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2022.11.11 安全保障

座談会: 中国軍の台湾侵攻能力は?「ペロシ訪台」直後の大規模演習から読み解く
JNF Symposium 続・ウクライナ戦争と台湾有事(4)

実業之日本フォーラム編集部

 実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。「続・ウクライナ戦争と台湾有事」第4回は、米国のペロシ下院議長が8月2日から3日にかけて台湾を訪問したことへの対抗措置として、中国が行った大規模演習を分析し、中国軍の台湾侵攻能力について議論します。(座談会は9月9日に実施。ファシリテーターは実業之日本フォーラム編集委員の末次富美雄、話者のプロフィールは記事末尾)

末次: この座談会では、ウクライナ戦争から半年以上が経過してあらためてロシアとウクライナの戦況を確認するとともに(座談会第1回第2回)、その教訓を基に台湾有事が起きた際の備え(第3回)について議論してきました。今回はまず、ペロシ米下院議長訪台直後に行われた中国の大規模演習について討議したいと思います。

 図1は、今回の大規模演習における弾道ミサイルの発射状況と、台湾海峡における中国航空機の飛行状況です。台湾周辺への短距離弾道ミサイルの発射は、1995~96年の第三次台湾海峡危機以降初めてです。また、台北上空を通過する発射も行われたと分析されています。これは、台湾の封鎖を意図したミサイル使用法とも解釈できます。

 それから前回、邱さんが天然の「防護壁」となると指摘された台湾海峡において、中間線を超える飛行が頻繁に行われました。従来、中国は、台湾海峡の中間線を超えない飛行にとどめていましたが、大規模軍事演習を契機に、中間線を超える飛行を常態化させようとしているように見えます。ウクライナ戦争において、ロシア空軍は米軍のようなSEAD(Suppression of Enemy Air Defense:航空制圧)という概念がないと小野田さんは指摘されていますが、今回の大規模演習における中国空軍の戦術をどのように評価されているでしょうか。

小野田治(日本安全保障戦略研究所上席研究員): 今回の中国空軍の活動は政治的意味合いが強く、中国空軍の戦術について評価することはできないと思います。かつての中国の人民解放軍はロシア軍をモデルに整備されてきましたが、近年の近代化が進んだ中国軍、特に空軍はロシア軍のドクトリンを全く参考にしていません。

 むしろ彼らは、米国の文献を参考にしていると思います。例えば、中国軍の戦略としてよく紹介されるA2/AD(Anti-Accesses /Aria Denial:接近阻止/領域使用拒否)は、中国自身が名付けたわけではありませんが、米国の作戦行動を分析して考案したものでしょう。米国空軍は、時間をかけて敵の航空兵力や戦力を攻撃、無力化してから、陸軍が動くというのが基本的な戦い方です。中国人民解放軍も同じような作戦構想を持っていると思います。

 中国空軍や海軍航空隊が通常行っている飛行と比べると、今回の大規模演習は少なくとも実戦的な空軍活動には見えません。台湾海峡で、対戦闘機戦闘訓練や対艦攻撃訓練が行われた形跡は見られません。むしろ、中間線を無視し、「中間線は存在しない」ということを政治的にアピールする意味合いが非常に強かったと思います。

 それから、図1にあるように、H-6爆撃機の参加は8月7日と、(大規模演習後の)18日の2回しか観測されていません。それ以前の方が、H-6の台湾南方や東方への飛行が数多く確認されています。そういう点からも、少なくとも今回の空軍の活動は抑制的な活動だったとみています。

無人機の領空侵犯にどう対応するか

末次: ありがとうございました。次に、小野田さんに無人機(ドローン)について伺います。先日、金門島に小型ドローンが飛来し、台湾軍がこれを撃墜したとの報道がありました。金門島は台湾の実効支配下にありますが、中国南東部、福建省厦門(アモイ)市のすぐ沖合に位置し、中国大陸とは目と鼻の先です。

 最近では、東シナ海から台湾東方にかけて、中国の大型無人機の飛行が確認されています。日本の安全保障を考えた場合、大型無人機が東シナ海から沖縄・宮古を通って台湾東部まで飛んでいる事態に注目すべきだと思います。防衛省は戦闘機のスクランブル(緊急発進)で対応していますが、その方法には課題があります。例えば、領空侵犯の手続きに従って、無人機に警告しても無意味です。ですから、「領空に近付くようであれば撃墜する」と内外に宣言することで、無人機をコントロールする組織に警告し、これを抑止するという考え方も必要ではないでしょうか。

小野田: 航空自衛隊に指示されている対領空侵犯措置命令では、識別不明機を識別するために、スクランブルし、目視で確認、写真を撮る、といった手順が定められています。大型無人機は、中国の有人機であるY-8やY-9と同程度の速力ですが、防空レーダーが探知できるレーダー反射面積(レーダーに対する露出の度合い。数値が大きいほど遠距離からレーダーで捕らえやすくなる)はそれほど大きくありません。レーダーで100%識別できない以上、戦闘機での目視確認は、相手が無人機であっても必要です。

 航空自衛隊の戦闘機は、それが有人機であれ、無人機であれ、識別不明機の動静を監視し、警戒する必要があります。中高度で沖縄と宮古島間を通過する偵察型/攻撃型の無人機が何度か観測され、航空自衛隊がスクランブルしていますが、対処としては妥当だと考えます。

 しかし、大量の小型無人機が沖縄・宮古島周辺を飛行する事態になれば、別の対応を考えないといけないかもしれません。あるいは大型の無人偵察/攻撃機が10機編隊で飛行してくるような場合も考えられます。しかし、それが公海上を飛んでいるかぎり、安易に撃ち落とすわけにもいかない。今のところ、少なくとも航空自衛隊の中では、無人機撃墜の是非まで議論が進んでいないと認識していますし、その蓋然性も比較的低いでしょう。

末次: 個人的な見解ですが、無人機に領空接近を警告しても無意味だし、地上の管制員と連絡の取りようもありません。そもそも、それが意図的に近づいているのか、故障で接近してきたのかも分からない。ですから、領空に近づいた場合、これを撃墜することをあらかじめ明らかにしておくべきだ、という考えは過激でしょうか。

小野田: 領空に入ってきたときに、それを撃ち落とすことは、国際法的には違法ではなく、諸外国でも普通に行われています。ただ、航空自衛隊はやったことがありません。末次さんの意見は間違っていないと思いますが、実際に領空に入る前に撃墜することは基本的に無理でしょう。

渡部悦和(渡部安全保障研究所長): 私は、こうした議論を聞くと、やはり日本は「特別な国家」だな、という印象を受けます。中国は「超限戦」、つまりあらゆる制約を外して自由な戦いができる国です。それと180度違うのが日本で、さまざまな制約を自分自身でつくって、背負い込んで、にっちもさっちも行かない状態になってしまっている。ドローンへの対処がその典型です。ですから私も、ドローンが領空内に入ってくれば、撃ち落とすなり、あるいは通信妨害で誘導して、それを確保するといった作戦を実施すべきだと思います。ですが、今の法体系や考え方ではそうした行為は難しいでしょう。

侮れない中国の「着上陸侵攻能力」

末次: ありがとうございました。次の議論に進みます。令和4年防衛白書には、中国の台湾本島への着上陸侵攻能力は限定的という分析が示される一方、海空軍兵力については中国優位とされています。中国は大規模な着上陸侵攻よりも、特殊部隊による破壊工作や、台湾指導者等の暗殺を目標とする「斬首作戦」が実施される可能性が高いように思います。台湾有事において、陸上戦闘はどのような形で行われるでしょうか。

渡部: 当然ながら、目的によって作戦の立て方・進め方は異なります。例えば指導者の暗殺が目的なら、少数の特殊部隊がヘリボーン(ヘリコプターで地上戦闘部隊を空輸する作戦)で潜入し、斬首作戦を遂行する――という作戦は極めて蓋然性が高いでしょう。

 しかし、もし本格的に台湾全体を奪取するつもりなら、あらゆる行動をとるでしょう。着上陸侵攻能力は限定的と言われていますが、例えば、船も軍艦だけではなく、民間の船も使うと思います。また、台湾の港湾施設は中国本土の会社にかなり買い占められていると聞きます。「国防動員法」により、中国の民間企業は国防に協力する義務があるので、軍が要望すれば中国系の台湾の港湾施設を自由に使えます。従って、民間の商船等に中国の軍人や装備が搭載され、台湾の港湾に入港することで、上陸作戦ができる可能性がある。あらゆる手段を取ってくることを前提に、中国人民解放軍の能力を測る必要があると思います。

 もっとも、十分な数の揚陸艦を整備するには2030年ぐらいまでかかるという分析もあります。現時点で、揚陸艦の数的不足という制約で着上陸侵攻能力が限定的だという点はそのとおりだと思います。

圧倒的劣勢な台湾海軍の「強力な一手」

末次: 中国のネットを見ると、民間のRORO船、いわゆるフェリーボートから洋上で水陸両用車を展開するというような写真が載っていました。「揚陸艦の数が足りないからといって着上陸侵攻能力が限定的とは言えない」というのは、渡部さんご指摘のとおりです。また、「海上民兵」といって、主として漁船に乗って軍事行動に参加する兵力もおり、海上からの侵攻に関し、侮れない能力を持っている可能性があると考えます。

 ここで海上戦闘について補足しておきます。中国海軍と台湾海軍を比較した場合、その戦力差は極めて大きく、まともに対峙すれば台湾に勝機はないでしょう。しかし、台湾には強力な対抗手段が二つあります。対艦ミサイルと潜水艦です。

対艦ミサイルについては、令和4年防衛白書でも触れられていました。台湾の持つ長距離巡航ミサイルと、小回りの利くミサイル艇に搭載された超音速対艦ミサイルは、中国にとって大きな脅威となります。

 図2は、台湾の主要港湾およびコンテナの取扱量を示したものです。台湾では、基隆、台北、台中および高雄の4港湾でほとんどの貨物を取り扱っています。これら4港湾の封鎖で台湾経済を締め上げることができますが、中国が港湾を機雷で封鎖した場合、自らの使用に支障が生じるとともに、戦後の復興にも長期間を要します。従って、主として艦艇や海上民兵による航行阻止が主体となると推定できます。一方、これらの艦艇等は台湾海軍の超音速ミサイルの格好の標的となると考えます。

 今回の大規模演習では、中国の空母「遼寧」「山東」2隻が展開したと言われています。攻撃能力や防空能力に優れる空母ですが、唯一潜水艦には脆弱です。空母は潜水艦にとって 絶好のターゲットなのです。現在、台湾は2025年就役を目指して国産潜水艦を建造中で、最終的に8隻建造するとしています。これらの潜水艦の戦力化が完成すると、中国海軍に対する大きな抑止力となると思います。

一方で、海上自衛隊で対潜訓練を実施した経験から言えば、台湾周辺において、日米中および台湾の潜水艦が混在することは大きな課題があります。潜水艦は「海の忍者」であり、見つけるのが非常に難しいためです。仮に発見しても、それが日本の潜水艦なのか、台湾の潜水艦か、米国のものなのか識別することが難しい。従って、台湾周辺において潜水艦を運用する場合は、日米台の情報共有がないと効率的な運用はできないと考えています。

第5回に続く)


渡部 悦和(わたなべ よしかず)
渡部安全保障研究所長、元富士通システム統合研究所安全保障研究所長、元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、元陸上自衛隊東部方面総監。
1978(昭和53)年、東京大学卒業後、陸上自衛隊入隊。その後、外務省安全保障課出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、第28普通科連隊長(函館)、防衛研究所副所長、陸上幕僚監部装備部長、第二師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。2013年退職。著書に『米中戦争 そのとき日本は』(講談社現代新書)、『中国人民解放軍の全貌』『自衛隊は中国人民解放軍に敗北する!?』(扶桑社新書)、『日本の有事』(ワニブックスPLUS新書)、『日本はすでに戦時下にある』(ワニ・プラス)。共著に『言ってはいけない!?国家論』(扶桑社)、『台湾有事と日本の安全保障』『現代戦争論-超「超限戦」』『ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛』(ともにワニブックスPLUS新書)、『経済と安全保障』(育鵬社)


小野田 治(おのだ おさむ)
1977年防衛大学校(21期、航空工学)を卒業後、航空自衛隊に入隊。警戒監視レーダー及びネットワークの保守整備を担当の後、米国で早期警戒機E-2Cに関する教育を受け、青森県三沢基地において警戒航空隊の部隊建設に従事。
1989~2000年、航空幕僚監部において、指揮システム、警戒管制システム、次期輸送機、空中給油機、警戒管制機などのプログラムを担当した後、2001年に航空自衛隊の防衛計画や予算を統括する防衛部防衛課長に就任。
2002年、第3補給処長(空将補)、2004年、第7航空団司令兼百里基地司令(空将補)、2006年、航空幕僚監部人事教育部長(空将補)、2008年、西部航空方面隊司令官(空将)の後、2010年、航空教育集団司令官(空将)を歴任し2012年に勧奨退職。
2012年10月、株式会社東芝社会インフラシステム社(現:東芝インフラシステムズ株式会社)に入社。
2013~15年、ハーバード大学上席研究員として同大学において米国、中国及び日本の安全保障戦略について研究。
現在、(一社)日本安全保障戦略研究所上席研究員、(一財)平和安全保障研究所理事、(一社)日米台関係研究所客員研究員、日米エアフォース友好協会顧問
著書に「習近平の「三戦」を暴く」(海竜社、2017年)(共著)「日本防衛変革のための75の提案」(月間「世界と日本」、2018年)(共著)、「台湾有事と日本の安全保障」(ワニブックスPLUS新書、2020年)(共著)、「台湾有事どうする日本」(方丈社、2021年)(共著)、「台湾を守る『日米台連携メカニズム』の構築」(国書刊行会、2021年)(共著)などがある。


邱 伯浩(キュウ ボオハオ)
中央警察大学警政研究所(大学院) 中国政治修士課程、国防大学政治研究所(大学院)中国政治博士課程,、政治学博士。1989年~1997年、(台湾)憲兵部隊教官、連長。1998年~2005年、国防部後勤次長室(軍備局)参謀。2005年~2006年、国防大学教官。2006年~2009年、国防大学戦略研究所専任助教授(退官時の階級は「上校」)。2013年~2019年、DRC国際研究委員。2019年7月~、日本安全保障戦略研究所研究員。専門は国際政治学、特に軍事戦略、中国軍事政治、中国人民武裝警察、日台関係、中台関係安全保障論を研究。


提供:新華社/アフロ

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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