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2022.12.06 コラム

EUは諦めない、ウクライナ危機下でも粛々と進む脱炭素戦略
「BEV一辺倒路線」に日本は冷静に対峙を

橋本 択摩

 EU(欧州連合)は、環境対策を主軸にした成長戦略を打ち出しているが、ウクライナ危機を背景としたエネルギー価格高騰で、足元ではCO2(二酸化炭素)排出量の多い石炭火力発電への需要が高まるなど葛藤も見られている。それでもEUはカーボンニュートラル(CO2排出実質ゼロ)政策を野心的に進めており、中長期な戦略目標にはブレがない。本稿では、乗用車CO2排出規制を例に、EUが推し進めるカーボンニュートラル政策の背景と方向性、日本への影響について論じる。

地政学的緊張で加速するEUの「戦略的自律」

 EUの政策執行機関である「欧州委員会」は、2019年12月にフォン・デア・ライエンを委員長とする体制になった。以後、同委員会は、防衛・安全保障のほか投資、貿易、経済分野においても、他国への依存を減らし主導権を握れるよう「戦略的自律」に向けた政策を加速させている。「戦略的自律」の実現に向け、EUは産業戦略として電池、水素、半導体など重要分野を特定し、官民アライアンス、補助金支援を進めてきた(図1)。

 選定した重要分野では、「電池規則案(EU域内での電池製造、廃棄時における温室効果ガス排出量による規制や責任ある材料調達、リサイクルに関する規制などを提案)」などのように、ルール自体を変えることで第三国依存からの脱却を図るケースも見られる。EUが打ち出すあらゆる政策の底流には、域外依存からの脱却、「戦略的自律」の実現を目指す考えがある。

【図1】EU新産業戦略更新版の概要(2021年5月)

(注)エッジコンピューティングとは、データセンターではなく、エンドユーザーやIoT端末など現場の近く(周縁=エッジ)でデータを処理する技術の総称

(出所)欧州委員会より筆者作成

 そして米中対立の長期化が予想されるなか、2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻も加わり、地政学的緊張が一層高まった。EUは、2021年時点で約45%の天然ガスをロシアから輸入するなど、ロシアへのエネルギー依存が高い状況にあった。しかし、ウクライナ戦争後、その依存関係がロシアの「武器」となり、EUはエネルギー供給途絶への警戒が強まっている。

 こうした依存状況からの脱却を図るため、EUはエネルギー分野の「脱ロシア化」を急いでいる。欧州委員会は2022年3月、「REPowerEU(リパワーEU)」と名付けられたコミュニケーション文書を発表、2027年までの天然ガスの「脱ロシア化」実現を目指している。具体的措置として、2030年までに約3000億ユーロの官民投資により、①LNG(液化天然ガス)供給手段の多様化、②再生可能な水素の生産・輸入の拡大、③風力・太陽光発電設備の大量導入、④省エネの実施――などに積極的に取り組みながら、カーボンニュートラルを目指す方針だ。

 こうしたEUの成長戦略「欧州グリーンディール」は、もはや気候変動対策としての「脱炭素化」だけでなく、「脱ロシア化」ひいては「戦略的自律」に向けた重要な手段ともなっている。つまり、「脱ロシア化」が「脱炭素化」に直結している点が、EUのカーボンニュートラル実現への中長期的目標にブレがない第一の理由である。

近視眼的評価ではEUの戦略を見誤る

 第二の理由として、EUが次世代へのコミットメントを強めていることが挙げられる。この傾向は新型コロナウイルスの感染拡大後、特に強まったように感じられる。例えば、コロナ禍からの経済復興に向けて創設された7500億ユーロの基金は、「次世代EU復興基金」と名付けられている。また、フォン・デア・ライエン欧州委員長は2022年9月の欧州議会での一般教書演説で、「私たちは、子供たちの未来に害を及ぼしてはならない」「次の世代のために世界をより良い場所に残すべきだ」と訴え、EU基本条約に「世代間の連帯」を明記するよう改訂を呼びかけている。カーボンニュートラル政策も「次世代」のための政策、「世代間の連帯」という理念が通底にある。この背景には、欧州では若い世代、NGOが積極的に政治に声を上げていることも大きいだろう。

 EU産業政策と環境政策の関係性については、時間軸に分けて見ることが大切だ(図2)。2050年のカーボンニュートラル実現に向けた長期的な野心が不変であることは間違いなかろう。一方、短期的には、エネルギー安全保障に向けて背に腹は代えられず、CO2を多く排出する石炭への回帰など産業政策が優先となっていることも疑いはない。

 論点となるのが、中期的な2035年目標である気候変動政策パッケージ「Fit for 55」法案の制定に向けた熱意だが、この中期的なEUの野心も総じて高いままだ。もちろんEUでの議論では葛藤が見られるものの、趨勢を変えるには至ってない。これについては乗用車CO2排出規制の議論を一例に後述したい。

【図2】時間軸で見たEU産業政策と環境政策の関係性

(出所)筆者作成

乗用車・小型商用車CO2排出規則改訂法案で合意

 2021年7月、欧州委員会は2030年の温室効果ガスの排出量を1990年比で少なくとも55%削減するための気候変動政策パッケージ「Fit for 55」を発表した。非常に野心的な政策パッケージ案の中には、乗用車/小型商用車に対するCO2排出量の改訂規則案も含まれており、欧州委員会は2035年目標を「2021年比100%削減」とすることなどを提案した。

 2022年6月には、欧州議会、EU理事会(環境相会合)での議論も進み、両機関とも欧州委員会と同様に2035年のゼロエミッション(CO2排出量ゼロ)を支持し、大枠では一致した。ただし、細かな項目について三者の意見に相違が見られたため、調整が行われてきた。そして、このEU主要3機関(欧州議会・EU理事会・欧州委員会)は2022年10月27日、乗用車・小型商用車のCO2排出規則改訂法案(以下、規則改訂案)で合意に達した。今後、EU理事会・欧州議会による正式な採択手続きを経て、2023年初頭にかけて発効する見込みだ。採択内容の概要は図3のとおりである。

【図3】 乗用車・小型商用車CO2排出規則改訂法案の概要(2022年10月27日)

(注1)自動車メーカー個社の全販売車両におけるZLEV(CO2排出量50g/km以下のモデル)の比率がZLEVベンチマークを超過している場合、その超過分に応じて当該メーカーの企業個別目標を5%まで緩和
(注2)特定の少量生産企業に対し、本規則の通常の企業個別目標ではなく、技術水準に応じた緩和的な企業個別目標を適用
(出所)欧州委員会、EU理事会、欧州議会ウェブサイトより筆者作成

 規則改訂案では、欧州委員会の提案どおり、乗用車・小型商用車のCO2排出量目標を「2035年に2021年比100%減」とすることで合意した。つまり、2035年に乗用車・小型商用車CO2排出量ゼロで正式決着した形だ。ただ、この目標は「Tank to Wheel」ベース(自動車の燃料タンクに燃料が入っている状態から走行時にどれだけCO2 を排出するかという基準)であり、燃料の掘削時や流通時のCO2排出は考慮されていない(理由は後述)。さらにゼロ・低排出ガス車へのインセンティブなど目標順守に係る柔軟措置も順次廃止されることから、2035年からは内燃機関搭載の新車販売を実質的に禁止する内容となる。

 一方、規則改定案には、急速な脱炭素政策を懸念する自動車業界から強く要望されていた見直し条項も盛り込まれた。ゼロエミッション目標達成への進捗状況から、本規則の目標を2026年までに見直す必要性を徹底的に評価するとされている。そのためには、①エンジンとモーターを併用する「プラグインハイブリッド(PHEV)技術」を含む技術的発展、②ゼロエミッションに向けた実現可能性、③社会的に公正な(脱炭素への)移行の重要性――を考慮することが本規則改訂案に盛り込まれたもようだ。この3点をバランス良く考慮した上で、ゼロエミッション目標を見直す必要性について2026年に評価すると読むことができる。

 さらに規則改訂案では、欧州委員会に2025年末までに、ライフ・サイクルアセスメント(LCA:製品の製造から廃棄までの環境影響評価)に基づくCO2排出量を測定するEU共通の手法策定を要請し、それが適切な場合には立法提案を行うことを要請している。

 EUがゼロエミッション基準に「Tank to Wheel」を採用する理由として、欧州委員会はこれまでEU-ETS(欧州排出量取引制度)などとの二重規制のリスクを最小化するためと説明してきた。だが、今後は「Well to Wheel」ベース(油田で石油が採掘されてから、精製・運搬を経て走行時にどれだけCO2 を排出するかという基準)、ライフサイクル排出量での評価の可能性についても本格的に検討することになる。

 なお、脱炭素化技術の一つである合成燃料については、欧州委員会がe-fuel(水素とCO2からなる合成燃料)などカーボンニュートラル燃料のみで走行する車両を2035年以降も登録できるよう提案を行うことが明記された。しかし、これは、①本規則案の本文ではなく前文に記載され、法的拘束力がないこと、②本規則案の適用除外となっている「年1000台以下の乗用車/小型商用車を生産する自動車企業」のみ対象となる点に注意が必要だ。つまり、救急車といった緊急車両やトラクター等にのみe-fuelが適用、大衆車には適用されないと解釈されている。

 欧州委員会のティマーマンス上席副委員長は今年6月、「欧州委員会は引き続きオープンマインド(技術中立的)な立場だが、現時点でPHEVは十分なCO2削減に貢献しておらず、代替燃料(合成燃料)は極めてコストが高い」と発言している。こうした背景などから、EUはバッテリー式電動自動車(BEV)一辺倒の路線を採っている。

「BEV一辺倒路線」は継続も、重要鉱物資源へのアクセスが焦点に

 規則改訂案は、気候変動対策パッケージ「Fit for 55」法案の中で、合意に至る第1号の法案となった。規則改訂案は、EU主要3機関の立場の違いが相対的に小さい案件ではあったが、3機関協議は2022年9月5日に開始され、10月27日は2回目だ。たった2度の協議で合意に至る法案は異例である。協議が急加速した背景には、11月6日よりエジプトのシャルムエルシェイクで開催されたCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)に、EUとして交渉担当者が実績を持っていけるよう「締切効果」が働いたことがあったようだ。

 今回の合意を受け、本規則改訂案がほぼ決着したことで、EUのBEV一辺倒の路線は確実に継続されることになる。しかし、2026年の見直しの際には、BEV化の進捗状況を見ながら議論が再開されることになろう。今後、LCAに基づくCO2排出量の測定、PHEV技術を含む技術的発展次第では、BEV一辺倒路線が見直される可能性はある。EUは、こうした「先々の逃げ道」もしっかり検討していることは認識しておくべきである。

 ACEA(欧州自動車工業会)は、声明の中で、「われわれは今、この目標を達成するために不可欠な枠組み条件を、EUの政策に反映させることを強く望んでいる。それは、再生可能エネルギーの豊富さ、民間と公共の充電インフラ網のシームレス化、原材料へのアクセスなどである」と主張、「特にバッテリーや重要鉱物などで、弾力性のあるサプライチェーンを構築する必要がある」と訴えている。バッテリーメタルといった重要鉱物資源を今後、十分に確保できるかどうかが2026年の本規則見直しに向けた最大の焦点の一つとなりそうだ。

 また、本規則の見直しの際、欧州自動車産業のBEV化への移行により、雇用やその他の経済的悪影響を緩和しながら「公正な移行(Just Transition)」が実際に行われるのか、そのための中小企業の労働者の訓練、再教育、スキルアップ等に十分な資金を提供するための枠組みが構築・実施されているのかも重要な論点となろう。

4.5億人の先進国市場の「武器化」

 最後に、「ブリュッセル効果」という見解を紹介する。提唱者である米コロンビア大学のブラッドフォード教授によると、EUは大きく豊かな消費市場と広範な制度的構造の構築、およびその規制を実施するための政治的意思を有しているため、EUはその基準を強制的に押し付ける必要はなく、企業が自発的にEUのルールを全世界の事業に適用する傾向にあるという。従って、市場の力だけでEU基準をグローバル基準に変えるのに十分であることが多いと論じている。

 これまでもルールメイキングに長けてきたEUだが、地政学的緊張が高まるなか、「戦略的自律」を掲げるフォン・デア・ライエン欧州委員体制は、EU域内の「4億5000万人の先進国市場」を「武器化」する傾向を強めている。一方、EU基準を順守しない域外企業は、EU市場から締め出されるリスクが高まっている。例えば、前述の乗用車CO2排出規制のほか、新たに提案されたものでは、「炭素国境調整措置(CBAM)」や「デジタル製品パスポート(DPP)」などが、この「ブリュッセル効果」の新たな実験材料となりつつある。

 さらにEUは、その基準や規制をグローバルに広げようとしている。「Fit for 55」法案がEU主要3機関の間で徐々に合意に達し、EUの立場が固まっていくにつれ、EUは同様の措置を対外的に一層強く求める恐れがある。日本への影響を考える上では、G7におけるネットゼロ・モビリティーに関する協議に注意が必要であろう。EUは昨年ドイツ主催のG7サミットで、「2030年までに新車販売の少なくとも50%をゼロエミッション車にするという暫定目標の設定」を共同声明に盛り込むべく、2年連続で日本と米国に対して要求してきた。来年、2023年のG7は日本が議長国となるが、EUはこうした要求・圧力を今後も強めてくると見込まれる。

 一方、OICA(国際自動車工業連合会)は11月14日、「グローバルな脱炭素化フレームワーク」として、2050年までに道路交通の脱炭素化を達成するための技術中立的アプローチを発表した。そこでは各国は柔軟性を持ち、現実的に最も適した政策を採用するとともに、自動車産業の競争力を確保するための産業・エネルギー政策が必要だとしている。カーボンニュートラル実現に向けて、「BEV一辺倒路線」ではなく、多様な選択肢を残しておくべきとする主張が、世界の自動車業界で支持されていることは無視すべきでないだろう。

写真:AP/アフロ

橋本 択摩

国際経済研究所 上席研究員
2000年東京大学経済学部卒、第一生命保険入社。第一生命経済研究所、財務省財務総合政策研究所、国際金融情報センター、三井物産戦略研究所、三菱総合研究所等を経て、21年9月から現職。ベルギー駐在通算7年。

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