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2023.01.10 対談

現代アートの源流――「文化なき新大国」アメリカはいかにしてアートで覇権を握ったのか
福武英明氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-1)

白井 一成 福武 英明

日本人にはなじみが浅い「現代アート」について、ベネッセホールディングス取締役であり、ベネッセアートサイト直島を運営するなどビジネスとアート双方を熟知した福武財団代表理事・福武英明氏と対話するシリーズ(全4回)の第1回。現代アートを牽引し、いまも世界に君臨する覇権国でもあるアメリカに、その源流をたどる。

白井一成(実業之日本フォーラム編集主幹):はじめに、近代アートから現代アートを中心に、「アートとは何か」や「世界と日本のアート市場はどう違うのか」を概観したいと思います。特に、現代アートは様々な手法で表現され、アート業界以外の方々からすると非常にわかりにくい「アート」でもあります。

たとえば、フランスの画家クロード・モネの絵画を見て美しいと思えても、現代アートの価値は分かりづらいといったように、現代アート作品には一見すると普通の工業製品や建築資材に見紛(みまが)うものも多くあり、一般的に想起される「絵画」や「美術」からはかけ離れているものもあります。一般人から見ると、なぜこれに価値があるのかわからなかったり、誰でも作れるように見えたりすることもあるでしょう。近代アートから現代アートに至るまでの歴史、その定義や特徴をお聞かせください。

福武英明(福武財団代表理事):まずは現代アートの歴史に関してですが、1917年にマルセル・デュシャンが男性用小便器を「泉」という作品名で、無審査で出品できるアンデパンダン展で物議を醸したのを皮切りに、視覚的な価値だけではなく「コンセプト(概念)」や「意味」を重視する「現代アート」が確立していきました。

ここで面白いのは、「コンセプトを重視した作品もアート作品である」というデュシャンの強引な発想自体が認められたことです。視覚的な美しさや宗教的な意味合いだけではなく、考え方や思考、コンセプトからも解釈されるようになり、文化芸術の裾野が広がっていきました。

デュシャンの「泉」は、「小便器の形をデザインして作成したわけではなく、レディメイド(既製品)を選んだだけ。はたしてこれがアートと呼べるのか」という文脈で語られることがありますが、そういう話ではありません。それまでアート作品は、手作業で作られたものでこの世に1点しかなく、美しいものと考えられていた。一方、「泉」は工業製品で大量生産、かつ見た目も小便器なので美しくない。それよりも、作品が「見る人の思考を動かすかどうか」にアートの真の価値があるとデュシャンは考えたのです。

そもそも「価値がある」ってどういうこと?

白井:「どこに本当の価値があるのか」は難しい問題ですね。現代アート作品の解釈や位置付けは、特定のコミュニティの共通認識として時間をかけて形作られています。この「特定のコミュニティ」とは西欧社会に根ざすもので、一定以上の権威を持つ美術評論家やキュレーター、ギャラリスト、アーティスト、コレクターによって形成されています。これに加え、そこで作られる言説(ディスコース)や社会制度などを含めた「場」のようなものを総称して、哲学者アーサー・ダントーは「アートワールド」と呼んでいます。アートワールドはアート作品の美術史的価値や経済的価値の基準を生み出し、それを規定している社会制度です。これがまさにグローバルなアート業界そのものなのですね。

福武:たとえば、「ブランド物」も同じです。自分では価値判断が出来ない人に代わって、ブランド側が価値付けをしてくれています。同じ素材を使った財布でも、ブランドの名前がついているだけで価格はまったく違います。多くの人は、価値がなんなのかよくわかっていない。だからこそブランドに頼るのだと思います。

現代アートの世界でこの「ブランド」の役割を果たすのが、キュレーターや美術館です。彼らが、その価値をきれいに言語化し、説得力のある説明を行う。そうやってどんどん価値付けをしていくのです。

白井:デュシャンの「泉」が発表されてから100年が経っていますから、現代アートへの解釈と市場が誕生したのはこの100年間ということですね。

福武:はい。たった100年ですが、この間の動きには大きなものがありました。というのも、近代アート分野ではヨーロッパが覇権をとっていましたが、現代アート分野はアメリカに代わったからです。現代アートを理解するうえでは、ヨーロッパからアメリカに覇権が移っていった時のドラスティックな地理的な動きやテクニカルな政治的な動きを正しく認識していなければいけません。アメリカが現代アートの覇権を取ったということは、アメリカがその分野において勝てるゲームを作っているということです。ですから、そのルールを理解することが必要です。

資本主義に組み込まれた「現代アート」

白井:なぜ、アメリカは現代アートで覇権を取ろうとしたのでしょうか。

福武: アメリカは第二次世界大戦で勝利したあと、自分達には戦後の覇権国家にふさわしい「文化」がないということに気がついたからだと思います。武力では勝ったけれど文化では他国に負けていると感じていたのです。

しかし、ヨーロッパなどがアイデンティティとして持つ文化は、長い歴史に基づいて形作られてきたものなので、一朝一夕では作ることは難しい。そこで、アメリカはゼロから作ることを諦め、ヨーロッパが持つアートの文脈をなぞり、「現代アート」を作ったのです。

スポーツにおける戦略と同じです。クリケットやラグビーでは勝てないので、アメリカ独自のベースボールやアメリカンフットボールを発明し、自ら創出した分野で世界一になる。

そして1960年代には、カラフルなマリリンモンローの作品などで有名なアンディ・ウォーホルが世に出てきました。彼はデュシャンの作品に見られるコンセプトを重視したアートをさらに発展させ、大量生産・大量消費されるものでもアートになりうることを示しました。

ここでアメリカがすごいのは、現代アートの世界を文化と経済の両輪で支配しようとしたことです。資本主義のなかにしっかりと足場が作られた現代アートの世界。そこには力強い動きが常にあります。ここに他国が入って戦うには相当な力が必要です。

「オールジャパン」でやりがちな日本人

白井:現在は中国や韓国が現代アートの世界に入ってきています。彼らのやり方をどう見ていますか。

福武:戦後のアメリカは手始めに、イタリアの歴史ある国際美術展覧会のヴェネチア・ビエンナーレで、アメリカ人芸術家が最高賞である金獅子賞を獲得することを目指しました。ここで最高賞をもらうことが文化の覇権をとる近道になることがわかっていたのです。これに国家としてかなりの力を入れた結果、アメリカの芸術家ロバート・ラウシェンバーグは1964年、金獅子賞を獲ることができました。

このように、使えるものを最大限に使って自国のアートを既存文化の文脈に組み込むという動きは、現在の韓国にも見られます。韓国は、毎年イギリスのロンドンやアメリカのニューヨークなどで開かれているアートフェア「フリーズ」と提携し、今年ソウルで新たなアートフェアを開催しました。

これに対して日本は、現代アートを広めていこうという企画があった場合、「日本の芸術家」や「日本のギャラリー」、「日本のキュレーター」を使ってオールジャパンで取り組もうとする傾向があります。しかし、アートの世界ではではこれが裏目に出てしまうのです。世界の長い歴史があるアートの世界に食い込むには、いい意味で他国のギャラリーなどを利用し、協業していくことが大事だと思います。

第2回は1月12日配信予定)

写真:Henri Cartier-Bresson/Magnum Photos/アフロ

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

福武 英明

福武財団 代表理事、ベネッセホールディングス 取締役、アイスタイル芸術スポーツ振興財団 理事、大地の芸術祭のオフィシャルサポーター
瀬戸内の直島、豊島、犬島で現代アートによる地域振興に取り組み、日本で最大規模となる8つの美術館のほか、アートギャラリーなど合計34の施設運営を運営。2010年から3年に一度開催される「瀬戸内国際芸術祭」の支援をおこなうなど、国内外の現代アートの支援、アートによる地域振興助成活動を全国規模で行う。

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