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2022.03.07 特別寄稿

「自衛隊が戦う前に」国民生活に脅威が及ぶ…米国が「日本のサイバー・セキュリティの弱さ」を強く懸念するこれだけの理由
船橋洋一緊急寄稿 地経学時代の経済安全保障論(4-3)

船橋洋一

かつて日本は「国家安全保障の黒字国」だったが…

経済安全保障政策を考える場合、最初に認識しておかなければならないことは、日本が、経済安全保障においては巨大な赤字国である、という冷厳な事実である。

国家安全保障においては、それぞれの国が黒字か赤字か、という視点がある。米国は国境を接している国が南北のメキシコとカナダの2カ国しかなく、東西は大西洋と太平洋の2つの大洋に囲まれており、世界屈指の安全保障黒字国(security surplus)とみなされている。ドイツ統一を成し遂げたビスマルクは「米国は北と南は弱い隣人と国境を接し、東と西は魚に囲まれている。なんと恵まれているんだ」とその潤沢な黒字への羨望を語ったものである。一方、ポーランドは安全保障の赤字国の代表である。7カ国と国境を接し、それもドイツとロシアに挟まれ、3度も領土を分割された挙句、一度は亡国の憂き目にあった。

冷戦後、日本は安全保障の黒字国とみなされてきた。米国の核の傘、前方展開(米軍基地)に守られ、隣国にはソ連以外、直接の軍事的脅威を与える国はなかった。冷戦後、それは大きく変わった。北朝鮮の核・ミサイル保有、中国の軍拡と尖閣諸島をめぐる領土紛争とそれに伴う同盟の「巻き込まれ」から「見捨てられ」のリスク、などいまや日本は安全保障の赤字国へと転落しつつある *¹。

経済安全保障においても、黒字国と赤字国は存在する。基軸通貨のドルを輪転機で刷り、オイルシェールを有し、シリコンバレーを擁し、人口ボーナスを当分の間、享受できる米国はここでも大幅な黒字国である。ドイツも冷戦後、東ドイツの安い労働力、ユーロ採用による貨幣切り下げ効果、中国市場への浸透など経済安全保障の黒字国だったが、いまは「輸出の中国依存、ガスのロシア依存」の構造によって赤字国へと反転しつつある。

一方、日本は人口減が急速に進み、エネルギー源も大きく海外依存している大幅赤字国である。しかも、日本の経済安全保障の赤字要因はフローではなくストックの赤字累積の性格が強く、構造的である。主たるストック面の赤字要因としては、エネルギー・グリーンと戦略的鉱物資源、が挙げられる。

 

ウクライナ問題が「エネルギー危機の始まり」に

私が主催するシンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)では、日本の経済安全保障にとって重要かつ敏感な企業100社に対して、アンケートを実施した。アンケートは、2021年11月中旬から12月中旬にかけて電子メールで送付、回収し、合わせて28社の企業の経営トップとの聞き取り行った。

とりわけ、エネルギー(およびグリーン)の経済安全保障上の脆弱性は、アンケート(「経済安全保障への取り組み」)でも、「我が国へのエネルギー安定供給を意識した事業活動」や「資源エネルギー確保に関する包括的な取り組み」が挙げられるなど、痛切な課題として意識されている。

グローバル企業の中には価格変動ショックを回避するため再生エネルギー確保のための長期協定を結ぶなどエネルギー・電力の自給体制と囲い込みの動きが始まっている*² 。アマゾンは25年までに世界でつかう電力を再生エネに切り替える。フォルクスワーゲンは欧州に複数の太陽光・風力発電所をつくる。テスラは電池に欠かせないリチウムの鉱床を抑えようとしている*³。 化石燃料を卒業し、再生エネルギーへ転換し、脱炭素を進める少なくとも向こう30年間の過渡期(トランジション)に考えられる地経学的リスク――グリーン大動乱(green upheaval)――は、これから日本のおそらく最大の経済安全保障上の赤字要因と見るべきだろう。

2021年の欧州で起こった風力発電の不調によるガス価格の暴騰や中国の石炭火力からの急激な撤退による電力危機は「グリーン大動乱」の予兆であるかもしれない。ウクライナ危機がエネルギー危機を引き起こす引き金になる可能性もある。エネルギー(およびグリーン)をめぐる戦いは、安倍晋三政権の首相首席秘書官を務めた今井尚哉が言うように「あらゆる電源と熱源の総力戦」の様相を強めるだろう*⁴。

いまのままでは、再生可能エネルギー源へと転換すればするほど、そして脱炭素やGXを進めれば進めるほど、鉱物資源、部品・素材、サプライ・チェーンの面で海外、特に中国に依存するリスクが高まることは必至である。現在、日本で使われている太陽光パネルの8割は中国製である。

日本の次の大きな経済安全保障上の赤字要因は、レアアース、コバルト、マンガン、リチウム、ガリウム、インジウム、セレン、プラチナ、ウランなどほとんどの戦略的鉱物資源を海外に依存していることである。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が実施するレアメタル備蓄制度ではレアメタル34鉱種(55元素)を対象範囲としている。

レアアースに関していえば、拙著『地経学とは何か』(「中東は石油、中国はレアアース」、213~218)でも紹介したが、2010年のレアアース危機から7年も経たないうちに日本の高性能磁石企業3社(TDK,信越化学工業、日立金属)は中国に工場を建設し、サプライ・チェーンの中国化をさらに深める結果となった。

高性能磁石は、EV(電気自動車)のモーターでもっとも重要な部品である。日立金属は2016年、中国のネオジム磁石トップメーカーだった中科三環と合弁会社を設立した。中国側は世界最高水準の磁力を持つ同社のネオジム磁石の技術を吸収しようとしたのだ。現在、この合弁会社がテスラのモーターに高性能磁石を供給している*⁵。

 

「サイバー攻撃力、監視力、情報統率力、諜報力」全てが脆弱…

経済安全保障に止まらず国民の安全、生活、生活インフラを丸ごと脅かす脅威に対する国民安全保障の上での赤字もある。「国家サイバー力」、海上輸送、食糧安定供給などがその代表例である。とりわけ、「国家サイバー力」と海上輸送は脆弱性が著しい。

2021年夏のオリンピック・パラリンピックに当たっては、大会期間中の通信ブロック(サイバー攻撃)の総量が4億5000万回に達したにもかかわらず、大会運営を無事、終えることができた。専門誌、セキュリティ・マガジン誌は「東京オリンピックはサイバー・セキュリティの成功物語である」と高く評価した*⁶。

日本のサイバー・セキュリティの能力は向上してきている。にもかかわらず、日本はサイバー攻撃力、監視力、情報統率力、諜報力などのパワーを総合した「国家サイバー・パワー」は弱い。The National Cyber Security Index(NCSI)によると、日本は「サイバー脅威インテリジェンス」の脆弱性などもあって国家サイバー・セキュリティのランキングで41位に甘んじている。

日本はいまだにデータを富の源泉とするデータ経済に移行できていない。データ量を確保できないため研究開発で後れを取っている。ソフトウェア力を欠いているため、米中のソフトウェアへの依存を深めている。5G時代のサイバー・セキュリティはソフトウェア・サプライチェーン・セキュリティが一段と重要になるが、日本はここが弱いとされている。

それから、日本政府は、有事の際の基幹インフラ、それもデジタル化しつつあるそれらのインフラを防護する体制も脆弱である。発電所、変電所、原子力発電所、石油コンビナート等の産業中枢、金融中枢、大規模ダム、高速鉄道、航空機、水道、大規模病院などの基幹インフラがサイバー攻撃を受ければ、経済活動全体が麻痺する。

国民のデータやデータセンターなどデジタル・インフラの防護体制も貧弱である。すでにDXの進展に伴い、基幹インフラを含むあらゆる領域がサイバー攻撃の対象となっている。基幹インフラでは一度システムを導入した後にリスクを排除することは難しい。被害を防止するためには、設備の導入の際、事前にリスクを排除しなければならないが、そこが不十分である。

 

中国は「相手を殺傷せずに攻撃」してくる

また、電気も通信も、サイバー兵器を用いなくとも、強力な電磁波を出す兵器(EMP)によって機能を喪失する。さらに、宇宙のC4SIR(指揮:Command、統制:Control、通信:Communication、コンピューター:Computerと、情報:Intelligence、監視:Surveillance、偵察:Reconnaissanceの情報を統合的に活用して軍事活動を行うこと)、地上の兵器システム高度化、ドローン作戦のいずれにとっても不可欠になってきているのに、安全保障上の取り組みが遅れている。

松村五郎元陸将は、「中国が目指しているとされる超限戦は、宇宙やサイバー、電磁波を使って、相手を殺傷せずに脅迫し、自分たちの目的を達成する戦い方だ。今のままでは、自衛隊が戦う前に国民生活に脅威が及び、相手に屈せざるを得なくなってしまう恐れさえある」と警告を発している*⁷。

インターネットが個人と社会の巨大なエンパワーメントという恩恵をもたらす一方で、プライバシーと人格とセキュリティを根底から脅かす凶器ともなったことは、エマテク(新興技術)全体にセキュリティとプライバシーのディー・ディリジェンスを強化し、国際的ルールをつくらなければならないことを告げている。AI、バイオ、ドローン、いずれもそうである。

オバマ政権の大統領補佐官(国家安全保障担当)を務めたトム・ドニロンは、ドローンを野放しにして置くことの危険を警告し、次のように述べている。「エマテク(新興技術)の安全保障上の課題を十分に考慮しなかった失敗がまさにインターネットだった。1970年代と80年代、インターネットを開発した技術者たちはエンクリプトンとプライバシーの代わりにスピードと成長のみを追求した。我々は今、そのツケを払っている」

ドニロンはそう指摘し、インターネットの先駆けであるARPANETプロトコルの生みの親の一人で、インターネット殿堂入りしたスティーブ・クロッカーの反省の弁を引用している。「最初にセキュリティのリスクをもっと考え抜いておくべきだった。我々は、いずれ起こるだろう問題への対応ではなく、いまそこにある問題への対応だけをやっていた」*⁸

エマテク(新興技術)を社会実装する際に、セキュリティとプライバシーを後回しにする社会的、国家的コストは極めて大きい。セキュリティ意識が希薄な日本の場合、それは命取りになりかねない。インターネット学者の村井純が指摘するように日本のサイバー空間は「民間任せ」「タコツボ状態」、そして「理念・ドクトリン不在」のままスプロール化してきた 。DXの遅れを挽回するため、デジタル庁を発足させたのはいいが、その過程でデータとデジタルのインフラのセキュリティに関する政策議論は積み残された。

日本の「国家サイバー力」の弱さについては、米政府もかねてから「このままでは同盟の相互運用性(interoperability)に差し支える」との懸念を表明してきた。米政府高官は私に「米国は日本をファイブ・アイズに入ってほしいと思っているが、最大の障壁は日本のサイバー・セキュリティの弱さだ」と述べたことがある*⁹。

 

台湾有事の際、日本の海上輸送は危機的状況に

そして何よりも、海上ロジスティックスの赤字構造がある。日本の貿易量における海上輸送の割合は99・6%である。主な資源の対外依存度は、鉄鋼100%、石炭100%、原油100%、天然ガス98%、綿花100 %、大豆94 %、木材68 %。

トップ聞き取りでは、日本の造船産業に関して、将来への深刻な疑問が聞かれた。「日本はLNG(液化天然ガス)を年間8000万トン輸入している。世界トップクラスだ。それなのに日本はもはやLNG専用船をつくれない。韓国、中国に追い上げられ、価格面でかなわず、やめてしまった。食糧運搬船でもオイル・タンカーでも日本の造船はどんどん衰退していく」

ペルシャ湾、南シナ海、台湾海峡といった地域で戦争が起こった時、シーレーンの確保が日本の安全保障上の死活的課題となる。一般に中東産原油への依存度を「ホルムズ海峡依存度」と呼ぶが、日本の依存度は90%近くに達する。

2019年6月、安倍晋三首相のイラン訪問のさなかにサウジアラビアからメタノールを積んだ日本関連船舶のケミカル・タンカーが何者かの攻撃を受けた。後に、米国は(ドイツ統一を成し遂げたビスマルクは「米国は東と西は魚と国境を接している」とその潤沢な黒字への羨望を語ったものである)この船舶から不発だったリムペット・マイン(吸着機雷)を何者かが回収するビデオを公開し、この攻撃がイランの革命防護隊によるものだったとイランを非難した。かつてイラン・イラク戦争の際の「タンカー戦争」のように、イランは必要と見なせばホルムズ海峡の封鎖や船舶の無差別攻撃に訴えたこともある*¹³。

ペルシャ湾はなお日本のシーレーンのもっとも脆弱な急所であることに変わりはない。しかし、台湾有事の際、日本のシーレーン防衛はより直接、脅威を受ける。

日本の原油輸入の9割、天然ガスの6割がバシー海峡を通過する。米外交評議会の報告書は、台湾有事にあたって「米国は中国あるいは米国内の中国国籍の人々が所有するすべての資産を凍結する」ことや「中国とのビジネス取引やドル取引を切断するか極めて厳格に管理する」ことを提案している*¹⁰。

もし、台湾有事となった場合、そしてもし、万が一米国が中国の資産凍結に踏み切った場合、中国は日本の南シナ海から台湾にかけてのシーレーンを切断する動きに出る可能性が高い。その時、日本の海上輸送は一気に危機的状況に陥るだろう。

 

日本経済は「その日暮らし」状態

今日の日本政府・自衛隊には、有事の商船隊防護の準備がない。その点は、戦前と変わらない。兼原信克前国家安全保障局次長が言うように、「戦前の日本軍は戦闘重視で、後方軽視、情報軽視、民間軽視であった。それは国民を軽視した戦争だった」*¹²。

実際、エネルギーと資源と海上輸送は、戦前の日本の国家戦略の上での最大の“アキレス腱”だった。戦前の陸軍は「船舶輸送問題」を解決できないまま、日中戦争の間、7回にわたって中国へ派遣軍を送り、太平洋戦争では南太平洋の島嶼防衛に派兵した。船舶輸送に動員されたのは海軍ではなく民間の船舶会社だった。太平洋戦争中に撃沈された輸送船は小型船まで含めると7200隻以上に上る。

戦死者の比率は陸軍20%、海軍16%、動員船員43%。民間の船員が最大の犠牲を強いられたのである。広島県宇品港の陸軍船舶輸送司令部基地に光を当て、戦前の船舶輸送の失敗、すなわち「ロジスティックス敗戦」の本質を鋭く描写したのが、堀川恵子著『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(講談社、2021年)である。

この構造的な脆弱性は、戦後直後、日本を訪れた米国の戦略爆撃調査団が著した『日本戦争経済の崩壊』でも次のように指摘されたところである。「要するに日本という国は本質的には小国で、輸入原料に依存する産業構造を持つ貧弱な国であって、あらゆる型の近代的攻撃に対して無防備だった。手から口への、まったくその日暮らしの日本経済には余力というものがなく、緊急事態に処する術がなかった」*¹³。

日本経済は、「その日暮らし」のフローでしかなく、「余力」、つまりストックがない。その点も基本的に今も変わらない。


*¹ James Schoff, “US Reassurance and Japanese Defense Reforms Can Improve Security in East Asia – Carnegie Endowment for International Peace”, Carnegie Endowment for International Peace, 2014.  https://carnegieendowment.org/2014/03/13/u.s.-reassurance-and-japanese-defense-reforms-can-improve-security-in-east-asia-pub-55340

*² ”Green Power Purchases Shielded Some Companies From Energy Crunch,” Wall Street Journal, December 2, 2021.

*³ 松尾博文、「脱炭素時代、争奪戦は続く」、日本経済新聞、2021年12月30日

*⁴ 今井尚哉、「一世紀を見据えたエネルギー戦略を」、キャノングローバル戦略研究所、2021年9月15日

*⁵ ”Why rare earth permanent magnets are vital to the global climate economy,?” Quarts, May 14, 2021

*⁶ Dr. Brian Gant, “The Tokyo Olympics are a cybersecurity success story”,

https://www.securitymagazine.com/article/95880-the-tokyo-olympics-are-a-cyber-security-success-story

*⁷ 「防衛白書が特集した「サイバー攻撃」自衛隊元幹部が語る、日本に必要な備え」、朝日新聞GLOBE+、2021年8月4日

*⁸ Tom Donilon, “The Drone Threat Comes Home Time to Wake Up to a Growing Domestic Danger”, Foreign Affairs, January 28, 2022.

*⁹ 村井純、「日本のサイバー防衛が心もとなさすぎる3つの訳:経済安全保障の核となる領域の体制整備を急げ」、API地経学ブリーフィング、東洋経済オンライン、2021年12月27日

*¹⁰ 筆者の米政府高官との会話、2021年8月19日

*¹¹ 斎藤貢『イランは脅威か ホルムズ海峡の大国と日本外交』、岩波書店、2022年、59~60,218)

*¹² Council on Foreign Relations, ”The United States, China, and Taiwan: A Strategy to Prevent War,” February 2021.

*¹³ 兼原信克『安全保障戦略』、日経BP,2021年、72~73 [1] アメリカ合衆国戦略爆撃調査団『日本戦争経済の崩壊』、正木冬彦訳、日本評論社、1967年

船橋洋一

1944年、北京生まれ。ジャーナリスト、法学博士。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。英国際戦略研究所(IISS)評議員。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。