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2022.11.08 外交・安全保障

中国はもう仕掛けている? 世論を武器化する新たな脅威「認知戦」を知る
― JNF briefing by 末次富美雄

末次 富美雄

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令などを歴任、2011年に海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官した実業之日本フォーラム・末次富美雄編集委員に、「世論を武器にした新たな戦闘領域」とも言われる「認知戦」について解説してもらった。ウクライナ戦争や、台湾有事におけるシナリオ分析でも「認知戦」というキーワードは頻出し、令和4年防衛白書でも言及されている。非物理領域での攻撃は現実のものとなっている。

 今回は、令和4年防衛白書でも言及されている「認知戦」について解説します。後述するように、認知戦の定義・基準は明確ではありませんが、一般に人間の認知領域に働きかけて世論を誘導するなどして、相手の政策決定を自分の都合の良いように変えるための新しい戦闘形態とされています。

 孫子の「謀攻篇」に、「百戦百勝は、善の善なるものにあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」という有名な言葉があります。戦わずに、相手を屈服させる、相手の抵抗意思をくじくことが最も正しい戦いであるということです。孫子は紀元前500年ごろの思想家と言われていますが、そのころから認知戦の役割を認識していたわけです。

NATOと中国はすでに認知戦を体系化

 現在、認知戦を体系化しているのは、NATOと中国です。それぞれの認知戦の捉え方について順に説明します。図1に示したのはNATOが公表している認知戦、「Cognitive Warfare」です。

 NATOでは、認知戦を非物理的(Non-kinetic)戦争の一つと捉え、「戦争は物理的破壊を目的とするものから、ものの考え方(イデオロギー)に対するものに変化しつつある」とし、認知戦を他の非物理的戦争より危険な戦争と整理しています。そして認知戦を、政府または公共制度に影響を与えるために、「世論を武器化する戦争」と定義しています。西側が冷戦に勝利した背景には、民主主義に基づく自由な社会がありましたが、認知戦は、その民主主義の根幹である、人々の自由な考え方に影響を与える危険な戦争だという認識なのです。
 
 図2は、認知戦を「不安定化」と「影響力行使」の二つに類型化し、それぞれの例を示したものです。

 まず、「不安定化」の代表例は、新型コロナウイルスの感染拡大時に中国とロシアが展開した認知戦です。両国は、いかに自らの民主主義体制が米国のそれより優れているかという主張を繰り広げました。

 次に、「影響力行使」については、インターネットを通じ、インフルエンサーと呼ばれる影響力の強い人間を利用して特定の思想を流布するもので、国際テロ組織「アルカイダ」の手口が典型です。これらの例は、認知戦がサイバー戦同様に、平時から、そして有事には軍事行動と並行して行うことが容易なことを示しています。


 図3はNATOの戦略文書で、「認知戦の将来の脅威」として示されている5項目です。

 NATOの認識を個人的に評価すると、SNSの急速な発達に伴い、その社会的な影響力とネットへの依存度が増し、インフルエンサーが出現していることや、真偽の見分けがつかないディープフェイクの蔓延を将来的な脅威として捉えていることは理解できます。しかし、第4項目にあるように、「人間の脳の物理的コントロール」まで想定していることには驚きを禁じ得ません。普通の生活を送っていた人間が、目に見えない信号で操られる事態が起こる危険性を指摘するもので、恐るべき社会が到来しつつあります。
 
 図4は、それらの脅威への対応策です。

 図4で第一に指摘されていることは、国連憲章で規定されている戦争の定義を変え、認知戦の基準を設けることです。戦後成立した国連は、悲惨な結果を生んだ第二次世界大戦の反省を踏まえ、「人の殺戮と、ものの破棄を目的とする戦争をいかに防ぐか」という考え方に特化しています。これに対し認知戦は、そのような物理的破壊のみを対象としていません。国際社会が避けるべき戦争手段として認知戦を捉える必要があります。そのために、認知戦の基準を明確化することは不可欠でしょう。

 そして、国家から個人に至るまで、認知戦に関する共通理解やリテラシーを向上させるとともに、認知戦を主管する組織の必要性も指摘されています。装備・武器などの「ハードパワー」は、数や性能といった評価基準で優劣をつけられますが、認知戦は従来の考え方では効果を測ることができません。人の認知という目に見えない領域への働きかけが戦争に大きな影響を与えつつあるというのがNATOの危機認識といえます。

内外の事情から先端技術の重要性高まる中国

 では、中国は認知戦をどのように捉えているでしょうか。防衛省防衛研究所主任研究官の八塚正晃氏は、中国の軍事戦略発展の歴史をひもとき、現在、中国人民解放軍は「智能化戦争」の整備を進めていると主張しています。その背景として、「対米国的側面」と「国内的側面」の2点を指摘しています(図5)。

 対米国の面では、2014年に米国が提唱した「第3次オフセット戦略」への対抗が挙げられます。この戦略は、兵器・システム・作戦概念を新たな形で組み合わせることで、非対称的能力(自分が優位に立つため、相手とは異なる方法で戦う能力)を身に付け、相手に対抗する考え方です。先端技術における優位が前提であり、中国が、この戦略を中国軍近代化への挑戦として受け取ったことは間違いありません。

 国内面としては、少子高齢化問題への対応があります。かつての中国の軍事戦略は、毛沢東の「人民戦争理論」に基づき、「人の海に相手を引き込み、溺れさせる」というものでした。国が持つ力の全てを戦争に動員する理論です。中国は人の多さが最大の武器とされてきましたが、長年にわたる「一人っ子政策」により、労働人口が減少しています。このため、AIやビッグデータ処理、ロボティクスといった先端技術で、労働人口減少を補う必要が生じてきたのです。対米、国内事情の双方から先端技術の重要性が高まってきたといえます。

 中国は2035年までに国防と軍の近代化を成し遂げ、21世紀の中ごろに世界一流の軍隊を完成させることを目標としています。そして、これに呼応するように軍の「智能化」を進める計画です。図6は、防衛研究所の八塚氏が智能化戦争と従来の戦争を比較したものです。

 八塚氏は、戦いの領域(ドメイン)が非物理的空間にまで広がったと捉え、従来のドメインである物理的空間、それに次ぐ情報空間に加え、認知領域が新たな戦闘空間となりつつあるとの認識を示しています。そして、認知領域を「感知」「理解」「信念」「価値観」といった意識が構成するバーチャルな空間と位置付け、認知領域における戦いが重要だとしています。

 中国は、2003年の政治工作条例で、三戦(世論戦、心理戦、法律戦)を重要な作戦に指定しました。中国の人民解放軍報においてしばしば言及される「認知戦」関連の記事を見る限り、認知戦は世論戦と心理戦を合わせて再定義したものと整理できます。

 中国が考える認知領域、物理的領域、情報領域の位置付けは、図7のようになります。認知領域は、イデオロギーや宗教・信仰、民族アイデンティティーなどで構成されるバーチャル空間であり、戦争を決定づける領域として、物理的領域、情報領域よりも発展した段階にあるとしています。認知領域をより重要な影響を与え得る領域と認識している点で、中国とNATOは共通しています。

 また、防衛研究所米欧ロシア研究室長の飯田将司氏は、「中国が目指す認知領域における戦いの姿」と題する論考で、中国の認知戦の戦闘方法を分析しています(図8)。

 論考の中で飯田氏は、中国は「感知」「知識」「心理」「決定」の分野で優勢を獲得することを目的に、①敵の感知能力を弱体化する「認知抑制」、②偽の情報等により相手をコントロールする「認知形成」、③敵の意思決定メカニズムを直接コントロールする「認知コントロール」――の3つの方法で認知戦を遂行するとしています。この中で、特に人間の脳に物理的に働きかける「制脳権」に言及している点が注目されます。ある意味「洗脳」に近い考え方と言えます。

 認知戦においては、相手国の世論に働きかけることが重要ですから、世論がどのように形成され、それが政府の政策決定にどのような影響を与えるかが重要となります。図9は、東京大学大学院の桒原響子氏が「アジェンダ・セッティング・モデル」として提唱したもので、世論形成から政策決定に至る図です。

 桒原氏は、影響力の大きい人やメディアが提示する「アジェンダ」に、個人の経験や他人とのコミュニケーションや現実社会の指標といった価値観や常識が相まって世論を形成し、これが政府の政策決定に影響を与えると整理しています。

 また同氏は、人々が情報を拡散する場合、受け手の社会的・文化的・歴史的環境によって、情報を拒否することや誤って解釈する危険性があることや、情報発信者の性格によって情報への疑いやバイアスが生じ、情報提供者の意図と全く異なる内容となり得るとも指摘しています。操作は継続的、かつ状況に応じて方法を変えて行っていく必要があるということです。

日本は「認知戦リテラシー」の向上を

 ここまでの解説をまとめます(図10)。

 NATOの考える認知戦には、「広義」と「狭義」があります。相手の抵抗意思をくじくという広義的な観点に立てば、認知戦は核を含むすべてのハードパワーによる威嚇をはじめ、サイバー戦や電子戦で相手のネットワークや通信手段を遮断することなど全てが含まれます。一方、狭義の観点に立てば、相手のものの考え方を変えさせる情報戦や心理戦が該当します。この見方は、中国人民解放軍も同様とみられます。中国の「制脳権」は、NATOの「脳を物理的に制御する」という考え方と共通しています。

 中国人民解放軍の機関紙である解放軍報では、「将来の戦争は『非軍事』と『軍事』が7対3の割合であり、世論、ネットワーク、心理学、法廷闘争等あらゆる手段を全て活用する」とされています。中国が、「認知戦」を国際的影響力拡大のツールとして利用していること、少なくとも今後使ってくることに疑いの余地はありません。

 では、日本は認知戦にどのように対応すべきでしょうか。図11は、その現状と対策をまとめたものです。令和4年防衛白書に、台湾に対する中国の対応として「認知戦」が言及されていますが、日本への脅威とはされていません。2023年度防衛予算概算要求においても、情報機能の抜本的強化の一環となる「認知領域を含む情報戦等への対応」としてAIの導入が示されていますが、具体的な装備にまで議論が深まっているようには見えません。現時点では、認知戦の重要性を認識した段階と言えます。

 今後の対応として必要なことは、まず「認知戦に関する国民的リテラシーの向上」です。「中国による日本への認知戦はすでに行われている可能性が高い」ということを日本国民全体で共有する必要があります。いつの間にか中国に都合の良い考え方に染まり、中国に都合の良い政策がとられていないか監視する必要があります。

 特に、国家的行事における認知戦に注意が必要です。端的な例で言えば、安倍晋三元総理大臣の国葬の是非について、国を二分するような論争がありましたが、こうした国論の二分化は、日本への影響力を拡大しようとする勢力にとっては願ってもない機会です。さらに、特定の国家や集団が認知攻撃を行う可能性もあります。例えば、国家として重要な意思決定を行わなければならない時に、指導者や有力者のスキャンダルをリークすることで、国会を空転させるような攻撃もあり得るのです。

 現代は、情報が瞬時に世界中に広がり、SNSで多くの人間が情報発信できます。大量な情報や、意図的に流されたニュースの真贋を判別することは極めて困難な時代となってきました。このような状況は、認知戦にとって極めて都合の良い状態と言えるでしょう。

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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