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2022.02.28 特別寄稿

いよいよ始まる米・中露「経済安全保障闘争」で、日本企業はどう変わる?「重要企業100社アンケート結果」を全公開
船橋洋一緊急寄稿 地経学時代の経済安全保障論(4-1)

船橋洋一

戦後の「長い平和」が終わった

ロシアのウクライナ侵略は、「一つにして自由な欧州」という欧州統合に向けてのEU(欧州連合)の理念を木っ端微塵に打ち砕いた。ほとんどの人は忘れているだろうが、EUが2012年にノーベル平和賞を受賞したことが今では不吉な冗談だったように思える。その2年後にロシアのクリミア併合があり、10年後にウクライナ侵攻が起こったのだから。

法とルールを蔑ろにし、力と勢力圏を赤裸々に押し出す権力政治(レアルポリティーク)が現出しつつある。この点、南シナ海、東シナ海、台湾などのインド太平洋における一方的現状打破攻勢を強める中国も変わらない。2010年代以降、戦後の国際秩序はロシアと中国によって根底から揺さぶられてきた。その行き着いた果てがウクライナの悲劇だった。戦後の「長い平和」はロシアのウクライナ侵略によって不可逆的に終わった。

ウクライナは徹底抵抗の構えを崩しておらず、欧米は武器支援を行っている。戦争は長期化する可能性が強い。G7とEU(欧州連合)を中心とする西側はロシアに対してSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシアの金融機関排除を含む経済・金融制裁を発動した。ロシアはガスと石油の供給チョークポイントを絞ることで対抗するだろう。西側の金融とロシアのエネルギーのそれぞれの武器化による地経学的決闘の形である。

双方のサイバー戦争はすでに始まっている。この中で、中国はロシアのウクライナに対する行動の言い分に「理解」を示し、国連安保理のロシア非難決議に棄権した。西側の対ロ経済制裁が長引けば長引くほど、ロシアの中国経済依存は高まるだろう。戦後の国際秩序に対する修正主義勢力として両国は協商関係へと傾斜しつつある。経済制裁、経済の武器化、機微技術支配権、エネルギー供給・価格操作、サイバー攻撃…米国ブロック(G7・NATO・豪を含む)と中国ブロック(ロシアを含む)の間の経済安全保障をめぐる闘争の時代が幕を開けた。

 

半導体は「デジタル社会の神経系統」

このような状況の下、日本政府は通常国会に経済安全保障推進法案を提出した。4つの法案は、①サプライ・チェーンの強靭化、②基幹インフラの安全性・信頼性の確保、③先端的技術の官民協力、④特許出願の非公開制度、をそれぞれ目的としている。

日本を取り巻く地政学的かつ地経学的な環境が急速に変化し、日本の経済安全保障にとってリスクが急激に高まってきている。それは、コロナ危機の中も、痛感させられたところである。企業はサプライ・チェーンのグローバル化を進めてきたが、自動車や電機を含む広範な産業分野で経済活動が止まった。サプライ・チェーンの実態を日本政府は十分に把握できていなかったし、調査権限もなかった。

コロナ禍の過程で、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の重要性が明らかになったが、それは半導体の戦略的不可欠性を改めて思い知らせることになった。半導体は産業用途の裾野が格段に広い。それは単なる部品ではない。それはデジタル社会の神経系統である。日米欧とも海外有力半導体の生産拠点を国内に誘致する産業政策を進めようとしている。

 

政府と企業の「戦略的対話」が必要

コロナ禍の中、船員やエッセンシャル・ワーカーが確保できず、物流が滞った。基幹インフラに対するサイバー攻撃が激増し、サイバー・セキュリティの戦略的重要性を浮き彫りにした。

国々のパワーは「国家サイバー・パワー」によって測られるようになりつつある。半導体、AI、量子コンピューティング、バイオテクノロジーなど第四次産業革命を牽引する技術が明日の国富と国力を生み出し、国々の興亡を決する。政府と企業が連携して経済安全保障体制を強化していく必要がある。その第一歩として、日本政府が、経済安全保障体制構築のための法制度を整備する取り組みに乗り出していることは評価できる。ただ、経済安全保障政策を進めるに当たっては、次のような戦略的課題に正面から応える必要がある。

第一に、経済安全保障政策は、国家の実存への脅威に備える国家安全保障政策、さらには国民の安全・セキュリティ、生命・健康、自由・プライバシーを保証・確保する国民安全保障政策という全体の安全保障政策の一環として、かつ整合性をもって追求する必要がある。それはまた、通商政策や産業政策の理念と在り方の中での位置づけ、さらには対米、対中、対アジア外交の観点からの吟味を必要とするだろう。

第二に、安全保障政策を作成するに当たっては、日本が構造的に巨大な赤字国であり、経済安全保障ではエネルギー・グリーンと戦略的鉱物資源、国民安全保障では「国家サイバー力」と海上輸送、国家安全保障では有事法制の不備、しかも戦後の日本の安定と繁栄の礎となってきた「自由で開かれた国際秩序」が崩壊し始めたことにより、その赤字幅が増加している厳然たる現実を直視することである。

第三に、経済安全保障においては企業が重要な役割を担っている。経済安全保障政策は、企業の経済活動への規制を含むだけに個々の措置の費用対効果の比較考量に止まらず、自由経済やイノベーションとのバランスを担保し、人材、技術、資産、データ、ネットワークなどの国富と国力については「守る」「攻める」「育てる」の三本柱で臨むことが大切である。政策の立案、遂行に当たっては、政府と企業の「戦略的対話」が不可欠である。

 

米中対立が「最大の地経学的リスク」

私が主催するシンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)では、そうした問題意識を踏まえ、日本の経済安全保障にとって重要かつ敏感な企業100社に対して、アンケートを実施した。アンケートは、2021年11月中旬から12月中旬にかけて電子メールで送付、回収し、合わせて28社の企業の経営トップとの聞き取り行った。アンケートの結果、浮かび上がった主要なポイントは、以下の5つである。

第一に、企業は、米中対立を最大の地経学的なリスクととらえている。「経済安全保障への取り組みを行うに当たり、一番の課題は何か」との質問に対して、回答企業の75.0%が「米中関係の不透明性」を挙げた。また、60.8%が米中対立による自社ビジネスへの悪影響が「何らかの形で出ている」と答えている。

具体的には、「アメリカの規制強化(関税含む)によるコスト増」(59.5%)、「サプライヤーの変更」(36.5%)、「中国の規制強化(関税含む)によるコスト増」(33.8%)、「売上減」(29.7%)と続いた(以上複数回答)。「米中の板挟みになったことはあるか」という質問に対しては、12.5%が「ある」と答えている。回答企業のうち売り上げに占める米国の比率「1割以上」としたのが64.0%、中国のそれは48.8%であり、両国市場への依存は高い。

 

中国リスクは「長期的かつ広範」

第二に、企業は、中国リスクを長期的かつ広範なリスクと見なしている。「中国事業を展開する上での懸念事項」を問いただしたところ、「中国政府の方針変更による事業存続リスク」(76.1%)、「技術情報を含めた情報漏洩」(65.9%)、「地政学リスク」(63.6%)、「中国の競合企業の成長」(62.5%)、「中国政府の外資規制強化による業績影響」(52.3%)、「サイバー攻撃」(52.3%)などとなった。(複数回答)中国側に「技術移転を要求された」ことがある企業は10.7%、そのうち33.3%が「要求に従った」。

実際のところ、企業の多くはすでに経済安全保障措置を導入しており、「ここ数年、生産能力の大幅な増強を国内において行っている。調達先をできるだけ複数化するよう努めている」、「移転検知装置など商品への技術の組み込み、設計情報・来訪者の厳格な管理」、「開発拠点の分散化」、「全社横断でのCFT(テロ資金供与防止対策)設置」などと答えている。このうち、「移転検知装置」の商品への組み込みは、例えば、中国の合弁相手などが日本の製品をひそかに北朝鮮に移転するのを「検知装置」を埋め込むことで抑止しようというものである。

14%の企業が「補助金による国内生産回帰への支援」と「補助金による中国以外の国(東南アジア等)における新たなサプライ・チェーン構築の支援」を求めている。にもかかわらず、全体の売り上げに占める中国の比率の「中長期目標」を「増やす」と回答したのは33.3%、「現状維持」16.7%。「減らす」は一社もなかった。中国市場への依存を減らしたいと考えつつも、生産拠点の日本回帰や第三国への移転を政府の支援の枠組みなしには踏み出せない日本企業の置かれた状況とジレンマをうかがわせている。

 

当面は、米国の「規制強化」がリスク

第三に、企業は、こうした中国の経済安全保障上のリスクに備えつつも、当面はむしろ、米国の対中政策に伴うリスクの方をより強く感じている。とりわけ「米国の規制強化」への警戒感が強い。先に触れた通り、「米中対立で事業に影響が出ている」と答えた企業のうち、「アメリカの規制強化(関税含む)によるコスト増」(59.5%)が「中国の規制強化(関税含む)によるコスト増」(33.8%)をはるかに上回る。実際、8.2%が、「輸出入や制裁企業との取引などで米国政府から指摘を受けたことがある」と答えている。

「米国事業を展開する上での懸念事項」について質問したところ、「サプライ・チェーンの混乱」(47.7%)、「米国の中国企業排除の激化」(46.6%)、「中長期の対中政策の見通しづらさ」(45.5%)、「地政学リスク」(38.6%)、「サプライ・チェーン再編や生産移管等によるコスト増」(28.4%)などとなった。日本企業は、CFIUS(対米外国投資委員会)による投資規制強化をリスクと感じている。「その他の回答」の中には、規制強化のリスクに対して「米国から日本への生産地移管」を検討するというように同盟国の協力によるサプライ・チェーン強靭化の逆を行く回答もあった。

同じく、自由回答の中には、「米国内の政治の混乱」「政権交代等による米国政府の政策のズレ」「政権交代による環境対応などの方針変更」といった米国の内政の安定性への懸念が表明された。バイデン政権になっても、トランプ時代の米国政治の「大分断」がさらに深まり、米外交は一段と不安定かつ不透明な内政の虜になりつつある。

この間、米中双方とも次々と対外貿易・投資規制を打ち出している。米中双方と取引のある企業は、米国の対中制裁に従うと、中国の反外国制裁法違反となり、中国から制裁される。その逆もまた真という危うい状況に置かれつつある。その中で、当面、米国の制裁措置の方が中国のそれよりより直接的なリスクとなっていると企業は感じているようである。中国の規制は「怖い」が、米国のそれは「痛い」ということなのかもしれない。

 

経済安全保障は「中長期的な経営課題」

第四に、企業は、経済安全保障を中長期的に重要な経営課題としてとらえている。

72.4%が「今後、日本の経済安全保障関連規制が強化される場合、一番の懸念事項」として「中長期的な事業計画」が作成しにくくなると回答した。これと関連して、「顧客のパートナーとの長期関係性への影響」や「中国企業への投資意欲が減退すること。連結決算のデータ取得に制限がかかること等」を指摘する企業もあった。

すでに、経済安全保障対策費用がかさみ始めている。経済安全保障関連規制の強化による全体の費用増の程度に関しては、58.2%の企業が「5%未満の増加」と回答、「まったく増加していない」と回答した36.3%を大きく上回った。取締役会・役員会などの経営方針を議論する場で、「経済安全保障が議題になる」と答えたのは84.8%に上った。86.9%がすでに「取り組みを行っている」。具体的取り組みとしては、「情報管理の強化」(64.4%)、「サプライヤーの変更や多元化」(50.6%)、「専門部署の設置」(23.0%)が多かった。

 

不明確な「経済安全保障政策の方向性」

第五に、企業は、日本政府の経済安全保障政策の方向性や対象の範囲が明確でないことに不安を抱いている。「日本政府への期待」を質したところ、47.4%までが「政策の方向性の明示」と答えた。このほか、「企業の利益優先を念頭に置いた政策」(18.6%)、「補助金による国内回帰への支援」(9.3%)、「補助金による中国以外(東南アジア等)への生産移転の支援」(5.2%)などを「最も優先順位が高い」施策に挙げている。

なお、アンケートでは、日本の強みを最大限生かすための最優先の課題を問い質した。回答の上位5位は、「モノづくりの競争力優位の保持」(35.1%)、「国内政治の安定と平和な国際環境の維持」(28.9%)、「アジア太平洋における日本のリーダーシップと信頼」(18.6%)、「日米同盟の維持・強化」(7.2%)となった。このほか、「脱炭素時代に向けての自動車産業の国際競争力の再構築」(3.1%)、「CPTPPの深化・拡大(なかでも、米国と中国の加盟)」(3.1%)、金融資産の運用と拡大(2.1%)などが挙げられた。

船橋洋一

1944年、北京生まれ。ジャーナリスト、法学博士。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。英国際戦略研究所(IISS)評議員。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。