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2023.01.17 対談

瀬戸内海に浮かぶ美術館――世界が愛する「直島」の知られざる誕生秘話と「これから」
福武英明氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-3)

白井 一成 福武 英明

日本人にはなじみが浅い「現代アート」について、ベネッセホールディングス取締役であり、ベネッセアートサイト直島を運営するなどビジネスとアート双方を熟知した福武財団代表理事・福武英明氏と対話するシリーズ(全4回)の第3回。福武財団(香川県直島町)の代表理事として瀬戸内海の島々で現代アートを通じた芸術の振興に取り組んでいる福武氏に、「直島」の由来と展望を聞いた。

第1回:現代アートの源流――「文化なき新大国」アメリカはいかにしてアートで覇権を握ったのか
第2回:韓国にも劣後…グローバルな現代アートの世界に取り残された日本はいかに戦うべきか

白井(実業之日本フォーラム編集主幹)長い歴史があったり、資金力があったりする美術館がアメリカやヨーロッパに多くあるなかで、そのどちらも持たない日本が日本らしい美術館を作るには、国からのサポート以外に強力な民間セクターの存在も必要だということでした。福武さんは公益財団法人福武財団(香川県直島町)の代表理事として瀬戸内海の島々で現代アートを通じた芸術の振興に取り組んでいらっしゃいますが、その活動についてお教えください。

福武(福武財団代表理事):財団は私の父の福武總一郎が創設したのですが、彼はよく「経済は文化のしもべ」と言っています。経済が潤ったり経済的に成功したりしたあとに文化を支援するのではなく、先に文化があってこそ経済があるということです。

父も私も岡山県出身なのですが、この考え方は岡山県出身の実業家で、倉敷絹織(現、クラレ)創業者の大原孫三郎氏から影響を受けたものでした。孫三郎氏は日本で最初に近代アートを展示した大原美術館も設立しています。ちなみに父の名前は、孫三郎氏の息子である大原總一郎氏の名前をもらってつけられました。

彼は「経済人として、文化をどう醸成していくか」という考えのもとで、文化へのリスペクトや、経済と文化をどう絡めていけば良いかを常に考えていました。これに父は大きく影響を受けています。ですから、このような考え方がすべての下地になっていることは間違いありません。

ただ、福武財団を中心とした瀬戸内での活動は最初から今のような大きな構想があったわけではなく、アートも関係ありませんでした。では、なにから始まったのか。それは私の祖父のある思いからでした。

キャンプ場からのスタート

祖父の福武哲彦は、福武書店(現、ベネッセコーポレーション、ベネッセホールディングス)を創業したのですが、教育関係の企業といっても通信教育が中心だったため、彼が子どもたちと直接会う機会はあまりありませんでした。そこで、子供たちが遊べるキャンプ場のようなものが欲しいと考えました。ちょうど瀬戸内海の直島では過疎化や少子化の問題が浮上していた事と、直島の当時の三宅町長と祖父が意気投合をした事でプロジェクトを一緒にやろうということになったのです。ですから、一番初めは子供向けのキャンプ場からスタートしています。

その翌年、祖父が急逝し、父がそれを継ぎました。しかし父は、「子供たちは夏休みにキャンプ場に来てくれ一時的には賑わうが、休みが終われば帰ってしまい、また静かな島に元通り」ということに気づき、なにか恒常的にできないかと考えます。そこで、もともと現代アートが好きだった父は、何かアートを通して地域を元気にすることが出来ないかと考えたのが今の活動のきっかけです。

その当時、新しいキャンプの関連施設を作る目的で建築家の安藤忠雄氏に依頼した建物が完成しています。そこから話はどんどん進み、美術館とホテルが一体となった「ベネッセハウス・ミュージアム」の構想が立ち上がり、設計も安藤さんに依頼し、父のアート・コレクションを展示する事になりました。ちなみに、当時の安藤さんは今ほど有名ではなく、恐らく安藤さんが設計した最初の美術館の一つがベネッセハウスミュージアムだと思います。

美術館に泊まるというコンセプトは、父が「面白いアイディアが浮かぶ瞬間というのは、うとうとまどろんでいる時」という経験からです。気持ちの良いまどろみが、良いアイディアを生み出すと考えた父は、ホテルと美術館を一緒にしてしまいました。ただ、その時もまだ今につながるアートプロジェクトのコンセプトはしっかりとは出来上がっていなかったと聞いています。

本当に作品のためだけの建築

そして、当時たまたま父が海外で訪れた展示会で、フランスの画家クロード・モネの作品「睡蓮」に一目惚れをしてしまいました。どうしてもそれを手に入れたかった父は、作品の所有者をなんとか探し出し、譲ってもらうことに成功します。今考えると、ありえない話ですよね。

それを手に入れた父は、作品を展示するための場所として直島の地下に地中美術館を設立しました。これがなぜ地下に作られることになったのかには訳があります。というのも、直島が浮かぶ瀬戸内海は日本で初めて指定された国立公園だったため、外観規制がとても厳しかったからです。そのため、自然の景観をできるだけ壊さないようにと考えられたのが、地面に埋めてしまうという計画でした。地中に作ったことで、建築とアートだけではなく、自然環境も一体となった一つのアート作品としての美術館が出来上がったのです。

また、地中美術館には、宗教などにとらわれず誰もが来ることができる「聖地」のような場所を作りたいという思いから、モネと、自然の素材を用いて大地に作品を構築する「ランドアート」の二代巨頭であるウォルター・デ・マリア、ジェームズ・タレルの3人だけの作品が展示されることになりました。

こうして、展示物としてアート作品を入れ替わらせていくのではなく、この土地でしか生まれなかった建築と共にアート作品を置くということが実現したのです。

「コミュニティ」も掛け合わせたい

白井:福武財団は、美術館以外にも一般の家屋を改造するなど、地域のコミュニティに溶け込むようなアートを作っておられます。この活動はどのように始まったのでしょうか。

福武:そもそも私たちの活動は、アートを目的にスタートしたわけではありませんでした。アートと建築を掛け合わせることで本来その土地が持っていた魅力を引き出したり、レバレッジさせるなど、アートを媒介として新しい価値を創出したかった。アート作品は買おうと思えば買えるかもしれないですが、「この場所に存在していないと意味がない」と思えるような価値を作りたかったのです。

そして、直島の地中美術館ができた頃には、活動のコンセプトがかなりクリアになっていました。それは「建築×アート×自然」の掛け合わせです。作品とその土地にしかない何かを掛け合わせることで、それまでにはなかった価値をつくることができることがわかってきたからです。そして現在は、そこに「コミュニティ」も掛け合わせる事を意識しています。

直島での「自然×建築×アート」の実現は大変なものでしたが、お金をかければ他の場所でもまねできないわけではありません。しかし、そこに「コミュニティ」を掛け合わせたら、そうはいかない。というのも、コミュニティはそこに住む人々の生活で形作られているので、だれかが作ろうとして作れるものではないからです。

ただ、これを実現するまでにはとても時間がかかります。たとえば、一般の家屋とアート作品を融合させる企画があったときには、住民説明会を必ず実施しなければなりません。実際、私が最初の説明会を行った際は、我々のようなよそものは中々相手にしてもらえませんでしたし、説明会は何十回も繰り返しました。多くの反対意見も実際にありました。賛同していただけるようになるまでには、膨大な時間がかかりましたし、その分、強い信頼関係を築けてきていると思っています。コミュニティを巻き込むということは、本当に大変なことです。 

島民の皆さんはその土地の歴史であり、文化そのものと言えます。こういった「自分たちでコントロールできない変数」を我々の活動に上手くくみこんでいくことができれば、「ここでしかできない活動」や「ここでしか見られないアート」、「ここでしか体験できない空間」を作ることができるのです。これは、ほかのどの場所でもまねすることができません。

私は、このようにして自分達のルールで価値を作ることが大事だと思っています。先に誰かが作ったルールがある土俵では、ユニークな価値の創出や、その土俵で勝っていく事は難しく、何よりも活動の永続性を担保出来ないからです。自分達のルールで価値を形成していきながら、そこに根付いたローカルコミュニティや人々を組み合わせていくことで、さらに強く、深い価値が形作られていくと思うのです。

直島に、日本各地の伝統芸能を織り込む

白井:「建築×アート×自然」に、他の要素も付加していく予定はありますか?

福武:私たちは、外部からの資金を受け入れずに、すべて自前で活動してきました。それは、外部資金を受け入れてしまうと、「このアーティストの作品を使って欲しい」などという資金提供者の思いを考慮しながら活動するようになってしまい、出来上がったものに「色」がついてしまうからです。ですから、そのようなサポートもすべてお断りして、自己資金だけで運営してきました。それによって、本当に私たちの作りたかった世界観を構築することができました。

その世界観をベースにして、次は新しい領域で協業しながらさらに付加価値をつけていきたいと思っています。たとえば、現代美術家の杉本博司さんの硝子(ガラス)の茶室「聞鳥庵(もんどりあん)」を、ベネッセアートサイト直島のホテル「ベネッセハウス パーク」に設置しました。このように、直島と現代アートと伝統芸能などの関わりを深めていき、お互いに高め合っていきたいです。直島に、日本各地の文化のコンテクストを織り込んでいけたらいいですね。

教育や食分野にも広げたい

白井:今後のビジョンを教えてください。

福武:現在、瀬戸内海の直島、豊島(香川県)、犬島(岡山県)の3島で行っている活動を他の島に拡大して行こうとは思っていません。むしろ、現在の活動を教育や食などの範囲まで広げ、より深くしていきたいと思っています。

島民のなかには、私たちの活動にあまり関心を持っていらっしゃらない人たちもいるのが実情です。その方達にうまく魅力を投げかけ、住民とのさらに充実したエコシステムを作ることができたなら、彼らも関心を持ってくれるようになると思います。

これらがうまくいけば、知らず知らずのうちに住民の日々の生活のなかにアートが浸透し、生活のクオリティも上がっていくのではないでしょうか。島に降り立った来訪者は、その雰囲気に圧倒されることでしょう。

写真:Hiroji Kubota/Magnum Photos/アフロ

(第4回は1月20日配信予定)

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

福武 英明

福武財団 代表理事、ベネッセホールディングス 取締役、アイスタイル芸術スポーツ振興財団 理事、大地の芸術祭のオフィシャルサポーター
瀬戸内の直島、豊島、犬島で現代アートによる地域振興に取り組み、日本で最大規模となる8つの美術館のほか、アートギャラリーなど合計34の施設運営を運営。2010年から3年に一度開催される「瀬戸内国際芸術祭」の支援をおこなうなど、国内外の現代アートの支援、アートによる地域振興助成活動を全国規模で行う。

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