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2022.03.16 対談

コロナ禍、米中摩擦….今、世界のサプライチェーンを「水平分業から垂直統合へ戻すべき」と言えるワケ
若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路(9-8)

白井 一成 若林 秀樹

ゲスト

若林秀樹 

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長

総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長

昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

かつて半導体分野で世界を席巻した日本だが、この20年を経てその立場は危うくなってきた。半導体業界において日本は今後どうなっていくのだろうか?<学歴1〜50番がサムスン、50〜70番がヒョンデ、70〜100番がLGに就職…日本を追い抜いた韓国の恐るべき「半導体技術の強さ」はこうして出来上がっていた! (若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路)(9-7)>に引き続き、これからの日本の戦略転換の必要性について、半導体・電機分野など技術経営の第一人者である東京理科大学大学院経営学研究科(MOT)の若林秀樹教授にお話を伺った。

水平分業→垂直統合に戻すべき時がきた

白井:先生は、半導体業界の動きを米中対立とコロナの二つの軸で考えているそうですが、これについてご説明いただけますでしょうか。

若林:はい。縦軸をコロナ、横軸を米中対立として、サプライチェーン(製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れ)を具体的にみていきましょう。

まずは、縦のコロナ軸を考えてみます。この20年間で、世界のサプライチェーンは水平分業により劇的に効率化が進みましたが、同時に複雑にもなりました。例えば、スマートフォンは「検知センサを熊本で、他の部分は台湾で作られ、それができたらまた違う地域に持っていく」というように色々な地域や国を行き来して出来上がります。

自由経済の中で物流がスムーズに動いているならば、安い価格設定で在庫が少なくても問題はありませんが、このグローバルに拡大したサプライチェーンがコロナのようなパンデミックの影響を受けると、今まで使っていたルートがあちこちで寸断されてしまうのです。パンデミックが何年かに一度は発生することを想定すると、これまでのような効率を求め過ぎたサプライチェーンは機能しなくなるでしょう。

次は横軸の米中対立を考えてみましょう。米中関係が良好な期間は問題ないものの、米中摩擦が勃発し輸出禁止などの規制が始まった場合には、物流の確保が非常に難しくなります。雪解けと冷え込みを繰り返すことはあるでしょうが、どちらかの国が負けるまで緊張状態は継続します。

縦軸と横軸の関係を見てわかるのは、米中摩擦が続きパンデミックも発生している状況の中で物流を確保するためには、これまでのように全てを水平分業で担うのではなく、ある程度は垂直統合に戻し、国内生産、地産地消を行うことが必要だということです。そして何%を国内で担えば安心なのかということを真剣に考えなければいけません。

これまで、在庫を残さないように、必要なものを、必要なときに、必要なだけ作るという「かんばん方式」をとってキャッシュを回りやすくしてきたトヨタ自動車も、かつての25日分程度だった在庫を30日以上に増やしています。在庫を減らして足りなくなったときに台湾や中国から半導体を値上げされた場合、事業が成り立たなくなってしまうので、これまでのような過度な在庫の減少や効率を求め過ぎたサプライチェーンを続けるのは危険だと判断し、安全安心なサプライチェーンの構築を急いでいるのです。

 

「新しいコングロマリット」が必要

白井:「かんばん方式」のようなサプライチェーンを築けば、生産効率は高まり、キャッシュが劇的に改善します。しかし、同時に不確実性も高いため、それよりも、戦略を転換して新たなマーケットに投資したり、国の会計基準の違いや資本市場の力を利用して資金調達を行いその領域の事業を買ったりするような、より獰猛な闘い方に変わっているということでしょうか。

若林:それよりも、新たなコングロマリットを構築して戦い方を変えていくという方向に向かっていると思います。1980年代〜90年代当時は世界で垂直統合の素晴らしさが謳われ、国内生産による日本のものづくりが評価されていました。それが2000年以降になると、共通規格の既存部品を組み合わせて作るモジュラーのやり方が優れていると言われ始め、そこから水平分業化が進むことになります。

また、株式市場でも、昭和の大昔は、相場師がいて、インンサイダーや株価操作も普通にあったと聞きます。職場でのハラスメント規制もそうですね。さらに、日米では、業界での独占禁止法も大きく変わっています。そういうルールが変わる中で、経営戦略の常識は数十年ほどのタームで変化を繰り返します。

この20年を経て経済的正義だった定義は変化し、大きな経営戦略や経営学自体のパラダイムシフトが始まりました。例えば、アマゾンは書籍だけ売っているわけではなく、テクノロジー分野などにも関わり始め、バリューチェーンやサプライチェーンの中でさまざまな展開をしています。日本もこうした環境の中で生き残るために、相乗効果を持った新たなコングロマリットを作ることが必要なのです。

 

日本は世界の中で「最も変な国」

若林:日本人は昔から丸暗記が得意で、コピペをしたがる傾向を持っています。しかし現在、単に「アメリカが言っているから」、「みんながこうしているから」ではなく、各々の日本企業が自分の頭で考えて、経営戦略を練り、あるいは、ポートフォリオを組むことが極めて大事になってきています。そして、これまでどちらかというと社会主義的だった日本を、もう少し野生に、自由主義に変えていかねばなりません。

他方で、国際政治の面で見ても、アメリカや中国が国家安全保障のためにさまざまな諜報活動を行なっている中で、日本だけがお花畑にいて諜報をやられっ放しの状況にあります。日米安保等の現実を見ながら、アメリカや中国と同じように国家安全保障の全体像を考えて行動していかねばならないのにもかかわらず、日本企業はその意識が欠落しています。今、改めてそこに危機感を持って、経営をしなおすべきなのです。

 

写真:ロイター/アフロ

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

若林 秀樹

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長、総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長
昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。

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