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2022.12.14 経済金融

デジタル人民元を武器化せよ!「脱ドル依存」を目指す習政権
― JNF briefing by 鈴木伸 中国「デジタル人民元構想」のいま(3)

鈴木 伸

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回のテーマは中国が推進する中央銀行デジタル通貨、「デジタル人民元」。実業之日本フォーラム客員編集委員で、暗号資産の投資運用やブロックチェーンの開発に携わるCAICAグループの鈴木伸社長が解説する。3回シリーズの最終回となる今回は、異例の3期目を迎えた習近平政権がデジタル人民元構想を進める狙いと課題を整理する。米中対立の激化を背景に、基軸通貨であるドルからの依存脱却を目指す中国の戦略を読み解く。

【これまでの解説】
第1回 「紙芝居」と笑われていたが…今や世界の先端、中国発「デジタル人民元」を徹底解説
第2回 アプリでも物理端末でも決済OK 高齢者にもやさしいデジタル人民元
第3回 デジタル人民元を武器化せよ!脱ドル依存を目指す習政権(今回)

 このブリーフィングの締めくくりとして、今回は考察を交えながらデジタル人民元の狙いについて解説します。まず、国家として中国がデジタル法定通貨を手がけるメリットは、利便性を高めて元の国際的な地位を引き上げ、基軸通貨であるドルに対抗する「武器」にできるということです。

 ドルは国際通貨の中でも圧倒的シェアを占めるだけに、その通貨発行権を持つ米国は経済制裁の手段としてドルを使うことができます。米中対立が深刻化してドル決済網から排除された場合、中国が被る経済的ダメージは甚大です。これは中国としては絶対に避けたいシナリオです。デジタル法定通貨を米国よりも早く実用化することで、ドル依存から脱する戦略でしょう。

 また、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」とも関係しています。最初から一帯一路政策とデジタル人民元構想が一体化していたわけではないですが、一緒に進めれば効率がいいという判断でしょう。経済的に中国に依存している発展途上国は多いので、インフラ整備や貿易などにおいて元で決済するメリットを訴求すれば、デジタル人民元での決済を広げやすいということだと思います。

国際社会では存在感が薄い人民元

 しかし、現状、人民元はローカルな通貨で、一部の貿易取引などを除いて基本的には中国国内でしか使われていません。その人民元を国際的に広めるためには、海外の取引相手が人民元で決済しやすい仕組みが必要です。だからこそデジタル化し、システム上で楽に決済する仕組みを整えているわけですが、相手国に人民元を利用してもらうのは簡単ではありません。テスト運用を経て、デジタル人民元そのものは出来上がっており、国内でデジタル人民元を使った決済の場面は増えていますが、国をまたがるクロスボーダー決済はまだまだです。

 基本的に国際決済は、各国の銀行が、SWIFT(国際銀行間通信協会)と呼ばれる決済プラットフォームを通じて行っています。SWIFTが各国の法定通貨に対応することによって、異なった国の間で通貨決済ができるようになっているわけです。SWIFTは、もちろんデジタル人民元の決済に対応していません。「ドル覇権」の現状からすれば、SWIFTが今後、デジタル人民元を優先して使えるようにすることも考えられない。

 こうした中で中国は、国際的なデジタル法定通貨の議論に積極的に参加することで、プレゼンスを高めようとしています。中国人民銀行デジタル通貨研究所(IDCC)を中心に、金融安定理事会(FSB)、国際決済銀行(BIS)、国際通貨基金(IMF)、世界銀行などの国際機関のデジタル法定通貨の取り組みに積極的に参加し、課題を共有して議論してきました。デジタル法定通貨の標準策定に積極的に参加し、国際標準システムを共同で構築しようとしています。

 中国のこうした動きは、他の参加国・主体にとってもメリットがあります。主要国で初めて大々的に法定通貨をデジタル化し、実際に国内で流通させ、決済に使っている唯一の国と実験ができるからです。SWIFTにしても、BISにしても、デジタル人民元にはとても興味があるはずです。中国は、デジタル人民元の実績をアピールしながら、国際間の決済をどうやってデジタル法定通貨で実現すればいいのかという議論や実証実験を一緒にやりましょうと呼びかけ、主導権を握ろうとしているわけです。

ロシアとも接近…「中国版SWIFT」は実現するか

 実は、中国にはすでに「CIPS」という人民元国際銀行決済システムがあります。CIPSは、中国人民銀行(中央銀行)が2015年に人民元の国際化を目的として立ち上げたものです。2022年6月末時点で、中国国内の直接参加者(CIPS内に専用口座を有し、直接CIPSにアクセスできる機関)は、銀行69行、その他金融機関が7機関の計76です。また、国内外の間接参加者(直接参加者に決済を委託している機関)は1265機関あり、世界106の国と地域をカバーしています。2015年から22年6月末までのCIPSの取引総額は250兆元に達しました。200カ国以上、1万超の金融機関とのネットワークを持つSWIFTには及びませんが、近年、CIPSの取引規模は加速しています。

 また、ロシアは、ウクライナ侵攻による西側諸国の経済制裁を受け、SWIFTの決済網から排除されていますが、その代替としてCIPSに接続し、人民元建ての取引も増やしています。2022年4月時点で、ロシアは人民元建ての外貨準備を12.8%から17.1%まで大幅に引き上げた一方、ドル建ては21.2%から10.9%に減らしています。ロシア自身も、SWIFTの代替として「SPFS」というロシア連邦中央銀行が独自に開発した金融メッセージ転送サービスの活用を推進しています。ウクライナ侵攻後、ロシアは中国にSPFSとCIPSの相互運用を提案しているようです。

資本逃避の恐れはないのか

 他方、「中国にとってクロスボーダー決済は諸刃の剣だ」という意見もあります。デジタルで簡単に国をまたいだ決済ができるということは、中国の資本逃避(キャピタルフライト)が起きやすくなるということでもあるからです。異例の3期目を迎えた習近平政権は、改革開放路線を転換し、統制経済的な側面を強めています。そのため、中国の国力低下を懸念する富裕層を中心に、デジタル人民元によって中国資本が国外に流出しやすくなるのではないか――という懸念です。

 この点について専門的な知識はありませんが、一つ言えるのは「流出した情報は当局に把握される」ということです。このブリーフィングの第1回で、デジタル人民元のプライバシーの懸念について触れましたが、デジタル人民元の特徴は、それが、「いつ、どこで、誰に渡ったか」という情報が全部取れることです。ですから、流出した元が誰のところに存在し、その後どこに動いていったか、中国は把握できる。そこに対策の余地があるのではないかと思っています。また、人民元の国際化が進めば、中国国内から人民元が流出する分より、国外の相手先が人民元を外貨準備のように買うようになって、それで払うようになる割合の方が大きくなるのではないかとも思います。

 もっとも現状は、コロナ禍が長引いていることと、世界的に金融マーケットが荒れていることから、デジタル法定通貨に関する投資のスピードが落ちている可能性もあります。インフレ抑圧のために米国が急速に利上げし、ドル高が進んでいます。他国は自国通貨の防衛のため、どんどん外貨準備を減らしてドルを買わなきゃいけない。このタイミングで人民元をアピールすることはできません。ただ、そうした環境が落ち着けば、今後、「他国と連携し、クロスボーダー決済でデジタル人民元を使った実証実験を行う」といったニュースが出てくるのではないかと思います。

 中国は、DeFi(分散型金融)のインフラ技術でもある暗号資産(仮想通貨)を規制しました。これにより、中国国内の金融は強力な中央集権の下で引き続きコントロールされ、デジタル人民元の導入は、その効果を最大化するでしょう。そして、デジタル人民元の進展により、CBDC(中央銀行デジタル法定通貨)の研究が主要国で加速しました。それは、デジタル人民元が米ドルとの覇権争いにおいて強大な武器にもなり得る、という危機感の表れでもあります。加えて中国は、「一帯一路」政策を推し進めていく際にもデジタル人民元を活用する可能性は高いでしょう。デジタル人民元については、地政学・地経学の視点で中国当局の動向を見ていくべきだと思います。

写真:ロイター/アフロ

鈴木 伸

実業之日本フォーラム 客員編集委員
早稲田大学卒。株式会社CAICA DIGITAL代表。同社入社後はITエンジニアとして金融システム開発に携わる。暗号資産交換所Zaifを運営する子会社代表、ブロックチェーン推進協会(BCCC)理事、一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)理事でもあり、デジタル金融を推進。

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