実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2023.05.12 外交・安全保障

クレムリンの無人機爆発、首謀者は「内なる敵」か

木村 康張

 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化するなか、ロシアの中枢への攻撃事件が発生した。

 5月3日午前2時27分、モスクワ川南岸から無人機(ドローン)が飛来し、さらに同日午前2時43分には「赤の広場」東方から別の無人機が飛来して、それぞれクレムリンの大統領官邸のドーム上空で爆発した。

 同日午後2時35分、ロシア大統領府は、「ウクライナの無人機がプーチン大統領の公邸への攻撃を試みた」ものの、「飛来した2機の無人機は、ロシア軍の防空システムにより無力化された」と発表。プーチン大統領は当時不在であったが、「大統領の暗殺を狙ったテロ行為だ」と批判し、報復を示唆した。

 同日、ウクライナ大統領府のポドリャク長官顧問は、「ウクライナはもっぱら防衛の戦争を行っており、ロシア連邦の領土の標的を攻撃していない」と自国の関与を否定し、フィンランド訪問中のウクライナのゼレンスキー大統領も、「われわれはプーチン大統領やモスクワを攻撃しない。自らの領土で戦う」と記者会見で語っている。

 無人機攻撃の首謀者に関する情報は錯綜している。3日、米シンクタンク「戦争研究所」は、国民の戦意を鼓舞するためのロシアの自作自演であるとの分析を発表した。国としての関与を否定しているウクライナ政府内でも、ゲラシチェンコ内相顧問が「モスクワ地方のパルチザン(非正規部隊)による攻撃のようだ」とSNSで発信している。

 ウクライナは反転攻勢の機をうかがっている。事件に先立つ4月30日、ゼレンスキー大統領は「重要な戦いが間近に迫っている」と演説し、ウクライナ国防省情報総局ブダノフ局長も「決戦が近づいている」と発言している。

 今回の無人機の爆発は、ウクライナが準備する大規模な反攻作戦の「狼煙」なのか――。それを判断するためには、「首謀者」を明らかにする必要がある。

「有力容疑者」は米国製ドローン

 5月10日現在、犯行声明も出ておらず、誰がクレムリンを攻撃したのかは分かっていない。このような事件を分析する際、「能力」と「意図」から見ていくのが常道である。
 
 まず、攻撃に用いられた無人機の「能力」から分析してみよう。在モスクワのパベル・アクセノフBBC通信軍事特派員は、攻撃映像に映っている人物や建物の構造と比較して、無人機の翼幅を2~2.5メートルと推算した。また、ロシア独立系メディア「メドゥーサ」は、攻撃映像の背景と無人機の移動距離から飛行速度を時速約120キロと推定している。

 図1に示したとおり、ウクライナが使用する攻撃能力のある無人機の中では、(1)トルコ製バイラクタルTB2が翼幅12メートル、(2)ウクライナ製UJ-22エアボーンが翼幅4.6メートル、(3)中国製Mugin-4が翼幅4メートルと、いずれも推算値の倍以上の大きさだ。これに対し、(4)ポーランド製ウォーメイトは翼幅が1.6メートルで推算値より小さく、巡航速度も時速約80キロと推算速度より遅い。

 他方、(5)米国が供与している小型攻撃用無人機スイッチブレード600は翼幅1.8メートル、巡航速度は時速118キロと推算値に近い。同機の航続距離は40キロと短く、ウクライナ領内からモスクワを攻撃することはできないが、手動誘導のため、衛星測位システムの欺瞞措置(=偽の電波で誤誘導すること)の影響を受けないという特徴がある。

【図1】ウクライナが保有する主な無人機の仕様

機種製造国全長翼幅巡航速度航続距離
バイラクタルトルコ6.5m12.0m130km/h300km
UJ-22エアボーンウクライナ3.3m4.6m120km/h800km
Mugin-4中国1.9m4.0m不明不明
ウォーメイトポーランド1.1m1.6m80km/h95km
スイッチブレード600米国1.3m1.8m113km/h40km
(出所)製造会社のカタログ等を基に筆者作成

 このほかウクライナは、米国が供与した最新の自爆型無人機フェニックスゴーストを1800機保有するとされるが、同機の仕様や性能については不明である。公開された情報等を見る限り、「能力」の観点からウクライナ軍が行ったかどうかは不明である。

ロシアの士気を落とす狙いか

 次に、「意図」の観点から見てみよう。ロシアメデイアで多くの軍事問題の評論を行っているキリル・シャミエフ欧州外交評議会客員研究員は5月4日、独立系メディア「メドゥーサ」の取材に対し、ウクライナ側がクレムリンを攻撃する意義を述べた。ロシアの政治情勢を不安定化させるために、「象徴的な標的」である敵国の首都、それも敵政治指導者の官邸を攻撃することは有効だという見方だ。

 より正確には、シャミエフ氏のコメントの主旨は、2014年にロシアに併合されたクリミアをウクライナが奪回するための間接的手段として、クレムリンへの攻撃が有効だというものだが、ウクライナが、ロシア国民の厭戦(えんせん)気分をあおり、プーチン大統領の権威を低下させるために、警戒の最も厳しいクレムリンという「象徴的な標的」に攻撃を加える――という考え方はあり得る。整理すると、ウクライナが無人機攻撃を行う「能力」については不明だが、「意図」としては十分考えられそうだ。

疑問が拭えない「自作自演」説

 他方、一部報道で示された、ロシアによる「自作自演」説には、いくつかの疑問が残る。第一の疑問は、ロシア国内に事件発生を伝える報道のタイミングの遅れである。

 無人機が飛来したのは5月3日午前2時27分と2時43分。これを受けてロシア大統領府が事件を公表したのは、事件発生から約12時間が経過した14時35分だ。また、大統領府は事件に関する公式映像を公開していない。一般に報道されている事件の映像は、同日午前3時過ぎに民間人がSNSに投稿した複数の映像である。国民のウクライナへの敵がい心と戦意高揚を企図した自作自演であれば、朝一番に公式映像と共に大統領府が発表することが効果的であろう。事件発生から公表までの「12時間の空白」は、指導部が事件の全容把握と対応の検討に要した時間とみる方が自然である。

 第二に、パフォーマンスにせよ、首都中枢まで無人機の侵入を許すことはあまりにもインパクトが大きいことだ。軍だけではなく、プーチン政権自体に批判が集まる可能性がある。ウクライナへの報復を唱えるロシア下院会派「公正なロシア―真実のために」の指導者、ミロノフ下院議員は、この事件の発生は「ロシアの防空態勢に疑問を投げかけている」と、政権中枢を批判する発言をしている。

 さらに、独立系メディア「メドゥーサ」は、事件翌日の4日午前6時頃から、モスクワ市中心を囲む「サドーボエ環状道路」の内側で衛星測位システムが正常に作動しなくなったことを伝え、警察当局者の話として「9日に『赤の広場』でプーチン大統領も出席する対独戦勝記念日の軍事パレードに向け、衛星測位システムの妨害が実施されている」と報じた。衛星測位システムは、防空レーダーを避けて低空で飛行する攻撃型長距離無人機や巡航ミサイルを誘導するために用いられる。同システムを妨害することで、そうした攻撃を防ぐ狙いだ。

 わざわざこのように報じるということは、裏返せば、事件発生当時は衛星測位システムの欺瞞措置が機能していなかったということだろう。自らの防空体制の脆弱性をさらしてまで自作自演を行うことは、ますます考えにくい。

 これらのことから、「能力」は別としても、「意図」の点からロシアによる自作自演である可能性は低い。

残る「第三の容疑者」

 5月3日、ウクライナのゲラシチェンコ内相顧問は、「モスクワ地方のパルチザン部隊による攻撃のようだ」とSNSで発信した。翌4日、2014年のクリミア併合に反対して米国に亡命し、現在はウクライナ在住のポノマレフ元ロシア下院議員も、CNNの取材に応じて「(ロシア国内の)パルチザンの一つが行った」と語っている。

 今回の無人機は、クレムリンの南方と東方から飛来しており、また、爆発した際の炎から燃料が十分に残っていたようである。ウクライナ領内からの飛来であれば、異方向から攻撃進入させるには迂回経路を飛行させる必要があり、燃料の消費量も多くなる。また、2機ともクレムリン上院宮殿上空のほぼ同じ位置で爆発していることから、防空システムにより無力化されたというよりは、むしろ計画された位置で自爆したように思える。

 これらのことから、ロシア国内に潜むパルチザン部隊が、市街地の南方と東方の郊外からスイッチブレード600のような小型攻撃用無人機を用いて、「象徴的な標的」であるクレムリンの上空で自爆させ、政権指導部の動揺と国民の不安を高めることを企図した可能性がある。

 まとめると、無人機攻撃の首謀者のプロファイルは、「意図的にはウクライナ」「能力的にはロシアの自作自演」と整理できる。だが、ゼレンスキー大統領はじめウクライナ高官が明確に関与を否定していることや、ロシアに自作自演のメリットが少ないということから、「ロシア国内に存在するウクライナ支援組織」の可能性が最も高いと考えられる。では、このことが意味するところは何であろうか。

ウクライナ反攻作戦と呼応するパルチザン

 一般にパルチザンとは、他国の軍隊による占領地域での抵抗、または自国の独裁的な支配政権を倒して自由と独立を達成するために結成された非正規の武装組織とされる。ロシアによるウクライナ侵攻後、ウクライナのパルチザンは、ロシア軍占領地域において鉄道の爆破、親露派要人やロシア軍将兵の殺害などを行い、ロシアのパルチザンはロシア国内において入隊事務所や警察署の放火等を散発的に行ってきた。

 ウクライナの通信社グラヴコムは昨年8月31日、ロシア国内でプーチン政権転覆を目的として結成された地下組織である「国民共和国軍」、ウクライナの勝利によってプーチン政権の打倒を目指すロシア人志願兵で組織された「ロシア義勇軍団」、ロシア人捕虜と亡命者志願兵がウクライナで組織した「ロシア自由軍団」が、前述のポノマレフ元ロシア下院議員を指導者とする共同組織を設置したと報道している。

 ロシア軍占領地におけるウクライナのパルチザン活動は、2021年6月に制定された「国家抵抗の基礎に関する法」により、ウクライナ軍特殊作戦部隊の指揮下に置かれ組織化されている。上記の共同組織がウクライナ軍の反攻作戦を支援している可能性は極めて高い。

 2023年2月末以降、破壊活動の地域はロシア領内に移され、破壊目標もロシア侵攻部隊への補給を支える鉄道施設、電力施設、燃料貯蔵施設へ移されている。1月以降に報道された破壊活動のうち、ウクライナ政府が関与を認めていないものを図2に示した。

【図2】パルチザン部隊による破壊活動(2023年)

(出所)各種報道を基に筆者作成

 パルチザンによる破壊活動は4月末以降、クリミア半島や、同半島とクリミア大橋で結ばれたクラスノダール地方の鉄道・道路、燃料貯蔵施設等に集中している(図3)。クラスノダール地方は、南部ヘルソン州とザポリージャ州に侵攻したロシア軍部隊にとっての策源地(後方基地)だ。ウクライナ軍は、激戦が続く東部ドネツク州でロシア軍兵力を消耗させ、南部2州のロシア軍部隊の補給路を絶ち切った後、ウクライナ南部地域における大規模な反撃作戦を開始する準備段階にあると推定できる。

【図3】パルチザン部隊による破壊活動の分布図(2023年)

(出所)各種報道を基に筆者作成

 5月2日、ウクライナのレズニコフ国防相は、「ウクライナは戦うことなくクリミアを奪還する」と米国総合雑誌の取材で述べた。ウクライナ軍は、パルチザン活動によって鉄道や道路を破壊して策源地であるクラスノダール地方とクリミア半島を分断させ、無人機を使って要塞化されたクリミア半島のロシア軍施設を破壊して無力化を図っている。

 今回のクレムリンに対する無人機攻撃は、ウクライナ軍が直接関与したものではないにせよ、ウクライナ軍の大規模攻勢の準備段階として、プーチン政権への揺さぶり、首都防御のためロシア軍の再編成を強いる等の効果を見据えた、ロシア国内のウクライナ支援組織(パルチザン)の活動と考えられる。

 5月9日、プーチン大統領は、クレムリンの正面に位置する「赤の広場」で行われた対独戦勝記念日の軍事パレードで演説し、「米欧諸国の野心や傲慢さがウクライナ国民の悲劇を招いた」とし、「欧米諸国は、誰がナチスという悪を打ち負かし、故郷のために立ち上がってヨーロッパの人々の解放のために命を惜しまなかったかを忘れた」と非難した後、「ナチズムと勇敢に戦ったパルチザンや連合軍の戦士に敬意を表する」と述べた。

 だがいま、ロシアは、ナチスという侵略者に立ち向かったパルチザンのことを忘れ、祖国のために立ち上がったパルチザンと戦っている。

提供:Kremlin Red Square CCTV/UPI/アフロ

木村 康張

実業之日本フォーラム 編集委員
第29期航空学生として海上自衛隊に入隊。航空隊勤務、P-3C固定翼哨戒機機長、米国派遣訓練指揮官、派遣海賊対処行動航空隊司令(ジブチ共和国)、教育航空隊司令を歴任、2015年、第2航空隊(青森県八戸)司令で退官。退官後、IT関連システム開発を業務とする会社の安全保障研究所主席研究員として勤務。2022年から現職。

著者の記事