暗号資産ステーキング・プログラム(暗号資産交換業者がマイニングを行い、報酬として受け取った暗号資産を投資家から預かった暗号資産に付加するサービス)を違法な証券募集だとして停止させた。次いで、冒頭述べたようにコインベース、バイナンスという業界大手を相手取った訴訟提起に及んだ。

 この背景には、FTXの破綻が暗号資産業界に及ぼした波紋の大きさや、同社が行っていたとされる数々の不正行為の悪質性に危機感を募らせた事情があろう。現在進行中の訴訟の帰趨は予断を許さないが、顧客保護という大義の下、「SECが暗号資産業界に全面戦争を仕掛けた」といった一部の見方はそれほど間違っていない。

後出し規制を巡って米国は分断

 暗号資産を巡るSECの姿勢に対しては、本来あるべき「ルールによる規制」ではなく、予測可能性を損なう「エンフォースメント(法執行)による規制」だとする関係者の不満と批判も強まっている。

 実はSEC自体、決して一枚岩ではない。バイデン大統領による指名を受けて2021年に就任したゲンスラー委員長を含む5人の委員のうち、2人は野党共和党所属である。とりわけ2人のうちへスター・ピアース委員は暗号資産(クリプト)業界から「クリプトの母(CryptoMom)」と呼ばれて頼りにされており、暗号資産規制を巡るいくつもの重要な決定で規制強化の反対票を投じ、SEC内の多数意見を批判する声明を公表してきた。

 政界からもSECの手法に対しては批判の声が出ており、議会による立法で暗号資産規制の明確化を図るべきとの意見も力を増している。

 なお、前述の暗号資産XRPを巡るSEC対リップルの訴訟では、2023年7月13日、「XRPは証券ではない」とするリップル側の主張を部分的に認める裁判所の決定が下された。この決定の及ぶ射程は不透明で、SECがハウイ基準を援用する「エンフォースメントによる規制」を直ちに控えることになるとも思えないが、米国の暗号資産を巡る規制は混迷の度を深めている。

日米のルール形成の違いが鮮明に

 翻って日本の暗号資産規制の状況を見ると、資金決済法や金融商品取引法の改正でステーブルコインなども含む暗号資産の法的位置付けが明確化されたことに加え、暗号資産交換業者による顧客資産の分別管理が義務付けられたことなどで、業界を取り巻く制度環境は今のところ平穏に見える。民間事業者が法令で明確に許されていること以外は禁じられていると考え、「官民一体で制度の整備を進める」という日本型のルール形成のパターンが功を奏したともいえよう。

 米国型のルール形成のパターンは、基本的にイノベーションを優先し、民間事業者は法令で明確に禁じられていないことは許されると考え、行政による規制は後追いとなりがちである。現在の暗号資産規制を巡る混迷は、そうした米国型の弱点を露わにしたものともいえる。

 とはいえ、暗号資産を巡るテクノロジーやビジネスモデルは日進月歩。制度整備を待っていたのではビジネスチャンスを失うリスクも大きい。米国での規制強化の動きが何らかの形で日本の規制にはね返り、無用の規制強化と業界の委縮につながる懸念も排除できない。日本型の制度環境で暗号資産の可能性を最大限に生かせるのかどうかは、今後の課題だろう。

写真:AP/アフロ

地経学の視点

 「ルール後追いの米国」と「ルール先行の日本」という構図は、イノベーションと規制のバランスにおいてどちらを優先するかという両国の文化の差を表していると言える。

 米テック大手、メタ(旧フェイスブック)CEOのマーク・ザッカーバーグは、Done is better than perfect(完璧であることより、まず終わらせることが重要だ)という言葉を好むと言われている。民間が生む新技術やアイディアを歓迎し、その発展を後押しする意味でも規制は最小限にすべし、というのが米国の発想なのだろう。

 一方で、暗号資産が生まれた背景には、取引において特定の管理者を置かないブロックチェーン技術を基軸とした「分散型=脱中央集権」の思想がある。野放図にこれを認めれば、国家の主権が脅かされかねない。SECの規制強化の理由は、表向きは「顧客保護」だが、イノベーションの伸展によって今後、個人と国家の関係をどのように位置付けるか、その模索と混乱が今回の「ルールの後出し」に現れているのではないだろうか。(編集部)

大崎 貞和

野村総合研究所 主席研究員
1986年東京大学法学部卒、野村総合研究所入社。ロンドン大学法学大学院、エディンバラ大学ヨーロッパ研究所にて法学修士号取得。東京大学客員教授。