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2023.05.23 安全保障

「ロシア軍制圧」が報じられた要衝バフムートは主戦場にあらず

米内 修

 5月20日、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の指揮官プリゴジンは、ウクライナ東部の要衝バフムートの完全制圧を宣言した。だが、米国の戦争研究所(Institute for the Study of War=ISW)がウクライナ侵攻の内容を評価・分析し、毎日更新しているinteractive mapからは、なおウクライナ軍が効果的に戦っている様子が推測できる。

 バフムート(バフムト)は、今年の3月はじめにウクライナ軍がロシア軍に包囲され、殲滅(せんめつ)される可能性を指摘されながら、ウクライナのゼレンスキー大統領が撤退することなく徹底抗戦を表明し、激しい戦闘が繰り返されていた。当時筆者は、バフムート付近のウクライナ軍は、中心市街地東側のバフムトフカ川を接触線として、その西側約1マイルの位置に南北に走る鉄道のラインを前線として防御していたと推測した

 しかし、ISWの5月15日のマップでは、その地域はロシア軍が優勢な地域となっていて、バフムート市街地の中心部ではロシア軍がコントロールを主張する地域が少しずつ拡大されつつあった。ウクライナ軍を包囲殲滅する悲劇こそ起きなかったが、バフムート付近ではロシア軍がウクライナ軍を西側に圧迫してきたことが明白だ。さらに、プリゴジンが「制圧」を宣言した5月20日のISWのマップでは、ロシア軍がコントロールを主張している地域が、15日よりバフムート市街地の西側の境界を越えて拡大している。

「制圧」の報に疑問

 一見すると、バフムート市街地付近の戦闘ではロシア軍が有利のようだが、実態は少し違っているようだ。確かに、3月にウクライナ軍が守備していたバフムート市街地はロシア軍の手に落ちたが、5月14日と15日の市街地中心部の状況を比較すると、「バフムート小児病院」の正面ではロシア軍は300メートル程度しか前進できていない。「ジギスムント・レヴァネフスキー通り」沿いの攻撃は、13日からの2日間で数十メートルの進展があっただけだ。

 5月20日のISWマップの状況を見ると、市街地でのロシア軍の攻勢は拡大しているものの、バフムート市街地の南北の翼地域は、ウクライナ側が反撃した状況が継続して示されている。

 これらは、市街地における攻撃の難しさを表しているように思われる。平坦な地形が多い欧州では、軍隊の編成は、機動力と火力を併せ持つ戦車と、長射程の砲迫火力(火砲・迫撃砲)とを組み合わせた運用が多い。しかし、このタイプの部隊の特性は市街地では生かしきれない。むしろ、市街地を主戦場とする戦闘には向いていないとさえ言える。市街地では近距離での高低差が大きくなることが多く、高層建築物が多い大都市になるほどその傾向は強くなるからだ。このため戦術行動では、市街地に直接波及する戦闘は避けるのが原則だ。

 また、鉄筋コンクリート造りの建物は応急的な陣地として活用でき、火災に対しても一定程度の耐久性を有している。建築物が密集することによって生じる射程の短縮も、事前に適切な戦力配置を計画すれば一定程度解消できる。これらの点は、市街地で防御する側に有利に働くだろう。

 バフムート市街地に直接攻撃するのではなく、その北側と南側の地域に反撃の重点を置くウクライナ軍は、これらの市街地の特性をよく理解しているように見える。周辺の重要地域を占領することで市街地を孤立させ、可能であれば包囲できる態勢を目指す攻撃の仕方だ。このような戦術原則に従った戦闘は、より効果的に作戦目的を達成すると考えられる。

 「制圧」後の5月20日の状況から見ても、やはり市街地中心部での直接の戦闘を回避したウクライナ側の企図が達成されていると推測される。

ウクライナは戦力を温存か

 ゼレンスキー大統領は、かねて大規模な反攻作戦を開始することを明確にしていた。そして、それに必要な戦力はNATO(北大西洋条約機構)加盟諸国から提供されることになっていたが、4月27日、ストルテンベルグ事務総長は、ウクライナに対して戦車230両、装甲車1550両がすでに供与されたことを発表した。これは、提供が予定されている総数の約98%に達するとされる。併せて、9個旅団以上のウクライナ軍に対して、訓練と装備の提供を行ったことを明らかにした。この規模が、ウクライナ軍の大規模反攻に十分であるか否かは判定できないが、このことから推測できることもある。

 5月12日付のモスクワタイムズでは、兵員約1000人以上、戦車40両程度のウクライナ軍がバフムートまで約1マイルの地点に進出し、約60マイルの正面に対するウクライナ軍の攻撃をロシア軍が撃退したことが報じられた。1旅団は、おおむね1500~6000名の兵員で構成される。つまりウクライナ軍は、部隊規模としては1個旅団に満たない戦力で比較的広い正面を担当しており、NATO側から供与された戦車や訓練を終えた部隊の規模に比して、少ない戦力が充当されていることになる。

 これらのことから、バフムートの正面はあくまでも支作戦であって、大規模反攻作戦の主戦場は別にあると考えられる。そして、それはこれまでウクライナ軍高官が明らかにしていた南部戦線だろう。東部戦線により多くのロシア軍を足止めできれば、南部戦線がより有利になることは間違いない。バフムートの戦況が、大規模反攻作戦の成否に少なからぬ影響を与えることになるかもしれない。

写真:AP/アフロ

米内 修

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2021年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。

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