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2022.10.18 コラム

リーダー不在で深まる国際社会の分断を「多極化」時代の幕開けに
「GZEROサミット」リポート

鈴木 英介

 地政学リスクを専門とするコンサルティング企業のユーラシアグループは9月28日、都内で官民による国際会議「GZERO(Gゼロ)サミット」を開催した。新型コロナウイルスの流行やロシアによるウクライナ侵攻が長期化し、米中対立が激化する中で、日本が担うべき経済的・社会的な役割について国内外の有識者が議論した。

 ウクライナ危機によって「Gゼロ」の世界が現実となった――。

 サミット開催に当たりビデオメッセージを寄せた岸田文雄首相はこう述べた。「Gゼロ」とは、米国主導の世界が終わり、リーダー不在の国際社会を指す。ユーラシアグループ社長で政治学者のイアン・ブレマー氏が提唱する概念だ。ロシアによるウクライナ侵攻を念頭に、岸田首相は「力による一方的な現状変更は認められない」としつつ、国際秩序を維持する主導国がいないことへの危機感を示した。

 そうした中で、岸田首相は日本の役割を「ポスト冷戦期の新しい国際秩序の構築をリードし、先進国と途上国の橋渡しをすること」だと語り、その施策の一つとして9月に交渉開始が正式に合意された「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を挙げた。米国主導の下、日本はじめ14カ国でサプライチェーンの強靱化やエネルギー安全保障など4つの経済分野で協議を進める。また来年、広島で開催するG7サミット(主要7カ国首脳会議)では、「日本は議長国として自由、民主主義、法の支配等の普遍的価値と国際ルールをG7主導で構築する」と決意を述べた。

 特別講演に臨んだ小池百合子東京都知事は、Gゼロの世界における都市の役割について、持続可能な社会の構築に向けて「共に手を携えて問題解決を図るべき」だとし、気候変動にはGゼロではなく「Gオール」で取り組み、危機を機会に変えようと呼び掛けた。

ウクライナ危機であらわになった「三つの分断」

 経済同友会の櫻田謙悟代表幹事、経団連の十倉雅和会長と共に本サミットの共同議長を務めるブレマー氏は、世界の現状を把握するキーワードとして「三つの分断」を挙げた。具体的には、①ロシアと西側諸国の断絶、②西側と途上国の分離、そして③米中のデカップリング――だ。

 ブレマー氏は、上記①のウクライナ戦争を契機とするロシアと西側諸国の分断は「熱い戦争」に発展しかねない「新しい冷戦」を生んだと指摘。「ロシアのプーチン大統領は、もはやデ・エスカレーション(事態の段階的縮小)できない状況に追い込まれている」と述べた。ウクライナ4州の併合に伴い、ウクライナ側の反撃があれば、小型の戦術核兵器を使用するリスクは拭えず、その際は米国やNATOも直接参戦する可能性があるだろうとみる。

 ②については、ウクライナ侵攻に伴う食料・エネルギーの価格高騰で、途上国は大きな打撃を受けているほか、貧しい国ほど気候変動のダメージを強く受けていると述べた。

 ③に関しては、米中が相互不信に陥り、「グローバリゼーションから利益を得るプラグマティズムを両国とも失っている」と指摘。ただし米中は貿易面で協力せざるを得ず、米中デカップリングは激化するものの、相互依存はより高まるとした。また、ブレマー氏は台湾有事の可能性について、足元では減じていると分析。中国の習近平国家主席はロシアのウクライナ侵攻の失敗に学び、西側諸国の結束力の強さや制裁の威力を思い知った。そのため、「戦略的忍耐を発揮するだろう」と述べた。

 他方、習主席は、10月16日に開幕した中国共産党大会で、台湾統一について「必ず実現しなければならない」「決して武力行使の放棄を約束しない」と語り、力による現状変更を否定していない。

日本の成長ドライバーは?

 こうした世界の現状を認識した上で、日本はどのような経済成長を目指すべきか。ゴールドマン・サックス証券で日本副会⻑などを務め、女性活躍による経済活性化「ウーマノミクス」の提唱者であるキャシー松井氏は、日本においては、労働力人口の縮小が進行するため、「生産性の革命がない限り日本の成長の見通しは非常に厳しい」と指摘した。「日本は先進国の中で、登録されたペットの方が15歳未満の子どもより多い唯一の国」であり、労働人口の不足に対する処方箋として、①出生率向上、②高度外国人材の受け入れ、③すでにいる人材の有効活用の3点を挙げた。女性の労働参加率は上昇しているものの、その多くは非正規で賃金格差は依然大きく、「教育水準の高い女性の活用によって経済成長につなげることができる」と述べた。

 マイクロソフトアジアプレジデントのアーメッド・ジャミール・マザーリ氏は、「スイスの国際経営開発研究所(IMD)による今年の『世界デジタル競争力ランキング』で、日本は全63カ国・地域中29位」だと指摘。世界的にはGDPの5%がテクノロジー由来であるのに対し、日本は2%しかテクノロジーに投資してないとして、より積極的なデジタル投資の必要性を訴えた。

 日本銀行副総裁を務め、次期日銀総裁の候補の一人と目される大和総研理事長の中曽宏氏は、2012年に始まった経済政策であるアベノミクスを振り返り、「3本の矢」と呼ばれた①金融政策、②財政政策、③成長戦略のうち、2%の安定的なインフレ目標が達成できるまで大規模緩和を続けるとする金融政策に「負荷がかかり過ぎた」と述べた。そして、成長戦略は不十分であり、アベノミクスの成果は限られたとの見解を示した。

 一方で中曽氏は、「2050年までのカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)達成目標はゲームチェンジャーになり得る」とも指摘。カーボンニュートラル達成には膨大な投資とイノベーションのスピードアップが必要だが、日本企業はそれらを実行するポテンシャルがあり、「脱炭素化はパーフェクトな成長戦略だと思う」と述べた。

超大国不在で世界は「多極化」へ、だからこそ高まる日本の役割

 先に挙げた「三つの分断」を受け、いまグローバリゼーションは大きく揺らいでいる。ブレマー氏は、「グローバル化は経済成長を促した半面、敗者も生んだ」と述べた。その象徴が、デジタル経済の恩恵にあずかることができなかった米国の工場労働者などの中産階級だ。これは米国内で分断を生み、「自国第一主義」を勢いづかせ、グローバルな相互依存を否定する。グローバル化が終わることはないが、豊かな国は今後数年間にわたり「自国を守るための投資」が重要となる。気候変動対策など目の前の投資の優先順位が下がり、「内向きの経済」になるだろうとの見通しを示した。

 一方で、超大国がルールメイクする時代は終わり、国際社会は各地域でリーダーとルールが存在する「多極化する世界」に急速に移行するとした。国だけでなく、国連や個人、あるいは銀行など「非国家的アクター(行為主体)」の役割が重要になる。そうした中で、メタバースのようなデジタル空間の発展により、新たな秩序が生まれるかもしれない。ブレマー氏は「デジタル空間が強くなり政府の力が弱くなれば、テック企業が地政学のプレーヤーになる可能性がある」との見方を示した。

 Gゼロを背景に地政学的リスクは高まり、国際社会の分断は深まっている。だが、危機とチャンスは表裏一体だ。ブレマー氏は世界の将来について「エキサイティングでも、心配でもある」と語った。新しい秩序の構築には多くの主体の関与が必要で、日本もその一つだ。国際社会の信認を得ながら、台湾有事や経済安全保障といった国の存立に関わる課題を乗り越え、グリーンやデジタルをテコに日本は再び成長する道を模索しなければならない。

鈴木 英介

実業之日本フォーラム 副編集長
2001年株式会社きんざい入社。通信教育教材の編集、地方銀行の顧客向け雑誌の受託編集業務などを経て、2014年4月一般社団法人金融財政事情研究会転籍。2017年4月「月刊登記情報」編集長、2020年4月「週刊金融財政事情」副編集長。2022年8月に実業之日本社に転じて同年10月から現職。

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