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2023.01.31 対談

福武英明氏との対談を終えて
福武英明氏との対談:地経学時代の日本の針路(編集後記)

白井 一成

福武英明氏との対談:
第1回:現代アートの源流――「文化なき新大国」アメリカはいかにしてアートで覇権を握ったのか
第2回:韓国にも劣後…グローバルな現代アートの世界に取り残された日本はいかに戦うべきか
第3回:瀬戸内海に浮かぶ美術館――世界が愛する「直島」の知られざる誕生秘話と「これから」
第4回:現代アートの歴史はまだ100年、日本の伝統芸能の歴史をアートの文脈に接続せよ

 福武英明さんは、直島・豊島・犬島を中心とした美術館活動による地域の活性化や、アートによる地域振興および瀬戸内海地域振興、瀬戸内国際芸術祭の支援など、かずかずのアート活動を手がける公益財団法人福武財団の代表理事を務め、自他共に認める、次世代の現代アート界を背負っていかれる方です。

 アートに対する並々ならぬ愛情と深い理解をお持ちの一方で、居を構えておられるニュージーランドを中心にグローバルな経済活動をされる聡明な事業家兼投資家であり、アート業界のみならず世界的な経済環境にも大変精通されています。

 私にとっては、日本のアート業界の未来を語り合う仲間として、日頃より親しくさせていただいています。この対談シリーズにおいて、アート業界の分析と日本の取るべき戦略を伺う相手として、福武さん以外の選択肢は考えられませんでした。大変ご多忙な中をご登場いただき、心から感謝しています。

 前回の近藤正晃ジェームスさん(公益財団法人国際文化会館理事長)との対談の編集後記では、今回の福武さんとの対談でアート業界のダイナミズムを伺う予定であったため、少々フライング気味かとは思いましたが、その前提となる近現代アートの構造について私なりの理解を説明させていただきました。

 この編集後記では、福武さんから対談でご指摘いただいた、グローバルな現代アート業界において「日本はどう戦えばよいのか」という点と、「デジタル化によるアートの未来について」の2点を考察したいと思います。

直島と江之浦が体現するもの

 まず、福武さんは、現代アート業界での日本の戦い方として、ふたつの選択肢を示されています。ひとつは欧米の文脈に従う戦略であり、もうひとつは欧米とは全く違うゲームのルールを持ち込むという戦略です。

 そもそも戦略とは、環境分析に加え、自身の強みと弱みを考慮したうえで立案することが一般的です。欧米の文脈に従う戦略の場合、他国の前例があるため戦略のイメージはしやすい一方、他国との差異化や際立つポジション形成は容易ではありません。また、日本が持つ強みを発揮するというより、グローバルな様式に日本が合わせることが求められます。この戦略を取る場合、福武さんも指摘されているように、時間もかかるでしょうし、じっくり育てていく姿勢が必要だと思います。

 片や、欧米とは全く違うゲームのルールを持ち込む戦略は、前例のないモデルを指向するため、難易度は高いものの、日本の奥深い文化という強みを生かすため、独特のポジションを築くことが可能です。また、韓国や香港などの既存のアート都市との補完関係も築け、東アジア全体を盛り上げることにもなるでしょう。

 直島は、まさにその後者の戦略を体現した、日本を代表するアートスポットです。福武さんが対談のなかで言及されているように、建築、アート、自然と地域社会が織りなす、世界でも希有な存在なのです。実際に、アジア最大の現代アートフェアである「アートバーゼル香港」のあとに、日本への観光とあわせて直島を訪れる海外の愛好家は少なくなく、アジアのアート都市同士がお互いに強め合う関係を構築しています。

 後者の戦略を体現したもうひとつの代表的な事例としては、現代美術作家の杉本博司さんが私財を投じて設立された公益財団法人小田原文化財団が運営する、「江之浦測候所」が挙げられます。神奈川県小田原に位置する江之浦測候所は、1万坪を超える敷地を持つ、日本の幅広く奥深い文化を現代美術の観点で再解釈した施設であり、構想に10年、建築に10年をかけた名実ともに超大作です。

 杉本作品の展示棟である現代的な建築だけでなく、茶室や硝子製の能舞台など、杉本さんによって再解釈された日本建築と共に、春日大社からお御霊をお迎えした甘橘山春日社や、日本古来の建築物や石を移築した庭園など、現代と古典がクロスオーバーする建築と日本古来の文化が、風光明媚な自然に溶け込んでいます。また、気象を観測する「測候所」という名が象徴するように、朝日が幻想的な情景を創り出す建築設計となっており、眼下に広がる雄大な海景と共に、古代からの人類の悠久の営みを感じることができます。

 つまり、日本の何千年という歴史や時間と、奥深く幅広い文化が、現代アートの再解釈によってひとつに凝縮され、江之浦測候所として具現化したのです。私が代表を務める「アートウイーク東京」でも、多くの海外からのお客様を江之浦測候所にお連れしましたが、その佇まいに感嘆のため息が漏れていました。

 日本には、他のアジア諸国が持ち得ない歴史と文化がありますが、同時に、それらの多くはアジア諸国から持ち込まれたのち、日本独自の発展を遂げたものでもあり、日本がアジア文化の記録媒体になっていると言っても過言ではありません。西欧中心に発展してきた現代アート業界に、日本を起点としてアジア文化を織り込んでいく活動も、日本がやるべき使命のひとつかもしれません。

デジタル時代のアート、3つの論点

 次に、デジタル化によるアートの未来について、次の3つの点から考察を加えたいと思います。

 ひとつめは、「複製」です。

 デジタル作品はデジタルデータであるため、複製が可能であり、唯一無二という存在を担保しにくく、作品の価値を維持することは難しいと考えられます。旧来のアートである写真作品も複製が容易であるため、写真作品にサインなどをすることで希少性を維持し、作品としての価値を担保してきました。

 昨今、NFT(Non-fungible Token)アートがブームとなっています。NFTとは、ブロックチェーン技術により、改ざん不能な唯一無二の所有権を証明する非中央集権的に管理された電子的な所有権であり、NFTアートが複製や真贋問題への解決策であるように喧伝されていますが、いまのところ実際にはそうではありません。現在のほとんどのNFTアートは、作品であるデジタルデータは中央集権的なサーバーに保管され、インターネット上に広く公開されているため、誰でもオリジナルと同様の解像度のデジタル画像をダウンロードし、自らの管理下に置くことができます。一方、所有権となるNFTは、作品と一対一で紐付けられることはなく、ただ作品を所有しているという記録のみであるため、その経済的価値の裏付けは曖昧なまま売買されているのが実情なのです。

 これらの問題に対して、日本のチームラボが発表したMatter is Voidは、デジタル作品は誰でもダウンロードできる一方で、NFTを購入した者のみ、その作品に表示できる文字を指定できるという仕組みによって作品の唯一性を担保しています。これは、デジタル作品のイノベーションのひとつの方向性を指し示す好例だと思われます。

 2点目として、「AIによる画像生成」について考えてみたいと思います。

 全てをAIで制作した作品は、アート作品として受け入れられるのか、受け入れられないのであれば、部分的に人間が関与していればよいのか、その場合に人間の関与割合はどのくらいであればよいのか、ということを、われわれ人類は解決していく必要があります。

 2018年10月、アート集団ObviousのAIによって制作された作品が、クリスティーズのオークションで約43万ドルの価格で落札されました。そのAIのアルゴリズムは、多少手を加えたようですが、基本的にはオープンソースでした。では、どこに経済的価値がついたのでしょうか。それは、AIが制作したという目新しさに値がついたという部分はあるものの、学習データの選定やテイストの調整などのアーティスト集団のクリエイティビティにあると解釈してもよさそうです。

 いままでのアート作品の制作プロセスでは、作家のクリエイティビティと作品の制作が、渾然一体となっていました。しかし、現在のデジタルの波は、アート作品の制作プロセスを、人間でしかできない部分と、機械によって自動化される部分に峻別しつつ、自動化される部分を広げていくことになるでしょう。このような変化は、すでにあらゆる産業界で観測されているため、アート業界においても抗うことはできず、AIを始めとするテクノロジーによる自動化にきっちりと向き合う必要があります。

 しかし、実は写真作品の分野において、すでにアート業界は自動化を受け入れていたのです。写真作品は、当然ながらカメラで撮影するため、図像を描く部分は自動化されているわけであり、アーティストの付加価値は、構図や露出などといったディレクション部分とその作品のコンセプト作りという部分に集約されています。また、前述のように、アート業界では写真作品の複製という問題を解決してきました。この経験を生かせば、いずれ油絵やドローイングなどにおいても、機械化を受け入れていくことは十分に可能であると考えています。

 最後に3点目として「イノベーション」について考察したいと思います。

 実は、写真技術はアート業界に大きな影響を与え、イノベーションを促したのです。

 写真技術は19世紀に発明されましたが、物事をありのまま、誰でも、簡単に、描写することを可能にしたため、写実的であることが価値であった絵画に大きな転換をもたらしました。絵画が生き残るために、写真にできないことを模索する必要が生じ、結果として近代絵画の幕開けというイノベーションにつながるのです。

 動画撮影やディスプレイなどは、写真技術から連鎖する技術革新の事象のひとつですが、このような変化に対して、アート業界はその都度イノベーションを起こし、新たな美術史を創り出してきたわけです。

 また、福武さんは、制約条件が課されているからこそイノベーションは生まれ、アートとして扱われるのであって、空間的にも予算的にも無限の広がりがあるVR空間などのデジタル作品については、アートとして扱われない可能性が高いと論じられていますが、現時点においては、私も同様の見解です。

 やはり、デジタル上であっても、制約条件を止揚するイノベーションが行われ、また、唯一性が担保されているものがアートに昇華する要件を持っているといってもよいでしょう。

 加えて、近藤さんとの対談の編集後記で示したように、アート作品とは美術史的価値を有している必要があり、それはアートワールドの言説によって作られます。デジタル空間における作品も、美術史を踏襲しつつ、イノベーションを起こし、それがアートワールドに受け入れられる作品でなければならないのです。

 アートは国家のソフトパワーを構成する一部になり得ます。日本のアート業界をパワー化させるためには、欧米を中心としたアートワールドに接続しつつ、デジタル化による変革を好機と捉え、リープフロッグ(飛躍的に発展)することが望まれます。岸田政権による新しい資本主義の柱の一つであるWeb3は、ブロックチェーンを元にしており、NFTやVR空間なども包含した概念であり、その促進のために税制などの見直しが始まっています。しかし、残念ながらグローバルな頭脳や資本を集めるには不十分であると言わざるを得ず、さらに大胆な規制緩和が必要だと思われます。

写真:ロイター/アフロ

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

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