中東地域では、融和と対立の二つの潮流が存在する。融和の流れとしては、長年対立を続けていたイランとサウジアラビアが2023年3月に国交を回復したことや、カタールを巡る湾岸諸国間の関係正常化に向けたウラー宣言などが挙げられる。
その一方で、中東地域における対立を象徴するのが、2023年10月に勃発したハマスによる電撃的なイスラエル攻撃に端を発した、いわゆる「ガザ戦争」である。このガザ戦争により、しばらく緊張緩和が続いていた中東地域は、再び混迷の時代に入ったかのようにみえる。
この間、中国は、イランとサウジアラビアの国交回復を仲介する大きな役割を果たし、そのプレゼンスが改めて注目された。米国が敵対視するイランとも密接な関係を発展させてきた中国の独自外交が奏功した瞬間だった。ガザ戦争に関して言えば、中国は国際的な場において即時停戦を訴えるものの、イラン・サウジ仲介時のような大きな政治的な役割を果たしているわけではない。
果たして混迷する中東地域において、中国は地域秩序の将来を左右するような存在になるのであろうか。
緩い相互支持関係を保ってきた中国と中東
中国は長年、中東諸国との間で「緩い相互支持」を前提とするパートナーシップを構築してきた。
互いの内政には干渉せず、核心的利益に絡む国家統合や発展の問題について相互に支持を確認し合う。その上で、可能な分野で協力を拡大させる「独特な関与」を進める。言い換えれば、中国は、中東地域で中立性を維持することで経済的な利益を拡大させることを重視してきたのだ。
この「緩い相互支持」こそが、中国にとっても国益にかなう選択であり、多くの中東諸国にとっても中国のプレゼンスを受け入れることができる素地となってきた。従って、中国は、相互義務を生じさせるような同盟関係ではなく、より柔軟に運用できるパートナーシップを発展させることによって自国のフリーハンドを維持。中東地域においては中国アラブ諸国協力フォーラムや、中国GCC(湾岸協力会議)戦略対話といった多国間対話枠組みを活用しながら、二国間関係とともに地域全体との関係を発展させてきたのだ。
経済・軍事両面で関与を強める中国
具体的に、中国と中東諸国の経済・軍事面におけるつながりを見ていきたい。
中国は、1990年に石油輸入国になって以降、中東地域諸国と経済・貿易面で関係を深めてきた。最近10年でも貿易量を約2倍に拡大させ、今や、中国は中東地域における最大貿易相手国となっている。
中国は、(1)エネルギー協力を主軸に、(2)インフラ建設・貿易投資の円滑化を両翼とし、(3)原子力エネルギー・宇宙衛星・新エネルギーの3大新領域を突破口とする「経済協力1+2+3」を掲げ、中東地域との経済関係を拡大させている。注目すべきは、中国が欧米諸国と距離を置くイランとも関係を深めている点だ。
今やイランの貿易量の約30%は中国が占めており、中国のイランに対する影響力は米国も認めている。ガザ戦争に呼応して、親イラン組織フーシ派が、紅海を通る商船を拿捕(だほ)・攻撃している。米国はフーシ派にそうした行為をやめるよう働きかけたいが、頼みにしたのは中国だ。米国が中国に対して、イランを通じてフーシ派に影響力を行使するよう要請した。これは中国とイランの良好な関係性を示す証左と言えよう。
軍事面においては、中国は2009年からソマリア沖・アデン湾における海賊対処のための海軍艦船のローテーション派遣を開始。17年からジブチに軍事基地を設置するなど中東地域において恒常的な軍事プレゼンスを示すようになっている。地域の情勢安定の軍事プレゼンスのみならず、その地域の軍事バランスにも中国が影響を与えている。
中東地域諸国への兵器輸出は総じて抑制的である中国だが、2010年代後半頃からサウジアラビアに対してDF-21準中距離ミサイルの輸出やミサイル製造技術を支援。さらに、UAEに対してJL-10(第4世代ジェット戦闘機用)訓練機を12機輸出したとも報じられており、中東地域の軍事バランスを変化させうる大型武器を輸出し始めている。
加えて、サウジアラビア、イラク、UAE、エジプト、ヨルダン、カタールなどの湾岸諸国に対して、翼竜2(Wing-Loong II)や彩虹4(CH-4)等の軍民両用のドローンの輸出も増加させている。中国から導入されたドローンは、サウジアラビア、イラク、UAEにおいて武装組織やテロ組織に対して実戦使用されているとの見方もあり、中国の軍事プレゼンスは、確実に中東地域における地域秩序に影響を与え始めている。
中国は長きにわたって、中東地域の民族・宗教・領土を巡る諸問題において一定の距離を保ち、地域の紛争に巻き込まれることを回避する慎重な戦略を採ってきた。だが、近年の経済・軍事面のつながりをひも解いていくと、中東地域への関与を強化する姿が浮かび上がってきた。
国際舞台で共同歩調を取り始めた中国と中東の大国
習近平政権は近年、途上国・新興国を中心とする「グローバル・サウス」の一員あるいはリーダーとして、グローバル・イシューにおける発言権を拡大させる意向を示している。こうした中国の対外行動は、国際政治における影響力拡大を目指す点で、中東地域の大国の利益追求とも部分的に合致する。
例えば、中露印など新興5カ国で構成されるBRICSは2023年、エジプト、イラン、UAEという中東大国を新たに加えた。同様に中露が主導する上海協力機構(SCO)も同年にイランを加盟国に迎え、対話パートナーとして多くの中東諸国を加えている。こうした中国を中心とした多国間枠組みは、欧米諸国が中心となるG7などと一線を画し、既存の国際秩序に部分的に挑戦する姿勢を示している。
サウジアラビア、トルコなどのように米国の軍事コミットメントに依存する国家がある一方、それらの国々も含めて中東地域においては権威主義体制が多く、米国などの相対的なパワーが強まることで西側的価値観が浸透すること(あるいは、人権・政治体制への批判)を警戒する国家も多い。このため、米国の単極構造に対する中国の挑戦を部分的に歓迎し、国際社会の舞台でも共同歩調をとる場面が増えてきている。
その顕著な例がウクライナ戦争だ。中国と中東地域大国は、必ずしも米国を始めとした西側諸国が実施する対露経済制裁に同調していない。これは、中国と中東大国が、ロシアの相対的地位が停滞することで、米国の単極覇権が強まることへの警戒の表れと言える。
さらに中国は近年、中東諸国への影響力の高まりをてこに、自らの核心的利益(新疆ウイグル問題、チベット、香港、台湾、海洋問題など)への支持を取り付けようとしており、その試みは現在のところ成就している。
例えば、2019年から21年に繰り返された中国のウイグル人権問題に対する国連人権委員会での中国擁護/批判声明の発表の場において、中東諸国の大部分を含む45〜69カ国の途上国が中国擁護の声明に署名。中国への批判声明に署名する国家を圧倒した。同様の事例として、16年7月に南シナ海の中国とフィリピンの権益主張対立について常設仲裁裁判所がフィリピンの訴えを認める判断を示した際にも観察された。アラブ連盟に加盟する約20カ国を含む31カ国の発展途上国が、中国の立場を支持(仲裁判断を無効と表明)したのである。
南シナ海の海洋権益の対立は、基本的に中国の内政問題ではなく国際紛争である。つまり、中国の立場を支持した国家は、中国とフィリピンの双方との関係構築の重要性やバランスによって、自身の政治的立場を決定したことを意味する。中東地域は、地理的な距離がある東アジア情勢に対する理解が欠如している。バランスの取れたインプットがなければ、中東において中国の立場に偏った世論が支配的となる可能性も否定できない。
このことは東シナ海や台湾海峡において、中国と異なる立場にある日本にとっても中東地域における中国の影響力拡大が無関係ではないことを示唆する。
パレスチナ問題を中東問題の核心と位置付ける中国
ガザ戦争においては、今のところ中国は即時停戦を実現するような顕著なプレゼンスを示していない。だが、中国がパレスチナ問題を軽視しているわけではない。むしろ、中国政府は、ガザ戦争の前から「パレスチナ問題は中東問題の核心」として継続的な関与を続けており、衝突後は関わりを強化していると言える。
中国は、毛沢東政権時からパレスチナの民族抵抗運動を支持・支援。1988年にパレスチナを国家として承認して国交樹立をしている。習近平政権は、パレスチナとの間ではヨルダン川西岸地区の支配勢力であるパレスチナ自治政府、そして、その主要な執政組織であるファタハとの関係構築を進めてきた。
パレスチナ問題に関して、習政権は、問題の包括的な解決を繰り返し主張してきた。その柱は、(1)1974年の国連総会決議の提案に基づく2国家解決策を念頭にした、パレスチナの独立と完全主権の支持、(2)パレスチナへの発展・人道主義の支援、(3)イスラエル・パレスチナ間の平和共存とパレスチナの内部和解に向けた協議や国際会議の推進――の3点だ。中国は、イスラエルとは92年に国交樹立して以降、科学技術交流を中心に経済協力を進めたが、パレスチナ問題に関しては実質的にパレスチナ寄りの姿勢を維持してきた。
中国政府は2023年6月、パレスチナのアッバス議長の公式訪問を受け入れ、習国家主席との首脳会談において「戦略パートナーシップ関係」の構築を合意した。パレスチナ自治政府との間で初となる戦略パートナーシップ関係の合意は、和平協議の促進やパレスチナへの経済協力などを通じて中国がパレスチナ問題に対して取り組む姿勢を示すものだ。習政権は、パレスチナ内部の団結を強化し統治機構のガバナンス能力を向上する必要性を強調。その観点からファタハとハマスの間の対話や協議を促してきた。
実際に中国政府は今年4月にもヨルダン川西岸地区を統治するファタハと、ガザ地区を統治するハマスの外交当局者を北京に招いて協議の場を設けた。さらに、パレスチナ内部のみならず、イスラエルとの対話を呼びかけており、これまで4度「パレスチナ・イスラエル和平人士検討会」を中国主導で開催してきた。
ガザ戦争の背後で強化される中国の国際統一戦線工作
習政権はハマスとイスラエルの衝突後、国連を通じて即時停戦に向けて活発な外交を展開してきた。2023年11月に国連安全保障理事会の輪番制議長国となった中国は、イスラエル・パレスチナ問題のハイレベル会議を開催するなど、即時停戦のための国連決議の採択を試みた。しかし、西側諸国、とりわけ米国と競争関係にある中、イスラエルとの関係を重視する米国による拒否権行使を止めることができず、停戦を求める決議を採択することはできなかった。結果として、日本が輪番制議長国となった今年3月、拒否権を行使していた米国が棄権に回ることで、即時停戦を求める国連安保理決議が採択された。
パレスチナ問題に関する国連を通じた中国のアプローチは、イスラエルへの強制力の発揮や、米国を巻き込んだ国際社会の合意形成に主導権を発揮するには至らなかった。他方で、中国は実質的にアラブ諸国に寄り添った姿勢を示しつつ、国際関係で積極的な外交を展開してきた。このことは、長期的に見れば、中東地域での中国の影響力の増大や米中戦略的競争における中国の優位性の向上につながる可能性がある。
例えば、中国政府は2023年11月、カタール、ヨルダン、サウジアラビア、パレスチナ自治政府、トルコ、エジプト、インドネシア、マレーシア、UAE、アラブ連盟の各閣僚・事務局長などを国連本部に集め、パレスチナ問題について討議するとともに共同で即時停戦を呼び掛けた。中東・アラブ諸国や多くの途上国が、ガザ地区における人道危機に対して国際社会の行動を求め、米国の対イスラエル政策に不満を示していたからだ。
さらに、中国政府は今年3月にパレスチナの国連への正式加盟の支持を表明。安保理決議や総会決議におけるパレスチナの国連正式加盟国に関する採決でも賛成票を投じている。ガザ地区における人道危機の深刻化とともに、日本を含めてパレスチナに寄り添う姿勢を示す国家は増加傾向にある。こうした情勢の中で、習政権はパレスチナ問題に関する連携対象を西側諸国にも拡大していく可能性がある。5月の習氏の欧州歴訪では、国連総会決議でパレスチナの国連加盟へ賛成票を投じたフランスのマクロン大統領との間でガザへの侵攻停止をイスラエルに求める共同声明を発表した。
混迷を深める中東情勢において、中国は一見、際立った役割を果たしていないようにも見える。ただ、この間の動きを丁寧に見ていくと、長期的に有利な国際環境を構築する観点から、したたかな外交政策を展開していることが分かる。こうした中国の姿勢からは、長年、単極覇権を維持してきた米国への挑戦。そして、ウクライナ戦争で強固に示された西側諸国間の紐帯を弱体化させる長期的な戦略的な意図が見え隠れする。
写真:新華社/アフロ
地経学の視点
中国と中東――。一見、なじみ深くは見えない両者だが、ひも解くと、経済・軍事両面で浅からぬ関係であることが分かる。中でも、パレスチナ問題に関し、中国が、毛沢東政権時からパレスチナの抵抗運動を支援していたという事実はあまり知られていないように思う。
ウイグル人権問題や南シナ海の海洋権益を巡るフィリピンとの対立の中で、中東諸国から支持を取り付けたことは、中国による中東外交が曲がりなりにも奏功していることを示した。ライバルの米国にとってはおもしろくないであろうし、中国もそんなことは織り込み済みで振る舞っているのであろう。中東もまた、米中対立の一つの場と言える。
翻って、遠く離れたわが国に中国と中東の関係が影響するのか?自らが抱える問題を巡って、国連などで中東諸国から支持を得る中国の姿を見れば、著者が指摘するように、東シナ海や台湾海峡で中国と異なる立場にある日本にとっても無関係ではないと言える。遠い地域での出来事として片づけては本質を見落としかねない。引く続き、地経学的視点で両者の関係を見つめる必要がある。