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2022.11.09 コラム

掟破りの3期目突入、習近平政権は矛盾に満ちた「強国路線」に
党大会で鮮明となった「脱・改革開放」

柯 隆

 10月に開かれた第20回中国共産党大会で、習近平総書記(国家主席)の3期目続投が正式に決まった。新しく選出された執行部は習派一色となった。共産党中央委員会の常務委員は、習総書記を除く6人の委員全てが、習氏の元部下ないし習派に属する者である。事前に予想されていた共産主義青年団(共青団)メンバーや、上海閥(いわゆる江沢民派)などは一人も入っていない。習氏への権力の集中がいっそう強まっており、中国共産党の歴史においても異例中の異例の人事といえる。

ルール破りの3期目突入

 国家主席に任期制が設けられたきっかけは、1976年の毛沢東主席の死去である。毛の死を契機に、江青女史をはじめとする「四人組」が拘束され、鄧小平が復権し、経済自由化のメカニズムを導入する「改革・開放」路線が始まった。その中で、鄧は毛に対する個人崇拝が文化大革命(文革)の悲劇をもたらした教訓から、指導者の任期制を導入したのである。国家主席の任期は「最長2期10年」と定められ、憲法に盛り込まれた。江沢民元主席と胡錦涛前主席はいずれもこのルールに従い、引退した。

 しかし、習政権は2018年の全人代(全国人民代表大会。中国の国会に相当)で突如として憲法を改正し、指導者の任期制限に関する条文が改定された。そして今回の党大会で予想どおり、習氏は引退せず、再任された。中国では、国家主席は共産党総書記が兼務することになっているため、2023年の全人代で習総書記が国家主席に選出されるのはほぼ確実である。本来ならば、ルールはみんなで守らなければならないものだが、2018年の改憲は「ルールが破られた前例」となった。

 また、執行部人事について「67歳以下であれば留任、68歳以上の人は退任」という暗黙のルールもあったが、それも今回の党大会で破られてしまった(習氏は69歳である)。誰が執行部入りするかは主席との関係によって決まることになり、習氏はかつての毛沢東以上に権力集中を果たした。執行部の6人は習氏の息のかかった人物である。権力者にとっては気持ちのいい人事だろうが、政権運営は不安定に陥りやすい。特に習氏は3期目で引退するのではなく、終身制の国家主席を目指しているとみられる。今の段階で言えるのは、将来、習氏の引退に伴って中国政治や社会・経済の不安定さが増すだろうということだ。

権力集中の弊害とゼロコロナ政策

 これからの政権運営で最も深刻な問題は、間違った政策判断にブレーキをかける人がいなくなることである。これまで李克強首相は、習氏と距離を置きながら政策運営を行ってきた。だが、イエスマンによって構成される習政権の各メンバーは、習氏に対する忖度を基に政策を決め実行していくことになる。本来、政策運営は状況の変化に応じて絶えず調整していくものだが、習政権の政策運営はフレキシビリティーを欠くものになるだろう。

 現在、中国で実施されている新型コロナウイルスの感染抑制を目的とした「ゼロコロナ政策」は、硬直的政策の典型と言える。2020年の年初から感染が確認された新型コロナは、当初、毒性が強く、重症化しやすかった。それに対し中国などがとった厳格な隔離措置は、感染抑制の効果があったとみられている。だがその後、ウイルスが変異し、毒性は弱まっている。特に2022年に入ってから感染が拡大しているオミクロン株は、感染力こそ強いものの、重症化リスクは低いとの報告が多く出されている。こうした中でも、習政権は厳格な隔離措置と大規模なPCR検査を中心とするゼロコロナ政策をこれまでどおり続けている。

 問題は、人々の行動を厳しく制限するゼロコロナ政策と経済活動の両立ができないことである。しかし、トップダウンで決められたゼロコロナ政策は、現場では「過度」に執行されがちだ。隔離措置に抗議する住民に対し、関係者が暴力を振るう事件が多数報告されている。結果的に、人々の生活が脅かされ、中小企業の倒産が相次いでいるため、失業率が大きく上昇している。中国政府が公表している公式統計(2022年7月)によれば、16~24歳の若年層の失業率は20%近い水準に高騰しているといわれている。中国社会はかつてないほど不安定化している。それでもゼロコロナ政策が転換される兆しはない。

 中国政府は年初に5.5%成長を目標として掲げた。しかし、これまでの実績を見ると、第1四半期4.8%、第2四半期0.4%、第3四半期3.9%で、1~9月期の経済成長率は3%となり、目標を大きく下回っている。現在、第4四半期に突入しているが、各地でゼロコロナ政策を続けていることを考えれば、2022年の経済成長目標の達成は困難な情勢だ。

 なぜ習政権はゼロコロナ政策を転換しようとしないのか。習氏は党大会の活動報告で「これまでの『清零政策(ゼロコロナ政策)』は大成功を収め、これからも堅持しなければならない」と強調した。自らが決めた政策を転換すれば、権威に傷が付くと恐れているのではないかと思われる。また、ゼロコロナ政策はスマホアプリを利用して、人々の行動を追跡し制限することができる。換言すれば、中国政府にとってゼロコロナ政策は監視社会へと転換するための絶好なツールでもある。

 ゼロコロナ政策の一貫として実施されている大規模なPCR検査も、政策堅持の理由の一つである。毎日のようにPCR検査が実施され、その「バリューチェーン」が形成されることで利益を得る者がいる。すなわち、巨額の資金がPCRの試薬を作る製薬会社、PCR検査を実施する病院などの医療施設に流れ、医者と看護師などが受益者となり、既得権益になっているのだ。彼らはゼロコロナ政策の有効性を強調し、政治指導者はそれを信じ込んで政策を転換しようとしない。

中国は法治国家とはいえない

 本来、人々の行動を制限するなら、根拠となる法律を提示しなければならない。しかし、中国では、いかなる地方政府もロックダウンを告知するとき、裁判所の命令などを必要としない。なぜならば、中国社会では「正しいことを行うのであれば法律など必要がない」というのが、ある種の文化になっているからだ。法の執行者は裁判所の命令がなくても、「正しい」ことを勝手に行うことができる。問題の本質は、中国社会が外交部の報道官が言う法治国家になっていないことである。

 習政権は3期目に突入しているが、その執行部の面々はいずれも毛沢東が引き起こした文革のときに小学校ないし中学校に在籍していた。彼らの毛に対する崇拝と、権力に対する崇拝は普通の人以上に強い。しかも、「造反有理(反乱者にこそ正義があるという意味。文革のスローガン)」を叫んで青春時代を過ごした彼らは、人と闘争する習慣を身に付けている。習氏が活動報告の中で繰り返して強調したもう一つの言葉はまさに「闘争」だった。

 振り返れば、胡錦涛時代は「和諧社会」、すなわち調和のとれた社会づくりが目標だった。むろん、胡時代が終わったときも中国社会は調和が取れなかった。しかし、習政権はこれから闘争を強化しようとしている。彼らは誰と闘争しようとしているのだろうか。

 言うまでもないが、習氏にとって最大の敵は自らの統治に異を唱える者である。すなわち、政敵と、自由や人権を求めるリベラルな知識人である。これは1950年代と60年代、毛沢東が引き起こした反右派闘争とよく似ている。毛は自分のライバルの幹部や知識人を追放するために、文革を引き起こした。

 これまでの10年間で、習政権は400万人以上の腐敗幹部を追放したとされている(共産党中央委員会発表)。習政権はすで3期目に突入したため、ライバル追放の動きはいくらか下火になるとも言われるが、実際は反腐敗キャンペーンをさらに強化する可能性が高い。なぜならば、習政権にとって「反腐敗」は、政敵を追放する絶好のツールとなっているからである。

内外で矛盾を抱える習政権

 習氏は活動報告の中で、「これからは豊かさを追求するよりも強さを求める」と強調した。習氏のこれまでの言葉を援用すれば、毛沢東は中国人民を解放し、鄧小平は中国人民を豊かにした。それに対して、自分は中国を強くするということのようだ。

 習氏の考えを実現するために、王毅外相は協調よりも闘いを徹底する「戦狼外交」を展開した。その結果、米中関係は1979年の国交正常化以来、最悪な状況に陥り、それ以外の西側諸国とも対立が先鋭化している。習氏は活動報告の中で、「台湾を統一するために、絶対に武力行使の権利を放棄しない」とも強調している。

 王毅外相は、2023年3月の全人代で外交を司る国務委員に昇格するとみられている。この人事からすれば、戦狼外交も継続されると思われる。そうすると、米中関係と日中関係が大きく改善される可能性は低くなる。それどころか、米中対立の先鋭化によって日中関係が悪化する可能性すらある。

 中国の立場に立って考えれば、中国経済は少なくとも技術面では日米欧に依存している。本来、日米欧との対立が先鋭化することは中国にとってデメリットしかない。にもかかわらず、習政権はなぜ日米欧諸国と協調する方向へ方針転換しないのだろうか。本質的な問題は、習政権は共産党支配の下で統制された社会の構築を目指しているのに対し、日米欧を中心とする西側諸国は中国の民主化を望んでいることだ。習政権は日米欧が共産党の下野を企てているのではないかと恐れている。だからこそ外部勢力の介入を警戒し、自力更生の鎖国路線へ逆戻りしようとしているのだ。

 しかし、中国は北朝鮮と違い、大半の中国人はある程度の自由を味わった。ここで彼らから自由を奪おうとすると、強く反発される。要するに、さらなる門戸開放を拒む習政権は、門戸を閉ざすことも簡単ではない。また、政府が経済を統制すればするほど、中国経済は本来の活力を失ってしまう。中国の政治、経済と社会を鳥瞰すれば、矛盾だらけの状況になっている。国際社会は中国にルールの順守を求めているが、中国国内でさえルールが機能しなくなっているのが現状だ。習政権とどのように付き合うべきか、国際社会の悩みは深まっている。

写真:AP/アフロ

柯 隆

東京財団政策研究所 主席研究員
63年中華人民共和国・江蘇省南京市生まれ。88年来日、愛知大学法経学部入学。92年同大卒業。94年名古屋大学大学院修士課程修了(経済学修士号取得)後、長銀総合研究所国際調査部研究員、富士通総研経済研究所主席研究員などを経て18年から現職。著書に『「ネオ・チャイナリスク」研究』(慶應義塾大学出版会、21年)ほか多数。

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