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2023.01.10 コラム

先進国の「気候危機説」の代償は年間1兆ドル…南北問題の舞台となったCOP27

杉山 大志

 11月6~20日にかけて、COP27(国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議)がエジプトで開催された。気候変動によって被害を受ける途上国を支援するための基金設立で合意、といった「成果」があったと報道されている。

 だが、多くの人は事の重大さを全く分かっていないようだ。基金の詳細はこれから詰めるが、途上国側の要求額は年間1兆ドルに跳ね上がった。後述するように、「先進国がまいた種」だが、特に日本は大きな国民負担になりかねない。

異常気象は全て先進国の責任?

 なぜ日本の負担が大きくなる可能性があるのか。順を追って説明しよう。ここのところ先進国の代表が主張してきた内容は、以下のバイデン米大統領のCOP27でのスピーチが典型的だ(抜粋、カッコ内は筆者)。

 「米国では、西部で歴史的な干ばつと山火事、東部で壊滅的なハリケーンと暴風雨が発生しています。『アフリカの角(アフリカ大陸東部の呼称)』では、4年にわたる激しい干ばつにより、食糧不安と飢餓が発生しています。気候の危機は、人間の安全保障、経済の安全保障、環境の安全保障、国家の安全保障、そして地球の生命そのものに関わる問題なのです。この戦いに勝つためには、すべての主要な(温室効果ガス)排出国が(産業革命前からの気温上昇を)1.5度目標に合わせる必要があります。私たちはもはや自分の行動の結果に無知を訴えたり、過ちを繰り返したりすることはできません」

 世界中の異常気象はすべて人間が引き起こした気候変動のせいだと言わんばかりだが、実は、人間のCO2(二酸化炭素)排出と異常気象の因果関係は全くないか、あったとしてもごくわずかである。

 そもそも、台風やハリケーンなどの異常気象は、頻度が増えてもいないし、強度も増していない。このことは、統計で容易に確認できる。猛暑は都市熱や自然変動によるもので、温暖化のせいではない。地球温暖化によって気温が上昇したといっても100年当たりで0.7℃に過ぎない。過去30年間当たりならば0.2℃とわずかで、感じることすら不可能だ。大雨の雨量も、日本をはじめ世界諸国の気象機関や国際機関の公表している観測データでは、増えていないか、増えたとしてもわずかだ。理論的には、過去30年間に0.2℃の気温上昇で雨量が増えた可能性はあるが、それでもその間の気温上昇が雨量増加に寄与した割合は1.2%だ。よって豪雨も温暖化のせいではない。

 CO2の濃度は江戸時代に比べると既に1.5倍になった。その間、地球の気温は約1℃上がった。だが諸国や国際機関の観測データで見れば、災害の激甚化など全く起きていない。むしろこの間、経済成長によって、人は長く健康に生きるようになり、食糧生産は増え、多くの地域で飢えは過去のものになった。

 ところが、バイデン大統領はじめ先進諸国の代表は、異常気象はことごとく人間のCO2排出のせいだとし、自国の運動家や政治勢力のサポートを得ながら、温暖化対策のために巨額の予算を付けてきた。そして先進国は、途上国もCO2をゼロにすべきだとして、化石燃料資源の開発や利用をやめさせ、再生可能エネルギーの開発を促進させようとしている。

 しかし経済優先の途上国にとって、産業開発の妨げになりかねない脱炭素化への取り組みには不満がある。そこで彼らは「地球環境を破壊したのは、これまでCO2を多く排出して経済発展を遂げた先進国である」として、以下の3項目の要求を行っている。

(1)化石燃料の利活用をやめ、再エネで代替せよというのであれば、先進国はその移行(気候変動交渉用語で「トランジション」)のために必要な資金を支払え。

(2)先進国が異常気象を引き起こしているのだから、防災(同「適応」)のための費用を支払え。

(3)異常気象による損害(同「ロス&ダメージ」)を賠償せよ。

 2021年末に開催されたCOP26の議長国は英国で、中国やインドなど途上国に石炭利用の段階的削減を約束させるなどの圧力をかけ、先進国が優勢だった。だが22年のCOP27は、議長国はエジプトであり、途上国が反転攻勢に出た格好だ。

 これまで先進国は、「トランジション」と「適応」について2020年までに年間1000億ドル支払うと約束していた。さらにCOP27では「ロス&ダメージ」が議題に加わり、気候変動による損害を補償する基金の設立が合意された。基金設立は途上国側にとって宿願だったが、これまで先進国は頑として受け付けなかった。ところが、先進国があまりにも気候危機だ、人間のCO2のせいだ、と言い続けたので、「ロス&ダメージ」を含め、「先進国が資金を提供すべきだ」という意見が妙に説得力を持つようになってしまったのである。

年間1兆ドルの「請求書」

 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの報告書「ファイナンス・フォー・クライメート・アクション」(論文紹介記事)は、上記3項目合計で、先進国は2030年までに年間1兆ドルを支払う必要がある、とした。だが先進国は、公約した「トランジション」と「適応」に係る年間1000億ドルすら未達である。OECD(経済協力開発機構)によると、先進国が途上国の気候変動対策に提供・動員した資金は、2020年に833億ドルにとどまった。

 元世界銀行チーフエコノミストのニコラス・スターン氏を共同著者とする同報告書は、COP27で発表され、注目を浴びた。報告書は、「1兆ドル」の算定は途上国の資金ニーズの分析に基づくものであり、単なる交渉の結果である「1000億ドル」とは概念が全く違う、と強調している。COP27の合意文書でも、途上国への資金支援のニーズは「2030年までの累積で5.8兆~5.9兆ドル」とされ、平均すると年間1兆ドルに近い相場観が示された。しかもそれは今後さらに積み増される。今の数字では、まだ「ロス&ダメージ」の費用のほとんどが含まれていないのだ。

 1000億ドルでさえ達成できないのに、途上国支援の相場はCOP27で一気に10倍の1兆ドルになった。日本円なら約134兆円だ。仮にG7の一員である日本が、経済規模に応じて1割ぐらいの負担を求められるとすると、「2030年までに年間13兆円強」の拠出だ。13兆円といえば、消費税ならおよそ6%分に当たる(現在、消費税率は10%で、税収は2022年度予算で21.6兆円)。防衛費の財源の一部を増税で賄う政府方針が論争を呼ぶなか、気候変動目的での途上国支援のために、時限措置とはいえ6%の消費税増税をすんなり受け入れる国民はいないだろう。

議論の主導権は途上国に

 ロス&ダメージ基金の今後の交渉の進め方については、「移行委員会(Transitional Committee)」を設立し、2023年に開催されるCOP28に提言するとされている。移行委員会のメンバー構成は、先進国10人に対して途上国14人だ。途上国の人数が多いので、途上国主導の議論がなされるだろう。また、COP28の議長国はUAE(アラブ首長国連邦)で、22年のエジプト同様、国連の分類では途上国だから、この基金を議題のトップに据えて「猛攻」を仕掛けてくるだろう。

またもや米国にはしごを外される?

 米国はこれまで、「年間1000億ドル」のうち66億ドルしか拠出してこなかった。これ以上の拠出を議会が認めなかったからだ。さらに、先日の中間選挙では、下院で共和党が過半数になった。予算を主に審議するのは下院であり、共和党は民主党が進めるグリーンディール(米国では脱炭素のことを「グリーンディール」と呼ぶ)には強く反対しているため、いっそう米国は拠出額を増やすことが難しくなるだろう。

 一部報道によると、COP27開始当初は、先進国は一枚岩になって基金設立に反対していたが、会期終了予定の前日の11月17日になって欧州が譲歩し、米国もそれに同調して、基金設立に合意したという。この間、日本が何をしていたのか筆者は知らない。同調したといっても、米国は民主党のケリー気候変動特使が率いる交渉団である。議会が1ドルも出さないであろうことなど百も承知で、民主党のポジション取りとして合意したに過ぎない。

 かつて日本は、米国にはしごを外された経験がある。1997年のCOP3で合意された温暖化対策「京都議定書」において、時の米民主党政権は、同議定書に基づく拠出は絶対に議会を通らないと知りながら合意した。結局米国は2001年、合意履行が国内経済に深刻な影響を与えるなどとして離脱した。一方で日本は合意を履行すべく、排出権購入のために同議定書の約束期間5年間の累計で何千億円も使った。今回も同じ構図にあるが、想定される負担額はそれこそ桁が違う。

COPの終わりの始まり

 日本や米国に限らず、年間1兆ドルなど先進国が飲めるはずはない。この交渉はこれから何年間も紛糾することになるだろう。だが「パンドラの箱」は開いてしまった。先進国は自らの脱炭素化すら資金不足なのに、さらに毎年1兆ドルを途上国に支払うことなどできるはずもない。「気候危機説」を振りかざして途上国に圧力をかけてきたことが、ブーメランとなって返ってきてしまった。

 結局、COP27は南北問題の場となった。今後、気候変動枠組み条約は、先進国の代表にとってはなはだ居心地の悪い会議となる。「CO2をゼロにしろ」「1兆ドルはいつ払うのだ」と途上国から非難されるからだ。かつて先進国主導のGATT(関税および貿易に関する一般協定)やWTO(世界貿易機関)に対抗して、途上国主導でUNCTAD(国連貿易開発会議)が貿易に関する南北問題に取り組んだ。だが、守勢に立たされる先進国はUNCTADでの議論に乗り気でなく、問題解決の機運はしぼんだ。気候変動枠組み条約が南北問題の場となるなら、同様に衰退の道に向かうかもしれない。COP27は、「終わりの始まり」なのだろうか。

 いまのG7は、欧州諸国も、米国政府も、「気候危機説」にとりつかれ、自滅的な交渉をしている。他方で、米国の共和党は、民主党が合意した内容に激高し、平然とほごにするだろう。日本は単に現在のG7に同調するのではなく、国益を守らねばならない。米共和党と連携し、また経済開発のために化石燃料を必要とするアジア諸国を代弁するポジションをとる必要があるのではないだろうか。

写真:AP/アフロ

杉山 大志

キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
東京大学理学部物理学科卒業、工学部物理工学修士。1995年国際応用システム解析研究所研究員などを経て2019年から現職。専門は温暖化問題およびエネルギー政策。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、経産省産業構造審議会等の委員を歴任。著書に『脱炭素は嘘だらけ』(産経新聞出版)など。