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2022.03.18 対談

日本が生き残るための「最後のチャンス」!「国内半導体産業への巨額投資が今すぐに必要だ」と言えるワケ
若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路(9-9)

若林秀樹

ゲスト

若林秀樹 

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長

総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長

昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

かつて半導体分野で世界を席巻した日本だが、この20年を経てその立場は危うくなってきた。半導体業界において日本は今後どうなっていくのだろうか?<コロナ禍、米中摩擦….今、世界のサプライチェーンを「水平分業から垂直統合へ戻すべき」と言えるワケ (若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路)(9-8)>に引き続き、これから日本に必要となる人材と今後日本が行動すべきことについて、半導体・電機分野など技術経営の第一人者である東京理科大学大学院経営学研究科(MOT)の若林秀樹教授にお話を伺った。

 

今、「技術力×経営力」が必要

白井:先生が教鞭をとっておられる理科大MOT(東京理科大学経営学研究科技術経営専攻)では、どんなことに取り組んでいるのでしょうか。

若林:私は、大学院でホログラフィを研究したあと、シンクタンクで研究員やコンサルティングなどをしたのちに、国内と欧米の金融機関でアナリストとして勤務しました。その後立ち上げたヘッジファンドでは、ファンドマネージャーとして電機や半導体業界をウォッチし、アドバイスを行ってきました。そういった経験を通して感じたことは、日本企業が弱い原因の一つに「技術屋さんへの教育不足」があるのではないかということでした。というのも、日本の技術屋さんは、大学や大学院を出たあとは、その若い時代の専門に集中し、目先の仕事の忙しさもあり、専門外の勉強、特に経営戦略や経済学の勉強に時間を割かないからです。

一方で、アメリカの場合は、技術屋さんであっても、30代〜40代の間でMBAを取得したり、M&Aなどについて自分で勉強したりする人がたくさんいます。このように、今の時代で生き残るには、技術力だけではなく経営力が必須であり、技術と経営の掛け算が他との決定的な差となって表れるのです。日本の技術屋さんは、経営の常識を知らなければならないと思いますし、そういう人を増やしたいという思いから、現在は理科大MOTのトップ(技術経営専攻長、主任教授)として、カリキュラムを作成、かつ授業やゼミを受け持っています。

MOTの学生は100%社会人であり、全体の約6~7割が技術屋さん、残りの3~4割が文系出身者です。ここで、20代後半から60代までの幅広い年齢層の人がそれぞれの志を持って勉強しています。学歴も多様で、東大京大早慶といった一般の一流大学の他にも、理系博士や国内外のMBA保持者も毎年数名おり、さらに、芸術系の大学や、日本体育大学などのスポーツが強い大学を卒業している人もいます。技術職のみならず営業職や管理職、上場会社の社長経験者や、役員、さらには、医者など、多様なスキルを持った人たちが、平日の夜や土曜日の日中の時間を使って、日本に欠けている複眼的な価値や多様性に着目し議論する場となっています。

自分で考える力を重視するMOTは、全体の4分の1ずつ、「教員による座学的講義」、「グループディスカッション」、「外部スピーカーとの議論」「グラデュエーションペーパー」の時間で構成されています。「外部スピーカーとの議論」は、経営者や海上自衛隊潜水艦長経験者、官僚では次官や局長経験者、大使、政治家や海外の方を招きますが、1時間のプレゼンを聞くだけでなく、1時間の質疑、さらに1時間の総括議論、そして、最後にまとめとして学生によるプレゼンを行います。

「グラデュエーションペーパー制作」は、2年目から制作しますが、5万〜10万字を書いてもらいます。これはいわゆる卒業論文なのですが、技術経営論文とビジネス企画提案の二種類があり、後者は自らの会社の新規事業や中期計画をテーマにして先生と学生で議論しながら練り上げていきます。それは仕事にも直結しますし、具体的なビジネスプランを考えることを通してそれまで勉強してきた組織論や経営戦略論、マーケティング、ファイナンスなどの知識が、本当の意味で自分の身に付いていくのです。

さらに先生だけではなくゲストや友達から学ぶことで、人生の折り返し地点と呼べるその時期に、多様な分野の人脈が出来始めます。私は、このような修了生がたくさん輩出されることが日本の企業のレベルアップにつながり、それが日本の競争力の回復に貢献するのではないかと思っています。

 

「デジタル日本列島改造論」を開始せよ

若林:1976年に日本政府は、次世代のコンピューター開発の鍵となる超LSI技術研究を目的とした、官民合同の「超LSI技術研究組合」を設立しました。超LSIとは一つのチップに大量の素子を搭載した大規模集積回路です。この研究開発により、遅れていた日本の半導体産業が1980年代には世界トップに上り詰めました。そして、現在再び半導体産業を強化することが、日本が生き残るための「最後で最大のチャンス」だと思うのです。

2022年は、田中角栄氏による、都市集中をなくすことを目的とした「日本列島改造論」政策発表からちょうど50年になります。これによって整備された新幹線や高速道路などのインフラは、長い年月を経て老朽化の一途を辿り、加えて地方分散という当初の目的は叶わずさらなる都市への集中が続いています。政府は現在も、テレワークなどの働き方改革やコロナ対策を推進して地方分散を目指していますが、これを達成するにはかつて考えられていた鉄道網や橋ではなく、データセンターや基地局、ネットワーク、光ファイバーなどといったデジタルが必要不可欠なのです。これを推進するために私が提唱しているのが「デジタル日本列島改造論」です。

この政策によって国家の財政が若干悪化するかもしれません。しかし、今ここにお金を使ってデジタルで日本列島を改造し、地域の活性化や半導体需要が増加することで日本の国力は増強され、さらには日米の国家安全保障の強化にもつながっていくのです。

 

すぐにするべき「デジタルへの資金投入」

白井:デジタル版のニューディール政策ともいえる「デジタル日本列島改造論」を行うと、大規模な資金投入によって国の財政は赤字になるけれど、その投資はケインズ型景気に寄与しイノベーションも育まれ、ついには半導体産業の生態系維持にもつながっていくということですね。

若林:はい、そのとおりです。例えば、台湾の半導体メーカーTSMCの日本向け製品の売上は、会社側のIR資料によれば、6兆円のうち約3,000億円です。世界の半導体市場は現在の60兆円から2030年には100兆円に成長すると予想されます。その中で、2030年ごろには日本向け市場が約1兆円に増加するでしょう。これはつまり、1兆円の輸入額になるということです。TSMCは昨年、熊本県への新たな工場新設を発表しましたが、上述の日本向け売上部分の生産を熊本で行った場合、「1兆円の輸入」が「1兆円の国内生産」となり、かつ、そこには海外のさまざまなファウンドリ企業が関わるため、結果的にそれは国内のGDP上昇に大きく寄与します。そして、ここに政府がニューディール政策的に多くの資金を投入することがポイントとなるのです。

マンションの修繕工事は10年ほどの周期で行いますが、日本はそれを50年もサボっているわけです。これを先延ばしにすると、今よりもっと大きな金額を投入せざるを得なくなってしまいます。今こそが実行するときなのです。

 


<編集後記>

白井一成

求められる「理系出身の経営人材」

今回の対談では、東京理科大学大学院経営学研究科(MOT)の若林秀樹教授にお話を伺いました。

若林さんは、野村総合研究所を始めとした複数の金融機関でトップアナリストとして活躍されたのち、自ら立ち上げたヘッジファンドで高い運用成績を残し、現在は理科大MOTで教鞭をとられています。アナリストとファンドマネージャーは似て非なるものであり、その双方において成功を収められた若林さんは、本当に稀有な存在だと思います。そして、理科大MOTでは、社会人教育を通じ技術系人材の強化で日本企業の競争力増強へ貢献したいという考えのもと、理系出身の経営人材の輩出に取り組まれています。このようにして日本の行く末に対して後世を任せる人材を育成することは、イノベーションを起こす上で重要な役割を果たすでしょう。

半導体と経済安全保障の第一人者にお話を伺うという今回の企画は、若林さんをおいて他はないという複数の知人の紹介から始まり、若林さんにもその趣旨を快くご快諾いただいて実現することができました。みなさまには本当に感謝しております。

これまで若林さんが書かれた論考は、あらゆる視座で業界構造を分析しつつその問題点と対応策を明快なロジックで提示されており非常にわかりやすい内容となっています。今回の対談でもロジカルにお話を伺うことができたので、短い時間ながら膨大な情報量をインプットできました。また、若林さんの日本の行く末への憂い、改革への熱い情熱を感じる対談となりました。

対談は、半導体業界の分析だけでなく、経済安全保障のベースとなる日本の金融市場の制度上の問題点と新しい企業経営のあり方、日本の社会構造への分析など多岐にわたっています。半導体業界については対談[hs1] で十分に議論されていますので、ここでは、それ以外で私が印象に残ったポイントを3つ挙げ、それについての私なりの解釈を示そうと思います。

3つのポイント

1.第四次産業革命の進展で起こっているパラダイムシフトによる成長機会と、米中対立などの地政学・地経学の変化によるグローバルな産業構造の歪み、加えてアメリカから見た日本の重要性が向上していること、などによって、日本の生存領域が拡大するであろう。

2.しかし、今までのやり方のままではそれを逃してしまうため、日本は積極的に変革しなければならない。国家は経済に対して積極的に関与すべきであり、アメリカのような資本市場を整備することで企業競争力を高めるべきだ。そして、企業の形態はコングロマリット型へ転換することが望ましい。

3.「デジタル日本列島改造論」を進め、日本の再活性化を促すべきである。

 

第四次産業革命は日本にとって「大きなチャンス」

1にある第四次産業革命によるパラダイムシフトの到来は、日本にとってチャンスであると同時に、大きな脅威でもあると思います。技術革新などのパラダイムシフトによって、既存のビジネスモデルが急速に陳腐化する時代は、劣勢に立たされていたプレイヤーであっても、既存の戦略的な資産(企業の場合、工場や従業員など)がないことを逆手にとり次世代技術やモデルに大きく投資することで、一気にトップに躍り出ることが可能となります。これはリープフロッグと呼ばれています。一方、いままで優勢であったプレイヤーは、過去に築き上げた戦略的な資産に、様々なモノが依存しているため、それを捨て去ることができず、競争力を急速に失うことがあります。

1970年初頭から始まったとされる第三次産業革命(1990年代から始まったという説もある)のなかで後期に位置するインターネット革命や経済のグローバル化によって、世界に大きなパラダイムシフトが訪れました。それを傍観し過去の成功モデルに固執した日本は、それを活用し大躍進を遂げたアメリカに対して、大きく国力を劣後させる結果となりました。日本は製造業の垂直統合型から水平分業型へのシフトに対応できず、インターネットやスマートフォンの進展には、グローバルな新たなビジネスモデルを描き育てることができませんでした。

現在進行中の第四次産業革命は、デジタルを中心とした多岐にわたる技術分野が融合することによって、生物と機械の境界をなくし機械の自律的な振る舞いを可能とする変革であり、あらゆる領域で破壊的な変化を引き起こすとされています。各国ともこのパラダイムのなかで生き残るべく必死に努力をしています。日本にも、第三次産業革命での失敗要因を学び、このパラダイムシフトに乗り遅れない努力が求められています。

また、アメリカと中国の対立により今までのグローバルなサプライチェーンが分断されることになるため、これからは、お互いの勢力圏でのサプライチェーンの再構築をしつつ次世代技術の覇権争いが激化することになります。日本はアメリカの重要なパートナーとして、サプライチェーン再構築や次世代技術への積極的な参加と連携を求められており、日本に大きなチャンスが到来したと理解するべきです。つまり、垂直統合から水平分業にシフトした製造業は、国内回帰と分散によるバランスを求められる時代となります。

 

今こそすべき「国による大規模資金投入」

これらへの対応として、若林さんは2を挙げています。まず、重要な戦略的な産業分野に対して、日本も国家資本主義的な産業政策をとることで、民間が引き受けられないリスクを国家が引き受け産業育成を促す必要があるとのご主張です。これは、「国策に売りなし」という相場格言もあるように、多くの投資資金や参入業者を呼び込むことにつながります。加えて、国家主導による国際的枠組みを構築することができるため、競争上の優位性は大きく向上します。TSMCの誘致などはこれにあたるでしょう。

しかし、これらの企業の外的な環境を整えても、組織の認知能力やイノベーション力のような企業の内的な要件が十分でなければ組織変革を引き起こすことはできません。日本の多くの組織は現状の業務効率を追求することに最適化されており、また、合議制による意思決定のため、ダイナミックな戦略転換は容易ではありません。しかし、このような組織特性はバブル崩壊までは上手く機能していました。米ソ冷戦構造や、輸出を軸にした製造業主体の大きな枠組みの中で、日本はダイナミックな戦略転換は必要とされず、生産効率向上などがもっとも優先度の高いドライバーとなっていたのです。

 

日本には新たなコングロマリットが必要だ

次に、若林さんは、戦略的な産業育成に最も重要な要素として「M&Aによる成長戦略」を挙げています。これを行うには、資本市場の改革を改革し国内外からの投資資金を誘引しつつ、企業の高株価を形成し資金調達力を強化する必要があります。

ここ20年のアメリカの資本市場における資金流入と時価総額は、日本のそれとは桁違いであり、現在の日米の産業競争力の差を作り出した最大の要因のひとつとなっています。加えて、日本には、「額に汗して働く」ことが尊く、金融による「不労所得」は卑しいという風潮があり、それが健全な金融市場の成長を阻んでいるようにも思います。同時に、規制緩和などが積極的に行われているようにも感じられません。

これからの時代の企業形態はコングロマリットのようなものが望ましいと、若林さんは述べられています。不確実性が高くなる(世の中の複雑性が増している)時代においては、集中と選択などの一つの事業に最適化したモデルと人員ではなく、最小多様性の法則に従い、外部と同程度の複雑性を組織内にもつことが望まれます。

そのためには、内外の人材や情報におけるコミュニケーションを活性化させることで組織内部の多様性を高めることと、競合などや様々な周辺事業を買収することによる外部の多様性を内部化することが重要です。このような組織内の複雑さが様々な変化の萌芽を育み、そのなかには次世代での競争の鍵になるものが含まれます。それを拾い上げて次世代のビジネスモデルに組み替えることや、組織内の抵抗を押さえつけて改革を推進できる強力なリーダーシップも、不確実性のもとにおいては必要です。

 

「デジタル日本列島改造論」で日本経済は圧倒的に良くなる

若林さんが必要性を指摘している3の「デジタル日本列島改造論」はいますぐに取り掛かるべき政策です。この実行によってデジタルインフラ投資によるGDPは押し上げられ、それがデジタル経済拡大の恩恵をもたらし、結果的には経済安全保障分野の多くの産業の育成が促進されることになるでしょう。

デジタルインフラである通信やサーバーなどに莫大な投資が行われると、日本に最先端のデジタル環境が整備されることになります。このようなインフラ求めて、サイバーセキュリティやプラットフォーマー、次世代モビリティなどのデジタル産業が日本に集積し、高度なデジタル産業クラスターが形成されることになります。

そうすることで、デジタル以外のあらゆる産業でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速度的に進み日本の経済効率が高まることとなるでしょう。高齢化やグリーンなどの大きな課題も解決し易くなるはずです。このような営みによって半導体の国内需要が増加し、国内の供給体制が採算ベースを超え半導体産業の育成が可能となるため、経済安全保障分野での競争力が強化されます。

以上、地経学的な視座から、パラダイムシフトをどう認識しどう対応するかという問題への若林さんのご主張について、私の解釈を添えて概観してみました。日本には残された時間はあまり多くはありません。どうすれば変革を起こせ、世界のトップランナーに返り咲けるのか、真剣な議論とその解決策の実行が問われています。