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2024.05.13 経済金融

「一時電池切れ」の欧州EVシフト、三兎を追ったEUの自縄自縛

土田 陽介

 2023年のEU(欧州連合)27カ国の乗用車登録台数は1054万7716台と、前年から13.9%増加した。新車市場の回復をけん引したのはEV(電気自動車)であり、その登録台数は前年比37.0%増となる153万8621台だった(図1)。加えてハイブリッド車(HV)も好調で、登録台数は前年比29.5%増となる271万6963台になった。

 ガソリン車も同10.6%増となる372万4646台と堅調となった一方で、ディーゼル車は同5.8%減の143万3368台と低迷。モーターに加えエンジンによる動力も持ち合わせるプラグインハイブリッド車(PHV)も同7.0%減の81万3480台にとどまった。こうして見ると、EUが重視するEVの新車市場の規模はすでにディーゼル車を抜いており、相応に拡大したことになる。

【図1】EU27カ国の新車登録台数(動力源別)

EV市場は新車の15%程度で頭打ち

 一方で、足元の動きを確認すると、また別の絵姿が見えてくる(図2)。つまり2023年の夏場頃から、それまで新車登録台数の25%前後だったHVの比率が上昇に転じ、24年2月には30%弱にまで達した。対して、一時は20%に迫る勢いだったEVの比率は、24年2月時点で12%程度まで低下している。

 つまり、構成比率の動きは、EUにおいてEVの普及が進んだ一方で、その拡大が頭打ちとなっている可能性を強く示唆する。実際、EVの需要はかなり落ちているようだ。その最大の理由は、各国でEVの購入補助金が削減されていることにある。購入補助金が削減されている背景には、EUで財政再建の流れが強まっていることがある。

【図2】EU27カ国の新車登録台数の動力源別構成比率

 2023年の年末にかけてEVのシェアは一時的な上昇を見せているが、これもまた欧州でEVの購入補助金が年明けに削減されることを見越し、各国で駆け込み需要が生じた結果だ。とはいえ、特にフランスで顕著だったが、この時に売れたEVの多くが中国製の廉価なEVであったことも、EUのEVシフトが持つ問題点を浮き彫りにする。

 要するに、そもそもEVは、欧州のカーユーザーにとって、高過ぎるのである。いわゆる「アーリーアダプター(新しい商品やサービスを早期に受け入れる消費者)」への普及も一服してしまった段階で、購入補助金が削減されれば、欧州でEVの市場規模が順調に拡大していく展望は描きにくい。新車市場の15%程度で、欧州のEVの普及にはキャップがかかったと判断してよいのではないだろうか。

廉価な中国製EVに疑いの目

 消費者に対する購入補助金は削減する一方、EUは、車載用バッテリーの大量生産を後押しすることを通じて、EVの価格を引き下げようとしている。つまりEUは、各国政府に対して、域内企業への補助金の給付を奨励し、バッテリーのメガファクトリー(大規模生産施設)の建設を促している。こうしたメガファクトリーによる電池の大量生産を促すことで、EUは、EVの車両価格を低下させることを目論んでいる。

 他方で、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)のように、需要の弱さを理由にメガファクトリーの建設を見直す動きもある。需要を見据えながら供給を増やそうとするのは企業の経営においては当たり前の判断だが、反してEUは、供給を増やせば需要が付いてくると言わんばかりの楽観的な姿勢であり、官民の温度差は大きい。

 本当にEVの価格を引き下げたいのなら、EUは「中国製の廉価なEV(以下、「中国製EV」)を市場に受け入れ、域内のメーカーとの間で競争をさせるべきである。比亜迪股份有限公司(BYD)に代表される中国系EVメーカーは廉価なEVで圧倒的な強みを持っており、EVシフトを進める上でも無視しえないプレーヤーだ。

 しかしEUは、そうした手段を取ろうとしない。むしろ中国製EVは、中国のメーカーが中国政府から不当な額の補助金を受けて生産されているものだ」と主張し、調査すると宣言している。仮にEUの主張が裏付けられ、EUが中国製EVに対して多額の輸入関税を課すような事態になった場合、政治問題化は避けられない。

中国への期待は外れ、依存に苦しむ結果に

 EUの誤算の一つは中国製EVの台頭だが、ここでEUの対中政策の変遷を振り返りたい。2010年代前半、欧州では、ギリシャの多額の財政赤字隠しが発覚したことを契機に債務危機が起きた。EUは、経済成長著しい中国のマネーに期待し、EU域内への積極的な投融資を呼びかけた。

 しかし、中国マネーの呼び込みは、EUが期待したほど奏功しなかった。技術流出への懸念に加え、欧中で理念の対立が生じたからだ。2010年代の後半になると、香港における民主化勢力への弾圧や新疆ウイグル自治区での強制労働といった人権問題への懸念などから、好意的な姿勢を一転、硬化させるに至った。

 環境対応だけでなく、ビジネスにおける人権保護強化といった高い理想を掲げながら産業戦略を推し進めるEUにとって、中国の強権的な姿勢は容認できるものではない。他方で中国はその間、政府の戦略的な投資と欧州などからの技術移転を追い風に、EV産業が飛躍的な発展を遂げた。

 中国製EVを受け入れることは、中国系EVメーカー、ひいては強権的な姿勢を堅持する中国経済を利することにつながる。利するべきは域内の自動車産業であり、域内経済でなければならないEUにとって、こうした展開は受け入れがたい。故にEUは、可能な限り中国製EVがEU市場に大量に流入することがないように努めるのである。

 EUが車載用バッテリーの再利用やレアアースに代表されるEV原材料の自主鉱山の開発を志向しているのも、バッテリーや原材料の生産に中国企業が強みを持つからに他ならない。とりわけ、黒鉛などバッテリーの生産に必要な原材料は、そのかなりの部分が中国で生産されている。対中姿勢を硬化させたEUにとって、中国依存度の引き下げは喫緊の課題となる。

「三兎」を追い、自縄自縛に

 いずれにせよ、EUは市場での競争よりも、補助金で域内でのバッテリーの生産コストを政策的に引き下げることで、EVの普及を目指す方針を堅持している。だがこうした方針は、EUがそもそも重視してきたはずの自由競争、自由貿易の原則に反するものである。いわば保護主義だが、なぜEUはそうした姿勢を強めているのだろうか。

 EUは表向き、EVシフトを環境対策の一手段として位置付けている。走行時にCO2(二酸化炭素)に代表されるGHG(温室効果ガス)を排出しないEVの普及は、地球温暖化の抑制に資するため、早急に取り組まなければならないというわけだ。しかし実態として、EUは、EVシフトで環境対策のみならず、産業振興と経済安全保障の目的まで実現しようと努めている。

 つまりEUは、EVシフトを、EU域内の自動車産業の再興の手段としても位置付けている。もともとEUは、ディーゼル車の高性能化によって温室効果ガスの排出抑制を図っていたが、2015年にVWによる「ディーゼルゲート(ディーゼル車によるGHG排出データの不正問題)」が発覚し、信頼を世界的に失う事態となった。

 そこで、EVに注力することで、域内の自動車産業の捲土重来を図ったわけである。2035年までに域内の新車登録を、EVを主とするゼロエミッション車(ZEV、走行時にGHGを排出しない自動車)に限定することで、域内のみならず域外のメーカーにも対応を迫り、EVシフトの名の下に、自動車産業への規制を「輸出」したわけである。

 このように、EUが規制を輸出してグローバルに影響力をもたらす効果は「ブリュッセル効果」と呼ばれる。米中という2大国のはざまで埋没することに危機感を強めたEUが、ブリュッセル効果の発動を通じてグローバルなEVシフトを促すと同時に、域内の自動車産業に対してEVに係る潤沢な補助金を給付する。域内メーカーに有利なように導くという点で、EVシフトは産業振興そのものである。

 加えてEUは、EVシフトを経済安全保障の手段にも用いようとしている。特にウクライナ侵攻に伴うロシアとの関係の悪化は、それまでロシア産の化石燃料に強く依存していたEUの危機感の高まりにつながった。従来型のエンジン車は、化石燃料の価格によっても売れ行きが左右されるが、再生エネルギー由来の電気が使えるEVならば(再エネの出力が安定していることを前提として)、そうした心配は不要だ。

 またEUは、前述したように、車載用バッテリーの再利用や原材料のリサイクルのシステムを構築したり、あるいは域内外で原材料の自主鉱山を開発したりすることで、原材料輸入の中国依存の軽減を図ろうとしている。これもまた、安全保障の一環である。つまりEUは、EVシフトで「環境対策」「産業振興」「経済安全保障」の三兎を追っている。

 三兎を追うためには、EVはEU域内製でなければならない。つまりEUは、3つの戦略目標を1つの戦術で実現しようとしているが、これでは戦術の見直しは容易でない。EUは、市場の拡大が一服する中でもEVシフトを見直すことができず自縄自縛に陥り、かつて自らが否定していた保護主義の罠に突き進んでいるのである。

EUを冷笑できない日本

 日本では、「EUのEVシフトは非現実的である」という慎重論が強かった。今のEUの苦境は、そうした見方を裏付けるものだ。とはいえ、われわれはEUの姿勢を冷笑してはいられない。少子高齢化の進展で、日本の市場は縮小する。もともと、日本の産業は基本的にグローバル経済の動向に大きく左右されるが、その傾向は今後、ますます強くなる。日系企業は、これまで以上に海外での需要の変化を見据えながら供給を変化させていく「受け身」の存在となるだろう。故に、外部環境の変化に対する感度を上げる必要がある。

 EVシフトでは限界を露呈したEUの規制輸出だが、一方でEUがグローバルなルールメーカーとしてある程度の能力を持つことも事実である。EUが何を考えており、規制をどう輸出しようとしているのか、日本の企業と政府はきちんとトレースする必要がある。またわれわれを支えてきた自由貿易体制が揺るがないよう、EUの誘導に努めることも、日本の戦略として求められる。

 写真:picture alliance/アフロ

地経学の視点

 環境政策において、EUはルールメイクを主導してきた。事業活動における人権や自然保護なども先んじて規制を整備し、それをグローバルに波及させる「規制輸出」を企図している。

 米国と中国という大国に埋没する危機感から、欧州各国はEUという連合体でパワーを束ねることで米中に対抗し、高い理念をテコに、域内の産業振興を図るビジネスモデルを築こうとしてきた。その一つがEVだ。

 しかし、高邁な理想は現実とのギャップを生みがちだ。自動車産業における欧州の得意先であったはずの中国は、高度なすり合わせ技術からなる内燃機関が不要なEVで急伸し、EUの市場を脅かすに至った。

 EV一辺倒ではなく、少なくともしばらくはEVとエンジン車と共存させる「マルチソリューション戦略」をとってきた日本の自動車メーカーの戦略は足元では奏功しているが、米中のはざまで立ち回らざるを得ない宿痾は欧州と変わらない。欧州の失敗に学び、日本流のルールメイクに生かす姿勢こそが求められる。(編集部)

土田 陽介

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
2005年一橋大学経済学部卒、06年同修士課程修了。浜銀総合研究所を経て、12年より三菱UFJリサーチ&コンサルティングでエコノミストとして活動。専門は欧州経済。近著に『ドル化とは何か─日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。ロシア・東欧学会、比較経済体制学会会員。

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