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2021.11.18 対談

トークンが変えるビジネスモデル:競争優位性は資本の額から知能に移る
橋本欣典氏との対談:地経学時代の日本の針路(3)

橋本 欣典 白井 一成

ゲスト

橋本欣典(チューリンガム株式会社 COO)

東京大学大学院経済学研究科金融システム専攻。日本取引所グループでは日本証券クリアリング機構にてクオンツとしてIRS、CDS、上場デリバティブ、現物株の証拠金アルゴリズムの高度化に従事。その後bitFlyerの経営戦略部にて、デリバティブ商品設計、仮想通貨AML 体制構築などに関わったのち、BUIDLにてリサーチャーとして交換業向けコンサルティング、アドレストラッキングツールのアルゴリズムを開発。また、Scaling Bitcoin 2019 にて論文を発表。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

容易な資金調達と多様なイグジット方法

白井:ブロックチェーンの世界における資金調達、起業に話を移したいと思います。これまでの社会におけるビジネスモデルは、資本を調達し、工場を設立し、労働者を雇うという順序が一般的でした。ブロックチェーンのビジネスではこのようなプロセスに変化は生じていないのでしょうか。

橋本:資金調達は非常に容易になっています。古典的なビジネスとは異なり、ブロックチェーンのビジネスは、創業者や投資家のイグジット(投資資金の回収)の方法に多様性があるのが特徴です。製造業などの従来型のビジネスに投資する場合、最終的にリターンを得るためのイグジットは、たいていの場合で東証やマザーズなどの株式市場に上場したり、類似する競合会社に買ってもらったりというものでした。一般的には、20分の1ぐらいの確率でしか上場などの成功イベントにつながらない。非常にリスクが高い世界であり、しかも期間が長いため、投資には慎重にならざるを得ないわけです。

一方、ブロックチェーンの世界では、イグジットの方法としてトークンを発行し、売却することができます。トークンの上場は、日本では非常に審査が大変で、年単位の時間がかかりますが、海外の分散型取引所に上場するのであれば、開発が完了したら翌日、早ければ数分後に上場することも可能です。ビジネスモデルに投資した人は、開発が終わったらすぐに資金回収できる。早ければ3カ月、6カ月で利益を確定できるなど、投資期間が非常に短くて済むケースが増えています。これまでの投資とはタイムスパンが全く違いますので、そういった意味でも非常に投資しやすい世界です。

白井:資金調達者が発行したトークンを広く投資家に販売することで資金を調達するのがICO(Initial Coin Offering)、暗号資産交換業者が資金調達を代行して行うICOがIEO(Initial Exchange Offring)、各種証券をブロックチェーン上でトークンとして発行するのがSTO(Security Token Offering)ですね。ICOは詐欺のイメージが多いかもしれませんが、2017年のICOブームで証明されたことは、たとえ実体がなく詐欺に近いものであっても、暗号資産交換所などの流通市場が存在するだけで、そのトークンに価値を持つということでした。流通市場が存在するから暗号資産に資金が集まるのです。しかも世界には無数の暗号資産交換所が存在しています。そういう出口があるからこそ、最初のシードマネーも簡単に集まるといったように、両方の相関関係があるのですね。

一方、ソーシャルレンディングになかなか資金が集まらないのは、流通市場がないため、売りたいときに売れないという問題を抱えるからです。また、いままでの企業の資金調達でも、企業を株式市場に上場したり、どこかに売却したりといったように、流通市場に至るまでに相当時間がかかるから、最初の投資も慎重にならざるを得なかった。

しかし、トークンを使った金融市場では、投資資金の回収までの時間軸が非常に短くなり、しかも上場できる場所が豊富にあるから、最初のお金も集まりやすい。だから資金は高効率に回転する。そうなると、競争優位性は資金調達力や資本の額よりも、新しいサービスをいかに生み出すかという頭脳に移っているのではないでしょうか。お話を伺うにつれ、優秀で天才的なエンジニアがいれば、すぐにお金が集められるような印象があります。

橋本:基本的には頭脳が高ければ高いほど成功確率は高くなるでしょう。ここまで投資資金の回収までのスパンが短いと、でたらめな投資判断をする人も多く出てきます。しかし、バブルのような状態のときは、よくわからないプロジェクトに投資しても、持ち逃げでもされない限りは、儲かるでしょう。ただ、より優れた頭脳を持っている人たちに投資すれば、より高いリターンを狙うことができます。

頭脳を使って新たなサービスを生み出せば、資金調達も容易に行なうことができ、それを次のサービスのために投資することができて、同時に、創業者は短期間で大きな富を築くことができるような時代になったのです。昔であれば、「いかに頭のいい人たちがつくったビジネスだからといって、成功するとは限らない」と言われたでしょう。確かにそうかもしれませんが、いまはそれをすぐ実行できる環境にあります。だから、なおさら頭脳集団に投資するのは理にかなうのでしょう。

白井:頭のいい人が稼ぐ世界は、頭では理解しているつもりです。しかし、事(コト)の本質はその中に入らないとわからない。ほとんどの人は、そのような世界を経験していませんし、できないと思うのです。そこに圧倒的な情報格差を感じます。頭のいい人たちは、きっと自分たちにより有利な世界を作ろうとするでしょう。天才的なエンジニアの人たちは、世の中をどのように見ているのでしょうか。もしかしたら、知識格差があまりにも大きく、そもそも一般人が理解できない世界を見ているのではないでしょうか。

橋本:一般人が理解できないサービスは、そこまで儲かっていません。すごく小難しい話であっても、ユーザー体験としてはすごくシンプルなものが求められるのです。

要は、小難しい話は専門家でないとわからない。専門性の強い人だけを対象としたサービスでは、広がりがない。しかし、これまでよりも便利そうなものが出てきた、おもしろそうなものが出てきたことは、誰にでもわかります。消費者向けのビジネスは、わかりやすいサービスにすることが必要であり、一般のユーザーに普及することで、プロジェクト運営者も大きな利益を得ることができるのです。それはいまも昔も変わりません。

だから、格差があったとしてもそこは隠してあげましょう、皆がそれを知っている必要はないというのが、今後の多くのジャンルに共通する世界観になるのではないでしょうか。

ブロックチェーンが生み出す新たな労働のカタチ

白井 『スマートコントラクトとDeFi:逃れられない「規制」と「バグ」(橋本欣典氏との対談)』 では、人の信用による格差がなくなるというお話がありました。会社という組織体にも影響がありそうです。

会社組織は、一人の個人に依存せず多くの従業員によって仕事の品質を担保しており、また、自己資本を蓄積することで外部からの信用を築いています。取引業者は、財務分析などを通じて、その企業との取引のリスク・リターンを定量的に評価することができます。従業員の側からすると、個人が一人で仕事を探すより、企業に属していると、仕事を継続的に得ることができるという「仕事を探索するコスト」の削減にもつながります。例えば資本金が大きいITベンダーであれば、依頼した開発がうまくいかなくても、保証金、賠償金をもらうことはできそうです。あるいは主要なプロジェクトマネジャーが退職しても、違う人をアサインしてもらえるでしょう。従業員の側にとっては、独立して一人でやっていくより、安定した仕事、給料があり、病気したときにも補償があります。これまで会社という集団は、そのような役目、機能を持ってきました。

しかし、これらの会社組織存続の根拠であった信用が、今後はスマートコントラクトによって取って代わられるということになります。いろいろな人たちがインターネットを通じて有機的につながり、スマートコントラクトで地球の裏側にいる会ったこともない人とも安全に取引することもできます。世の中のデジタルシフトによって、労働もデジタル化していけば、スマートコントラクトと親和性が高くなります。そうなれば、会社というものは崩壊してしまうのではないでしょうか。

現在のブロックチェーンの技術者の現場では、プロジェクトごとに人が有機的に集まり、あっという間にすばらしいサービスを開発し、プロジェクトが稼働すれば、システムを分散化して、チームは散り散りになっていく、このような姿も散見されます。強烈なインフルエンサーと一緒に働きたいというパターンもあれば、純粋にプロジェクトが面白いから集まるというパターンもありそうです。ブロックチェーンプロジェクトでの労働や対価、インセンティブ設計と組織は、どんな感じでしょうか。個人的には、未来の労働や組織を先取りしているひとつの姿と考えています。

橋本:ブロックチェーンのプロジェクトであっても、日本に限らず世界的に、いまのところ法人の形態でやっているところが多いです。ただ、それが長期的なサポートにつながるわけではありません。頭脳労働に近いものとなると、特定の人に依存する側面が大きいです。「ある会社がすごい」のは、突き詰めて言うと、その会社がすごいのではなく、すごいのはその会社に在籍しているAさんだという話であったりします。だから、その人が違う会社に移ってしまうと、その会社の価値がほとんどなくなってしまうことがよくあります。

プロジェクトチームが、ブロックチェーンのサービスを始め、ある程度普及したあとには、分散管理にしていくのが一般的であり、ブロックチェーンが動き始めると決して止まらないのです。「分散化」とはブロックチェーンの世界のひとつの標語でありますが、他方ではある種の「無責任」という側面も存在します。さらなる洗練に向けて、そのプロジェクトが改善されていっているとは限りません。分散化されたサービスとしてできあがってしまうと、そのサービス自体のさらなる成長にコミットしなければいけない制約もありません。ほかに新しい面白いことを見つけたら、チームの人たちがそっちに移ってしまうかもしれません。新しいことにどんどん飛びついていったほうがより儲かるのは否定できません。法人の枠に当てはまらない形での労働が増えているのかもしれません。

トークンへの投資は、株式会社へのそれとは全く異なります。株式会社への投資は、対象法人のビジネスモデルが伸びていくことに投資するものです。投資家としては何に投資しているのかを意識する必要があります。今後の規制の行方にもよっても変わり得るでしょうが、これからの時代に意識しなければならない視点だと思います。

似て非なるブロックチェーンの可能性

白井:分散型のアルゴリズムは無数に生み出されています。一個一個は無責任かもしれないし、そのまま使われなくなってしまうかもしれない。ただ、使われないとしても、全てオープンソースになっています。将来的に、これは壮大な人類のデータベースになるのではないでしょうか。社会全体で世界の共通の知が積み上げられているというのは、長期的な視点では、悪いことではなさそうです。どんどん蓄積されていくと、いつかバグが全くないスマートコントラクトしか作られなくなるかもしれません。

また、第3次産業革命以降の中央集権型、いわゆる電子的な貨幣システムから、ブロックチェーンベースの分散型の経済や分散型金融での第4次産業革命の時代に移っていく。金融市場がトークンをもとに形成されることになれば、法定通貨はCBDCに、金(ゴールド)がビットコインに、金融機関や金融商品がDeFiに、段階的にシフトしていくのではと考えていますが、どのように思われますか。

橋本:当然、それぞれの市場規模は拡大していくでしょう。ビットコインひとつとっても、ビットコインETFの開発やツイッターでの対応、大手投資会社の暗号資産投資の表明など、ビットコインのニュースに事欠きません。DeFiも非常に注目されており、興味を持つ人たちがどんどん増えています。投資が流入するということは、市場規模が大きくなるということです。

しかし、ビットコインの流れ、イーサリアムの流れ、デジタル人民元などのCBDCの流れは、広い意味でブロックチェーンとして一括りにされていますが、リードしている集団(人材のタイプ)は異なります。あまりバッティングしていません。総合的に見ると、規制を排して、それぞれがいろいろな形で進歩していくのでしょう。もしかしたら、向こう10年では、デジタル人民元があまりにも問題が多くて、中国の人々がビットコインを持ちたいという流れが来るかもしれません。イーサリアムのスマートコントラクトで生活したいと思うかもしれません。似て非なる可能性がいくつかありますので、まだ個別の伸び方を予測する段階にはなさそうです。

橋本 欣典

チューリンガム株式会社 COO
東京大学大学院経済学研究科金融システム専攻。日本取引所グループでは日本証券クリアリング機構にてクオンツとしてIRS、CDS、上場デリバティブ、現物株の証拠金アルゴリズムの高度化に従事。その後bitFlyerの経営戦略部にて、デリバティブ商品設計、仮想通貨AML 体制構築などに関わったのち、BUIDLにてリサーチャーとして交換業向けコンサルティング、アドレストラッキングツールのアルゴリズムを開発。また、Scaling Bitcoin 2019 にて論文を発表。

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。