実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2022.05.02 対談

激動する「地政学・地経学」の時代へ
杉本博司×船橋洋一×白井一成

実業之日本フォーラム編集部

白井:今回の「実業之日本フォーラム」対談シリーズは、特別編として、世界的な現代美術家である杉本博司さんをお招きしました。

地経学、地政学をバックボーンにした言論研究プラットフォームである「実業之日本フォーラム」は、実業之日本社の看板雑誌だった「実業之日本」が休刊してちょうど20年の節目にあたる2021年に、ソフトローンチしております。

そして、実業之日本社の創業125周年にあたる2022年、本格的なローンチを迎えることとなり、杉本博司さんにサイトデザインやロゴなどビジュアル面の刷新をご担当いただきました。

杉本さんと、私共の編集顧問であるジャーナリストの船橋洋一さんのお二方に、「この激動の時代に何が必要なのか」「我々のメディアは何をすべきなのか」について、お話を伺いたいと思います。

船橋:杉本さん、大変ご無沙汰しております。本来であれば、杉本さんはニューヨーク、白井さんは香港をベースにしておられるわけですが、お二方ともにコロナのため日本に足止めされておられるのですね。

杉本:2020年初頭に新型コロナウイルスの流行が始まってから、ニューヨークと日本を往復する生活スタイルがガラリと変わり、もうかれこれ2年ほど日本に留まっています。これは私にとって、日本という国を改めて見つめ直し、考え直すきっかけとなりました。

そんな矢先に、ロシアのウクライナ侵攻という、時計の針を何回も巻き戻すかのような事件が起こり、いま私は、百年の眠りから突然目覚めたような興奮状態にあります。ただ、戦争準備というものは戦争を前提とするもので、開戦の日がいつかは来ることは予想していました。帝国海軍ハワイ作戦機動部隊がヒトカップ湾に集結したことを思い出しました。

船橋:テレビでロシア軍の戦車と装甲車の隊列が二車線で60キロメートルにも及んでいるのを見たとき、エッ、何これ?すごいアナクロ、時代錯誤もいいとこじゃないか、と思いました。そして、茶色の時代に逆戻りだな、と。中原中也のあの「幾時代かがありまして、茶色い戦争ありました」のあの感じ。茶色い戦争と茶色い時代、日本が中国大陸の戦争に嵌っていく時代が、あの中也の「サーカス」の時代背景だと思います。

茶色い戦争とは一言でいえば「レアルポリティーク」。もともとは19世紀にドイツで使われ始めた言葉で、「権力政治」と訳されていますが、要するに弱肉強食そのものです。あまりにも理想主義的な政治観と国際政治観に対する“毒消し”のようなかたちで現れた、国益とパワーと勢力均衡を重視する現実主義重視の政治外交観でした。両世界大戦間の時代の権謀術数の外交、なかでもヒトラーのナチスとスターリンのソ連が秘密裡にポーランドを分割する1939年のモロトフ・リッペントロップ協定がその典型とされるようになりました。

はるか遠く遡れば、古代ギリシャ世界の覇者・アテナイがスパルタの植民都市国家メロスを攻撃し、女子供以外を皆殺しにした折、アテナイの使節がメロスの指導部に言った言葉をツキジデスが「メロス島対話」として記録しています。「強者と弱者の間では、強きがいかに大をなし得、弱きがいかに小なる譲歩をもって脱し得るか、その可能性しか問題になりえないのだ」。まさにレアルポリティークそのものと言えます。

東アジア世界では、2010年に中国の楊潔篪外相(当時)がASEAN地域フォーラム(ARF)に出席し、居並ぶASEAN諸国の外相たちに言い放った言葉がレアルポリティークを表していると思います。彼はこう言ったのです。「中国は大国だ。あなた方は小国だ。それは厳然たる事実だ」。ロシアのウクライナ侵略はまさに1939年のレアルポリティークの再来といってもよいでしょう。

白井:メディアは戦争によって発達する、と言われますが、日清日露の戦間期にあたる1897(明治30)年に創業した実業之日本社は、軍国主義が世界を席巻していた時代に、「日本はビジネス(実業)で国を盛り立てていくべきである」という理念のもと設立されました。明治維新によって、わが国にもヨーロッパに数十年遅れて第1次産業革命の波が押し寄せてきた時代のことです。

その後の20世紀においては、二つの世界大戦を経験するあいだに、産業界においては第2次、第3次の産業革命が巻き起こり、モノづくりの生産性は飛躍的に高まっていきます。しかし、21世紀にはじまった第4次産業革命は、労働と資本が主軸にあった19世紀以降の産業社会を根底から覆すかのように、知能が中心的な価値となる社会を形成しつつあります。

一方、インターネットで世界はひとつにつながったと思いきや、国際政治の世界は地政学、地経学の時代に一気に突入しました。これはグローバリズムの反動ともいうべきもので、経済的なパワーこそが国家にとっての核心的な利益となった結果、ブロック化や国家間の同盟関係、地理的な制約から生じる合従連衡など、国際社会ではあらゆるパラダイムシフトが起こっています。

その行きついた先が、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻でした。20世紀半ばで終わっていたと思われた力づくの軍事的侵攻が、ヨーロッパの地で現実に起こったことは、リアルタイムの衝撃として私たちの日常を変えつつあります。核使用も辞さないとしたロシアの軍事行動によって、長く続いた平和な時代が終わりを告げ、世界は地政学時代へと突入しています。

さらには、ロシアへの経済制裁が地経学の重要性を際立たせました。西側諸国とロシアや中国との対立により、経済活動はグローバル化からデカップリングへと向かうなど、経済面でもあらゆる変化が同時多発的に起こっています。

杉本:戦争とは関係なく世界は変わり続けます。ただ、通信手段がのろしからモールス信号、固定電話から携帯電話へと変わっていったように戦争の仕方も変わるだろうと思いきや、今のところジェノサイドという旧弊が復活し、第二次世界大戦時の状況が再現されています。戦争とは必然的にエスカレートするものです。このままで行くとジェノサイドの極地である「原爆」が復活する可能性が高いとすら思います。その先には、人類未到の新世界が出現するでしょう。

白井:もちろん核兵器の使用が繰り返されるようなことは起こってほしくないとは思いますが、おっしゃるように加速していく世界の現実とその先を「実業之日本フォーラム」でも目を背けることなくしっかりと捉えていく必要があると思っています。

船橋:ウクライナ戦争の先の世界がまだ鮮明に見えているわけではありません。軍事力の衝突や米欧日による経済制裁の応酬の結果、この戦争がどのような結末となるのか。ウクライナとロシアの間でどのような平和協定ができるのか。その帰結によって次の「世界」の像が立ち現れてくるはずです。ただ、すでにこれまでのところでおぼろげながら「新世界」の輪郭が見え始めたところもあります。いくつかお話します。

まず最も大きいのは、ロシアは勝てなかったということです。プーチン・マジックは終わります。しかし、ロシアがプーチン後に民主主義国家になる可能性は小さいでしょう。ロシアはこれからもルサンチマンの塊の核保有国であり、“巨大サイズの北朝鮮”とも言うべき国として、国際社会の厄介な不安定要因であり続けることになります。

中国とロシアは今後20~30年間、石油と天然ガスのパイプラインを結び、相互依存関係を強めることになるでしょう。エネルギー安全保障を下部構造として、中国とロシアはアメリカに対抗するための戦略的共闘関係をさらに強めていくことになります。

アメリカがシェール革命により「エネルギー独立」の立場を築き、さらにエネルギー超大国として欧州に対するLNG供給を増大させることになるでしょう。今回、対ロ金融制裁に対抗するロシアのエネルギー供給の武器化を“中和”する上で、アメリカのエネルギー超大国へのカムバックが大きな役割を果たしています。中ロは民主主義国に広がる反原発運動で日米などの原子力産業が衰退する動向を見据え、世界の原子力エネルギー支配を追求することになるはずです。

経済制裁とそれに対抗する反制裁の“打ち合い”が長期化し、それに伴って生じる地経学的な動態と動向が国際政治と国際経済に大きな影響を及ぼすことになります。サプライチェーンのデカプリング、保護主義と一国主義、パラレルな国際秩序(例えば、デジタル通貨体制)形成などが広がっていくはずです。

こうした状況の下、ドイツと日本は、欧州とインド太平洋における中国・ロシアのそれぞれの脅威に対処し、抑止するための「最前線国家」として、より大きな政治的、さらには軍事的役割を果たすことが期待されることになるでしょう。

白井:「いつか来た道」を感じさせる未来像も含まれていますね。常に世界は未知の未来に向かって進んでいますが、同時に、歴史の中に似たような世界の姿を目撃することがあります。作用と副作用を反復しながら進むものだからかもしれません。

船橋:1930年代にナチスがポーランドに送り込んだ戦車と、2020年代にロシアがウクライナに送り込んだ戦車。そのイメージが私の中では被っているというのが、率直な感想です。歴史はまさに繰り返されるということを、リアルタイムで実体験しています。

白井:1930年代といえば、経済誌「実業之日本」がその当時使っていた題字(タイトルロゴ)は、北大路魯山人が揮毫したもので、「実業之日本フォーラム」がソフトローンチした際にはロゴとして使用しました。

そして、今回の本格ローンチにあたっては、サイトのメインビジュアルに、杉本博司さんの代表作のひとつである「放電場」を使うことで、いまの不透明な時代とそのなかで生き抜かなければならない日本を表現していただいています。

また、美術は感性に訴えかけ、人々の共感を生みますが、武力が荒れ狂ういまこそ、このような美術の力をメディアに組み込みたいという思いも、私の中には強くありました。

「実業」から「虚業」へ、「個」から「全体」へ

写真/緒方亜衣

 

杉本:最初にお話をいただいたとき、「実業之日本」ではなく「虚業之日本」のほうがよいのではないかと思ったんです。

というのは、世界がもう「実業」ではなく、「バーチャル」の世界になったと思ったからです。125年前の日本は、実際に物を作ってそれを世界中に買ってもらうことによって成り立っていたけれど、現在は人間の心の中にあるアイディアが資産化されていく世の中になりました。

コンピュータの出現によって社会が大きく変革した第3次産業革命でも、ものづくり、つまり実業の位置づけはさほど後退しなかった。実業の隆盛にコンピュータが活用されたわけです。ところが、第4次産業革命は、IoTやAIに代表されるように、バーチャルの世界に産業の軸が移行しつつある。あるいはアートのような、人間の精神や心に働きかけるものこそが、人間にとってもっとも価値が高いという考えが広がりつつあります。つまり、実業に対するところの「虚業」です。

虚業の時代というのは、豊かになっていると考えるよりも、人類の成長の限界にさしかかっているのではないでしょうか。このまま人類が、拡大再生産だけを行って滅亡してしまわないように、いま私たちはどうすればよいのか議論する必要があると思います。

たとえばコロナ。コロナが出てきたのは、人間がこれ以上増えないように、自然が危険信号を出した結果、自動調整機能としての疫病を発生させ、人間の増殖をコントロールしようとしているからかもしれないですよ。

船橋:本当にそうですね。いっぽう私のほうは、「個」よりも「全体」で協力して物事を進めていくべき時期に差し掛かっていると、今回のコロナ禍で感じました。

コロナウイルスに対しては、退治したい、退治しなきゃいけないといって、世界中が血相を変えてやってるんだけれども、結局、難しいなって何となくみんなわかり始めてきて、これと共存するしかないという感じになってきていると思います。

かつて、「1人の人間の命は地球より重い」と言った日本の首相がいました。その考え方に立つと「コロナ根絶」になるんだけれども、ウイルスだけを見るのではなく、社内全体の視点で考えなきゃだめだと。もちろん、全体と個の調和は非常に難しいけれども、そこのところにいま差しかかっているというのは、強く感じているところです。

コロナをめぐっては、誰が持ってきたとか、どっちが先だったとか、売り言葉に買い言葉で、アメリカと中国の関係は決定的に悪くなりましたね。アメリカと中国がこのコロナ禍で協力できていればよかったのですが。

船橋:1986年にレーガンとゴルバチョフがレイキャビクで米ソ首脳会談を行ったとき、レーガンが「もし宇宙人が攻めてきて、アメリカを攻撃したら、ゴルビーさん、あなたはアメリカを支援してくれるか」と聞いた。そうしたらゴルビーは「当然だ。一緒に戦おう」と。逆にゴルビーが「だけどレーガンさん、もしソ連に攻めてきたら、あなたは同じようにやってくれるか」と訊ねると、レーガンは「もちろんやる」と。

これは、相当のスピーチライターがいろいろ知恵を授けたのだと思いますが、あの冷戦のときのほうが、まだこういう会話が成り立っているんです。リーダーが、地球全体を見ているじゃないですか。

地政学のむごい現実に直面しているリーダー2人が、それをどう乗り越えることができるかなと、まずユーモアから始まって、そういう形でほぐしていくような会話が、いまはほとんどないですね。

杉本:このコロナ禍で、地政学的な利害関係の調整ができるだけの「国際的な統一した理念」を、人類は持ち得ないということがはっきりしましたよね。

船橋さんがおっしゃるように、コロナ禍では地球全体が一致結束して戦わなければならなかったのに、「おまえが始まりだ、いや、おまえだ」という泥仕合になってしまいました。

船橋:冷戦のときでさえ、ソ連とアメリカは、ポリオのワクチンを共同で開発しているんです。それを考えると、いまの米中新冷戦のほうが危険かもしれないです。

白井:さらに、ロシアがウクライナを侵攻し、西側諸国が一斉にロシアを非難して経済制裁を強化する中で、大国となった中国がロシア寄りの姿勢を見せていることで、「冷戦2.0」とでもいうべき、激しい対立の時代に世界は突入してしまいました。

「頼れるデータ」への需要が増している

写真/緒方亜衣

 

船橋:きょうは「実業之日本フォーラム」のスタートを記念する対談なので、少し調べてきたんですよ。何を調べたかというと、『実業之日本』は1897年に創刊しましたが、石橋湛山の『東洋経済新報』が1895年創刊ですから、ほとんど同じ時期に「経済誌」というジャンルが日本で始まっているんです。

経済誌というのをなぜ作ったか。それはマーケットがあって、株にしても、商品相場にしても、解釈はいいから、まず基本的な事実とデータをきちんと出してください、という社会のニーズです。

これはものすごく重要なニーズで、そのためにメディアというものはまず経済誌から発展して、それがクオリティペーパーになっていくんですね。いっぽう、政党だとか政治のほうから出ているメディアは、あんまり長続きしない。

ヨーロッパにおいても同じで、経済誌のほうが長続きしています。1840年代にイギリスでジェームズ・ウィルソンという経済学者が「エコノミスト」を創刊する。イギリスは資本主義が早いですからね。1856年にドイツで「フランクフルター・ツァイトゥング」が創刊し、アメリカでは1880年代にダウ・ジョーンズが「ウォール・ストリート・ジャーナル」の前身をつくる。

日本はアメリカに10年ほど遅れますが、結局、資本主義が出てきて、それから民主主義のほうに行くわけです。そういう過程の中で出てきているのが経済誌であり、経済ジャーナリズムなんですね。

だから、それから125年経ってみて、もう一度、経済の事実とデータに基づいて、切実なニーズにしっかり応えることに、今回の「実業之日本フォーラム」のチャレンジの大きな意味があるのではないでしょうか。

マーケット、技術革新、地政学、ポピュリズム、フェイク、バーチャルリアリティが、全て渾然一体となった中で、ハードな、固いものは何だ、頼れるデータは何だというところの需要というのは、ものすごく強くなっていると思います。だから、非常に期待しているのです。

杉本:経済がほかの文化の面、テクノロジーの面、全てに絡み合っている状況ですから。ただ単に、経済の指標だけを出すというのが120数年前。今度の新たなメディアとしては、総合的な人間の活動というか、文明というか、社会の成り立ちから、政治、芸術……ある意味では全てをカバーしていくことが必要です。

いまの世の中の先を読み、将来どうなっていくのかということについて、悲観的なり、希望的なり、それを判断できる材料を、何かまとめて統一的に指針を出してくれるような、そういうオピニオンリーダー的なメディアが必要になると僕は思います。

船橋:その通りですね。経済から出発してクオリティペーパーになったメディアは、最初は経済から行くけれども、やはり民主主義で、政治をきちんとカバーして書かなければいけないし、普通選挙がどの国にも広がっていくと、読者は女性を含めた有権者になるわけです。だから、ジャーナリズムの役割は非常に大きい。さらにそれが1国だけではなく、グローバルな視点が求められていくのが現代です。

「ファイナンシャル・タイムズ」の親会社、ピアソンの会長だったマージョリー・スカルディーノさんから伺った話があります。「ファイナンシャル・タイムズ」には世界の特派員がたくさんいるんだけれども、特派員が赴任するとき、必ず彼女のところに挨拶に行くんです。これから、ここへ行ってきますと。そうすると、必ず彼女は、そのそれぞれの国の文化とか歴史とか、そういうことをいろいろ聞きながら、最後に「1つお願いね」といって伝えることがあるというんです。

それが何かというと、「投資家の目線で見てください」ということなんですね。あなたはジャーナリストだけれども、頭の片隅には投資家というのを置いておいてくださいと。

「投資家の目線とはどういうことですか」と訊ねたら、「リスクはどこにあるのかということと、もっと重要なのは、チャンスはどこにあるのかということです」とおっしゃった。リスク、チャンス、それぞれどうなんだと。それから、誰がインで、誰がアウトか、そこを見ておいてくれと。

結局、人間はみんな、先物買いというか、強いもの、未来の展望にいちばんの関心があって、未来の展望を見るジャーナリズムが本当のクオリティなんだとスカルディーノさんはおっしゃって、すごく考えさせられた。

僕のそれまでのちょっと青臭いクオリティ・ジャーナリズムというのと全然違っていて、ものすごくダイナミックだなと思ったし、人間の営み、社会の営みの中に、未来を取ろう、つかもう、あるいはつくろうというジャーナリズムというのは、もっともっと必要なんじゃないかなと思うし、白井さんには本当に期待しています。

白井:大変光栄ですし、ファクトから未来を映し出すという「実業之日本フォーラム」の役割が、より明確になりました。

 

中国は「責任ある大国としての振る舞い」ができるのか

杉本:確かに資本主義は民主主義とセットで発展してきたようなところがありますが、トランプ氏の登場によって、アメリカも中国のように全体主義に向かっているようにも見えます。

そうして向かうのは共産主義と資本主義が合体した中国のような全体主義国家です。なりふり構わず良いとこ取りをして、それを強制的に管理していくほうが、生産性が上がりますもんね。残念ながら、これに民主主義的な資本主義が勝てるとは思えません。

船橋:不気味なのは、コロナ禍では、中国のような専制国家のほうがうまく対応できているということです。

中国では200万人の都市でも、コロナ感染者が1人出たら、人権もプライバシーも無視してすぐにロックダウンしています。ここまで徹底できるのも、中国独特の体制なのでしょうね。そうなると、たとえば、将来、気候変動が起き、すぐに何か対応しなければならない時に、民主主義下ではうまくいかないのではないかとも思い、恐ろしくなります。

杉本:結局、みんな一緒の合意に達することは、民主主義では不可能だということですよね。2021年に行われたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)で、インドなどが石炭不使用に反発するのにも理解できます。先進国が環境をさんざん壊しておいて、危機的になったとたんに発展途上国にも石炭不使用を要求するのはおかしいですからね。

中国にもそういう思いが潜在的にあると思います。人類史の中で、常に文明は競合し、各時代に覇権国家を生み出してきました。古代ローマ帝国、大航海時代以降のスペイン、産業革命後のイギリス、米ソなどの大国が台頭し、覇権を握りました。中国は古代の一時期にユーラシア大陸に覇権国家を築いたという誇りに基づいて夢を持ち続けているように見えます。しかし、西洋のテクノロジーによって産業革命で差をつけられ、攻められてしまい、香港割譲やアヘン戦争など、屈辱を感じる歴史がありました。その中国がアメリカと並ぶ超大国になり、「今度こそ逆転してやるぞ」というプライドがある。そう考えると、いまの中国は、戦前の日本と全く同じメンタリティだと思います。

「中華思想」とは、つまり中国が世界の中心であると鼓舞する思想で、現在の一党独裁、強権主義の元では国内では機能していくでしょう。しかし真の覇権国家とは、新技術を持ち、新思想をもち、新知識を持つことにより世界の指導的立場に立つものだと思います。今の中国には、そのいずれもあるように思えません。

船橋:中国の復讐の情念のようなものは理解できなくはないです。でも、そのままでいってしまうと、世界の秩序を作っていく責任ある大国としての振る舞いや、コミットメントが出にくいのではないかと思っています。

今後、中国はロシアとの協商関係をさらに深め、米中対立はさらに緊張の度合を深めていくはずです。しかし、ウクライナ戦争の中で見えた中国のニヒリスティックなほどの機会主義的外交や無原則な対応を踏まえて、中国と友人になりたいと思う国はさらに少なくなっていくように思います。中国はうまく立ち回って、それでよしとするのかもしれませんが。中国が主導して作ろうとしている国際秩序において、そのルールが果たして正統性を持ちうるのかどうかに疑問を持つ国も多くなっていくと思います。

杉本:習近平の発言を聞いていても、「世界全体を考える」というスタンスは全くないですよね。とにかく勝って、そのあとはチベットに対しての支配と同じような態度で臨むでしょう。

船橋:だから、中国の場合、怖いですよ、はっきり言って。そういう世界全体を考える思考が、おそらくいちばんできない体制になりつつあるんじゃないかと思います。

『実業之日本』に立ち返れば、これは杉本さんから以前、お話を伺ったこともありますが、歴史の力というか、歴史をどういうふうに認識するか。そのこと自体が、ある意味では国際政治の中での重要なファクターになっている。いわゆる「歴史戦」の問題です。そういうことも含めて、日本で経済誌が生まれて125年経って、いまとあのときと変わらないというか、戻ってしまったような感じもしています。

 

「1人のリーダーへの依存」は危険

白井:習近平の率いる中国を見ていますと、私の専門領域である企業経営から考える組織論は、国家経営にも当てはまるように思います。

たとえば、強烈なトップダウン型のリーダーが率いる会社は、すごく効率的なんです。リーダーのみが行う意思決定は素早く、その実行のみを目的にした組織は非常に効率的だからです。

でも、そこにはいくつかの問題点があります。まず、意思決定の巧拙がリーダー次第だと言うことです。意思決定は情報収集とその分析と評価が重要です。これらがリーダーの能力の範囲で収まっているときは良いのですが、大きな環境変化などのリーダーの能力を超えるような場合は、意思決定を誤ることにつながります。

次に、組織が新しいイノベーションを生み出さなくなります。リーダーが「これをやりなさい」と言えば、それをやることのみが評価につながるので、社員は何も考えなくなるのです。また、このような組織は、リーダーの歓心を得ようとして、本当のことを隠して、リーダーが望む報告のみをしがちです。そうすると、リーダーは正確な情報を得ることができず、意思決定の質も低下します。

このように、短期的なパフォーマンスを出すためにはこのトップダウン型は効果的なのですが、不確実性が高い場面では、1人のリーダーの情報収集能力と意思決定能力に依存することは危険だと言われています。できるだけ多くの情報を取得し、あらゆる角度から検証し、常に既成概念に囚われない意思決定を行うことを心がけ、組織にはある程度の裁量を設けることによって、あらゆる組織レベルでイノベーションが生まれることで、あらゆる環境変化に対応できるのです。

だからといって、リーダーが不要かというとそうではありません。望ましいリーダーは、大きな方向性を指し示しつつ、組織が生み出したイノベーションをどんどんと会社の戦略に取り込み、古いものを切り捨てる組織マネジメントを行うべきなのです。

これらを国家経営に当てはめると、いまの中国は短期的にはパフォーマンスは出しているけれど、長期的には、この不確実な時代を乗り越えていけるのかということには不安がありますよね。

杉本:中国で、国有企業と民間企業はどういう関係性になっているんでしょうか。

白井:現在、中国は「国家資本主義」と言われています。

中国の改革開放以降、過去の社会主義から市場経済への移行期であり、市場化、民営化、民主化の過程とされていました。しかし、近年、市場化だけが進められ、民営化と民主化は逆戻りしつつあります。国有企業を優先する「国進民退」と、国有企業に民間資本を入れる「混合所有」が進められ、市場主義のメリットを国家が享受するケースが多く見られるようになりました。つまり、専制的な政府が、政府資本と市場のダイナミズムを活用しながら、特定の産業を活性化させ、国家目標を達成するわけです。

このように政府が市場を操作するものの、十分な情報開示がなされないため、市場原理が大きく歪められ、それは民主主義陣営の自由市場にも大きく影響を及ぼすことになります。

一方、このような国家資本主義には、官僚主義や腐敗がはびこり、イノベーションが削がれる結果となり、長期的には国民に支持されないと言われています。これは、先ほど私が申し上げた組織論にも符合します。

船橋:冷戦時代のキューバ危機の際に、ジョン・F・ケネディが心がけていたのは「インテリジェンス機関の連中の言うことを鵜呑みにしないこと」だったそうです。

インテリジェンスの人たちは何事にも100%決め打ちで言ってくるので、そこに本当にそうか? と疑問を投げかけるのです。

さらにケネディは、意思決定過程や、リーダーの性格、事例、あのときなぜ彼はこのような決断をしたのか、それをどのように守っているのか、そうしたことについてとことん調べさせ、独立したチームを作って、議論させる。また、重要な会議には、あえて自分が出席しないことで、忖度せずに自由に議論させていました。

だから、現代の不確実性の時代の中ではもっと、コンピュータのモデリングやインテリジェンス機関の見解だけで判断するのは、すごく危険なのではないかと思います。そう考えると、この教訓が生かされない体制になっている中国は怖いですね。

 

リスクの「評価」と「管理」

杉本:船橋さんのシンクタンクがまとめた、民主党の菅政権のときの原発対応の本を読みましたが、おもしろいと言ったら失礼だけれども、あれはまずかったですね。

船橋:問題は、いまもあんまり変わってないということなんです。民主党政権であろうが、自民党政権であろうが、変わらない。これでは困ります。

経営的とか、政治的なストレスが強すぎる場合、そのリスクの「評価」と「管理」が問題になります。リスクを管理するためにリスク評価をするじゃないですか。ところが、リスク管理のストレスが高すぎると、日本人はリスクの評価を変えてしまうんですよ。だから、「想定外」にしてしまう。起こったら困るから、リスク評価を「起こりません」にしちゃうんですよね。確率論的なリスク論というのは、日本では全部無理で、ゼロか、そのものか、どっちかになってしまって、みんなリスクゼロのほうを政治的に選ぶ。

杉本:それで、想定外と。

船橋:たとえば子宮頸がんのワクチン、日本は接種率が1%以下ですよ。副反応が出たときに、あらゆるメディアがうわーっとみんなで寄ってたかって叩いて。だから厚労省は、ワクチンやめましたと。メーカーもワクチンやりませんと。そうすると、ワクチンを打たないのは先進国の中では日本だけですから、日本は圧倒的にこれによる死者が多いんです。リスクは全部先送りしてしまう。

杉本:「想定外」というのは、便利な言葉ですよね。

船橋:本当に便利です。

杉本:想定していたんだけど、想定外なんですね。

船橋:そうなんですよ。

杉本:「実業之日本フォーラム」は、その想定外のところを想定していただく新しいメディアにしていただきたいと思います(笑)。

 

唐と宋の歴史を見たければ「日本に行け」

白井:昨今、韓国は芸能によるソフトパワーを戦略的に高め、世界から共感や理解を得ています。日本は、芸術や古い歴史、日本のアニメやオタク文化のサブカル分野、日本食、日本観光など、多くのソフトパワー資産を保有していますが、必ずしも戦略的に動けていないように思います。杉本さんは、現代美術家でありながら、歴史や伝統建築、古美術などの一流の研究家でもあります。この側面に絞って構いませんので、日本のソフトパワー戦略はどうあるべきか、お考えをお聞かせいただけないでしょうか。

杉本:日本は「埋蔵文化財」をフランスのように有効的に使うべきだと思います。たとえば、正倉院にはシルクロードの文物がありましたが、それは中国にもないものです。

しかし国は、複製、私に言わせれば偽物ですが、それを作って展覧し、「本物は見せなくて良い」という態度をとっており、痛むリスクがあるなどという理由で、国宝や文化財を海外に出さない方向に向かっています。これではせっかくの文化資源を全く生かせない。このような状況ですから、文化行政そのものを戦略的に進める人が必要かもしれません。

われわれは、発信力というのを本当に使えば、いくらでも使えるものがあると思うんですよ。ところが、国際交流基金なり、文化庁なりというのは、全然、フランスに学ばないという感じがします。アーティストに対しての支援政策もしかりです。

僕なんか、放っておいたら本当にフランス人にされちゃいそうな勢いで(笑)、勲章攻めとか、事あるごとにいろいろ呼ばれてね。東京のフランス大使館も、このあいだイザベル・ユペールという大女優が来て、ディナーをやるからというんで行ってきました。ほんの10人ぐらいのディナーです。1カ月に1回くらい呼ばれますよ、フランス大使館には。

私がアメリカに行っても、日本領事公邸とかにはめったに呼ばれない(笑)。野村萬斎さんを呼んだときには、さすがにディナーをやりましたけれども。

船橋:発信するどころか、「本物」つまり、いちばんのものを、世界に対してだけでなく、日本国民にさえ見せようとしないのは、深刻な問題ですね。国民も、民族も、いちばんいいものを見て育てないといけないと思いますが、なぜ国はそういう態度なのでしょうか。

杉本:「保全が第一」という考えしか持っていないのだと思います。光にさらすと傷むなんて言っても、室町からのふすまは、400年以上のあいだ、お寺の中にはまったままのおかげで、いい味が出ています。それがいま、国宝になっていますよね。

美術にしても、文化にしても、ものごとが全部不変ということはあり得なくて、常に変化していくというのが、当たり前なのです。「良いものは冷凍保存をする」という時間の認識というのが根本的に間違っていると思います。

たとえば、正倉院に1000年以上入れていた文物、美術品は、コンクリートの別館を建てて、全てそちらに移されてしまっています。僕は、そのほうが良いとは思えません。地震で電源が切れた場合、その倉庫の空調は壊れてしまいます。人間が培ってきたものが、近代テクノロジーによって、逆に壊れてしまう、という現象が発生します。

船橋:一方、中国は、すべて上塗り文化だから、王朝が変わるたびに前の文化を否定してきました。僕の中国の友人は、中国で「唐と宋の歴史を見たければ日本に行け」と言われていたそうです。これは、中国に一切残っていないものを、日本がずっと大切に残してくれたということへの感謝と敬意の表れなんです。

杉本:だから、岡倉天心のような人間が出てきて、日本の文化行政そのものを根本的に変えないといけない。私はやりたくないですよ、文化庁長官は(苦笑)。ただ、意見はずっと言ってるんですが、おおむね反対の方向に動いていますね。

政治も同じような状況で、誰がグローバルに物事を考えて、日本国の意思決定をしているのかというのは、ふだんから疑問なんですけどね。政府には、有識者会議というのがたくさんありますよね。メンバーはどういうふうに選ばれるプロセスになってるんですか。しかも、そこで意見を言っても、その意見が考慮されるのかどうかということがあります。

船橋:岸田首相肝いりの「新しい資本主義実現会議」を見ても、有識者構成員は17人もいるじゃないですか。17人の会議を1時間ちょっとやったら、発言時間は1人2分しかない。結局、多ければ多いほど、全部役人がつくっているということなんですよね。

それだったら、要するに、本当に新しいビジョンをつくるということではこれはなくて、政府がある方針をもう決めていて、その方向にやるときに、これをみんなでご唱和いただきましたと。お墨つきのようなもので、そんなのをいくらやっても、全然変わらない。

杉本:もともとの役人が、基本の文章をつくる、その構想力、創造力がすばらしければ、それでいいんですけどね。どうもそうじゃないような……。

東大の卒業生が官僚になりたがらないという傾向に、いま、なっていますね。

船橋:そうですね。明らかにその傾向ですね。

杉本:そうすると、ますます先細りというか、優秀な人材が官僚に流れていかない。初任給で3倍も4倍も高い外資系からオファーが来れば、それは明らかに高給のほうに行っちゃいますよね。

船橋:もちろん給料もあるけれども、若い官僚に聞くと、働いてみてやりがいがないと。なんで夜中の1時まで残って、大臣や副大臣が答えなきゃいけない国会答弁を全部自分たちがつくって、こんなことやってなきゃいけないんだと、こういう感じですよね。国会答弁って、AIでやればほとんどできるんですよ。先例が何を言ってるかということだけですから。でも、そうならない。

官僚が実質的に日本の舵取りをしてきただけに、そこに優秀な人材が集まらなくなるのは、由々しき問題です。

 

ハングリー精神がない日本

白井:なぜ、日本はここまで停滞してしまったのでしょうか。

杉本:それは、ひと言でいえばハングリー精神の欠如だと思います。

船橋:そうですね。中国が急成長した江沢民と胡錦濤の時代は、貧しい人を中産階級にして、教育の機会を与え、能力中心主義になってきましたよね。

たとえばアリババのジャック・マーは高校の英語教師でしたが、ハングリー精神で、独学でシリコンバレーをモデルにして勉強した。でも彼のような人が、いま習近平の時代に生まれるかどうかと言われると、それは難しいかもしれない。

共同富裕とかいう中で、政府がしゃしゃり出てきて、はしの上げ下げまで全部言うような、そんな感じになってきていると、これからもうなかなか出てこないかもしれませんね。

杉本:戦後の日本の経済成長も、ハングリー精神でできていましたよね。でもいまの世の中は、みんなが豊かで全くハングリーじゃないです。日本は飽和点に達していて、それがそのまま持続するか、下降するかだと思います。

白井:組織論的な視点だと、「変化」には「外圧によって変化せざるを得ないからする変化」と「内発的に自分たちで能動的に未来をつくろうとする変化」の二つのパターンがあります。前者は一時的で持続しない変化であり、後者は持続的な変化を生み出すと言われています。

たとえば、明治維新の際、人々は他のアジア諸国の状況に危機感を持ち、能動的で破壊的な変化を起こしたと思います。そう考えると、いまの日本には危機感が足りなく、変化へのモチベーションも下がっている状況にあるのではないかと思います。これらの打破には、広範なシナリオを想定して危機の予測とその対応策を練らないといけないのですが、いまの日本ではいろいろなシナリオを想定すること自体あまり受け入れてもらえないですね。

船橋:確かにそうですね。明治維新から戦後の日本までは、良い意味で新陳代謝が起こっていたと思います。

あと、最近日本のマーケットは本当に小さくなったと感じます。昔は日本のマーケットの中で競争して勝ったものが、世界のマーケットに出ることができました。でも、いまはグーグルやMeta(旧Facebook)の市場規模は10億人以上で、日本のマーケットは1億人で精一杯ですよね。だからいまの日本企業は世界で戦うこともできない。

それを考えた上で、日本の国際競争力をどう維持していくかは問題だと思います。

いま、日本の個人金融資産は合計して2000兆円あると言われていますが、たとえばいままで貯蓄に回っていたものを、環境問題に配慮した経済活動への投資である「グリーン投資」に向けるということも一つの手ですよね。

 

Meta、XR分野に毎年1兆円以上を投資

写真/緒方亜衣

 

白井:おっしゃるように、グリーン投資は、労働と資本から頭脳へ競争優位が移行する第4次産業革命時代において、唯一残されたケインズ型の経済浮揚策かもしれません。

ケインズ理論とは、金融政策と財政政策が有効な景気対策になるという考え方ですが、地球環境に関する部分にケインズ型を残すことは、雇用維持という観点においても、雇用が競争優位で無くなる第4次産業革命下の社会で一つの手立てだと思います。

今後の日本に必要なのは、第4次産業革命の産業構造にできる限り転換を進めつつ、グリーン投資などの効果的な投資を戦略的に進めることが肝要かと思います。

また、メタバースはデジタル上の仮想空間やそこでのサービスですが、Meta platforms(旧facebook)はその分野に毎年1兆円以上を投資すると発表しています。

ただ、そうすると、ハード機器から空間のSNS空間のプラットフォームまで全てが、Metaに支配される世の中がやってくるかもしれません。しかし、現在のサブカル分野では、日本が非常に強いため、その中の一つのパーツとして生き残っていけそうです。日本はこのように急拡大するマーケットを見定め、そのなかで自国の強いソフトパワーを戦略的にどう使っていくかがポイントですね。

船橋:サブカルに代表される文化の分野において、日本はものすごく大きい資産を持っていると思いますが、そのことをしっかりと認識しなければいけませんね。

杉本:ただ、京都へ行っても、インバウンド向けの“なんちゃって京都”に全部つくりかえられつつあるんですよ。寺へ行っても本物の仏像はない。民家を改装して、何か安っぽい、京都風を演出した、ある意味では京都そのものがディズニーランド化してしまっている。

船橋:そうなんです。自分たちで自分たちの評価軸をしっかりと世界にも共有できないから、そこを世界に埋められてしまう。ディズニー化というのは、結局はグローバル化です。これは、ものすごく怖いと思います。

お寺にしても、街並みにしても、一つひとつの説明が学校の教科書のような記述方式で、ストーリーになってないし、なぜこの人を、ここをこういう形でいまだに顕彰しているのかとか、祈念しているのかということの説明が、全くできていないんです。供給者の論理ばかりで、需要者側、消費者側の目線とか論理というのはほとんどない。

だから、外国人に説明する前に、まず日本の国民に対してきちんと説明して、ここに価値があるんだとか、これを我々は評価している、これを信じているんだという熱意が伝わってこないから、文化が継承されようがない。

いま、インバウンドの観光客は、日本にいてもスマホで英語の観光ガイドを聴いている。しかし、それは彼らにとってのストーリーです。

杉本:説明員が、人間じゃなくて、テープレコーダーみたいにただ反復しているだけで、説明している人はおそらく何もわかってないですよ。

評価軸が本当はあるのに、活用していないというか、あるものを自分で自傷行為というのか、壊していくような傾向になっていくんじゃないかというのを、非常に恐れますね。

船橋:そうですね。これは、自分たちで自分たちの評価軸を世界共有できてないところが根本にあると思います。これができないと、外に対して迎合するだけのものになってしまいますよね。

あとは、白井さんから教えていただいたことだけど、VRとか、アバターとか、ああいうこだわりですよ。岡倉天心が言った、ビューティフル・プレイフルネス・オブ・シングスです。だから、一種の遊び心で、リアルシングは持っている。日本は、ものづくりの職人芸と、このビューティフル・プレイフルネス(フーリッシュネス?)・オブ・シングスを持っているから、両方持っている強さがあったほうがいいんです。

そこのところを絶やしちゃいけないと思うし、アーティストとか、そういうところの勝負になっていくんじゃないかと思うんですよね、これからの日本は。ここにいちばん付加価値が付きますから。

白井:サブカル分野においても、文化財においても、日本は非常にアセットとしてはたくさんありますから、それを戦略的にどう使うかというところですね。

船橋:何がアセットかという認識を、もう少し持つ必要があると思うんですよね。さきほど杉本さんから、廃仏毀釈をモチーフにした作品を見せていただいたけれども、結局、熱病に取りつかれたように全部いっぺんに同じ方向に行ってしまうと、文化は破壊されますね。中国はそれをやるんだけれども。

日本は、中国のようにならなかったところに良さがあって、とことん退治しないし、残していくじゃないですか。全部捨てきれないとか。それは、時間で言うと多層的というか、多様性があるのです。これが中国の人が言う「唐を見たければ、宋を見たければ日本に行け」ということなんですね。日本はちゃんと抱えているから。なぜ抱えているかというと、大切なものだという共通認識があって、資産だと思っているからだと思うんですよ。

じゃあ、日本の中の資産は何かということを、われわれがもっともっと認識しないと、たぶんこれを全部失ってしまいます。明治維新のときの浮世絵にしても、仏像にしても、フェロノサやブルーノ・タウトのような海外の文化人が再評価してくれたからありがたかったけど、今度、自分たちでそれをやらなければいけない。

そういう意味で、文化庁にしても、観光庁にしても、いったい何をしようとしているのかなと思いますね、僕は。おそらくここが、日本の21世紀のものすごく大きい資産じゃないですか。

日本は、世界に語りかけていくという意思が、まだ圧倒的に足りない。これから事実上の小さい国になってくると、もっと自分から語りかけて、味方をつくっていくとか、コンパッション、共感というのを意識的につくっていかないと、たぶん、生きていけないでしょう。

 

この親を選んだのは自分ではない。だから「親ガチャ」…

杉本:では、少し話題を変えて、これからの未来を考えてみましょうか。

まず、物の生産はどうするかというと、テクノロジーが進んでAI化していくと、実際にカタールやブルネイなどの産油国がそうであるように、働かなくても、国民でありさえすれば、十分に食えるだけのお金をもらえるんですよね。未来というのは、そういうような夢のような形になっていくのかなとも、ちらっと思わないこともないです。

ですから、全てが産業ロボットで、AIで生産がコントロールできて、頭のいいやつだけがそれをコントロールしていて、実際に肉体労働が必要なのは、介護などのエッセンシャルワークだけになっていくのが未来なのかなと思うんですね。

僕がいちばん恐れている未来というのは何かというと、人間のゲノム解読が終わってしまったことです。これによって、遺伝子操作ができるようになって、中国なんかではもう始まっているそうですが、デザインベイビーというのは怖いと思うんですよね。これはヒトラーがやろうとしたことと全く同じですよ。完全に純血主義で、ゲルマン民族の、金髪で青い目の人間だけがドイツ人だ、みたいなことになる。それが、人工的にゲノム解読できるようになるわけですから。IQが最高、東大合格レベル以上ということにもセットできるわけです。金さえあればですよ。

そうすると、金持ちの子どもはそういう特殊なIQが高い美男美女になって、貧乏人の子どもは普通の人間という……そういう中から人工的な知能を植えられた指導者層みたいなのが出てきて、それが完全に社会のストラクチャーを支配するような、そういうブラックな未来なんですがね、僕が恐れているのは。そういうことも可能になってきちゃったということです。

それがいちばんやれるのは中国の全体主義で、指導部の息子たちは徹底的に遺伝子を操作されて、ハイIQになって共産党の幹部になる。こうなると、禁断の神の領域に、人間が足を踏み入れたことになります。本当に神がいるとすれば、相当の神の怒りを買うと思うんですね。そういう宗教的な考えというのを、この年になって何かちょっと感じるようになってきました。

船橋:同感ですね。ユヴァル・ハラリが言っているディパーソナライゼーションというか、ディリベライゼーションというやつで、個性の「個」というものが解体されて、それをまた組み合わせて造形してしまう。ヒューマニティーだとか、人間性だとかというものは解体されていくわけですから、人類にとっては究極の敵ですよ、これは。

杉本:そうです。生まれてきたことが神の恩寵というか、偶然ではなくなってしまう。なので、生まれてきた価値そのものが生前にコントロールされていたとなると、自分が生きてきたということはどういうことか、根本的に考え方が変わると思うんですよね。

白井:「ガチャガチャ」と言って、オモチャが入った丸いカプセルを販売する自販機がありましたけど、それをもじって、デジタル空間では何が出てくるかわからない福袋的なものを「ガチャ」と呼んでいるんですよ。

そして、若者は「この親を選んだのは自分ではない」ということを「親ガチャ」と言っています。たとえば、「自分はこんな親のもとで生まれたから、ひきこもりで、不幸で、貧乏なんだ」というように、自分たちの生まれてきた運命自体を恨むのです。

その一方で、「VRなどのバーチャル世界では、親ガチャによる不幸な自分から逃避できて、この空間の新たなヒエラルキーの中でもしかしたら上に行けるかもしれない」と思っているようです。

こんな世界が、あと、10年、20年、30年するともっと巨大になっていって、デザインベイビーの世界や仮想現実の別のパラレルワールドにいる自分など、いろいろなものが混ざり合う空間ができるのではないでしょうか。

杉本:私は、この辺でおさらばさせていただいてよかったな、という感じです(笑)。まさか、こんな世の中が来るとは思ってもみなかったですね。

船橋:いまがいちばん良くて、未来になればなるほどだめになるなというか、暗くなるなということになってくると、これは人間の行動だとか、思想とか、ものすごく影響を及ぼしますよ。これがおそらく人間にとって最も怖いことです。

私はいままで、ナショナリズムがいちばん怖いとずっと思ってきたけれども、いまのお話を伺っていると、こっちの悲観主義のほうがもっと怖いなという感じがします。いいシナリオが全然ないじゃないかとなったとき、人間、どういうふうに行動していくのか。

杉本:人間の尊厳そのものがなくなっていくのでしょう。

 

「地球規模の全体最適」を考えよ

白井:最初のほうのお話で、いまの米中は、冷戦時代の米ソよりも協調していないということがありましたが、それは組織で言うと、「部分最適」「全体最適」の話と似ていると思います。組織では、自分だけを優先すると会社の利益を損なってしまうという話です。

いまのアメリカ・中国も、「自分たちの部分最適」のみに集中していて、「地球規模の全体最適」を重要視していないというのが、全体が無秩序化している原因かとも思います。

さらにロシアという国の行動は、世界の標準的な考え方から大きく逸脱した形で、自国だけの「部分最適」を、武力をもって実現しようとしています。

船橋:そうですね。たとえば、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんや、その周りに集まる人々は、「地球全体」のことを話していますよね。彼らはナショナルなものを超えて連帯しているんですよね。

このように「全体最適」を考えて連帯することが、そのまま平和につながるかどうかはわからないとしても、「世界の人たちが同じ意識を持って探求すること」はすごく重要だと思います。

ひとつ気がかりなのは、日本のジャーナリズムには、その視点が非常に欠けていることです。日本語という言語は、一種の巨大な非関税障壁じゃないですか。だから、世界的な競争にさらされていない。そこがいちばん弱いと思う。だからこそ、「実業之日本フォーラム」は、これからのメディアとして、世界から見た全体最適の視点も持たなければならないです。

白井:たとえば韓国の文化産業は、国内市場が小さいから最初から国際市場に目が向いていたけれど、日本は、海外企業の参入を防ぐ日本語の障壁があり、国内企業が十分に生きていけるだけのサイズの国内市場があったため、日本企業の国際化が遅れてしまった。そこを意識するように、というご指摘ですね。

杉本:たとえば、細菌学者がシャーレの中でバクテリアを培養したときに、最初は爆発的に増殖しても、臨界点に達するとその数を維持し続けるか、マイナスになっていきます。

これを人類に置き換えて考えると、地球というシャーレの中で人間が爆発的に増えた結果、現在はこれ以上増えることができない臨界点に達しているのではないかと思うんです。

このように、拡大や再生産をベースにした資本主義はこれ以上できない、という考え方もあるようですが、これについてはいかがでしょうか。

船橋:非常に難しいのが、民主主義は成長してこそ、GDPが伸びてこそ分配ができるという点です。

負け組をどういう形でこの社会のシステムの中に組み込み続けるか、というのが民主主義だから、そのときは分配をしなければならないわけです。そこで成長しないと、取り合いになって結局はポピュリズムだとか、分断のほうに行ってしまう。

白井:地球の資源や地球温暖化のことを考えながら、ゆるやかな成長とデジタル化や第四次産業革命時代の経済に向き合いながら、民主主義をどのようにして維持していくかということは、これからの大きなテーマですね。

船橋:数年前に、中国の清華大学から私をはじめ5人ぐらいが招かれたのですが、テーマは「日本の失われた時代の研究」でした。なぜ日本はデフレになったのか、そのとき日米関係はどうだったのか、そのとき通貨は、といったさまざまな検討がなされました。

そして最後のメインテーマは、なぜ日本は30年近くデフレだったにもかかわらず、社会で動乱がないのかと、いうことでした。おそらくここがいちばん知りたいことのひとつかな、と思ったぐらいですが、確かに日本はないんです。これは、ある意味じゃすごいことで、それがよかったかどうかはともかくとして、そういうことも含めて民主主義を、ゆるやかな成長のときの民主主義をどうやって維持するかというのは、これから大変なテーマですね。

低成長になって、デフレになったら、金融を量的緩和でじゃぶじゃぶにしてやるんです、低金利にしたほうがいいんです、と。しかし、それから数年たって、いや、低金利にすればするほどバブルになって、金融資産を持っている人たちが有利になるから、低金利はよくないという揺り戻しがあった。いまはこっちですよね。じゃあ、これから金融政策はどうするんだというテーマとか、全然解決できない。

だから、資源から、地球から、温暖化から考えたときに、ずっとコロナ的状況の、青い空ばかりでも人間はおそらく生きていけるんだけれども、民主主義のような、政治としてどういう仕組みでやれるかということになると、解がない。むしろ全体主義国家、中国みたいな国のほうが全部いいんでしょうか、ということになってしまう。それは嫌なもので。ここ、なかなか難しいと思います。

杉本:結局、デフレの中で日本人は貯蓄に、ため込んでしまったということですね。でも、それがけっこう世の中を救っている面もあるんじゃないですか。

船橋:確かにその面もありますが、大企業も個人も、現金、キャッシュをためすぎちゃって、投資に向かわないんですよ。向かったとしても、バイバックで自社株買いをやるから、生産的なもの、新しいものはなにも生まれない。むしろ、そちらのほうも問題が大きいですね。

白井:地球の資源や地球温暖化のことを考えながら、地形学時代における新たな経済の仕組みをどのように作れば良いのか、ということは重要な課題です。

例えば、太陽光発電の設備は、中国にほとんどのマーケットシェアを押さえられているので、今からそこに追いつく日本企業を育てるのは無理ですよね。だから、国内で太陽光発電を整備しようとすると、中国から設備を買わざるをえないというジレンマはあります。

船橋:EVの話でも日本が進まない原因はそこにありますよね。電気を使うと言っても、その電気は石油・石炭・原子力でできている。例えば、フランスは原子力を使えるから、ルノーはあれだけ電気自動車にシフトできる。

日本は特に苦手な部分かもしれませんが、さまざまな問題をトータルで組み合わせて考えるということが、これからの時代には本当に必要になってくるんです。

杉本:地球環境の問題は深刻で、北極海の氷が溶けた後、どうなるかということも考えくちゃいけないし。水面が10メートル上がったら、ここだって水面下ですよ。そういうことが、意外と早く来そうな気がしますね。

実際、人間って、起きてみないと反応しないものなんですよ。

船橋:なかなか、本当に難しいですね。日本は、特にそうですね。平時のときに有事の備えというのをなかなかできないだから、結局、何か起こったときの選択の幅が狭くなります。いつも、泥縄でね。今度のコロナもそうだったと思いますよ。

白井:「想定外」という言葉を使うことにならないように、「ウクライナ後」の世界で日本が果たす役割についても「実業之日本フォーラム」でしっかりと考えていきたいと思います。

杉本:世界でも稀有な丸腰国家である日本は、憲法上自らの交戦権を放棄しています。アメリカが覇権国家でなくなった以上、アメリカの核の傘は機能しないことは確実でし。蹂躙の危機に怯える時、日本人が対応を迫られる時がようやく訪れることになるでしょう。

船橋:日本は今後、アジア太平洋における、ルールに基づく自由で開かれた国際秩序を形成するためのルール・シェイパーとして、ルールをつくる環境醸成力と積極的安定力(proactive stabilizer)を発揮することができる立ち位置にいます。CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)をさらに拡大し、自由で開放的で持続可能な、そしてルールに基づく地域の枠組みを強固なものとして拡大していく必要があります。

バイデン政権も、当面は国内政治的にTPPに戻るのは難しいかもしれません。イギリス、韓国などを加盟国に迎え入れる過程で、アメリカの再関与を働きかけていく大きな政治と外交が求められます。そのプロセスを動かしながら、中国の加盟に正面から向き合い、中国にルール順守の意思があるかどうかを確かめていくのが筋でしょう。

その際、東アジアにおける民主主義の土壌育成をも視野に入れていくのが望ましいと思っています。この点では、バイデン政権が主宰した「民主主義サミット」はあまり有益な取り組みではありませんでした。CPTTPの加盟国であるベトナムとシンガポールを招待しませんでした。アメリカがいまもなおCPTTP加盟国だったら、彼らを除外したでしょうか。民主主義の土壌を育て、同志国の輪を広げるには、自由主義と民主主義の価値観だけを推進するのではなく、経済的利害関心と安全保障関心を組み込んだ戦略として打ち出すのが得策でしょう。

ウクライナ戦争を勝ち抜く上でもその点はとても大切なことだと思っています。確かに、この戦争には民主主義対専制主義の戦いという側面があります。ウクライナの国民を支援し、ロシアに対する経済制裁に参画している国々基本的にはシンガポールも含め民主主義の国々です。いま、世界の民主主義国は34カ国と言われていますが、今回、制裁に加盟している国は37カ国です。ほぼ見合っていますよね。我々は自由主義と民主主義という価値を守るためにも戦っています。一方で、今回、国連のロシア非難決議に棄権した国々には中国のほかインド、ベトナム、南アフリカなどの地域の大国が入っていることを忘れるべきではありません。それぞれが政治的、安全保障的な事情を抱えているのです。そういうこともわきまえながら、同志国とコアリション(連合)をつくっていくことが重要です。日本は、こうしたコアリション・ビルダーとしての役割をもっと探求すべきだと考えています。

白井:ウクライナ戦争のレアルポリティークを目の当たりにして、翻って日本の周囲を見渡して台湾海峡の未来を重ね合わせる向きもあります。

船橋:中国の台湾の“武力解放“は、当面、遠のいたと見てよいのではないかと思っています。中国は今回、金融制裁の威力と恐ろしさ、米国のインテリジェンスとサイバー能力の高さなどを思い知らされたことと思います。習近平国家主席の任期三選などの政治日程に沿って台湾侵攻を組み込むような宦官的発想はもはや成り立ちません。ただし、リスクが去ったわけではありません。中国は幸いなことに今回、ロシアを反面教師として多くのことを学ぶことができますし、学ぶでしょう。習近平がどのような台湾攻略を編み出してくるか、凝視しなければなりません。台湾侵攻が遠のいたと安心するできではないでしょう。