実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2023.01.04 コラム

転換すべきはゼロコロナ政策だけではない 23年の中国は「多事之秋」か
シリーズ 2023年の世界を読む

柯 隆

 2月のロシアによるウクライナ侵攻をはじめ、世界的な物価高騰、中国・習近平政権の3期目入りとゼロコロナ政策の失敗、暗号資産(仮想通貨)業界での相次ぐ破綻劇、安倍晋三元首相の銃撃事件など、政治・経済リスクが顕在化した2022年。もはや「まさか」が常態化しつつある。「シリーズ 2023年の世界を読む」では、各界の専門家・有識者に今年の展望と「備え」を読み解いていただく。本稿では、東京財団政策研究所の柯隆主席研究員に、中国の政策課題と23年の経済見通しについて解説いただいた。

 中国政府の経済政策は、前年の年末に開かれる共産党中央委員会経済工作会議で決められ、翌年3月に開かれる全人代(全国人民代表大会)で採決され、実行に移される。

 2022年の秋は、まさに多事之秋(たじのとき=問題が噴出し、国家・社会が不安定な時期)だった。11月に共産党大会が開かれ、予想どおり習近平総書記(国家主席)の3期目続投が決まった。共産党内で習主席の続投に「ノー」と言える人はいないとされるなか、党大会の閉会時、新執行部の人事を決める直前に胡錦涛前主席は関係者に退場させられた。国営の新華社通信の発表では、胡氏の退場は体調不良によるものとされている。しかし世界主要メディアは、その際の映像を検証した結果、胡氏は体調不良ではなく、その後、採決される執行部人事に対して不満があって、むりやり退場させられたようだと報じている。

 党大会が「無事」閉会したあと、習主席は「安内攘外」策を進めた。つまり、安内(国内情勢の安定)に成功したので、次は攘外(外交リスクの払拭)に乗り出す、というわけだ。習主席は、インドネシア・バリ島でのバイデン米大統領との首脳会談に続いて、タイのバンコクで岸田文雄首相と対面した。激しく対立する米中の首脳が対面で会談したのは重要な意味を持つ。両国は簡単には和解しないが、直接会談することで事態のさらなる悪化を回避することができるはずだ。同様に、日中の首脳会談も重要だ。日中両政府が会話できるチャネルがほぼ失われたいま、日中関係を再構築するには両首脳の努力が必要不可欠だからだ。

繰り返される「一掴就死、一放就乱」

 だが習主席の思惑とは裏腹に、中国国内情勢はとても「安内」と言える状況ではない。約3年も続けてきたゼロコロナ政策によって、厳しい行動制限を課せられた市民や学生の不満が爆発した。全国の大学生は警察に拘束されないように、白い紙を手に政府の隔離措置に対して静かな抗議活動を展開した。これはマスコミで「白紙革命」と呼ばれている。さらに、主要大都市の市民は乱暴な隔離措置に抗議して、一部の市民は「習近平退陣せよ、共産党退陣せよ」とまで叫んだ。監視カメラやスマートフォンアプリなどによって厳しく監視されている中国社会で、市民や学生がこうした抗議活動を行うことは尋常ではない。彼らはゼロコロナ政策についてこれ以上我慢できないから立ち上がったと思われている。

 12月に入り、習政権はこれまで自画自賛してきたゼロコロナ政策を突如転換した。中国全土で、地下鉄やスーパーなどを利用するに当たってPCR検査の陰性証明を提示しなくてもいいようになった。問題は、これだけの方針転換にもかかわらず、李克強首相や担当部長(大臣)含め誰も記者会見を行っていないことだ。しかも、無症状感染者の人数の発表も取りやめられた。

 その結果、「ウィズコロナ」における具体的な生活様式や政策対応が明らかにされず、現場では大混乱が生じた。感染者が爆発的に増えて医療体制が崩壊し、薬局の風邪薬や解熱剤も品切れになった。中国政府は新型コロナウイルス感染死について定義を狭め、コロナ感染者でも心臓病や糖尿病など基礎疾患が悪化して死亡した人は「コロナ感染死」とカウントしなくなった。しかし、北京などの主要大都市では、コロナ感染に起因する死者が増え、火葬場の前で霊柩車(れいきゅうしゃ)が列をなしている。

 振り返れば、朱鎔基氏が首相を務めていた1990年代、経済が過熱してインフレ率は20%に達した。当時、筆者が北京に出張して、国務院発展研究センターの研究者とセミナーで議論したことは今も記憶に新しい。彼らは中国経済の状況について「一掴就死、一放就乱」、すなわち「管理しようとすると、すぐに(経済が)活力を失い死んでしまう。自由化(緩和)すると、すぐに混乱に陥ってしまう」と表現した。コロナ禍に立ち向かうゼロコロナ政策とその転換も、まさに「一掴就死、一放就乱」だ。

 なぜ中国社会はこんなにも極端に振れるのだろうか。答えは簡単だ。中国政府のポリシーメイキングは政治指導者のトップダウンによるもので、ボトムアップ型ではないからである。しかも、政策が決定され、実行に移されたとき、記者会見など情報の共有が図られない。結局、現場の幹部は指導者の真意を忖度しながら政策を実行するため、「行き過ぎがち」である。ゼロコロナ転換後は、PCR検査場も廃止され、行動追跡アプリも終了し、行政は感染拡大を放置したに等しい状況だ。

開く海外との格差、空疎に響く「中国の夢」

 中国経済の内実を見れば、ハードランディングの可能性が高くなっていることが分かる。中国経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)はそれほど悪化しているわけではないが、経済を犠牲にするゼロコロナ政策によって中国経済は成長しなくなった。それだけでなく、雇用が悪化し、社会不安が増幅している。海外から見ても分からないことだが、中国社会の空気感は危うくなっている。なぜならば、ゼロコロナ政策が転換されても、コロナ感染拡大がいつ収束するのか、出口が見えず、人々にとって予想をはるかに超えるストレスになっているからだ。

 習政権になってから、繰り返し「強い中国」という夢を実現せよというプロパガンダが繰り広げられている。しかし人々にとって重要なのは、中国の夢の実現よりも目の前の生活だ。ロックダウンが続くなか、朝起きたら、まず考えるのは冷蔵庫にある食品の備蓄状況だった。このような生活はすでに3年続いてきた。先日閉幕したサッカーワールドカップをテレビで観戦した中国人は、海外の人々が開催地のカタールを訪れ、マスクなしで応援している姿を見た。同じようにコロナ禍に見舞われているはずの外国人の生活と自分の生活とに大きなギャップがあることに気付いた。この状況を放置しておくと、共産党への求心力が大きく低下しかねない。

改革・開放路線への回帰こそが重要

 12月15~16日に北京で開かれた経済工作会議では、2023年の経済政策について、不動産市場を活性化させ、個人消費を刺激することに重点を置くと宣言した。しかし、ゼロコロナ政策の「後遺症」を克服できなければ、経済活動が正常化しない。つまり、感染拡大のリスクや人々の不安をどう抑えこむかである。それができない限り、不動産市場も個人消費も低迷したままになるだろう。

 実は、習政権にとって目下の難局を打開するのはそれほど難しいことではない。感染拡大が収まらないのは、中国産ワクチンの効果が低いため、いくら接種しても、集団免疫を持てないからだ。中国には資金力があるので、今日にでも、習主席は米製薬会社ファイザーのCEOに電話して、同社製ワクチンの融通を要請すれば、ファイザーも喜んで協力するだろう。それによってファイザーの株価は大きく上昇する。明らかにウィンウィンのプラスサムゲームなのに、習政権がワクチンを輸入しないのは、国産ワクチンに固執する「愛国主義の罠」にはまっているからだ。政治指導者が無意味に意地を張れば、自国民に多大な犠牲を払わせることになる。

 あらためて2022年の中国経済を見てみよう。年初掲げられた成長目標は5.5%だが、1~9月の実質GDP伸び率は3%と目標を大きく下回った。第4四半期の経済活動も停滞したままであり、おそらく2022年の経済成長率は3%程度になる可能性が高い。

 最近、中国国内の経済学者は公開書簡で、2023年の成長目標を5%と、これまでの実績に比べてもやや高めに設定するべきだと提案している。彼らは、中国内外に高めの成長目標を宣言することで強いメッセージを出すべきだと主張する。しかし、いくらメッセージを強めても、経済成長の条件を整えなければ成長軌道に戻らない。

 2023年、中国が経済を成長軌道に戻したければ、まず、外国産ワクチンを大量に輸入して、高齢者や基礎疾患のある人に優先的に接種する必要がある。そして、経済活動を正常化させ、雇用創出に最も寄与する中小企業に対する財政支援を行う必要がある。対米関係についていえば、ここ数年続けてきた攻撃的な外交姿勢、「戦狼外交」を転換し、米国と和解を図る必要がある。中国の技術イノベーションが米国に依存している現実を忘れてはならない。それに加えて、習政権はマクロ経済政策運営について改革・開放路線に回帰すると宣言する必要がある。統制経済を続けていけば、この先に「出口」はない。

 習政権は、2023年の経済成長5%という目標を掲げようとしていると言われている。しかし、集団免疫を獲得できないなか、コロナ感染の収束は見通せない。政策運営についても不確実性が高い。3月の全人代で新しい国務院人事が選出されるが、新執行部のほとんどは中央政府の職務経験のない人ばかりで、その「試運転」を終えるのに最低でも半年はかかるからだ。種々の不確実性を考えれば、2023年の中国経済は3%前後の成長を実現するのが精一杯だろう。

 習政権は、政権発足後10年間、「ルール」を無視して運営されてきた一面がある。総書記の任期は「2期10年まで」という慣例を破って3期目入りしたことや、コロナ死者の統計方法の恣意的変更はその一例に過ぎない。これからの政権運営はルールを重視しなければ、2023年は年間通して「多事之秋」となりかねない。習政権は歴史的な分水嶺に立っている。

柯 隆

東京財団政策研究所 主席研究員
63年中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年同大卒業。94年名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)後、長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主席研究員などを経て18年から現職。著書に『「ネオ・チャイナリスク」研究』(慶應義塾大学出版会、21年)ほか多数。

著者の記事