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2021.09.24 対談

人口蒸発「5,000万人国家」日本の衝撃:人口増加は必要か
船橋洋一編集顧問との対談:地経学時代の日本の針路

白井 一成 船橋 洋一

ゲスト
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)

 

聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

人口問題の難しさ

白井:『実業之日本』と地政学(2) 日本に求められる「技術革新」と「リーダーシップ」」の対談では、地政学の根本的なドライバーの一つである人口にも触れていただきました。日本は100年前に比べると遥かに大国ではあるけれど、これから小国的な生きる知恵を身につけなければならない。そもそも実際問題として、日本は相対的に小さくなっていき、日本はミドルパワーからずり落ちていく危険もあるというご指摘をいただきました。

船橋先生のシンクタンクでも人口の臨調を作られています。日本学術会議会長の大西隆先生が委員長(肩書は当時、以下同)、ほかにも白川日銀総裁、勝栄二郎財務事務次官、小林光環境事務次官など錚々たる方々が加わり、2015年に『人口蒸発「5,000万人国家」日本の衝撃』が出版されました。出生率が2.0であれば再生産で人口は増えていくが、それは今の日本には難しい。政府が掲げる1.8も厳しいかもしれない。2100年には日本は7,000万人ぐらい、下手すると5,000万人国家になってしまうという問題意識が示されています。

船橋:1981年に政府が行政改革を進めるため、「あくまで現場から、とことん現実に即して、もっとも本質的な課題を取り上げる。そこに聖域は設けない」として設置した、土光敏夫元・経団連会長を座長とする第二次臨時行政調査会の精神を受け継ぎたいと念じ、2014年4月、「人口民間臨調」を立ち上げました。人口動態が日本の社会構造のさまざまな側面に影響を及ぼしていく様子について、首都圏、生活インフラ、財政・経済という切り口から取り上げることで人口問題の深刻さを訴え、人口、国土、政治の観点から、過去政策の失敗を検証し、失敗の検証をもとに、効果的な人口政策を提言しました。

国の人口は、その国の国力を図る上で重要な指標となっています。人口が多いということはそれだけで、国の存在感だとか影響力を示していますが、今のようなビックデータの時代になりますと、巨大な人口を抱え、それをビックデータ化できる国は非常に優位に立ち得ます。中国はすでに優位に立っていますし、インドも14億人近い国民をデジタルIDで管理する政策を進めていますので、非常に有利な位置にあると思います。

日本がアジアの中での一つの大国であるためには、少なくとも8,000万人ぐらいの人口は維持していく必要があるのではないでしょうか。ベトナム、フィリピン、みんな1億国家です。インドネシアは2億4,000万、世界第4位の人口大国です。ミャンマーもいずれ1億台になってくでしょうし、朝鮮半島が統一したら、南北合わせて日本を抜くことになるでしょう。

人口1億人超の国ランキング(国際人口基金)

一方で、日本はこぢんまりとした国を目指す、という考え方もあるでしょう。100年前の日本の人口はほぼ5,000万人でした。江戸時代には3,000万人の人口でも立派な国だったわけですから。

しかし、江戸時代とは人口構成の年齢別コンポジションが異なります。このまま人口減が進む日本は、65歳以上の人間が人口の45%を占めるという老いた5,000万人国家なのです。若い人たちがそれを支えていかなければいけなくなる。国家がそのような過度な負担を若い人に負わせ続けてよいのでしょうか。そうなった場合には、日本の社会の活力と国の成長力も生産性も衰弱し、少ないパイをめぐって嫉妬の政治が横行し、国民は悲観論に囚われ、刹那的になる恐れがあります。

『人口民間臨調』で調査した際、フランスへ行った際に、離婚して3人の子供を育てている女性の話を聞きました。夫がいなくても、働きながら立派に子供を育てている。「フランスにいなかったら、子ども3人をこのような形で絶対に育てられなかった。この国は、子どもを作れば、あとは政府が面倒を見てくれる」とのことでした。人口を増やすためには、結婚の形態は問わない。社会として子供を支援し、育てるという考え方に舵を切るべきだと思いました。

白井:船橋先生は、非常に深刻な労働人口の減少の解決策として移民を挙げておられます。経済成長を重視するのか、あるいは二極化、二分化される社会の安定性を重視するのか、という難しい二律背反の問題ですが、民間臨調の報告書では、ある程度、政府も移民に舵を切ったとご指摘しています。

船橋:ただ、政府のいまの裏口の移民程度ではまったく足りないのです。報告書では、人口を今後30年、毎年15万人増やしていくために海外人材移入国を目指すことを提案しました。「移民」という言葉は使いませんでしたが……その際にモデルにしたのが、奈良朝時代の近畿です。場所によっては3分の1以上が渡来人というところもありました。当時の渡来人は日本の古代の国づくりに極めて大きな役割を果たしました。それで民族対立が起きたわけでもありません。さまざまな渡来人の有力な家系もありました。日本は渡来人と一緒になって国づくりを行ったのです。日本人のDNAは決して排他的ではないと思います。日本の原点は多民族国家なのです。その原点にもう一度、戻って新たな国づくりをしようではないか、というメッセージです。

人口問題百年委員会も提案しました。人口問題百年委員会では、10年ずつに区切った各世代から男女1人ずつ代表を出してもらい、政府が出した100年計画の人口政策をずっと検証し、評価していく。足りない点は、政府に注文をつけていく。それを10年間実施したら、次の世代に交代していく。そうやってずっとリレーを続け、2100年まで政府の人口政策を見守っていく。問題が生じたところは、その都度、その都度、修正していく、こういうものを作ろうと提案しました。

白井:2005年に合計特殊出生率は過去最低の1.26を記録しましたが、その後、若干回復していました。しかし、報告書が公表された2015年の1.45をピークとして再び低下に転じています。2019年の合計特殊出生率は1.36でした。

ところで『「5,000万人国家」日本の衝撃』の反応はどうだったでしょうか。

船橋:何人かの政治家の方は「面白い」と言ってくれましたが、人口問題をライフワークにしようという政治家はなかなかいませんね。時間軸が長すぎるのですかね。4年に1回、衆議院議員の改選がやってきます。実際は、解散が入るため、もっと短いサイクルで選挙がありますし、政治家もそのサイクルを必死に泳いでいるので、30年先を見据えた人口政策は波長があいにくいのでしょうね。人口問題の難しいところは“迂遠”という実感的距離感ですかね。

安倍政権は頻繁に選挙を繰り返し、衆議院の任期は平均2年弱でした。サイクルは目まぐるしく回り続けた。人口政策も途中で失速しました。安倍政権の政策のうちアベノミクスの3本目の矢の構造改革と人口政策の二つは落第点だったと思います。

IT革命・英語力・移民が日本の人口減少を救う

白井:一方、第四次産業革命で機械化経済が進めば、いわゆる労働者の必要性はなくなっていくようにも考えられます。

純粋機械化経済では雇用の大部分が消滅するとともに、爆発的な経済成長が可能となります。汎用AIを導入した国とそうでない国があった場合、経済成長に大きな開きが生まれるというのが「第二の大分岐」です。最初の大分岐は18世紀の第一次産業革命期に起こりました。第一次産業革命では、イギリスをはじめとする欧米諸国は蒸気機関などの機械を導入し、生産の機械化を進めました。労働と機械のインプットが工業製品を生み出し、その製品が労働と相まって、他の製品を生み出す自己増殖「機械化経済」を繰り返しましたが、これは、機械的生産を導入した欧米諸国と、そうでない国との一人あたりGDPの差を拡大させました。

情報革命の発展形である第四次産業革命は、あらゆる技術革新の融合が横断的に起こると考えられ、そのスピードは日を追うごとに増しています。一例ですが、センサーが取得した情報をAIが処理し、最適解を自動的に実社会に反映させることも可能となるため、労働を必要としない経済が完成するとも言われています。「機械化経済」でのボトルネックであった労働が不要となるため、限界生産力が逓減しない爆発的な成長「純粋機械化経済」が可能となるということです。

日本国内の 601の職業に関する定量分析データを用いて、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が米国および英国を対象に実施した分析と同様の手法で行い、その結果をNRIがまとめた分析によると、日本の労働人口の約49%が、技術的には人工知能やロボット等により代替できるようになる可能性が高いと推計されています。

船橋:『地経学とは何か』でも述べた通り、どの国も「国力以上の外交力を発揮することはできない」のです。国力を測る一つの指標が国民一人当たりのGDP です。IMFの2020年の各国の一人当たりGDP(ドル市場レート)ランキングを見ると、タックスヘイブンの国(ルクセンブルク、スイス、アイルランド)と資源国(ノルウェー)を除くと、米国と北欧の国々が上位を占めています。米国の6万3426ドルに次いで、広義のノルディックであるデンマーク6万494ドル、アイスランド5万9634ドル、オランダ5万2248ドル、スウェーデン5万1796ドル、フィンランド4万8981ドルと続いています。

北欧の強さは、高等教育の充実、EU市場の存在、労働市場のFlexicurity(柔軟かつセキュリティな保証)な性格、英語力などに拠っています。これに比べて、独英日仏はほどほどの産業国家といったところでしょうか。ドイツ4万5733ドル、イギリス4万406ドル、日本4万146ドル、フランス3万9907ドルとなっています。日本は、土地もないし資源もないが、水だけは豊富にあるといわれますが、これは間違いです。日本の食料自給率は38%しかなく、ものすごい量の食糧を輸入していますが、食糧生産にはたくさんの水が必要であり、実は食料の輸入という形で水を輸入しているのです。

食料自給率を上げる目標は正しいのですが、それを本気でやればたちまち水不足に陥ります。日本に豊富にあるのは人間なのです。ノルディックのように、高度な教育によって高度に生産性を上げるしか国力を増進する道はないと思います。米国留学を大幅に拡大すること、そして、米国に比べて決定的に遅れている高等教育に人材と資源をつぎ込む必要があります。そうした頭脳大国になってこそ、日本に世界の最先端の人たちがやってくるようになる。そのような優れた多様性のある社会にならないと日本は世界と競争していくことができないでしょう。

海外人材を受け入れる場合、どこの国の国民はいいけれど、どこの国の国民はだめというのは難しいでしょう。しかし、大きい方向性として、例えばインドとの関係をより強化する。日本からインドに積極的に留学させるようなプログラムをつくる。一方、インドからももっと来てもらう。その中で、日本が国益、国の将来、未来をつくるために、ジョブ・ディスクリプション的に必要な人材を決めて、そのような分野の人たちにもっと世界から来てもらう。学生のときに来てもらい、日本に住んでもらい、日本語も勉強してもらえば、そこで家族もできるかもしれません。

同時に、日本の社会も、英語を公用語、日本語に次ぐ第二公用語にして流通させることを考えた方が得策だと思います。『あえて英語公用語論』でも述べましたが、英語は単に英語教育や英語行政の問題として捉えるべきではなく、日本の世界との関係、日本の戦略として考える必要があるのです。日本にとっての21世紀の挑戦は、外のグローバリゼーション・IT革命と内の少子高齢化なのですが、このままでは日本はこの二大挑戦に十分対応できず、国力が衰退していく危険があります。

日本と日本人が十分に意識せずに準備してこなかった失敗は「対話の失敗」なのです。日本人の多くは、世界の国々、人々とともに共通する問題に取り組み、秩序の青写真を持ち寄り、相互理解と相互信頼を築き、平和と繁栄の仕組みを作り上げていきたいと望んでいます。しかし、そうした対話の精神と形を、戦前の日本は十分作り出すことができませんでした。そして戦後もまた、この点に関してはそれほど変わっていないのではないかとかねがね案じています。『あえて英語公用語論』を世に問うたのもそうした問題意識からです。

今の世界では英語能力の戦略的重要性が極めて高いと言えるでしょう。まず、IT化の進展により急速にネットワークが発展する中、そこにある膨大な情報のほとんどが英語で書かれています。現状を踏まえると、英語で発信できないとメッセージを伝えることもできません。また、日本が国際的なルール作りに自らの利害を反映させるためには、英語で行われる交渉に積極的に参加していく必要があります。多様化が進んでいる国際社会は、さまざまな国がそれぞれの立場を主張する場です。そのような場では、自らの付加価値を出さない限り埋没してしまいます。

また同時に、国内的な状況についても、産業の中心がモノからサービスに移行する中で、国際的なコミュニケーション能力が重要になっています。日本の人口が減少に転じ、移民社会という構想が視野に入ってきたことで、受け入れ環境としても英語の必要性は高まります。東京を国際金融都市にするという構想が語られていますが、そこでも国際金融世界は英語が公用語であることが前提とされています。

インドネシアから来た人に対して、日本語を学ばなければ看護師にはなれない、介護士にはなれない、というのではなく、「英語でいい」と受け入れることも必要でしょう。30年後には日本人が全部英語で仕事もでき、協力も共存もできるようになる。そうすれば、日本にもっともっと世界の頭脳が来てくれるでしょう。

(本文敬称略)

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

船橋 洋一

ジャーナリスト、法学博士、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ 理事長、英国際戦略研究所(IISS) 評議員
1944年、北京生まれ。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。

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