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2023.06.19 安全保障

ベラルーシへのロシア戦術核移転 裏にある「連合国家」の結束と確執

木村 康張

 ウクライナ戦争が長期化するなか、ベラルーシのルカシェンコ大統領は5月25日、ロシアから自国に戦術核兵器の移転を開始したことを発表した。

 ロシアは世界で最も多くの核弾頭を保有する国だ。大陸間弾道ミサイルはじめ、巡航ミサイルや長距離爆撃機など多種多様な「戦略核の運搬手段」を保有している。ただ、NATO(北大西洋条約機構)に対する戦術核抑止力の観点から言えば、新たにベラルーシに戦術核を配備する理由は乏しい。すでにロシアは戦術核搭載可能な中距離爆撃機の攻撃圏内にドイツ以東のNATO加盟国を収めているからだ。

 では、今回の戦術核移転はどのような目的を持ったものなのであろうか。その背景には、ロシアとベラルーシの特殊な二国間関係がある。

 ロシアとベラルーシは、1999年12月にロシアのエリツィン大統領(当時)とルカシェンコ大統領との間で調印された「ベラルーシ・ロシア連合国家創設条約」により、「連合国家」の関係にある。

 「連合国家」とは、政治・経済・軍事などの分野において、複数の主権国家が段階的な統合を図るための集まりで、連合国家自体もその構成国も、共に主権国家としての諸権利を保有する。統合の進捗に合わせ、単一通貨、連合国家独自の憲法、国旗や国歌などの制定を目指していく。ある意味、「EU(欧州連合)のロシア版」が、ロシア・ベラルーシ連合国家である。

プーチンとルカシェンコの確執

 プーチンとルカシェンコの確執「ベラルーシ・ロシア連合国家創設条約」が調印された1999年12月当時、ロシア経済は、その前年8月に発生したロシア国債のデフォルトに端を発する「ロシア財政危機」の影響が残り、国力は低下していた。ベラルーシとの経済的な統合により経済の安定化を図ろうとするロシアと、「強いソ連の復活」が自らの後ろ盾として好ましいルカシェンコの思惑が一致し、「連合国家」の創設が進められたのである。
 
 2000年5月、ロシア第2代大統領に就任したプーチンは、その後の原油価格の高騰を背景に、エネルギー産業を中心に経済の立て直しに成功。「強いロシア」の再建を唱え、多くの国民の支持を得ていった。一方、ベラルーシの経済は停滞状態が続いた(図1)。

【図1】ロシアとベラルーシの名目GDPの推移

 プーチンは、「連合国家」創設に当たって通貨統合を掲げ、共通通貨としてロシア・ルーブルを選択することを主張した。これに対しルカシェンコは、「通貨統合は、人・物・サービスの自由移動、石油・ガス・電気などの共通価格といった経済統合がなければならない」としてロシアの要求に反発し、「連合国家」は入り口で暗礁に乗り上げた。

 この対立に拍車をかけたのは、ロシア産原油に係る関税問題であった。ロシアとベラルーシは、1995年1月に締結された「自由貿易協定最終議定書」に基づき、ロシアの原油は「関税なし」でベラルーシに輸出され、ベラルーシで精製された石油製品は国際価格で欧州へ輸出された。ベラルーシが課す欧州諸国への輸出関税は、85%がロシア、15%がベラルーシへ配分され、これにより両国は外貨を獲得してきた。

 しかしルカシェンコは、ベラルーシの併合を示唆する発言を繰り返すプーチンに反発し、2001年にロシアへ支払うべき関税の支払いを停止した。これに対してプーチンは07年1月、ベラルーシに他国と同様の石油輸出税(1トン当たり180.70ドル)を課すこととした。この輸出税を賄うため、ベラルーシはロシアから欧州に向かうパイプラインから原油の抜き取りを開始、それに対抗しロシアはパイプラインへの原油輸送を停止した。

 最終的には、ベラルーシで精製された石油製品の関税比率は「85%ロシア、15%ベラルーシ」のままにもかかわらず、輸出税は53ドル/トンとなった。これは明らかにベラルーシに対する懲罰的な措置であり、国家統合は実質的に停止した。

「嫌われ者同士」で再び結束

 冷え切った両国関係に改善が認められたのは、皮肉にも2014年のロシアによるクリミア併合以降であった。ロシアはクリミアの一方的な併合によって国際社会か非難され、欧米から経済制裁を受けた。他方ベラルーシでは、20年8月の大統領選挙で不正疑惑が発生し、大規模な反政府デモが起こった。政府はデモを鎮圧したものの、国際社会の孤立を招いた。

 欧米諸国から非難された両国は、軍事・経済面で連携強化を再開した。2021年11月には「連合国の軍事ドクトリン」(01年12月制定)を改訂。ウクライナのドンバス問題(ウクライナ東部の親ロシア派とのあつれき)や、対立関係にあるNATOの東方拡大といった両国を取り巻く国際情勢の変化に対応した。

 2021年9月、ロシアは、自国西部でベラルーシとの合同大規模軍事演習「ザーパド2021」を実施して13万人規模の部隊をウクライナ国境に残置した。さらにロシアは22年1月に共同演習「同盟の決意2022」のため、戦車や戦闘機、対空ミサイルなどの装備と部隊をベラルーシに移動させ、22年2月、ウクライナに侵攻を開始した。

 プーチンとルカシェンコの確執は解消されたかのように見えるが、「連合国家」構想については、あくまでベラルーシの併合を目指すプーチンと、対等な関係での統合を目指すルカシェンコの思惑は必ずしも一致していない。

プーチンに協力せざるを得ないルカシェンコ

 ロシアのウクライナ侵攻後、ルカシェンコは昨年10月に「欧米諸国からの明確な脅威に対抗する」という名目でベラルーシ軍にロシア軍との合同部隊を編成させ、ウクライナ国境付近への配備を命じたが、戦闘には直接関与させてはいない。

 昨年11月23日、ロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構」加盟6カ国の首脳会議がアルメニアの首都エレバンで開催された。そこでルカシェンコはウクライナ情勢に言及し、プーチンに対して「停戦交渉を開始すべきだ」と提言した。これに応じてカザフスタンのトカエフ大統領も「ウクライナ情勢は和平を模索するときが来ている」と訴えた。他の首脳のウクライナ情勢に関する発言は報道されていないが、ロシアの同盟国に動揺と足並みの乱れがうかがえる。

 12月2日、プーチンとルカシェンコの電話会議が行われた。プーチンは、ベラルーシがウクライナ戦争に参戦するよう迫ったが、ルカシェンコは「ロシア軍にベラルーシ国内の拠点の提供は認めるが、参戦は拒否した」とされる。2023年3月31日、ルカシェンコは、年次教書演説で「(ロシアとウクライナ)双方が兵員や装備の移動をやめて停戦を宣言し、即座に交渉を開始すべきだ」と停戦と和平交渉の開始を求めた。

 ルカシェンコは、ウクライナへの参戦要求は拒否するものの、ベラルーシの経済がロシアに大きく依存していることを踏まえ(図2、3)、経済的な統合や共通の歴史観などについてはロシアに従順な姿勢を示してきた。

【図2】ベラルーシの燃料輸入元のシェア(2022年)

【図3】ベラルーシの食肉輸出先のシェア(2022年)

 ベラルーシへの戦術核の配備は、両国の「対立を抱えながら協力しなければならない」という特殊な事情を加味する必要がある。冒頭、戦術核配備は抑止力の面からは意義が乏しいと述べたが、ロシアにとっては、ベラルーシの完全な取り込みを図るという意味でこの措置の持つメッセージは強い。一方で、強権政治で国内を抑え込んでいるルカシェンコにとって、戦術核配備はロシアの後ろ盾を象徴する意味合いがある。

戦術核の使用を決定するのはプーチンのみ

 2021年11月 に改定された「連合国の軍事ドクトリン」においては、ロシアとベラルーシは「戦時中においては、攻撃を撃退するため、適時、軍事作戦の実施に関する共同決定を行う」とされている。

 ルカシェンコは今年3月31日、年次教書演説でベラルーシへの戦術核兵器の配備について「これは誰かを威嚇したり、脅迫したりするわけではなくベラルーシの国家を守るためだ」と国民に説明した。しかし、ロシアのショイグ国防相は5月25日、ベラルーシへの核配備に関する協定の調印に際して「戦術核兵器はロシアが管理し、使用に関する決定はロシアが下す」と断言している。ベラルーシには、自国に配備されたロシアの戦術核の使用を拒否する権限はない。

 ウクライナ戦争に直接関与することに消極的だったベラルーシだが、ロシアとの協力関係には依存せざるを得ない。今回の戦術核兵器配備は、ベラルーシに対するロシア関与の度合いを強める決定であったことは間違いない。使用決定権限を持たない核兵器の存在は、軍事面のみならず、欧米諸国との関係においてベラルーシのデメリットが目立つ。

 一方で、両国の関係が悪化し、ベラルーシが配備された核兵器をロシアへ送り返すと主張した場合、ロシアに対する強烈なメッセージとなる。戦術核兵器の配備はベラルーシにとっては、対欧州というよりも対ロシアの武器ともなる。

時代に逆行するベラルーシへの核配備

 G7広島サミットにおける「核軍縮に関するG7広島ビジョン」において、「ロシアによる無責任な核のレトリック、軍備管理体制の毀損(きそん)およびベラルーシに核兵器を配備する意図は危険であり、受け入れられない」と明記された。「核兵器のない世界という究極の目標に向けての我々のコミットメントを再確認する」ことも盛り込まれた。

 核兵器が存在するという厳然たる事実がある以上、それぞれの国が核抑止力を確保するのは当然である。しかしながら、ベラルーシへの戦術核兵器の配備は、時代に逆行し、核兵器を政治的道具としてもてあそぶ危険な行為である。

 プーチン大統領は2月21日、「新戦略兵器削減交渉」の履行停止を表明した。戦略核の削減が進まないことが大きな問題であることは間違いないが、加えて、それぞれの核兵器の状況を確認する査察が停止される影響も大きい。ベラルーシへの戦術核の配備は、核の拡散だけではなく、管理状態の不透明性を加え、核の脅威が高まるという意識が必要である。国際社会が一丸となって、少なくともベラルーシの核の安全性を確認する方法を探っていくべきであろう。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

木村 康張

実業之日本フォーラム 編集委員
第29期航空学生として海上自衛隊に入隊。航空隊勤務、P-3C固定翼哨戒機機長、米国派遣訓練指揮官、派遣海賊対処行動航空隊司令(ジブチ共和国)、教育航空隊司令を歴任、2015年、第2航空隊(青森県八戸)司令で退官。退官後、IT関連システム開発を業務とする会社の安全保障研究所主席研究員として勤務。2022年から現職。

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