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2023.05.12 安全保障

スーダン邦人退避を成功に導いた自衛隊法改正と「もう一人の立役者」

將司 覚

 アフリカ北東部のスーダン共和国では、国軍と準軍事組織「RSF(即応支援部隊)」による戦闘が続いており、林芳正外務大臣は4月19日、スーダン共和国に滞在する邦人等の輸送について、浜田靖一防衛大臣に自衛隊機の派遣準備を要請した。

 浜田防衛大臣の命令を受け、自衛隊トップの吉田圭秀統合幕僚長は、航空支援集団司令官を指揮官として、航空、陸上自衛隊の隊員370人の統合任務部隊を編成。C-130輸送機、C-2輸送機およびKC-767空中給油・輸送機それぞれ1機(計3機)を、自衛隊の拠点がある周辺国ジブチ共和国に派遣した。

 25日、スーダンからの退避を希望した45人は、首都ハルツームから港湾都市ポートスーダンへ移動。一方、ジブチで待機していた空自C-2輸送機もポートスーダンまで飛行し、45人を乗せて再びジブチに戻った。また、フランス軍の輸送機によって、大使館関係者8人もジブチに到着した。

 その後も退避は続き、スーダンからの退避した日本人とその家族は合わせて65人となった。そのうち、帰国希望者48人を乗せたチャーター機は、29日午前6時過ぎ、無事にジブチから羽田空港に到着した。岸田文雄首相は、退避に当たって韓国、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、フランス、国連などからの協力に謝意を表明し、大使館や自衛隊の労をねぎらった。

アフガンでの苦い教訓

 今回、自衛隊の邦人等輸送が成功した背景には、2021年8月の「アフガニスタンの教訓」がある。当時、イスラム武装勢力タリバンの攻勢によってアフガンの治安が悪化したことに伴い、現地に残留する日本人や現地関係者の退避計画が進んでいた。しかし、安全確保の具体的方針が示さないなど政府の判断が遅れ、自衛隊機がアフガンに派遣されるまで時間がかかった。結果的に日本人1人を含む15人の輸送にとどまり、多くの現地スタッフが置き去りにされてしまった(その後、関係者600名以上が日本の支援で帰国した)。

 アフガンの邦人輸送では、当時の自衛隊法84条の4(在外邦人等の輸送)がネックになった。改正前の条文は、自衛隊による在外邦人の輸送に関し、外務大臣からの依頼により防衛大臣が「当該輸送が安全に実施できると認めるときに輸送を行うこと」とされていた。そのため、日本政府が「安全の確保」の手段について、ミサイル攻撃回避のための周回着陸飛行やチャフ(レーダー妨害片)の装備など具体的方針が決まらず、自衛隊機の派遣までの意思決定が遅れた。

 また、同法により、安全が確保されていない空港の外では活動できなかったため、空港に向かう途中の邦人等の保護ができなかった。さらに、邦人退避の際に外国人が同乗することは認められているが、「主たる輸送対象」である邦人がおらず、外国人のみの場合の対応は明示していなかった。

実態に即した自衛隊法改正

 こうしたことから、2022年4月13日に自衛隊法が改正され、(1)邦人等の輸送実施に当たっての「安全」に係る規定の見直し、(2)主たる輸送対象者の拡大、(3)輸送手段を原則として政府専用機とする制限の廃止――が決まった。細部を見ていこう。

 まず、「安全」に係る規定の見直しである。先に述べたように、自衛隊法84条の4では、輸送の安全確保が自衛隊派遣の前提となっている。岸田首相は、こうした要件は、自衛隊機の派遣に関し、民間機と同程度の安全性が必要とされるかのような誤解を与える可能性があるとして、「予想される危険を回避するための方策を講じた上で(自衛隊を)派遣してきた実績を踏まえ、現行の規定を改正する」と述べた(2022年1月19日第208回衆院本会議答弁)。本改正によって、条文は「輸送を安全に実施することができると認めるとき」から「(危険を回避するための)方策を講ずることができると認めるとき」に改められ、「安全」という語が削除された。

 次に、主たる輸送対象者の拡大については、外国での災害や騒乱に際し、在外邦人を輸送する場合の対象者を、邦人だけでなく、大使館や独立行政法人で働く外国人を加えると明記した。すなわち、輸送対象者としての「邦人」の定義に、(1)邦人の配偶者または子である外国人、(2)名誉総領事・名誉領事、在外公館の現地職員である外国人、(3)独立行政法人(JICA=国際協力機構や、JETRO=日本貿易振興機構を想定)の現地職員である外国人――を含めることとした。

 3つ目が、政府専用機の使用を原則とする規定の削除である。改正前の自衛隊法では、輸送手段は原則として政府専用機によると規定されていた。理由としては、1992年に政府専用機が総理府から防衛庁(当時)に移管されたことや、迅速性・航続距離・搭載能力などの点が挙げられる。

 ただ、私は、それらに加えて、自衛隊の活動範囲拡大に対する世論の過剰反応があったと考えている。

 私は1992年7月、PKO(国連平和維持活動)参加を前提にスウェーデンの国連訓練センターに派遣されたり、1993年第2次カンボジアPKOに参加したりしたが、国内で「自衛隊の海外派遣を許すな」といった強烈な反対運動に遭った。こうした世論を踏まえ、在外邦人輸送が目的であっても、自衛隊の輸送機等を活用することに政府は慎重だったのではないか。

 こうした中でも、これまでの輸送機の使用実績の積み重ねや各種の国際貢献活動によって、「タラップなしで乗降が可能」「最大輸送可能人員が政府専用機よりも多い」といった輸送機の有用性が明らかになってきた。これらを踏まえ、本改正では、空港施設の状況、輸送対象者の数、その他の状況により政府専用機での輸送が困難な場合には、自衛隊の輸送機、ヘリコプター、船舶および車両を使用することができることとされた。

 今回のスーダンからの邦人輸送については、本改正のうち、上記(1)の「『安全』に係る規定の見直し」が奏功した。スーダンで国軍とRSFの軍事衝突が起きたのが4月15日。自衛隊法に基づき外務大臣が防衛大臣に邦人輸送の準備を要請したのが19日、航空自衛隊の輸送機がジブチに向かったのは21日である。迅速な対応が取れたのは、過度な安全確保の規定が改正されたためであろう。

 また今回、首都のハルツーム国際空港の使用が極めて困難な状況だったため、自衛隊の車両や護衛艦の使用についても検討された。実際に使用されたのは輸送機であったが、今後は事態に応じた柔軟な対応が可能になるだろう。在留邦人輸送の任務で、各国と連携してさらに多くの関係者を輸送対象者とすることができるようになったことも、今後の同種の事案に生かされるだろう。

退避成功のもう一人の立役者

 現時点では非公開の情報や不明確な点が多いが、今回の邦人輸送オペレーションでは、外交ルートや軍関係の水面下での情報収集や共同連携により、迅速かつ成功裏に邦人の輸送が完了したものと思われる。

 ロイターの報道等によると、4月23日、米国、英国、フランス、ドイツは航空機やヘリコプターでの自国民の避退を開始し、サウジアラビア、エジプト、カタールなどは陸路やポートスーダンから船舶による退避を行ったとみられる。同日までに自衛隊機はジブチに到着しており、翌24日、松野博一官房長官はジブチに待機していたC-130輸送機とC-2輸送機をスーダンに派遣すると発表している。こうした経緯からすると、先に退避を始めた各国の情報が日本にも伝わっていたと思われる。

 日本は2009年以降、海賊対処行動のためジブチに自衛隊の拠点を設け、米軍・フランス軍との太いパイプを持っている。何より、自衛隊情報本部長を務めた大塚海夫元海将がジブチ大使として赴任していたことが大きかったはずだ。同大使が外交ルートを通じ、連携や情報共有を推進したのだろう。関係者には同大使を「もう一人の立役者」と評価する声がある。外務省と防衛省の連携も含め、関係国・機関等との共同連携や情報共有の重要性を再認識できたのではないだろうか。

 今回のように、治安の安定しない諸外国において、急激な治安悪化や戦闘行動の開始がある場合に備え、日ごろから政府・大使館・軍事レベルで情勢判断に資するための情報を収集し、対応体制を構築することが重要である。また、そうした国に駐留・在住する企業・個人レベルでも、衛星電話などの公共インフラが破壊された際にも通信可能な装備の準備や、在外公館など関係機関との退避に備えた連絡手段の確保や訓練が重要であろう。

提供:Arron Hoare/UK MOD/ロイター/アフロ

將司 覚

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年からサンタフェ総合研究所上席研究員。2021年から現職。

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