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2022.03.09 対談

大企業でサラリーマンなんてカッコ悪い…「仕事ごっこ」をする親を見て育った「若者の冷静な感覚」
若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路(9-5)

若林秀樹

ゲスト

若林秀樹 

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長

総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長

昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

かつて半導体分野で世界を席巻した日本だが、この20年を経てその立場は危うくなってきた。半導体業界において日本は今後どうなっていくのだろうか?<スマホキャリアを選ぶように「車のキャリアを選ぶ」時代が来る!今、「このままでは日本の自動車産業が危ない」と断言できるワケ(若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路)(9-4)>に引き続き、日本の敗因と新しいエコシステムへの転換の必要性について、半導体・電機分野など技術経営の第一人者である東京理科大学大学院経営学研究科(MOT)の若林秀樹教授にお話を伺った。

習近平もメルケルも「理系出身」

白井:日本企業はこの20年の間、衰退が続いています。先生は過去のレポートで、その理由に「組織と戦略の不適合」や「経営者の質の低下」、「強過ぎる自前主義とマーケティング軽視」、「技術偏重」があると指摘されていますが、これらの視点から日本の衰退の理由を教えてください。

若林:理由の一つは、「日本の縦割り志向の強さ」だと思います。人材の流動性が低いとも言えますが、日本の理系の人は、技術屋や電気屋というように「自分は何屋である」という考えが強過ぎて、技術でも新しい分野や経営やビジネスなどといった自分の専門外に目をつぶります。こうして余計な口を出さないことで逆に、自分を守っているため、多様な視点による議論ができません。

彼らは大学卒業後に企業に就職すると、地方の研究所や工場の狭いコミュニティの中で長い間技術を深堀していきますが、40歳を超える頃、出世のために本社に戻ると、突然ファンドやマスコミ、政治家などの人達に会う機会が増え、「のれんの減損」などという経営の専門的な話に直面します。しかし、彼らはその勉強をしたことがないし、経験もないので、全くついていけないのです。これ対して、世界の技術屋は、理系であってもMBAなど実務も含めた経営の勉強を積んで活かしています。例えば政治家で言うと、中国の習近平は清華大学化学工程部出身ですし、ドイツのメルケル前首相は物理学の博士号を持っていますよね。

二つ目の理由は、「目利き力がない日本人が多い」ということです。日本人は意思決定する際に、「全員賛成」などの基準を設け、それに達さなければ実行に移すことができないときが多くあります。例えばベンチャー投資の場合でいうと、全員が投資に賛成した時には、ピークはとっくに過ぎていて、すでに相場は下がってしまっているのです。このようなことが起こらないために、制度的にもリスクを取り、全員賛成ばかりを求めず、反対意見もやってみると言うような目利き力が必要だと思います。

また、海外では研究開発の際、「誰かがやっているものはやらない、まだ誰もやっていないからやる」という人が多い中、日本は「他社もやっているから自社でもやる」という横並びの研究が多いことも問題です。これが多過ぎるため、同じことを開発していた企業たちの共倒れも多発しています。

 

「仕事ごっこ」をする日本のサラリーマン

白井:その要因を金融面やコーポレートガバナンスの面からみると、次のように考えられます。高度経済成長期の松下電器(現パナソニック)やトヨタ自動車、ホンダなどでは、創業オーナーが直接経営を指揮していました。その金融ビックバン以前の日本は、メインバンク制に代表される負債によるコーポレートガバナンスを行っており、会社は有限責任であるものの経営者の債務保証を要求される場合も多くあったのです。これには、経営者に腹をくくらせ追い詰めるため、目利き力のある創業オーナーがその能力の発揮を最大限促すことができたというメリットがあったのではないでしょうか。

しかし、金融ビックバン以降は資本市場によるコーポレートガバナンスにシフトしたため、倒産や大規模損失などの失敗があっても、それは資本市場のポートフォリオが吸収するものとされ、名実ともに経営者の責任負担が限定されました。これは日本のオーナー経営者たちが経営から退くタイミングとほぼ同時期であり、それを引き継いだ多くのサラリーマン経営者が、問題を起こさず自分の任期を全うすることを優先したため、結果的にリスクをとらない保守的な企業が増えたのではないかと感じます。しかも、その後のデフレ下でリストラを善とする人たちが育ち、彼らが経営者になりました。そこに高額報酬の経営者をよしとしない社会的風潮と不十分なインセンティブプランの整備も相まって、保守的な経営が続いたのです。

一方、中国や韓国では、まだ創業オーナーやその意志を継ぐオーナー家が第一線で活動している場合が多く、アメリカでは、マーケットに新陳代謝があり新出の巨大テック企業の多くはオーナーが引っ張っていますね。このような金融面の新陳代謝が、大きく影響しているのでしょうか。

若林:そう思います。別の見方で見ると、「小商いをわかる人が減ってきた」とも言えますね。かつての日本には、農家や八百屋、ラーメン屋などといった小商いが多く存在していて、そこには数人でも社員がいて組織がありました。だから彼らは、「商売とはどういうことなのか」や「倒産するとどんな目に遭うのか」、「このチャレンジにはこんなリスクが伴う」などという商いの全貌が何となくでも体感でわかっていたのです。また、その頃はまだテクノロジーも今ほど巨大化していなかったので、自分の手の上で物を作ることができました。使う機械の中には電気回路も機械回路もあり、自らはんだで金属を繋ぎ合わせ、ソフトウェアを作り上げていました。

ところが現在は、システムが巨大化しソフトウェアも増え、加えてほとんどの人がサラリーマンです。彼らは組織の全体像がわからず、「何のために自分はこの業務をしているのかわからない」状況なのです。例えば、飛行機に使われるネジを作る作業をしていても、多くのエンジニアは、そのネジが飛行機のどこに、何のために使われているのかわかっておらず、全体像が見えていないまま仕事を進めているというようなことです。

こうして彼らは、小商いが体感としてわからないため、ビジネスもテクノロジーもわからないという状況に陥っています。そして、全員がサラリーマン的な思考で「困ったら国や会社が何とかしてくれる」と思っています。そこでは「会議をして報告書を提出すること」が仕事になってしまいます。なんの付加価値も生まないそれは、仕事ではなく「仕事ごっこ」なのです。

 

日本の起業家は「成功も失敗もしていない」

白井:なるほど。祖父母から、昔、サラリーマンはかっこいいけど、自営業はかっこ悪いという価値観があったという話を聞いたことを思い出しました。確かに1980年代までは、労働と資本のセットが経済推進の中心となる第二次産業革命モデルであり、均一な能力を持つ従順な労働者をどれだけ集められるかがバリュードライバー(企業価値を生み出すカギとなるもの)であり、またそれが社会の風潮でもあったのでしょう。

一方で、最近は労働の定義が変わってきました。若くて能力のある人は、YouTuberをしたり、短時間でプログラムを組んだりしてお金を稼いでいます。このように、大企業で働くこと自体、かっこいいと思わない若者が増えていますが、このような大きな流れの中ではまた小商いの人たちが増えてくるのでしょうか。

若林:それは期待できると思います。私は、今の40歳後半から50歳ぐらいの団塊ジュニア世代が最も沈滞しているのではないかと感じています。彼らの親は団塊の世代で、大企業に就職して出世するサラリーマン人生を送り、そのままリストラもされずに定年を迎えています。ところが、その子供である40歳後半から50歳ぐらいの団塊ジュニア世代は、有名大学を卒業していても就職できなかったり、リストラされたりする人が多くいたのです。この世代の多くは「家畜化」しており、野性味がなく、学業でも丸暗記のツールを教えられ、自分の頭で考えることをしてきませんでした。

それを見ていた今の20代から30代の人たちは、「日本の大学を出てもどうなるかわからない」「大企業に入ってもリストラされるだけ」と、ある意味冷めています。最近では東大を卒業しても官僚ではなくベンチャー企業に就職したり、灘高校や開成高校などの有名高校を卒業したりしても、東大に行かずに海外大学に行く人が増えています。彼らはまさに、「親を見て絶望している世代」であり、野生化しなければいけないとわかっています。だからこそそこにチャンスがあると思います。

日本は、起業する人が少なく、彼らが中途半端に成功しているという小産小死の状況が続いています。このように誰も「成功も失敗もしていない」ことが日本の起業家の特徴だと言えます。日本人は、失敗を犯罪かのように感じるため、多くの人が失敗を恐れているのが現状です。これに対して、海外は、100人起業しても90人以上は潰れるというような多産多死状態ですが、そこで生き残った1、2人が非常に大きな成功を収めます。そして、失敗した90以上の人たちも再起復活できる環境もあるのです。

このままの状況が続けば、日本はOECD(経済協力開発機構)の中で最下位まで転落してしまうでしょう。そういう日本は、すでに先進国ではなく課題先進国です。イノベーションを起こしてもう一度本当の先進国になるためには、失敗しても挽回のチャンスがあるシステムに変え、かつてのような多産多死のエコシステムを取り戻さなければいけないのです。