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2024.04.01 安全保障

軍事面で圧倒的なイスラエル、ハマスはなぜ戦い続けるのか
イスラエルを襲ったテロリストの「正体」(2)

実業之日本フォーラム編集部

 昨年10月イスラエルを急襲したハマスの実態について、中東専門家の鈴木啓之特任准教授にインタビューする連載。前編では、ハマスが単なる武装組織ではなく、福祉団体や政党としての側面もあること、突然に見えた攻撃は計画的行動であることなどについてふれた。後編では、戦闘が長期化するなか、圧倒的な軍事力を持つイスラエルに抗し続けるハマスの「今後」と国際社会への影響を分析する。
※本記事は、2024年2月7日開催の「地経学サロン」の講演内容をもとに構成したものである。(聞き手:鈴木英介=実業之日本フォーラム副編集長、構成:山下大輔=実業之日本フォーラム編集部)

――ハマスの襲撃に呼応するように、それぞれレバノンやイエメンを拠点とするヒズボラやフーシ派と呼ばれる過激派組織が各地で紛争を起こしています。ハマスと連携しているのでしょうか。

鈴木 ヒズボラもフーシ派も、単に自分の組織の利害に関わるからイスラエル側を攻撃しているに過ぎません。ハマスから援助を求められて動いているといった見方は正しくないと思います。一部では、背後でイランが手を引いていて、ハマス、ヒズボラ、フーシ派を操っているという見方もありましたが、これも正しくないと思います。イランの政府関係者は今回の襲撃についての関与を否定しています。一方で、その行動は「支持」するとも言っている。「支援」はしていないが、その行動は正しいとイランは考えているということです。

 ヒズボラは1982年ごろにレバノンで形成された運動隊です。「ヒズブ」が政党という意味で、「ラ」の部分はアッラー。つまりヒズボラは「神の党」という意味です。ハマスと同じように武装組織であり、政党であり、福祉活動もしている。ごく大ざっぱに分類すれば、「レバノン版ハマス」と言えます。

 ヒズボラが拠点を持つレバノンの南部には、かつてイスラエルが緩衝地帯を設けていて、占領状態に置いていた。この占領を打破することがヒズボラの目標でした。それは2000年に達成され、イスラエルは撤退しました。傀儡(かいらい)軍の南レバノン軍を解体し、南レバノンは解放された。ですが、ヒズボラは、イスラエルが「占領者」である限り、その正当性は認めないというイデオロギーを持っています。今、イスラエルがガザを包囲して攻撃を仕掛けている。そこに抵抗しているのはハマスである。こうなれば当然、ヒズボラにとって「ハマスは正しい」ということになります。そして、ハマスを助けるために自分たちも犠牲を払う意思があると言って、イスラエルに向かって、迫撃砲やロケット弾を撃っている。

 ただ、今のところ、ヒズボラはイスラエルと本格的に事を構える気はないと思います。2006年にヒズボラとイスラエルは本格的に戦ったのですが、当時の規模に比べると、今、撃っている飛翔物の数は圧倒的に少ない。そして、イスラエルもそれを見切っています。「ヒズボラは、自分たちの組織や国内に向けたパフォーマンスとして、われわれにちょっかいを出しているに過ぎない」と。ですからイスラエルも、ヒズボラとの戦線をひとまずは拡大させないために非常に限定的な報復にとどめています。2発撃ってくれば、撃たれた場所に空爆をする、そういった形の攻撃です。

 もちろん、常に危機はあります。例えば、狙いが外れてイスラエルの民間人が数十名亡くなってしまう事態になれば、イスラエル軍としても本格的に報復せざるを得ないでしょう。または、イスラエル政府がヒズボラの挑発行為を許しがたいと考え、報復のレベルを上げれば本格的な戦闘に移ります。ただ、今のところは限定的と言ってよいと思います。

フーシ派も「本気」ではない

――フーシ派は、イスラエルだけでなく、紅海を通航する貨物船を拿捕(だほ)したり、英米軍と戦ったりしており、パフォーマンスにしては戦闘規模が大きくなっているように思います。

 フーシ派がここまで実力行使に出るのはやや意外でした。フーシ派は、パレスチナ問題がアラブ諸国や中東全域でフォーカスされていた時代の流れをくんでいて、「イスラエルは欧米の手先で、パレスチナ人を抑圧している。従ってあの国は消え去らなければならない」というスローガンを掲げて支持者にアピールしています。

 フーシ派は、まず10月の段階でイスラエルに向けて巡航ミサイル4発とドローン14機を飛ばしましたが、紅海上に展開している米国の艦船によって全部迎撃された。ここまでは予想できる動きです。イスラエルまで攻撃が届かないことを承知の上で、ちょっかいを出してみるということです。ヒズボラと同じような傾向であり、ここまでかなと思っていたら、日本郵船の運用する「ギャラクシー・リーダー」というタンカーを含め、外国船籍の拿捕を始めていきます。また、外国船籍に対して巡航ミサイルを撃ってくるというような行動に出始めたんです。これは国際的な問題で、紅海からスエズ運河を抜けて通行するシーレーンを防衛するために、英米軍がフーシ派に攻撃する事態になった。

 もっとも現状を見る限り、フーシ派は、今回のガザ情勢を利用して、自分たちの存在感を高めようとしていると考えるのが妥当だと思います。米国と英国から軍事攻撃されてはいるものの、イエメンとの地理関係から、イスラエル軍が、例えば地上部隊を派遣してくることは考えられず、戦線拡大のリスクは小さい。つまりフーシ派は「パレスチナ問題やガザ情勢に関して、アラブ諸国やほかの国々が毅然とした対応が取れない中で、私たちは実力行使ができるのだ」とアピールするために、船舶拿捕や巡航ミサイルの発射を行っているのだと考えています。

ガザ市民のハマスへの評価は二極化

――イスラエルとハマスとの戦いで、最大の犠牲者はガザ市民です。ハマスは福祉団体の側面もあるというお話でしたが、今、ガザ市民はハマスをどう思っているのでしょうか。

鈴木 判断が難しいところです。昨年12月に実施された世論調査では、ガザ市民に対して「あなたはハマスの行動が正しいと思いますか」「あなたはハマスを支持しますか」と質問する項目があり、これに「はい」と回答した数は、前回調査より増えています。ただこれをもってハマスの支持が上がっているとみるべきかどうか。身近に自分たちの側に立って戦ってくれるのはハマスしかいないし、ハマスの残党と一緒に生活してもいる。そんな中で「ハマスを支持しますか」と聞かれ、冷静に答えられるか、ということです。ただ少なくとも数字の上では、ハマスへの支持はガザで少し上がっていて、大規模戦闘が起きていないヨルダン川西岸地区ではとても上がっています。

 一方で、ガザ地区の中でハマスに対する批判の声が強まっているという情報もあります。激しい戦闘が数カ月にわたって続く中で、ガザ市民のハマスへの評価は二極化していると考えるのが妥当だと思います。

リスクはエネルギーとシーレーン

――今回の紛争は、日本や国際社会にどのようなリスクを及ぼすでしょうか。

鈴木 大きく二つあると思います。一つはエネルギー関連のリスク、もう一つはシーレーンのリスクです。エネルギー関連のリスクについては、石油価格や天然ガス価格が多少上下していますが、今のところ乱高下のような形にはなっていません。可能性は小さいですが、もしイスラエルと対立するイランが今回の紛争に本格参戦するようなことがあれば、ペルシャ湾情勢が緊迫します。特に日本はエネルギーを大きく海外に依存しており、かつ、輸入する石油・天然ガスの大半はペルシャ湾を通ってくるわけですから、その供給路が断たれればエネルギー危機に陥る可能性があります。

 シーレーンに関しては、既に影響が出ています。先ほど挙げたフーシ派の活動に伴って、紅海からスエズ運河を抜ける航路の安全性を確保できなくなった。各船舶運航会社は、喜望峰回りの航路に切り替えるといった対応をとっていますが、遠回りになって日数もコストもかかる。国際的な物流の混乱は日本にも影響があるでしょう。

 経済面以外では、国際的な規範の問題があると思います。ガザ情勢を巡って、国際秩序や正義が大きく揺らいでいる。ウクライナ戦争では、国際社会は、ロシアが行った武力による他国の領域への侵略行為は国際法違反であると宣言し、西側諸国を中心にウクライナを支援し、ロシアに対して経済制裁を加えています。

 これに対して今回のガザ情勢では、報復とはいえ、イスラエルが圧倒的な攻撃を続ける中で、国際社会はそれを止めることができていません。国際法や、戦争犠牲者を保護するためのジュネーヴ4条約を含めた人道法など、国際的規範が適用されていない。世界の秩序をつくる、秩序立てる、その参照点になるような「価値」が揺らいでいるともいえます。

 冷戦時代では、世界のどこかで武力衝突が起きたとき、周辺各国は、それぞれのイデオロギーに基づいて敵味方に分かれ、支援の是非を決めていました。ですが、そのような姿勢は冷戦構造の終結を機に改め、国際的秩序を重んじるようになったはずではなかったでしょうか。世界の秩序や正義の揺らぎを、今、私たちは目撃しているのかもしれない。これは、中長期的に国際社会に大きな影響を与えます。ほかの地域で紛争が起きたとき、その紛争に対する国際的なアプローチという点で世界にリスクを及ぼすでしょう。

――ウクライナ戦争では、「力による現状変更」を行ったのは明白にロシアだといえますが、歴史的経緯を含めて中東情勢を見ると、イスラエルとパレスチナ、どちらも加害者で、被害者でもあるように見えます。ただ、今回のガザ情勢では、国際社会が紛争当事者に対して行う支援や紛争の阻止といった動きがウクライナ戦争に比べれば弱いし、米国がイスラエルを強く支持する一方、最大の犠牲者であるガザ市民への支援の枠組みが不足していて、「秩序」や「正義」のあり方が非対称的だという印象があります。

鈴木 「非対称性」というのは、今回のガザ情勢のキーワードだと思います。イスラエルは自国が受けた被害を理由としてガザ地区に対して軍事行動を行っているわけですが、それにしてもあまりにも人を殺し過ぎている。非対称性がある。こうしたところから、イスラエルの行動には合法性がないと主張している方もいます。そうした視点も重要だと思います。

イスラエルの目的は達成可能なのか

――この間、一時停戦が行われ、人質の一部が解放されましたが、再び戦争状態に陥りました。今後、恒久的な停戦は実現するのでしょうか。

鈴木 今後も散発的な停戦の可能性はありますが、恒久的な停戦に関しては先行きが見えません。イスラエルは、今回のガザ地区における軍事行動の目的として、人質の奪還とハマスの殲滅を掲げていますが、いずれも容易には達成できないでしょう。

 まず、人質の奪還については、2024年2月7日時点で、ガザから戻っていないイスラエル側の人質がおよそ130名います。この130名のうち、ハマス側の発表を信じるならば50名が行方不明です。空爆や建物の崩壊などで行方が分からなくなっていて、恐らく亡くなっているでしょう。発見するにも時間がかかり、亡くなって何日も放置されれば身元の特定も難しくなる。だから、「人質全員返せ」は無理なんです。存命している方は返せますが、「あとは恐らく亡くなっています」では納得できない。遺体を発見し、本当に亡くなっていると確認するプロセスまで考えると、人質全員の奪還というのは非常に時間がかかる。まず、無理でしょう。

 次に、ハマスの殲滅は、何をもって「殲滅」とするかという問題があります。ガザ地区の中にはハマスの有名幹部がいます。ガザ地区の政治指導部トップのヤヒヤ・シンワール、軍事部門トップのムハンマド・ダイフ、軍事部門の報道官のアブー・ウバイダなどです。でも、この3人を殺しても、その下にたくさんメンバーがいるわけです。それで「殲滅した」と言えるか。

 前編で申し上げたように、ハマスとは「運動体」です。常にメンバーシップが開かれ、新たに運動体に加わる人を歓迎している。加盟したからといって、名簿や会員証があるわけでもない。そしてハマスには福祉団体・武装組織・政党という「3つの顔」があります。例えばハマス系の福祉団体の幼稚園で保母をやっていた人はハマスなのか。そういうレベルまでいくと、ハマスという組織を「殲滅」するのはほぼ不可能です。つまり、イスラエルは、停戦を実現するための条件を定めきれていない、または定めた条件を容易には実現できない。

 当事者が停戦を進めるのではなく、カタールやエジプトなどイスラエルとチャンネルを持っているアラブ諸国が仲介する形は考えられます。返せる限りの人質を返し、ハマスの幹部がガザの外に出る、または亡くなっていることが明確になるといったことが条件です。ただ、それは長い交渉が必要になるでしょう。今の段階では、人質を少しずつ解放し、一時停戦を繰り返して、停戦期限を延ばしていく、これが現実的だと思います。そうでなければ、イスラエルが経済的に力尽きるまで戦い続ける。それは、イスラエルにとっても最悪のシナリオです。

一時的に弱体化しても、ハマスは生き残り続ける

――ハマスはこの戦いをどう進めたいのでしょうか。

鈴木 ハマスは徹底抗戦を貫くと思います。もっとも、ハマスがイスラエルを打ち倒すことは、まずできません。軍事力的にも太刀打ちできない。ハマスの武装戦闘員の数は1万5000人から3万人ぐらいと言われています。対するイスラエルは、国防軍の常備部隊が10万人規模、予備役が36万~40万人なので、合計50万人程度。数の差だけではなく、イスラエル側には戦車や戦闘機など近代的な兵器もあり、とても勝ち目はない。じゃあ、どうするのかというと、ハマスにとっては「あれほど強大なイスラエル軍と戦って、われわれは生き残った」と、これが勝利になる。だから最後まで戦う構えを崩さないと思いますし、力を一時的に弱めるとしても生き残ると評価しています。

――恒久的な停戦が見通せない状況ではありますが、戦後の枠組みとして、エジプトやヨルダンなどの周辺国が、ガザ統治に関与する可能性はあるのでしょうか。

鈴木 国連のグテーレス事務総長は、イスラエルと和平条約を結んでいるエジプト、ヨルダン、そして最近イスラエルとの関係が正常化したUAE(アラブ首長国連邦)などがガザ統治に関わるアイディアを示しています。その中で、国連として暫定統治機構をつくった後、パレスチナ暫定自治政府に移管していく。これが、国連が発表しているストーリーです。米国は、国連による暫定統治ではなく、パレスチナの自治政府を軸に据えた統治の枠組みを主張しています。ただ、エジプトの前向きな関与がなければ、イスラエルによるガザ封鎖は依然として効果的な形で続いてしまいます。現実的には、ガザを安定的に統治する上でもエジプトを関与させることが必要ではないかと評価しています。


鈴木 啓之:東京大学大学院総合文化研究科 特任准教授。2010年3月に東京外国語大学外国語学部卒業、2015年5月に東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学の後、日本学術振興会特別研究員PD(日本女子大学)、同海外特別研究員を経て、2019年9月から現職。博士(学術)

地経学の視点

 ハマスのイスラエルへの越境攻撃は、世界に衝撃を与えた。ただ、インタビューを通じて分かってきたことは、ハマスにとって今回の攻撃は決して「突然」ではなかったということだ。長年にわたる、イスラエルによるガザ地区の封鎖が、ハマスを始めとするガザ住民たちを心身ともに追い込んでいったことは紛れもない。
 
 社会福祉団体でもあるハマスが、武装化していった経緯は興味深い。極東に住むわれわれは、遠い中東でイスラム主義勢力がテロを起こしたというニュースを耳にして、「過激派による非道な行い」ということだけで片付けてしまいがちではないだろうか。暴力は許されるものではないが、われわれはガザの人々の苦しみにどれだけ関心を向けてきただろうか。米バイデン政権も、ハマスの襲撃直前まで中東情勢は安定していると評価していた。
 
 石油をはじめとする天然資源を輸入するわが国にとって、中東は地経学上、重要な地域でもある。この地域のバックグラウンドを掴む努力を怠れば、欧米や周辺諸国との関係性も見誤ってしまう可能性がある。停戦が実現したとしても、パレスチナを巡る問題が解決するわけではなく、報復の連鎖が収まる公算は小さい。情勢分析をする上で、合理性を超えた激しい人間同士の感情のぶつかり合いがそこにあることを忘れてはいけない。紛争解決に向けて国際社会と連携していくためにも、俯瞰した視点が求められる。(編集部)

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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