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2022.12.12 特別寄稿

台湾地方選の与党惨敗は習政権の好機、有事抑止の「日本版台湾関係法」を

岩崎 茂

 2022年10月22日、中国の第20回共産党大会が終わった。今回は、習近平国家主席が総書記として3期目入りすることを決める大会であった。中国政治の専門家でない私の感覚は当てにならないかもしれないが、例年とは少し違う雰囲気を感じた。本来、共産党大会は、新しいリーダーの始動を告げる儀式であり、輝かしい中国の未来に向かって厳粛な雰囲気のなか、華やかさや勢いを感じさせるものだと思っていた。しかし、報道される映像からは覇気が感じられない。

 また、映像をご覧になった方も多いと思うが、党大会最終日にハプニングがあった。胡錦涛前主席が途中退場したのである。体調不良か、退場させられたのかは不明、前代未聞である。そのような状況下、習政権の3期目がスタートした。新指導部体制は、台湾や中国専門家の大方の予想を裏切り、たいへん分かりやすい人事となっている。中国共産党の中で最も重要な職である政治局常務委員(習主席を含み7名)のうち、5名は習主席の子飼いであった。全ての候補者を詳細に知っているわけではないので、これが現状でベストな人選なのかもしれないが、露骨な「好き嫌い」人事であると感じた。

3期目入りで「皇帝」に近づく習主席

 以前も言及したが、私は、習主席の夢は、少なくとも毛沢東主席を越えることであり、願わくは「皇帝」になることだと考えている。最近の習主席の行動や政策を見るに、その道を着実に進めているようである。例えば2021年、小中高のカリキュラムの中に「習近平思想」を盛り込んだことは、夢実現への分かりやすい道筋に見える。そして今回の共産党大会では、党規約の改正案を可決した。この改正案の最大の変更は、「二つの確立」である。その内容は、習主席が「中国共産党の核心」であること、そして中国の「社会主義思想の指導的地位」であることだ。党規約に個人名を盛り込んだのである。

 中国では、共産党が国家を指導する立場である。すなわち、党規約は中国憲法の上位に立つ「約束事」である。習主席は、このような手段=「権力」を行使し、「権威」を醸し出そうとしている。しかし、一般的に「権力」を手に入れることは比較的容易だが、「権威」は住民・国民からの信頼・尊敬がないと生まれにくい。古今東西、「権威」のない指導者が「権力」を行使し、無理やり「権威」を得ようとした例は枚挙に暇がないが、成功した例はあまり聞かない。

台湾への強権姿勢は揺るがず

 もう一つ、習主席が自らの夢を実現するために必要なことは、言わずもがな「台湾統一」である。彼は事あるごとに、米国や台湾、中国国民に対しても「台湾は中国の核心的利益」「核心中の核心」と発言している。そして、米国などには「台湾問題は中国国内の問題であり、他国がとやかく言う問題ではない」と断言し、「(台湾が独立に向かった場合)武力行使を放棄しない」との趣旨の発言を繰り返している。中国の「反国家分裂法」(2005年制定)に「(台湾が独立に向かおうとしたら)『非平和的手段』を採る」と記述されている。中国は、少なくとも同法制定時には、こうした事態を想定していたのではないか。

 ただし、ロシアによるウクライナ侵攻以降は、中国要人の強権的な発言はかなり抑制されている感がある。ウクライナ侵攻以前、習主席は、20回党大会後の5年間で台湾の何らかの利権を「武力を使ってでも」奪取しようとしていたフシがある。それが彼の4期目への布石になるからだ。狙いは、台湾本島の前に、比較的作戦が容易な金門島や媽祖諸島であったかもしれない。

 だが、ウクライナ侵攻後、国際社会は即座に団結し、ロシアへの経済制裁を開始した。このことが習主席の野望への警鐘となったのではないか。もし中国が、台湾に対して武力を行使した場合、国際社会が対中制裁を行う可能性があるからである。最近の国際社会では、一般的にどの国であろうが、どんなに素晴らしい大統領や首相であろうが、経済が低迷すれば、当該政府・政権は、国民から見捨てられる傾向にある。ロシアのプーチン大統領の支持率は絶対的には高いものの、ウクライナでの戦況悪化とそれに伴う経済低迷で低下傾向にある。

 絶大な権力を有していそうな習主席でも、経済が悪化すれば、政治生命が危うくなるリスクがある。すでに各地でゼロコロナ政策に対する民衆のデモが発生している。習政権の3期目は決して安泰ではない。しかし、習主席は「夢」を捨てるわけにはいかない。4期目に移行するためには、「台湾」に関する何らかの権益を手にする以外にない。このような状況で、習主席はどんな手段をとるだろうか――。ヒントは、ロシアの政策にあるように思える。

 ロシアは2014年、国際社会の多数派からウクライナ領とみられているクリミア自治区(半島)を「砲弾を一発たりとも使用せず」違法に占拠した。いわゆる「ハイブリッド作戦」である。クリミア自治区が住民選挙により、ロシアに帰属することを選択したのだ。もともとロシアやウクライナはソ連であり、一つの国であった。ウクライナ国民は、クリミアがどちらの国に所属しようが、さほど違和感を持っていなかった。そして、クリミアの住民の多くはロシア語のみを使用しており、また高齢者(=年金受給者)が多い。ロシアの年金がウクライナのそれよりも高いことから、ロシアに編入されることは現実的な選択である。

台湾地方選の与党惨敗は習主席の好機

 台湾では2022年11月26日、統一地方選(九つの選挙が行われることから「九合一」と呼ばれる)があった。結果は、与党・民進党の惨敗である。国民党が民進党に大きく勝利し、選挙の翌日、蔡英文総統は民進党党首を辞任せざるを得なくなった。国民党の党是は、「中国共産党との和平協議を通じた台湾の発展」だ。民進党に比べ、「親大陸(中国)」「親北京」だと言われている。一方、民進党は92コンセンサス(「一つの中国」政策)に否定的で、「台独(台湾独立)」を目標に掲げている。

 蔡総統の政策を見れば、一気に独立とは考えておらず、当面「現状維持」を志向しているように思える。台湾では二大政党制が確立されており、政権は取ったり取られたりの繰り返しである。今回の選挙は地方選挙であり、直接国政に影響はしないものの、国民の選択は、現政権に厳しい審判を下した。蔡総統、民進党は2024年の総統選挙で勝利すべく、民意に耳を傾けながら作戦の練り直しが必要となった。一方、台湾統一をもくろむ習主席にとって好機と映ったかもしれない。選挙で選ばれた政権の政策(「親北京」)に、他国は口出しできない。クリミア半島同様に「砲弾を一発も使わず」台湾の利権を手に入れることができるのであれば、4期目への大きな手柄である。

有事抑止のため、日米一体で台湾支援を

 こうした中で日本は何をすべきだろうか。安倍晋三元総理は「台湾有事はわが国の有事」と言ってはばからなかった。2022年の夏、中国軍は、ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発して、台湾周辺でこれまでにない大規模な演習を行った。その際、中国の砲弾がわが国のEEZ(排他的経済水域)に少なくとも5発が着弾した。由々しきことである。「台湾有事は、即、わが国有事」を示す顕著な例であろう。

 いわゆる「有事」を起こさせないための防御策(「抑止」)が喫緊の課題である。ここでの「有事」とは、あらゆる手段・方法で台湾の権益を揺るがすような事態を指し、グレーゾーン事態やハイブリッド戦など、実弾を使わないような侵攻や攻撃も含めて台湾を守る体制構築が必要である。

 現代戦は、よく「見えない戦争」と言われる。旧態依然とした具体的な実力行使は、目に見える戦争・戦闘であるが、サイバー攻撃や電磁波妨害、フェイクニュースによる相手方の混乱誘発などが最近の戦いの主流になりつつある。強大な中国相手では、台湾のみで「抑止」が有効に機能すると思えない。米国と日本が一体となって台湾支援を行うべきである。そして仮に、不幸にも中国が実力行使に移行した際でも、日米台が有機的に連結されることにより、中国を排除することが可能である。

 この体制・態勢構築のため、わが国でも、米国の「台湾関係法」同様、台湾の安全保障に関して国を挙げた制度が必要である。米国のバイデン大統領や閣僚は、「一つの中国政策」を維持しつつ「台湾を中国から防衛する」ことを何度も表明している。日本も一刻も早くこうした体制を構築することが望まれる。

 「日本版台湾関係法」を整備した後は、政府レベル、官僚レベル、自衛隊レベルでの国家間交流が必要である。特に自衛隊と台湾軍は、人事交流、情報・機関交流、緊急連絡手段(ホットライン)の確保などが早急に必要となってくる。「日台」のみならず、日米台の連携が重要であろう。普段からこのような交流を行うことが「抑止」になり、仮に「抑止」が破綻した際でも効果的・効率的な「台湾支援」ができることになる。

防衛装備移転三原則の運用の見直しが急務

 大陸国家であるウクライナへの武器支援は、海洋国家に比べれば容易である。一方、台湾は海洋国家である。海洋国家は、いったん海路・空路とも封鎖されてしまうと、外からの支援・補給が困難だ。私は、前述した中国の台湾周辺での大規模演習の設定区域を見て、台湾の「封鎖」を目的とした演習であると思った。一般的に、過去に経験がないほどの大規模演習は、事前に入念な計画が必要である。ペロシ米下院議長の訪台は、その「計画」を試す良い機会になったと思われる。

 このような封鎖に対抗するためには、平時から台湾に対する武器や弾薬等の支援を事前に行っておくことが必要である。米国はすでに大幅な台湾支援を開始している。日本は、ウクライナ支援の際に「防衛装備移転三原則」の条件を大幅に緩和した。「台湾有事はわが国有事」との認識の下、今後、日本はこの「三原則」の運用について抜本的な議論が必要だと考える。

 また、中国は、サイバー攻撃やハイブリッド戦が得意だ。フェイクニュースなどで相手方を混乱に陥れる能力に長けているとみられている。今回の台湾での統一地方選でもこの能力が発揮された可能性がある。2024年は台湾総統選である。再び民進党と国民党の争いになる。台湾は、民主主義国家であり、国内での選挙にとやかく言う権利はないが、中国からのさまざまな妨害を想定しながら台湾を支援しないといけない。中国からの妨害排除の仕組みを早急に構築する必要がある。

 いずれにしても、これらの前提は、日本が防衛意識を高め、自らの防衛能力を抜本的に高めておくことである。そのことが他国からの信頼を得ることになり、結果的に「抑止力」になると考えている。

写真:AP/アフロ

岩崎 茂

ANAホールディングス 顧問、元統合幕僚長
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。※岩崎の「さき」は「崎」の異体字(「山」辺に「立」に「可」)

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