実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2022.12.27 経済金融

ビッグ・テックから個人の権利を取り戻せ Web3はGAFAM優位へのカウンターカルチャー
JNF Symposium 分散型インターネット「Web3」の理想と脅威(1)

実業之日本フォーラム編集部

 実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。今回のテーマは、政府のデジタル政策の柱でもある「Web3(ウェブスリー)」。Web3とは、黎明期のインターネットを指す「Web1.0」、SNSなどによる個人発信をベースとする「Web2.0」に次ぐ概念。Web3では、データを世界のコンピューターで分散所有する「ブロックチェーン」を活用することで、ユーザーは企業のプラットフォームに依存せずに自らのデータを所有できます。半面、データ管理は自己責任で、データを詐取される恐れもあります。そこで今回は、暗号資産やブロックチェーン技術に携わるエンジニアである「ヨーロピアン」氏を中心に、Web3の功罪について3回にわたって議論します。第1回は、ヨーロピアン氏にWeb3が生まれた背景や基本的なコンセプトを解説してもらいます。

 Web3を理解するために、まずWeb1.0、Web2.0という概念から説明します。事前にお断りしておきますが、「Web3」あるいは「Web3.0」という概念は、正確にはこの正統な流れをくむWeb1.0、Web2.0と呼ばれているものとは違う人が提唱しています。便宜上「Web3」と名乗っていますが、その点ご理解ください。

ネット黎明期=「Web1.0」

 まずWeb1.0とは、インターネットの普及そのものと言えます。情報発信の手段が紙、テレビ、ラジオなどに限られていた時代から、インターネットによって世界中の情報を低コストで発信できるようになった。インターネット環境と、それに接続できる端末さえあれば個人でも気軽に発信できる。そうした大きなパラダイムシフトがありました。

 ただ、黎明期のインターネットは非常に通信回線が細く、ウェブページを表示するのに時間がかかったため、データ量が大きい画像や動画を使ったダイナミックな表現は抑えられていました。基本的には「HTML」と呼ばれるプログラミング言語を使って、テキストベースの表現のみで情報を発信し、非常に簡素なウェブページで構成する。これがWeb1.0と呼ばれる時代でした。プログラミングに特殊なツールは不要で、Windowsの標準テキストエディターである「メモ帳」で発信できたのですが、その分、HTMLの知識など高めのITリテラシーが必要でした。インターネット黎明期は、どちらかというとネットで発信される情報に引かれる一部のコンピューターマニアが集まり、アンダーグラウンドな雰囲気があったように思います。

 当時の課題は、端末とネット環境さえあれば発信できるとはいえ、とにかく知識が必要だったことです。レンタルサーバーを借りるとか、自分でサーバーを構築しないと、発信の環境づくりができないし、HTMLもそんなに習得が難しいわけではないですが、手作業でプログラミングしてページを作るのは労力のかかることなので、普通の人にはなかなか難しい時代だったと思います。

SNSなどで気軽に発信が可能になった「Web2.0」

 次に、Web2.0の時代がやってきました。Web2.0を簡単に説明すると、「情報発信するのに自分でウェブページを作る必要がなくなった」ということです。具体的には、ソーシャルメディアです。最初に出てきたのはブログで、その後、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が出てきました。

 日本だと、SNS黎明期にはアメーバピグやライブドアブログなど、さまざまなサービスがありました。そうしたブログやSNSにサインアップして、そこに用意されたテキストフォームにテキストを打ち込んで「送信」をクリックするだけで、自分専用のエリアから情報を発信できます。あるいは、フェイスブック(現・メタ)やツイッター、国内だとミクシィ、グリーといったソーシャルメディアは、さらに情報発信先の対象を絞ったり、一部の友達に限定して発信したりする機能があります。Web1.0の時代に比べるとかなり自由度が高く、しかも簡単に情報発信ができるようになった時代と言えます。

 そのころにはインターネット回線速度もかなり速くなり、ADSLや光回線が登場したころで、かなりリッチな表現ができ、画像や動画も当たり前のように使われていました。また、スマートフォンという端末の登場によって、インターネットにアクセスして情報を発信する、あるいは閲覧するユーザーの数がさらに増えてきた時代です。

 Web2.0は、それぞれの企業が大量のユーザーを獲得し、そこから広告なり、あるいは課金モデルなりで収益を上げるビッグ・テックがどんどん誕生してきた時代です。「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」と呼ばれる米国の巨大IT企業は大体それに該当します。一部の巨大IT企業にIDや個人情報が集約されることで、さまざまなサービスが連携して使いやすくなったり、広告もユーザーごとに最適化され、不快感が少ないとか自分の興味・関心に合致したもの表示されたりといったメリットがありました。 

利便性と引き換えに支配される

 半面、自分たちの発信する情報は、全て彼らプラットフォーマーに検閲されます。プラットフォーマーによって削除、あるいはアカウントごとBAN(追放)される可能性もあります。個人情報を握られている不安や不満はあるけれど、それを上回る利便性があるからみんな利用しているという状態でした。

 もう一つの課題として、個人が投稿した内容は全てプラットフォーマーに管理され、かつ、情報は全てプラットフォーム上で記録されているので、「個人の手元にない」という問題があります。例えば、そのプラットフォームがサービスを終了すれば、そのデータは全て永遠に失われます。プラットフォーマーが投稿されたデータやデジタル資産を囲い込んでいるために、ほかのプラットフォームに「引っ越し」できない。例えば、ツイッターやフェイスブックのアカウントでたくさん投稿しているアカウントがあると、なかなか違うソーシャルメディアに乗り換えることができないわけです。

 こうした「囲い込み」は、プラットフォーマーの典型的な戦略です。例えば、アマゾンやアップルは、電子書籍や音楽といったデジタル資産を購入できるサービスを提供しています。しかし、これらの資産も、ブログの投稿やソーシャルメディアの投稿と同様に、彼らのプラットフォーム上でしかアクセスできません。自分で書いたテキストや投稿した画像なら金銭的な価値はあまり感じないかもしれませんが、お金を支払って購入した音楽や動画、書籍となると、より資産としての認識が強いと思います。実際、電子書籍では、そのプラットフォームが消滅したら買ったものが全部消えてしまうということが起きています。

 もう一つ、先ほど話した「検閲」という問題について補足します。価値基準というものは、個々人はもちろん国でも違っていて、国によってできない表現があったり、規制があったりします。それに上乗せするような形で、例えば米国のプラットフォーマーが考える「政治的に正しい表現」を基準として検閲が行われ、それに沿わないものは掲載拒否されたり、アカウントを削除されたりする。そういった強い権力をプラットフォーマーが持っていることも問題視されています。

 さらに、Web2.0にまつわる論点として挙げられるのが、「オープンソース」の開発者に対して経済的リターンが非常に小さい点です。コンピューターエンジニアリングの世界では、ソースコードを公開してお互いに利用し合う「オープンソース」という文化があります。例えばOSの一種であるLinuxはオープンソースで開発されているので、誰でも無料で使えて、バグなどがあった場合、プログラマーであれば誰でも修正パッチを作って修正プログラムを公開・共有できる。ただ、バグの発見・修正に専属的にコミットしようとすると、当然そのプログラマーは無償で働くことになります。そこで、フェイスブックやグーグルなどは、彼らに対してソーシャルグッド(企業の社会的貢献)の一環として寄付などを行っていますが、経済的には追いついていない。結局、本人のモチベーション頼りの状態にあります。これは課題というより、オープンソースの概念自体はこれまでうまくいってきたので、より発展させるためには金銭的リターンが必要だ、ということだと思います。

Web3の基幹技術、「ブロックチェーン」

 こうしたWeb1.0、 Web2.0の流れを受けて、「Web3」という概念が生まれました。Web3は、「ブロックチェーン」という技術を基幹技術としています。ブロックチェーンとは、デジタル資産の所有権を特定の国家や企業に依存せずに管理できるデータベースのことです。中央で一つのデータベースを管理するのではなく、全く同じ内容のデータベースを全世界のコンピューターで分散所有します。

 詳しく説明すると、ブロックチェーンのデータを保有している「ノード」と呼ばれる端末は世界中に分散していて、誰でもブロックチェーンのデータ保有者になれます。全てのコンピューターが同一の暗号化されたデータベースを持ち、監視し合うことで、不正・改ざん・システムダウンに対する耐性を持っています。そして、ブロックチェーン上でデータが更新された場合、直ちにそのデータが世界中のブロックチェーンに同期しているノードに反映され、自動的にバックアップされます。

 なぜ、改ざんしにくいか。例えば、1万回取引を行った後、最初の取引を改ざんしようとした場合、最新のブロックの暗号から1万回暗号を解読し、1回目の取引を改ざんし、さらに最新の1万回分のブロックへ暗号し直す作業をしなければならないからです。しかも監視されながらです。こうした分散型の仕組みでセキュリティーを確保するのがブロックチェーンです。

Web3で起こった「所有の革命」

 このブロックチェーン技術によって、「デジタル資産を個人が所有できる」ようになりました。Web2.0の世界では、「個人が購入した資産や投稿したコンテンツには実質的な所有権はない」という契約になっています。アップルのプラットフォーム上のアップルミュージックで音楽データを購入したり、アマゾンのキンドルで電子書籍を購入したりした場合、それらは彼らのプラットフォーム上でアカウントにひも付いたデータとして存在しているだけです。従って、彼らがアカウントを削除すれば、たちまち閲覧できなくなりますし、その資産にアクセスできなくなる。

 ブログやソーシャルメディアにおける投稿データも同様です。アカウントにアクセスできなくなれば過去に投稿したコンテンツは全て失われるし、削除されなかったとしても、ほかのプラットフォームにコンテンツを移動させることができなかった。つまり「囲い込み」の問題がありましたが、Web3では、個人が持っている資産は、個人の管理する「ウォレット」と呼ばれるデータ管理のためのプログラムに集約されています。

 そのプログラムは、スマートフォン用、パソコン用、それぞれに存在しますが、そこで真に所有していることになります。その資産をWeb3上のプラットフォームに持ち込むときは、「私の資産に、あなたのプラットフォームがアクセスしていいですよ」という権利を与えるだけであって、そのデータをサービスプラットフォームに渡すわけではない。これまでの個人とプラットフォーマーとの力関係が逆転した構造になっています。

 ブロックチェーンには「分散性」という特徴があります。Web2.0の「中央集権的に管理されている世界」とは対極にある概念です。どの程度、分散されているかが大事ですが、最も有名な暗号資産であるビットコインの場合、2022年の最新のデータで、世界中でおよそ1万5000台のノードがあるといわれています。ノードがある地域もかなり分散されていて、米国、ドイツ、フランスといった欧米諸国のほか、ロシアやニュージーランドなどにも置かれています。

 「それだけ分散されていると、データが膨大になるのではないか」という疑問もあるかと思いますが、例えばビットコインは、これまでの過去の全データを集約しても500ギガバイト程度しかない。6000円程度のハードディスクに余裕で収まるデータ量です。つまり、個人単位でデータを保存しておくことが非常に容易なので、皆が分散するためのノードを立ててくれるわけです。

カウンターカルチャーとしての「分散」

 先ほど触れた「デジタル資産を個人が管理する」ということについて補足します。代表的なデジタル資産は、もちろんお金になるもので、具体的には暗号資産(仮想通貨)、あるいは最近はやりのNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)と呼ばれるものです。NFTは、画像や音楽といったメディアとブロックチェーン技術をひも付けて資産にしたもので、全てスマートフォンやパソコンのアプリで管理できます。

 また、パソコンに保存するだけだとハッキングなどによるデータの流出が怖いという場合、「ハードウエアウォレット」と呼ばれる、スマートフォンよりもさらに小さいサイズのデバイスが実売価格5000円から1万円ぐらいで出回っていて、これを購入することでより安全にデータを保存できます。

 議論をまとめます。なぜWeb3は生まれたか。Web2.0で基本的にはユーザーにとって非常に快適なユーザー体験が提供されてきたので、普通に何も考えずに使う分には「Web2.0でほぼ完成形」だと思っています。ただ、プラットフォーマーがあまりにも中央集権的な力を持っていて、全てのデータを彼らが管理していることに疑問が生じた。セキュリティーや個人情報の問題、検閲されることなども含め、その情報管理の在り方についてはプラットフォーマーを信用するしかない。それに対するカウンターカルチャーとして生まれたのがWeb3です。

 「Web3はカウンターカルチャーだ」というのは、非常に大事なポイントです。実はWeb3.0は、技術的には進化していますが、ユーザー体験としてはWeb2.0に見劣りします。例えばデータ送信にしても、Web2.0では親切なフォームと、ユーザーにとって使いやすいインターフェースが提供され、しかも非常に高速です。

 一方Web3だと、データを自由に移動できるとはいえ、この「移動」にコストがかかる。暗号資産建てで1ドル未満から数百ドルくらいです。さらに送信時間も数十分かかるので、ユーザー体験はよくない。だから、そもそも分散されていることに価値を感じなければ、Web2.0の方が快適じゃないかと言う人もいます。このカウンターカルチャー的なところを知らないと、Web3の存在意義がないという話になってきます。

(第2回に続く)

ヨーロピアン
国内黎明期から暗号資産・ブロックチェーンを技術・金融の両面で追い続けるエンジニア。技術者として活動するかたわら、個人投資家として10年以上相場に向き合っている。 

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

著者の記事