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2022.03.07 対談

スマホキャリアを選ぶように「車のキャリアを選ぶ」時代が来る!今、「このままでは日本の自動車産業が危ない」と断言できるワケ
若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路(9-4)

白井 一成 若林 秀樹

ゲスト

若林秀樹 

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長

総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長

昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

かつて半導体分野で世界を席巻した日本だが、この20年を経てその立場は危うくなってきた。体業界において日本は今後どうなっていくのだろうか?<日本は6Gで中国ファーウェイに勝てるのか?そのカギは日本が得意な「光電融合技術」にあった(若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路)(9-3)>に引き続き、EV・自動運転拡大に伴う日本企業を取り巻く環境の変化について、半導体・電機分野など技術経営の第一人者である東京理科大学大学院経営学研究科(MOT)の若林秀樹教授にお話を伺った。

「EVの広がり」にトヨタはどう対応する?

白井:EVや自動運転市場の拡大に伴って、日本企業を取り巻く状況はどのように変化していくのでしょうか。

若林:EV分野は中国企業が最も盛んで、またアメリカ企業テスラは中国でも展開しています。その一方で、6Gやカーボンニュートラル分野とは違い、日本政府はEV分野をほとんど民間任せにしている状況です。

EVには今まで日本企業の強みであったエンジンなどの内燃機関が不要なので、それ以外の部分で特徴を出さねばなりませんが、その部分で日本は出遅れています。またこのようなEV業界の中で、日本の車メーカーはこれから系列を壊さねばいけない時が来ます。例えばトヨタ自動車が自ら系列をばらばらに壊して時代に対応するかどうかは注目すべきところです。

一方で、EVのモーター分野では、日本電産が半導体業界で首位を走るインテルのような存在を目指して取り組んでいますし、電池分野でも、中国の世界最大の電池メーカーCATLを筆頭にして同様の動きが出てくると予想されます。これからのEV業界では、半導体よりも電池とモーターが重要な位置を占めるのではないでしょうか。

 

「自動運転の精度」はデータ量で決まる

若林:次は、自動運転分野です。自動運転において6Gを機能させるためには、私たちがインスタグラムなどで使用する程度の量ではなく、より微細なコードで情報量が多いリアルタイムのデータが膨大に必要となります。インスタグラムであれば、数分前や昨日のデータでも使うことができますが、自動運転のためにはリアルタイムのデータが必須です。例えば、ある道路が1時間前に工事中になった場合、そのデータが届かないと車は知らずにそこを走ってしまうことになりかねませんからね。

どこに、どんな道路があって、どんな年齢の人がどういう運転をするのか、高齢者がどこでブレーキとアクセルを間違うのか、なども含めて、世界中から膨大なデータを集めることによって、自動運転の精度は高くなります。自動車メーカーにとって蓄積されたそのデータは「秘伝のタレ」のようなものなので、自社内に保存したいと思うでしょう。もし、グーグルやアマゾンなどのクラウドに保存して、真似されたりしたら困るからです。

 

データセンターを日本のどこに置くべきか

白井:そうすると、データの保存場所は日本のどこになるのでしょうか。

若林: 例えば、東京のデータセンターにトヨタのデータがあるとしましょう。九州で自動運転をするためには、光ファイバーを使って東京から九州までの何百キロもデータを送る必要が出てきます。電話ならば遅延はないですが、データになるとリアルタイムで送ることが難しいので、九州にもデータセンターを置かなければならなくなるのです。このようにして結局、日本各地にデータセンターが必要ということになります。

そうすると、地形や地震を考慮して海底ケーブルを通す必要も出てきますが、そこにはサイバー攻撃の危険がつきまといます。これはまさに、国家安全保障の問題ですね。また、6Gには無線でのやりとりもあるので、2025年にかけての6Gの標準化の進み具合も関係します。データセンターの場所と2025年あたりに6Gのスペックが明確になれば、自動運転業界の全貌も見えてくるでしょう。

 

グーグルやアマゾンが自動運転分野の柱に?

若林:この中で、トヨタとGMが組むというような日米連携がなされた場合には、NTTなどの通信系企業の参入も予想されます。そして、スマホ市場がスマホメーカーよりもNTTやKDDI、ソフトバンクなどの通信キャリア上で展開されているように、自動運転のデータも通信キャリア上で構築されることになるでしょう。

例えば、トヨタが作った車だからではなく、NTT自動運転キャリアという会社が提供している車だから購入しようと思う。つまり車は、自動運転ができるかどうかや電波が途切れないかどうか、自動運転のアルゴリズム性能の良さ、電源ステーションの豊富さなどといった評価で選択されるようになるのです。車の性能が良さなどといったハード面ではなく、ソフトやサービスが鍵になりますから、その競争状況は大きく変化します。このようにして、ソフトウェアが車の性能を決めることになります。そうなると、トヨタのような自動車メーカーの他にも、NTTとかKDDI、ソフトバンクのような通信キャリア会社も膨大なデータを溜め込むことができるようになるでしょう。

こうして、どの会社が一番良い自動運転のアルゴリズムを提供できるかという競争が始まります。そのころに日米連携が進んでいれば、グーグルやアマゾンが自動運転分野の柱になるかもしれません。そしていま、彼らはそれを狙っています。

 

「日本人にチャレンジ精神がない」は間違い

白井:大きなパラダイムシフトが起こり、そしてそれは、大きなビジネスチャンスにもなるのですね。日本企業は、日本というまだ資産や人口、技術もある国に根差してはいるものの、グーグルやアマゾンのようなアメリカ企業に圧倒的な差をつけられています。日本は、この不利な競争環境のなかでイノベーションを起こし、勝っていかねばなりません。

先生のご指摘の通り、EVが主流になりつつある現在、自動車メーカーが内燃機関にこだわることは、必ずしも国益に沿っているとは言えませんし、個人的には世界的なパラダイムシフトが起こる第四時産業革命を好機と捉え破壊的創造を能動的に行うことが、日本の最後の生き残る道だろうと思っています。2000年に携帯電話やインターネットが普及し始めたときも同様の議論が起こりましたが、日本は結局それに乗り遅れ、そこでチャレンジしなかったために、この20年日本は衰退していきました。先生は、この点をどう感じていますでしょうか。

若林:最近話題のSDGsやコンプライアンスの話もいいですが、結局チャレンジせずに何もしない人だけが日本企業に残っているような印象があります。役所や企業でも、リスクを取って挑戦できる人は、社長にならずに途中で辞めていったりしますよね。半導体メーカーでは、そういう傾向が特に強いと感じています。

ただ、私は決して日本人にチャレンジ精神がなかったとは思っていません。例えば、松下幸之助、本田宗一郎もそうですがイノベーティブだった時代はあるわけです。問題は、チャレンジ精神が生かされない日本企業の仕組みにあると思います。そこには人材の流動性など、終身雇用をはじめとする様々な要因があるのではないでしょうか。

写真:AP/アフロ

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

若林 秀樹

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長、総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長
昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。