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2023.01.20 対談

現代アートの歴史はまだ100年、日本の伝統芸能の歴史をアートの文脈に接続せよ
福武英明氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-4)

白井 一成 福武 英明

日本人にはなじみが浅い「現代アート」について、ベネッセホールディングス取締役であり、ベネッセアートサイト直島を運営するなどビジネスとアート双方を熟知した福武財団代表理事・福武英明氏と対話するシリーズ(全4回)の最終回。日本に続々生まれている現代アートの新たな才能たちの可能性から、NFTアートが投げかける「アートとは何か」という問い、現代アートの文脈から照射する日本の伝統芸能の歴史など、縦横に語りあった。

第1回:現代アートの源流――「文化なき新大国」アメリカはいかにしてアートで覇権を握ったのか
第2回:韓国にも劣後…グローバルな現代アートの世界に取り残された日本はいかに戦うべきか
第3回:瀬戸内海に浮かぶ美術館――世界が愛する「直島」の知られざる誕生秘話と「これから」

白井(実業之日本フォーラム編集主幹):日本のドメスティックなオークション市場で、活発に取引されている作家が出てきています。また、それらは雑誌などでも取り上げられており、徐々にブームになりつつあるように感じます。これらの動きは、グローバルなアートワールドに解釈され、メインストリームに入っていくものなのか。それとも、アートワールド外で起こった一過性のブームなのか。どのように捉えていますか?

福武(福武財団代表理事):メインストリームに組み込まれていく可能性がないわけではありません。ガラパゴス状態の日本にいるアーティストでも、何かのきっかけでグローバルのマーケットに接続され、スーパースターになることもあると思います。

たとえば野球で言うと、日本の野球界を盛り上げるために何かのイベントを開催するよりも、米大リーグで大谷翔平が活躍する方がインパクトは大きいですよね。現代アートの世界でも、大谷のように何年かに1度は本場の欧米で戦えるような人が、アーティスト、キュレーター(学芸員)、ギャラリスト(美術商)などの中から出てきます。その時に私たち民間セクターや国が、思い切り背中を押してあげることが大事だと思います。

制約があるからこそ面白い

白井:現代アートは、産業革命や経済発展などの人間社会の変化と軌を一にして新たな技術や表現方法を積極的に取り入れてきた歴史でもあります。現在、第四次産業革命が進行する中、デジタルアートや、デジタルコンテンツの持ち主を証明するNFT(非代替性トークン)アートは、その延長線上と考えるべきでしょうか。

福武:デジタルへの移行が進めば進むほど、圧倒的に表現方法やできることの可能性は早急に広がっていくと思います。そうなったとき、反対に強い制約があるなかでクリエイティビティを発揮することのほうに、さらに高い価値がつくようになるかもしれません。

たとえば、絵画。そこでは、限られたキャンバスのなかの空間だけで創作しなければなりません。しかし、その制約があるからこそ解釈のしあい合戦が行われ、イノベーションが起き続けるのです。

一方、デジタルへの移行が進めば、予算やスペース、表現方法などの制約はほぼなくなっていくでしょう。それを観たとき、心が動かされたり、感情が揺さぶられたりするような解釈ができるかと言うと、できないような気がします。琴線に触れるような作品と出会える機会は少なくなってしまいそうです。

NFTアートの出現は、「価値とは何か」という問題を私たちに突きつけました。現代アート作品の解釈や位置付けは、美術評論家やキュレーター、ギャラリスト、アーティスト、コレクターなどによる特定のコミュニティの共通認識として時間をかけて形作られています。しかし、NFTアート作品にはまだ、そのようなコミュニティが形成されていません。

「何百年も続いている」こと自体が価値

白井:世界のアート市場で、日本が勝つためにはどんな方法があるのでしょうか。

福武:本場アメリカのルールにどっぷり浸かりながら、彼らの資産や経験を利用するのも一つの手です。たとえば、世界最大の美術見本市の「アート・バーゼル」を日本で開催するなど、やり方はたくさんあります。このように、一旦他で成立しているものを日本に持ってくる。それによって、逆に日本独自のアート文化が掘り起こされ醸成されることもありうると思います。または先に述べたように、スーパースターの出現を待ちつつ、出てきた瞬間に徹底的に国や民間がサポートし、そこから突破口を開くという方法もありますね。

あとは、日本の伝統芸能の歴史を利用することです。現代アートの歴史はまだたった100年しかありません。一方で、日本の茶道や歌舞伎、浮世絵などは数百年の歴史を持っています。これだけ長い年月をかけて続くこと自体、相当な価値があることだと思います。

たとえば、「禅」。西洋に東洋思想や禅の精神を伝えた仏教哲学者の鈴木大拙を紹介する「鈴木大拙館」が金沢にあります。そこには彼が書いた禅の分厚い書物がたくさんあるのですが、そこで感じたのは、「文化そのもの」と「その書物」、「その伝道師」、「箱としての美術館」の4つがあることは、相当な発信力になるのではないかということです。逆に、そのセットがないとなかなか海外の人には伝わりづらいと思いました。そして、このような確立されたものがあれば、海外の人が勝手にそれを解釈し、広めてくれると思います。

写真:bfa.com/アフロ

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

福武 英明

福武財団 代表理事、ベネッセホールディングス 取締役、アイスタイル芸術スポーツ振興財団 理事、大地の芸術祭のオフィシャルサポーター
瀬戸内の直島、豊島、犬島で現代アートによる地域振興に取り組み、日本で最大規模となる8つの美術館のほか、アートギャラリーなど合計34の施設運営を運営。2010年から3年に一度開催される「瀬戸内国際芸術祭」の支援をおこなうなど、国内外の現代アートの支援、アートによる地域振興助成活動を全国規模で行う。

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