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2022.12.13 経済金融

アプリでも物理端末でも決済OK 高齢者にもやさしいデジタル人民元
― JNF briefing by 鈴木伸 中国「デジタル人民元構想」のいま(2)

鈴木 伸

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。中国が推進する「デジタル人民元構想」について、実業之日本フォーラム客員編集委員で、暗号資産の投資運用やブロックチェーンの開発に携わるCAICAグループの鈴木伸社長が全3回に分けて解説する。第1回のデジタル人民元開発の経緯に続き、今回は、デジタル人民元の実際の利用方法を見ていく。利用拡大の背景には、既存プラットフォームの流用と、決済端末の多様化がある。

 今回は、デジタル人民元を利用する際の決済端末や実際の利用方法について説明します。加盟店・企業側から見ると、デジタル人民元は、専用の決済端末を必要としません。交通系ICカードの決済端末やスーパーのセルフレジなど、すでにQRコード決済で使っているハードウエアをそのまま使えるわけです。

既存プラットフォームの流用で普及拡大 

 一方、利用者側は、主に個人のスマートフォンを使って、QRコード決済と同じような操作をします。すでにアプリを使って銀行を利用していれば、アプリが更新される際、気が付いたらデジタル人民元のアイコンが追加されているイメージです。このように、広く使われている既存プラットフォームにデジタル人民元をアドオンすることで、一気に普及が進みました。2021年12月31時点で、デジタル人民元の個人用口座の累計開設数は2億6100万口座に達しています。

 次の図は、4大銀行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行)の一つ、中国建設銀行の利用規約を基に、デジタル人民元の「ウォレット(電子財布)」の構造を見たもので、「ティア1」から「ティア4」まで4つの階層に応じて利用額に制限をかけています。最も制限がない「ティア1」は、クレジットカードのブラックカードやプラチナカードのイメージに近く、あまり制限を設ける意味がないということでしょう。一方、最も制限が厳しい「ティア4」は、1日に使える決済金額は500元(1万円弱)以下とあまり大きくないし、そもそもデジタル人民元をウォレットに入れられる残高の上限も少額です。

【図】4階層からなるデジタル人民元ウォレット

(出所)『中国建設銀行デジタル人民元ウォレットパーソナルカスタマーサービス契約』(https://www.jinse.com/blockchain/801542.html)から筆者作成

 中国建設銀行のアプリでは、銀行口座への入金や「クレジットカードの返済(カードの引き落とし日より前にデジタル人民元で支払う機能)」など、ティアによっては使える機能に制限があるので、使えるものだけが自動的にアイコンとして表示されます。ほかの銀行では、全部の機能がメニュー上に出ていても、ティアによっては選択できないとか、そもそもアイコンを表示しないようにしているとか、アプリの仕様が異なると思います。

高齢者にやさしい「ハードウォレット」も登場

 最近は、モバイルアプリのほか、物理的なウォレットである「ハードウォレット」でデジタル人民元を利用できるようになってきました。カード型端末や、あるいは日本でいう「おサイフケータイ」のような形式で(アプリ経由ではなく)物理的なセンサーで支払う「物理的な仕組みを用いた電子財布」がハードウォレットであり、初登場は2021年1月です。

 「モバイルに搭載されたハードウォレット」と「モバイルアプリ」の違いを、もう少し説明しましょう。ハードウォレットは、「ダブルオフライン」、つまり支払う側と店舗側の両者がインターネットに接続していなくても利用できますが、モバイルアプリのアリペイやウィーチャットペイの場合、少なくとも店舗側がオンラインでないと決済できません。

 2021年10月には、ファーウェイの新型スマホのラインアップの中で、(アプリではなく)デジタル人民元に対応するハードウォレットを組み込んだ商品が発表されました。ファーウェイは日本でも非常に人気のあるスマホでした。デジタル人民元が普及する前に、それに対応した最新機種を販売し、北京オリンピックに来てもらえれば、スマホにデジタル人民元をチャージできる――そんなこともファーウェイは考えたのでしょう。日本でも、デジタル人民元のハードウォレットが組み込まれたスマホが発売されたら買いたいと言っている人がいました。しかしファーウェイは、セキュリティー上の懸念があるとして米国の経済制裁の対象となり、目算が狂ってしまいました。

 一方で、中国国内では、ハードウォレットによってデジタル人民元の利用を普及させる動きが強まっています。最近、中国の銀行は国内高齢者向けに「デジタル人民元ハードウォレット」をPRしています。例えばカード式のものは、小型液晶ディスプレーを備えたICカードのような形をしており、残高などの情報を表示できます。そのほかにも、腕時計、ブレスレット、キーホルダーなどの形態があり、持ち運びも便利です。また、利用限度額が設定されているため、紛失しても被害を小さくできます。

 デジタル人民元の普及に向けて中国当局はさまざまな利用手段と利用シーンを拡大させています。スマホアプリによるソフトウォレット方式、そして高齢者でも利用しやすいハードウエアウォレット方式の両面でさらなる普及が見込まれます。特に、すでに広く普及しているQRコード決済アプリに組み込む戦略は、民間企業にも強い影響力を及ぼすことが可能な中国ならではといえるでしょう。民間企業との連携については、今後も注目していきたいと思います。

写真:新華社/アフロ

鈴木 伸

実業之日本フォーラム 客員編集委員
早稲田大学卒。株式会社CAICA DIGITAL代表。同社入社後はITエンジニアとして金融システム開発に携わる。暗号資産交換所Zaifを運営する子会社代表、ブロックチェーン推進協会(BCCC)理事、一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)理事でもあり、デジタル金融を推進。

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