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2023.04.07 安全保障

イエスマンだらけの習政権、リスクは異次元緩和依存と目前の「台湾準有事」

柯 隆

 2023年に入って、3年間も続いたコロナ禍はようやく下火となり、世界経済の回復が期待されている。しかし経済はもとより、世界の情勢はいっそう混迷の様相を呈している。

 米国では、シリコンバレー銀行は突然破綻してしまった。スイスの大手銀行クレディスイス銀行も破綻した。背景には、急速な利上げによる債券の含み損拡大や不祥事などによる経営不安があるとされるが、これらの銀行がなぜ破綻したのか、その原因はまだ十分に解明されていない。

 一方、早期停戦が期待されていたウクライナ戦争は膠着(こうちゃく)状態に陥り、長期化する可能性が濃厚だ。ロシアはウクライナを完全に支配できない。同時に、ウクライナも侵略者を追い出すことが簡単ではない。こうした中で、台湾が「第二のウクライナ」になるのではないかと心配されている。すなわち、中国による台湾侵攻リスクの高まりである。

「ブレーキなき3期目」に突入

 世界情勢が混沌とする中で、今年3月に開かれた全国人民代表大会(全人代、国会に相当)を経て、習近平国家主席は3期目に突入した。もともと2018年の憲法改正で国家主席の任期制限が撤廃されていたため、習主席の3期目続投には意外感はなかった。ただ、その執行部がすべて習氏の元部下というイエスマンで構成されることは、中国人から見てもやりすぎではないかと思われる。
 
 誰が見ても、習氏の3期目の政権運営はうまくいくはずもない。政治の世界は、左派が政権を取ってしばらくすると、右派に揺り戻しが起き、振り子のように行ったり来たりする「振り子理論」があるとされる。中国政治も市場開放と鎖国の間で行ったり来たりするように見える。ただし、中国政治の振り子は「普通の国」と違って極端すぎる。

 振り返れば、毛沢東政権時代(1949~76年)は、極端な鎖国政策がとられていた。76年9月、毛は死去した。その後、鄧小平をはじめとする長老たちが復権した。彼らは毛時代に迫害を受け、末端の人民の生活苦もある程度知っている。毛路線を続けたら、共産党が打倒されかねない。結果的に、鄧などの長老は政治改革を行わない前提で経済改革を試みた。すなわち、条件付きで市場を開放し、経済の自由化を進めた。「改革・開放」によって中国経済は奇跡的な成長を成し遂げた。

 しかし、習政権(2013年3月~)になって、「改革・開放」は袋小路に入ってしまった。経済の自由化は成長を支えてきたものの、これ以上自由化を進めると、共産党指導体制そのものが脅かされかねないとの懸念が生じたからだ。そこで、習政権は自由化とは反対に統制を強化した。権力基盤を固めるため、習主席は反腐敗キャンペーンを繰り広げ、腐敗を理由に自分の政敵と思われる幹部を相次いで追放した。

 結果的に習主席の周りには、とことん忠誠心を誓う者ばかりが集まった。一例だけ挙げると、天津市共産党書記の李鴻忠氏は、「(習主席に対して)絶対に忠誠でなければ、それは絶対に忠誠でないということになる」という「名言」を繰り返し述べ、重用されている。
 
 日本でも組閣において「お友達内閣」と批判されることがあるが、中国の歴代政権を振り返っても、ここまで赤裸々なイエスマンで構成されることはこれまでなかったと思われる。習政権の執行部は、それぞれの幹部の能力ではなく、習主席に対する忠誠心を重視している。問題は、間違った政策の実施を命じられたとき、それにブレーキをかける人がいないということにある。これからの習政権の運営はかなり不安定なものになると予想される。

打ち手が限られる経済政策

 2022年の中国経済は、政府が掲げた目標の5.5%成長を大きく下回って、3%しか成長しなかった。だが、実際の成長率はもっと低いとみられている。世界銀行で中国関連プロジェクトの審査を担当していた豪州Monash University(モナシュ大学)のShi Heling准教授は、「中国の実際の経済成長率は政府が公表した成長率を2ポイント引いた水準に近い」と指摘している。

 2022年12月、中国政府は突如として3年間も続いたゼロコロナ政策を転換した。そのため、「ウィズコロナ」における具体的な生活様式や政策の対応が間に合わず、現場では大混乱が生じた。政策急転換の背景には、経済成長率が1%前後に低下したことがある。あのままゼロコロナ政策を続けていれば、中国経済はおそらくマイナス成長に転落したに違いない。逆説的に言えば、昨年、中国経済は3%も成長していたら、ゼロコロナ政策を何の準備もなく転換するということはなく、現場の混乱も抑えられていただろう。

 政権運営に危うさを抱える習体制の下、2023年の中国経済はどうなるだろうか。IMF(国際通貨基金)や世界銀行をはじめとする国際機関のほとんどは、中国政府が掲げる5%前後の成長目標を追認する形で中国経済の見通しを発表している。確かに、22年の低成長を考えれば、23年の経済成長率はいくらか回復するだろう。しかし、李強首相にとって5%成長の目標を達成するのは決して簡単なことではない。このことについて同首相は全人代閉幕の記者会見でも率直に認めた。

 実は、中国政府が打てる経済政策はあまりない。まず外需を見ると、欧米諸国の経済は景気後退局面にあるため、中国にとって外需は弱い。事実、2023年1~2月の対外輸出はマイナス成長に転落している。他方、内需を見ると、失業率は高騰しており、個人消費は回復しにくい状況だ。政府による財政出動が期待されているが、3年間のコロナ禍により中央財政も地方財政も赤字に転落している。つまり、「輸出も消費も弱く、財政赤字で民間投資への資金供給も厳しい状況」ということだ。

 そうすると、中国政府にとって唯一の政策ツールは、人民銀行(中央銀行)による中国版「異次元金融緩和」である。一般的にオーソドックスな金融政策は、金利政策、公開市場操作と預金準備率操作の三つである。だが、中国人民銀行においては金利政策を積極的に行わない傾向がある。なぜならば、景気後退局面において利下げを実施すると、収益構造上、貸出金利への依存度が高い国有銀行を中心に利ザヤが圧縮されてしまい、不良債権の処理に引き当てる原資が不足するからである。

 残る手段は、公開市場操作、すなわち、人民銀行が国債や金融債を大量に買い入れることで、市中に巨額の流動性を流し込む。それに預金準備率を引き下げ、金融機関に対して、流動性を注ぎ込むことである。確かに金融緩和は景気を押し上げる効果が期待されるが、やりすぎるとハイパーインフレを誘発する恐れがある。その場合、失業率も高騰していることから、景気後退とインフレが共存する「スタグフレーション」に陥りかねない。2023年の中国経済は、政策のかじ取り次第で結果が大きく分かれることになる。

台湾海峡はすでに「準有事」

 習主席は3期目続投を決め、国内権力という面では安定した。そのため、これまでかたくなに続けてきた強硬姿勢の「戦狼外交」を転換し、外交リスクの払拭に乗り出すのではないかと期待されていたが、今のところ外交方針を転換する兆しは見られない。

 台湾有事のリスクはどうか。政治学者の見方を総括すれば、3年以内に、習政権が台湾に侵攻する可能性はそれほど高くない。中国経済が大きく減速する中で戦費を調達することは難しいし、現状では中国の軍事力で台湾を攻略できる保証がないからだ。従って、台湾に侵攻するとすれば、3年後、すなわち、習政権3期目の終わりに近づくころの可能性が高いのではないかとみられている。ペンタゴン(米国防総省)の軍関係者も「2025年までに中国の台湾侵攻に備えよう」と呼び掛けているようだ。
 
 むろん台湾有事に伴うサプライチェーンへの影響など、リスク管理のレベルで事前の備えが必要だが、米中対立がエスカレートする現実を踏まえれば、台湾海峡はすでに「準有事」の状態に入りつつある。いつ海峡が封鎖されてもおかしくない。

危機が迫るときこそ対話を

 この段階において、米中の和解を期待する者は多くないはずである。米中対立そのものは両国の覇権争いとされるが、中国は米国以外のG7(主要7カ国)およびその他の民主主義の国々とも対立を強めている。半面、習政権はロシア、イラン、北朝鮮との連携を強化している。こうしてみれば、世界はすでに「新しい冷戦」に突入しているといっても過言ではない。

 従って、台湾有事が起きるかどうかは別として、今後サプライチェーンの再編は避けられない。加えて日本は、台湾海峡封鎖のリスクに備える戦略も早期に練るべきだ。石油やガスを積んだタンカーが台湾海峡を通れなくなった場合、日本のエネルギー供給が極端に不足する可能性が高いからだ。
 
 その被害の程度を想定すれば、岸田文雄政権は、台湾有事に備えると同時に、台湾有事にならないよう習政権と対話することも重要である。いま、日本の世論は「反中」と「保守」が主流になっているように見える。一極化した習政権が危うさをはらんでいるのも確かだ。しかし、こういう混迷な時代こそ、政治リーダーの冷静沈着と世界を鳥瞰する先見の明が求められている。

写真:新華社/アフロ

柯 隆

東京財団政策研究所 主席研究員
63年中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年同大卒業。94年名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)後、長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主席研究員などを経て18年から現職。著書に『「ネオ・チャイナリスク」研究』(慶應義塾大学出版会、21年)ほか多数。

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