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2023.03.16 安全保障

危うい日本の食料供給体制、自給率改善と輸入依存脱却が急務
― JNF briefing by 將司覚

將司 覚


 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令などを歴任した將司覚編集委員に、コロナ禍やウクライナ戦争を背景に関心が高まる日本の食料の供給体制の現状とリスクについて解説してもらった。

 「食料の安定供給」は安全保障面からも重要ですが、行政はどのように取り組んでいるのでしょうか。今回は日本の農業の現状と課題を見ていきます。

日本の食料自給率は低下傾向

 図1のとおり、わが国の自給率は右肩下がりに推移しています。2021(令和3)年度のカロリーベース食料自給率は38%、生産額ベースだと63%となっています。
 
 「カロリーベース」とは、国民1人1日当たりに供給している全品目の熱量の合計(供給熱量)に占める国産の熱量(国産熱量)の割合を計算したものです。2021年度では、供給熱量2265キロカロリーに対し国産熱量が860 キロカロリーで、自給率38%となりました。

 他方、「生産額ベース」は、生産額や輸入額を基に、食料全体の供給に要する金額の合計(国内消費仕向額)に占める国内生産額で算出されます。2021年度は、国内消費仕向額15兆7369億円に対し、国内生産額は9兆9467億円で、自給率は63%になりました。

【図1】1965(昭和40)年度以降の食料自給率の推移

(出所)農林水産省

 食料自給率の「食料」には、コメや麦、肉、魚介類、野菜、果物などがあります。食生活の変化によって、畜産物や油脂類の消費は増大傾向である一方、コメの消費減少が目立ちます。1965年にはコメの1人当たり年間消費量は約120キロでしたが、2020年には約50キロにまで落ち込みました。55年間で2分の1以下となり、食料自給率低下の一因となっているようです。

 こうしたなか農林水産省は、「2030年度までに食料自給率をカロリーベースで45%、生産額ベースで75%を目指す」という目標を20年に閣議決定しました。この目標値は、食料・農業・農村基本法に基づく「食料・農業・農村基本計画」によって設定されたものです。基本計画は、00年以降、約5年ごとに見直しが行われています。目標値は消費の見通しや消費者ニーズを踏まえ、国内の生産の指針として決定しますが、それ以前の検証結果なども踏まえ、計画期間内における実施可能性を考慮して設定されます。

 図2は、農林水産物の輸出額の推移です。おおむね右肩上がりに増加しており、2022年の輸出実績はコロナ禍からの回復と円安などが追い風となり、約1兆4148億円と過去最高となりました。

【図2】農林水産物・食品輸出額の推移

 (出所)農林水産省

 全ての農産物・畜産物・林産物などの付加価値の総額を表す農業総産出額は、近年9兆円前後で推移しています。また、2021年の生産農業所得は、主食用米の価格が低下した一方で、畜産や果実の産出額が増加したことなどにより、前年に比べて45億円増の3兆3479億円となりました。

減少に歯止めがかからない農業人口と耕作面積

 しかし同時に、農業人口の減少と高齢化というネガティブな事象も起こっています。2010年の農業就業者人口は約260万人でしたが、19年には約168万人に減少しました。また、同じ期間で65歳以上の比率が約61%から約70%に増えています。

 地域別に見た人口構成の推移を見ると、平地農業地域、中間農業地域、山間農業地域いずれも15歳未満の「年少人口」が激減し、全体の就業人口も減少傾向を示しています。1995年を100%とすると、2015年には、中間農業地域で85%、山間地域では74%になりました。40年になると、それぞれ56%と40%への減少が見込まれ、急激な就業人口の減少が予想されます(図3)。

【図3】地域類型別の人口構成の推移

(出所)農林水産省農業農村振興整備部会「食料・農業・農村政策審議会農業農村振興整備部会」令和4年度第4回資料より筆者加工

 耕地面積も大幅に減少しています(図4)。1956(昭和31)年には約601万ヘクタール(田・畑の合計)あった耕地面積が、2020年に約435万ヘクタール(同)に減少し、畑も田んぼも狭くなっている状況です。

【図4】田畑別耕地面積の推移(全国)

 (出所)農林水産省

 諸外国との比較では、自給率はカロリーベース、生産額ベース共に低い状況です。図5のとおり、2019(令和元)年時点でカナダ、オーストラリア、米国、フランスのカロリーベースの自給率は100%を超えています。

【図5】日本と諸外国の食料自給率

(出所)農林水産省

リスク検証が示唆する国産農作物への転換

 こうしたなか、日本の食料安定供給にはどのようなリスクがあるのでしょうか。2022年に農水省は、食料の安定供給に影響を及ぼす可能性のあるさまざまなリスクを洗い出した「食料安定供給に関するリスク検証」を発表しました。農水省内に「食料安全保障に関する検討チーム」を立ち上げて検証したものです。

 検証の背景には、新型コロナウイルスの感染拡大、ロシアによるウクライナ侵略など新しいリスクが発生し、食料安全保障上の懸念が高まりつつあることがあります。検証結果の導出が目的ではなく、わが国の食料安全保障を確立するために必要な施策の検討に資するような結果となっています。

 検証方法は、リスク管理の国際基準「ISO 31000」に準拠して、(1)リスクの特定、(2)対象品目の選定、(3)リスクの分析、(4)リスクの評価――という手順を踏んでいます。国内リスクと海外リスクを分けて、リスクの対象を32品目に選定。定量的、定性的な分析整理をして「リスクシート」を作成し、各リスクの「起こりやすさ」とそれが実際に起こった場合の「影響度」を分析しています。

 最終的に、リスク評価として「起こりやすさ」を5段階、「影響度」を3段階に分類して、「重要なリスク」および「注意すべきリスク」を選定しています。国内外において、一時的・短期的に発生するリスクと、すでに顕在化しつつあるリスク、それから、それらのリスクのうち生産面の分析、流通面の分析を区分してリストアップする形になっています。

 「国内におけるリスク」としては、大規模自然災害や異常気象、そして感染症の流行などをリスクとして捉えています。生産面で見てみると、顕在化しつつある地球温暖化等の気候変動への対応が挙げられます。

 「海外におけるリスク」も同様に、大規模自然災害や異常気象、感染症が挙げられています。さらに、相手国における紛争・政情不安・テロなどもリスクとして流通面の中に入れ込んでリストアップしています。生産面では、世界的な人口増加に伴う食料需要の増加がリスクであると考え、リストアップして検証を行っています。

 検証結果から得られる示唆は多岐にわたりますが、特に過度に輸入依存することのリスク認識が重要だと思います。

 日本の食料供給全般を見ると(図6)、国産と輸入上位4カ国(米国・カナダ・豪州・ブラジル)で供給カロリーの約85%を占めていますが、安心はできません。輸入は価格高騰のリスクがあるからで、「重要なリスク」と評価されています。

【図6】日本における供給カロリーの国別構成(試算、2020年度)

(出所)農林水産省


 また、小麦、大豆、なたねの価格高騰の「起こりやすさ」は中ぐらいですが、実際に高騰が生じた際の影響度が大きいので、この3品目は「重要なリスク」に分類されています。現在の日本の食生活を前提に、今後の食料供給の安定性を維持していくためには「これらの輸入品目の国産への置き換えを着実に進めるとともに、主要輸入先国との関係を維持していくこと」が必要不可欠だとしています。

コメから麦・大豆への転作や、IT化による効率化を

 こうした状況を踏まえ、行政はどのように対応すべきでしょうか。農林水産省は「食料・農業・農村基本法」に基づいて、日本国内の農業生産の増大を図ると同時に、輸入や備蓄を適切に組み合わせ、食料の安定供給を確保することに取り組んでいます。同法において、不測事態における食糧安全保障に関する規定も設け、国が必要な施策を講じていくとしています。

 同法はその理念として、主に食料の安定供給の確保、農業の有する多面的機能の発揮、農業の持続的発展、その基盤としての農村の振興を掲げています。しかし、同法制定から20年超が経過し、世界的な食料事情の変化に伴う食料安全保障のリスクの高まりや地球環境問題への対応などから、見直しに向けた議論が行われています。

 日本の農業の課題として、農業人口の減少、高齢化、耕地面積の減少などを挙げましたが、今後、国は(1)コメから麦・大豆への生産転換の支援、(2)品目ごとの農業継続の支援、(3)効率的・省コスト生産技術導入の支援、(4)農地や担い手確保のための支援、(5)輸出拡大、国内農産物のPR支援を行って、農業の振興を目指すとしています。
 
 上記施策の実行に当たっては、農林水産業の魅力化を図り、若者の参画を促すことで農業人口減少、高齢化に歯止めをかける必要があります。インバウンド観光客誘致に向けた投資などを行い、日本食の紹介などを通じて国内農林水産物の需要を拡大すべきでしょう。他方で、AI、ロボット、ドローンなどの最新ITを取り入れ、効率化や省コスト生産技術の導入を行うことで、農業人口減少への対策とする視点も重要だと考えます。

將司 覚

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年からサンタフェ総合研究所上席研究員。2021年から現職。

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