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2022.08.23 安全保障

座談会:ロシアのウクライナ侵攻をどう見るか、日台の防衛専門家が徹底議論
JNF Symposium ウクライナ戦争と台湾有事(1)

実業之日本フォーラム編集部

 実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深堀していくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。今回以降、数回にわたって日本と台湾の防衛分野の専門家にお集まりいただき、「台湾有事」をどう捉えていくべきかを議論していただきます。初回は、「起こるはずがない」と思われていたが起きてしまい、今まさに交戦状態にあるウクライナ戦争を分析し、現代の戦争の姿を浮き彫りにしながら教訓を探っていきます。(ファシリテーターは実業之日本フォーラム編集委員の末次富美雄)

末次:日本の安全保障を考える上では、ロシアのウクライナ侵攻をどう捉え、それが日本周辺にどのような影響をもたらすかということが重要です。

 国連安保理の常任理事国であるロシアが、国連の一員であるウクライナに軍事侵攻するという事態は、我々が今まで思ってもみなかったことであり、戦後国際秩序の大転換を予感させます。ロシアが19万人の軍隊をウクライナ周辺に展開した際、実際ウクライナに軍事侵攻することを予想した人間は、専門家を含め多くなかったと思います。しかしながら、侵攻は生起しました。我々は新たな、全く違う国際秩序を目の前にしているのではないでしょうか。

 また、世界第2位の軍事大国と評価されるロシアが、ウクライナ軍の抵抗に苦戦しているということを考えたときに、我々は、この軍事力の強さをどう評価すべきかという点についても、考えを新たにすべきではないかと思います。

 2014年にあれほど見事にクリミア併合をやり遂げたロシアの現在のていたらくは目を覆わんばかりであり、あらゆる面からの検証が必要ではないかと思います。

 ただ、現時点では、ドンバス地方を含めたロシアの攻勢が伝えられておりますので、教訓を導き出すのは時期尚早という指摘はあると思います。しかしながら、中国、北朝鮮及びロシア囲まれた日本の安全保障の状況を考えたときに、悠長に構えている時間の余裕はなさそうです。進行中の事態であっても、できる限りの情報を集めてその本質を探っていくことはしていかなければならないと思います。

 早速、議論を進めていきたいと思います。

名著『失敗の本質』の中で、戦略上の失敗要因の分析の筆頭に、曖昧な戦略目的が挙げられています。今回のロシアのウクライナ軍事侵攻にはその目的が必ずしも明白ではなく曖昧さがつきまとっている印象を受けています。先般、NATOにフィンランド、スウェーデンが加入する際、プーチンは両国の加盟を問題視せず、NATOがウクライナに影響力を拡大することが問題だとしています。それはロシアの文化への脅威だとまで述べています。

 したがって、ロシアの戦争目的はウクライナにおけるNATO影響力の排除ということになるのだと思います。しかしながら、その戦争目的に関するナラティブ、説明というものはどこまで国際的・国内的な説得力を持つのでしょうか。

 そういう観点からまず渡部悦和さんに伺いたいと思います。ロシアの、あるいはプーチンの戦争目的はどこにあるのか、どう評価すればよいのかについてお聞きしたいと思います。


渡部悦和(わたなべ よしかず)
渡部安全保障研究所長、元富士通システム統合研究所安全保障研究所長、元ハーバード大学アジアセンター・シニアフェロー、元陸上自衛隊東部方面総監。
1978(昭和53)年、東京大学卒業後、陸上自衛隊入隊。その後、外務省安全保障課出向、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学留学、第28普通科連隊長(函館)、防衛研究所副所長、陸上幕僚監部装備部長、第二師団長、陸上幕僚副長を経て2011年に東部方面総監。2013年退職。著書に『米中戦争 そのとき日本は』(講談社現代新書)、『中国人民解放軍の全貌』『自衛隊は中国人民解放軍に敗北する!?』(扶桑社新書)、『日本の有事』(ワニブックスPLUS新書)、『日本はすでに戦時下にある』(ワニ・プラス)。共著に『言ってはいけない!?国家論』(扶桑社)、『台湾有事と日本の安全保障』『現代戦争論-超「超限戦」』『ロシア・ウクライナ戦争と日本の防衛』(ともにワニブックスPLUS新書)、『経済と安全保障』(育鵬社)

渡部:すばらしい論点だと思います。まず私は、今回のロシア・ウクライナ戦争というのは、「プーチンの、プーチンによる、プーチンのための戦争」であると分析しています。

 今回の戦争は、プーチンのための戦争であったがために、大義なき戦争となったということです。プーチンは、今回ジェノサイド(集団殺戮)にさらされているロシア系住民を保護することを戦争の大義としました。しかし、この戦争の大義そのものが国際的には認められない、事実に反することだということが非常に大きな問題点です。ウクライナ国内でロシア系住民がジェノサイドされているということは事実に反するということが、国際的な専門家のコンセンサスになっています。これがまず1点です。

 そして2点目は、プーチンがこの戦争の4つの目的として、ウクライナの非ナチ化、非武装化、中立化、ロシア系住民の保護を上げていることです。こちらも問題があると思っています。

 まず非ナチ化。プーチン自身のナラティブとして、ゼレンスキー政権はナチの政権であるとしていますが、ナチの政権に支配されたウクライナはナチ国家であるというナラティブは、国際的には認められないものだと思います。

 そして、ウクライナを非武装化して中立化する。これは、日本でも非常になじみのある「非武装中立」をウクライナに押しつけるということです。しかし、そもそも非武装中立は達成できるはずはありません。これは軍事的常識です。

 全体としてこの大義なき戦争が、結局末次さんが言われるような曖昧な戦略目的で戦争を始めてしまったことにつながっていると思います。

末次:ありがとうございます。次いで、小野田さんはいかがでしょうか。


小野田 治(おのだ おさむ)
1977年防衛大学校(21期、航空工学)を卒業後、航空自衛隊に入隊。警戒監視レーダー及びネットワークの保守整備を担当の後、米国で早期警戒機E-2Cに関する教育を受け、青森県三沢基地において警戒航空隊の部隊建設に従事。
1989~2000年、航空幕僚監部において、指揮システム、警戒管制システム、次期輸送機、空中給油機、警戒管制機などのプログラムを担当した後、2001年に航空自衛隊の防衛計画や予算を統括する防衛部防衛課長に就任。
2002年、第3補給処長(空将補)、2004年、第7航空団司令兼百里基地司令(空将補)、2006年、航空幕僚監部人事教育部長(空将補)、2008年、西部航空方面隊司令官(空将)の後、2010年、航空教育集団司令官(空将)を歴任し2012年に勧奨退職。
2012年10月、株式会社東芝社会インフラシステム社(現:東芝インフラシステムズ株式会社)に入社。
2013~15年、ハーバード大学上席研究員として同大学において米国、中国及び日本の安全保障戦略について研究。
現在、(一社)日本安全保障戦略研究所上席研究員、(一財)平和安全保障研究所理事、(一社)日米台関係研究所客員研究員、日米エアフォース友好協会顧問
著書に「習近平の「三戦」を暴く」(海竜社、2017年)(共著)「日本防衛変革のための75の提案」(月間「世界と日本」、2018年)(共著)、「台湾有事と日本の安全保障」(ワニブックスPLUS新書、2020年)(共著)、「台湾有事どうする日本」(方丈社、2021年)(共著)、「台湾を守る『日米台連携メカニズム』の構築」(国書刊行会、2021年)(共著)などがある。

小野田:プーチンの意図を読み解く上で、まずは彼の歴史観を見ていく必要があると思っています。一番端的に、彼の今回の戦争に対する思いが明らかになっているのは、2月21日に行った国民向けの演説だと見ています。この演説の後に安全保障会議を開き、ドネツク及びルハンスク人民共和国の独立を認めると安全保障会議で採決をしています。

 独立を認めた後に、両国から助けてくれという援助要請があって、その援助要請に従って、いわゆる平和維持軍のような形で、特別軍事作戦としてウクライナに侵攻する作戦が2月24日から始まったという流れだったと思います。

 私がこの演説に注目したのは、プーチンが歴史観から語り始めたからです。なぜソ連が崩壊したのかというところから語り始め、それはレーニンを含むソ連の創設時のメンバーが、連邦を構成する共和国に対して、自立して行動できる非常に大きな権限を綱領の中で認めてしまったことにあると指摘しています。このような規定がなければソ連の崩壊はなかったのではないかというのがプーチンの基本的な考え方だということです。ウクライナやジョージアも、みなソ連を構成する共和国でした。1990年にゴルバチョフが倒れ、1991年に各連邦共和国は一斉に綱領に従って独立したのです。

 しかし、プーチンから見て、「それぞれの連邦共和国には、自立してみずから統治を全うする力はない。全部ロシアが助けてきた」という認識なのです。それなのに、ウクライナやジョージアは、外国勢力の煽動によって、反ロシアの方向に進んでいったという彼の歴史認識が演説に強くにじんでいます。

 ここに、先ほど渡部さんもおっしゃったような違和感があると思っています。

1つ目は、彼のソ連発足時からのそもそもの歴史観が、西側の人間から見ると非常に歪んだ形に見えるということが言えます。

 次いで、連邦共和国は、権利を認められていてもそもそも統治能力がなかったと見ているところに2つ目の違和感があります。

 3つ目には、連邦から独立したそれぞれの国に民族主義が現れて、その民族主義を外国の勢力が後押しして反ロシア的な動きをつくっていったという彼の解釈です。その民族主義を利用した外国勢力というのは、もちろんアメリカであり、NATOであるということです。

 4つ目は、渡部さんもおっしゃいましたが、「ウクライナに居住するロシア人や親ロシアの人々が、民族主義を掲げるウクライナ政府からの迫害に長期間さらされているため、この現実を何とかしなければならない」という解釈で、2月21日の演説の後の2月24日に軍事侵攻に踏み切ったという経緯です。

 この4つの論理の流れで、プーチンはNATOの東方拡大がロシアに与える脅威について強く主張をしているのです。

 ロシア系住民を守るという大義と、NATOによる干渉がロシアの安全保障上の大きな脅威になっており、ロシアとしては既に耐えられない状態にあるという考え。この2つが今回のプーチンの本当の心の中にあることだと思います。

 ただ、実際に起きたことを見てみると、ロシア系住民を助けるという大義に基づいた作戦が東部・南部で行われていることに加え、それと同時に、首都キエフを目指す北部からの侵攻、東部軍管区の軍団による北部からの侵攻も行われました。末次さんがおっしゃるように、戦略目的が曖昧になっている。なおかつ、どうもロシア軍自体も、プーチン大統領の考えている戦争目的なり戦略というものを十分に理解していないように見えます。そのことが、今回の混乱と、ロシア軍のまずい戦い方につながっていると思います。

 また、情報部の誤った見積りというものがさらに状況を悪くしている点も指摘しておきたいと思います。

末次:渡部さんの言う「プーチンの大義なき戦争」。そして、小野田さんの言う「プーチンの歪んだ歴史観による戦争」。これらがどうやら戦争目的を曖昧にする原因となっているのではないか、と総括できそうです。

 また、小野田さんが最後に言われた「誤った見積もり」についてですが、ロシアの情報組織がプーチンに正確な情報を伝えていないのではないかということが指摘されています。花束を持って迎えられるというような見積もりはさすがになかったと思いますが、少なくともこれほど抵抗を受ける、あるいはNATOがこれほど結束してウクライナを支援する可能性があるという情報は伝えられていなかったと思います。

 情勢判断を誤らせるような情報しかプーチンに届かなかった理由について、プーチンが権力に長く居すぎたという点もあると思います。この点について渡部さん、どうお考でしょうか。

渡部:この戦争は、「プーチンの、プーチンによる、プーチンのための戦争」です。末次さんが言われるとおり、このプーチンの戦争の大義が曖昧なため指導者であるプーチンと、ショイグ国防大臣、ゲラシモフ参謀総長以下の軍との関係、これが完全に断絶されていることを指摘したいと思います。

 プーチンの独裁政権が20年以上続いている中、プーチンに物を申すことができない状況になってしまっているのです。今回ロシア・ウクライナ戦争を主導しているのはロシア軍だけではなくFSB(ロシア連邦保安庁)です。FSBの第5局はウクライナ担当です。FSB第5局が意図的に間違った情報をプーチンに与えたというのが、この戦争における大きな齟齬であるということが言えます。

 FSBは極めて能力の高い組織であり、的確な情報分析はできていたと断言できます。ウクライナに対し戦争を仕掛けたらどうなるかの正確な情報分析ができていたと思います。しかしながら、プーチンに情報を出すときに、プーチンが喜ぶレポートしか上げなかった。ここに大きな問題があると思います。

 プーチンはFSBの情報を聞き、ロシアがウクライナに攻撃を仕掛けたならば、2日間で首都キーウは占領できるという妄想を抱いたのです。2日間で首都キーウを占領、ゼレンスキー政権を排除し傀儡政権を樹立、数週間でこのウクライナ全体を影響下に置くことができると考えたのです。FSBを初めとする配下の者たちが、プーチンを喜ばせるために間違った情報を提供し続けた。ここに大きな原因があると思います。

末次:絶対的権力者には聞き心地のいい情報しか集まらないということは、軍だけではなく、民間企業でも同じようなことが言えるのかなと思います。興味いですね。

 次に戦術上の教訓に移りたいと思います。今回渡部さんが指摘されたように、情勢分析の誤りもありますが、我々の常識からするとちょっと外れた戦術がとられているという印象を受けます。

 そのうちの1つは、空爆です。空爆が非常に少なかった。わずか1日か、2日間しかしていません。1991年の湾岸戦争では、米軍は1カ月以上も空爆を実施しています。なぜ短期間の空爆しか行わなかったのか。もちろん情勢分析あるいは情報が正しく伝わっていなかったのかもしれませんが、小野田さんは、どのように解釈されているでしょうか。

小野田:この点は、戦争が始まってからいろいろな方にご質問をいただきました。米空軍軍人の中には、最大の失敗はそれだという人もいます。一方で、果たして「失敗」なのか、という点には疑問があります。

ロシアの空軍のドクトリンに、そもそも対空制圧(SEAD:Suppression of Enemy Air Defense)と我々が呼ぶ考え方はほとんどないのです。ロシアがこれまで戦ってきた航空戦の中で、SEAD作戦を行った形跡がほとんどありません。米空軍の軍人からロシア空軍はそういう訓練もしていないと聞いています。もともとロシア空軍は陸軍の付属品の位置づけです。このため空軍の中心的な任務はClose Air Support(CAS:近接航空支援)ということです。

 ロシアは、アメリカと同じように、戦略爆撃機部隊を、軍管区の下でなく参謀本部の直轄で運用しています。戦略爆撃機部隊の果たすべき任務とは、1つは、核の二撃能力――いわゆる反撃能力ですが、もう一つは戦略爆撃の能力です。ロシアあるいはベラルーシの領空内からTu-95、Tu-160、Tu-22Mといったような大型の爆撃機が、1000km、2000kmという長射程の巡航ミサイルでウクライナ各地を攻撃しています。Offensive Counter Air、いわゆる戦略目標や後方支援を遮断する戦術攻撃が、散発的に行われているのが現在のロシアの空軍の運用です。

アメリカ軍やNATO軍のような空軍の運用を、ロシア空軍は考えていないし、行っていない。これはやっぱりロシアが大陸国だということに起因すると思います。海洋国は空軍戦力をアメリカのような考え方で使いますが、大陸国は、やはり陸軍中心の考え方になりがちです。中国もそうですが、「陸軍の作戦をいかに助けるか」が空軍の任務になっている。全体の作戦としては海洋国から見れば失敗に見えますが、突き詰めていくと、そもそもそういう訓練や作戦の立て方をしていないのです。

末次:空爆だけでなく、ロシア陸軍の戦いについても違和感を覚える専門家が少なくなかったようです。戦車が道路に一直線に並んでいる姿を見て、これはおかしいのではないかという指摘もありました。ロシアの陸の戦いについて、渡部さん、専門の見方としてどう考えていますか。

渡部:プーチンそしてロシア軍は、自軍を過大評価しウクライナ軍を過小評価しています。2014年のクリミア併合のサクセスストーリーに基づいて物事を判断している。これが、全てこの戦争指導の根底にあります。

 例えば航空戦にしても、小野田さんが言われたことに加えて、結局1日しか航空攻撃をしていません。明らかに過小評価していたと言えます。米軍であれば、1週間ぐらい徹底的に事前の砲爆撃をやって、しかる後に地上軍が展開していくでしょう。これが普通だと思います。1日しか空爆をやらなかったがために、ウクライナの戦闘機やS-300を初めとする地対空の火器が残ってしまった。そういう状況下で陸軍が地上戦闘を始めたのが、大きな失敗の原因だと思います。

 また、地上軍自身がこの戦争の準備が全くできていない。これは、戦争目的が明確ではないという事に由来します。結局、プーチン1人が始めた戦争に軍が付いていけない状況だったのです。例えば、地上部隊の兵士たちは、大演習の訓練の後、まさか自分たちが戦争投入されるとは全く考えていませんでした。

 準備不十分で地上軍の戦闘が始まったのです。地上軍の北からの攻撃は軍事的に言えば明らかに主攻撃です。この目的は、首都キーウを奪取することです。ベラルーシから、首都キーウを2日で奪取するという無謀な作戦でした。

 現代戦においては、攻撃する側は防御する側の5倍の戦闘力が必要だと言われます。今回ロシアが投入したのは19万人です。一方ウクライナ軍は、軍・準軍人の部隊と地域防衛の部隊などを加えて19万人以上です。ほぼ同数の戦力の部隊に対して攻撃する。その攻撃自体が完全に戦力不足だったと言えます。

 首都キーウの攻撃はどのような作戦であったかというと、ウクライナ軍にとっては、飛んで火に入る夏の虫状態だったわけです。ウクライナ軍は、2014年のクリミア半島の併合の際に徹底的に敗北を喫しました。それから8年間、ウクライナ軍は臥薪嘗胆で軍の再編成行い、米軍などとの訓練や米軍からの兵器供与を受けています。ウクライナ軍の戦力は相当程度増強され、戦術技量も向上していたのです。

 そして、ウクライナ軍は現代戦において必須のCombined Arms Operations(諸兵科連合作戦)を忠実に行っています。陸軍で言えば、歩兵、砲兵、戦車兵、通信兵更には兵站部隊が全て一緒になった戦いを実施しなければならないのですが、ロシア軍はこれが全くできていない。北から戦車を中心とする機甲戦力が一列縦隊になって突進してきたのです。待ち受けていたウクライナ軍は対戦車火器、ジャベリンで先頭の戦車をとめてしまう。または、ウクライナ軍の戦車もそれに加えて砲撃を加える。そして、上空からはバイラクタルという攻撃用の無人ドローンで攻撃する。先頭がとまったら大渋滞が起こりますが、その大渋滞が起こったところに横から襲撃をどんどん加えていくという戦術をしました。この戦術で、全く準備ができていないロシア軍を奇襲して、大打撃を与えたというのが、この地上軍の状況でした。

 ウクライナ軍は現代戦のCombined Arms Operationsをうまくやった。一方でロシア軍は全くずさんな一列縦隊、ただ突進するだけの単純な作戦を準備不十分なまま行い大敗北を喫し、撤収せざるを得なかった。簡単に言えばこれが地上戦の実態だと思います。

末次:渡部さんが指摘された、ウクライナ軍が十分な準備をしていたという点は、サイバー戦や電磁戦においても同じことが言えると思います。

 2014年は、ロシア軍のハイブリッド戦が功を奏しました。アメリカの軍人が「我々は、電磁戦に関してロシアに比べたら10年遅れていた」と嘆いたと言われています。それからわずか8年、恐らくロシアは同じようなハイブリット戦をやろうとしたのかもしれませんが全く効果を得ていない。やはりサイバー戦の特徴に起因すると思います。事前に対応策を取られる効果が出ない、または、本番にならなければ効果の程度は判別できないというサイバー戦の特徴が顕著に表れたのではないかと思います。

 またウクライナが2014年以降、サイバー戦あるいは電磁戦の最前線として色々なノウハウを蓄積してきたということもあります。これはウクライナの努力もありますが、他国からの協力も大きかったのではないでしょうか。アメリカのサイバー軍司令官であるナカソネ大将は、ウクライナ軍に人員を派遣し、肩を並べて、サイバー戦を遂行する「ハント・フォワード」という作戦を行ったと米議会で証言しています。

 小野田さんは、ロシア軍の今回のサイバー戦や電磁戦についてどうご覧になっていますか。

小野田:世間からはロシア軍がサイバーも電磁戦も失敗しているかのように捉えられていますが、ロシアはかなり周到にサイバー攻撃を仕掛けています。しかしながら、渡部さんも末次さんも指摘しているとおり、守る側の対策がかなり功を奏したということが言えると思います。

 有名な話では、今年の1月に、ロシアはウクライナのパワープラントにマルウェアを埋め込むことに成功しました。ところが、そのマルウェアを発見するきっかけになったのが、リトアニアの専門家がこんなマルウェアが出回っていると世界にシェアしたことでした。ウクライナの担当者が調べたところ、パワープラントの中に当該マルウェアが仕込まれていて、そのマルウェアがあと1日で起動する直前だったのです。起動直前のマルウェアを無効化して、パワープラントへの攻撃を防いだことがウクライナによるサイバー戦の「サクセスストーリー」として明らかにされています。

 通常大量のデータを送りつけてサーバーをダウンさせるDDoS攻撃のように、政府や軍のシステムに過剰な負担をかけて機能しなくするという攻撃は一般的に行われています。それ以外に、ロシアは時間をかけて相手のいくつかの重要なシステムにマルウェアを仕込み、相手のシステムを無能化する作戦を今回もとっています。一部のシステムは、それによって実際に被害を受けています。

 ここで重要なことは、現在のサイバー戦は攻撃されることを前提として、どのように機能を確保するかという対策が取られているということです。これはゼロトラストアーキテクチャといいますが、そのゼロトラストというものの考え方が、まさにアメリカやヨーロッパからの援助で、十分かどうかわかりませんが、ウクライナの中で強化されていたことは間違いありません。

 また、電磁波については、キーウ正面で戦ったウクライナ軍准将の興味深い証言があります。2月24日のロシア侵攻当初は、ウクライナ軍の防衛部門は電子戦でかなりの被害を受けました。指揮統制が乱れて、一部では人を派遣することにより指揮命令を伝えたそうです。どのように克服したかというと、代替手段を用意しておいたということが1つ。それから、相手の電子戦装備、普通は装輪装甲車の上に乗っていますが、これを一つずつ探して破壊していくということで対処していったそうです。電子戦に関しても、ウクライナは色々準備をしており、それが効果的であったと言えます。

 ロシア側が自分たちの電子戦器材で自らも被害を受けてしまったということも伝わっています。専門部隊が電子戦を行い、その影響を他のロシア部隊が被り、通信できなくなった。このために、電子戦を中止しろという命令が下ったというような笑い話のようなものです。

 また、ウクライナの携帯電話を秘匿なしに使って、自分たちの位置を曝露してしまったというような話も伝わっています。このような非常に不適切な指揮統制手段が作戦の失敗に直結したと見られています。

末次:小野田さんからご指摘があったように、サイバー及び電磁波分野におけるロシアの攻撃に、ウクライナが十分準備していたことは言えると思います。アメリカは政府が支援するだけではなく、SpaceXやマイクロソフトなどの民間企業の支援も大きな力となったと聞いております。さらに、従来のサイバー戦に加えて、ウクライナ戦争ではいわゆるSNSの活用というのも非常に目立ちました。これは新たな情報戦の形態だと思っています。渡部さん、どのように考えておられるでしょうか。

渡部:私は、ハイブリッド戦という言葉は使っていません。なぜハイブリッド戦という言葉を使わないかというと、定義が不明確だからです。それで、私はオールドメイン戦と言っています。全てのドメインを使った戦い、これが現代戦であると。陸、海、空のドメインに加えて最近では、防衛省や自衛隊も、宇宙やサイバー、電磁波領域のドメインを重視しつつあります。

 しかしながら、それだけでは不十分です。ヒューマンドメインと言われている、人間の認知領域あるいは心理に関係するドメイン、これも非常に重要です。そして、今、話題になっている情報のドメイン。これは、昔の新聞やテレビだけのオールドメディアだけではなく、ソーシャルメディアのドメインもサイバードメインと密接に関係があります。このサイバードメインを使った情報戦が注目を集めています。これが、末次さんが質問されたSNSを使う戦いに直結します。さらに、エネルギーのドメインや政治のドメイン、外交のドメイン、歴史のドメイン、イデオロギーのドメインなどの全てのドメインがウクライナ戦争には関係していると言えます。

 今回の戦争で注目すべきは宇宙における戦争です。宇宙空間において、人工衛星を攻撃し破壊する、あるいは人工衛星の機能を妨害するという戦いが実際に行われています。この宇宙での戦いというのが非常に重要な要素となっています。特に、アメリカの人工衛星を使った情報や民間の人工衛星を使った情報。これがウクライナ軍の作戦に大いに貢献しています。それを端的に示したのが、ご指摘のあったイーロン・マスクのSpaceXのStarlinkの提供でした。

 小野田さんが指摘されたようにロシア軍のサイバー攻撃や電磁波戦によってウクライナ軍のインターネットが被害を受けました。軍あるいは警察などのネットワークが使えないときもありました。そのため、ヒョードロ副首相兼デジタル担当大臣がイーロン・マスクに直接電話をして、SpaceXのStarlinkを使わせてくれと申し入れています。イーロン・マスク氏はこれを受け入れました。このStarlinkをウクライナが使えるようになってから、ウクライナ軍が作戦を実施することができるようになりましたし、ウクライナのさまざまな機関が、Starlinkを利用したインターネット網を使って業務をすることができるようになったことが非常に大きかったと言えます。

 台湾の有事を考えた場合にもこの視点は重要です。私は台湾は強靭な衛星網を保有していないと認識しています。そして台湾軍の一番欠けている部分は、宇宙戦だと認識をしています。宇宙戦とサイバー戦と電磁波戦というのは、密接不可分な関係があり、互いに重なり合っています。

 その電磁波戦ですが、ロシア軍の将軍10人以上が狙撃されたのは、ロシア軍が秘匿無線通信を使用できず、個人の携帯電話を使用せざるを得なくなった結果、自己の位置を暴露してしまったためと言われております。

 2014年のクリミア併合のときにロシア軍が使った電磁波戦、例えば携帯電話の乗っ取りや電子戦装置によるウクライナ軍への電磁波攻撃、GPS・衛星通信の妨害や改ざん――なりすまし(スプーフィング)という技術がありますが、そのスプーフィングによって通信内容を改ざんする。そのような戦いが今回行われたと言われています。

 2014年は、このような攻撃をロシア軍にやられましたが、今回はウクライナと米軍などのNATO軍の連合軍がやり返したかたちです。

 情報戦についてですが、末次さんが言われたとおり、今回の戦争ではツイッターやYouTube、フェイスブック、TikTok、テレグラムなどのSNSが徹底的に活用されています。特徴的なのは、ウクライナの市民が撮ったTikTokの短時間の動画配信により、今この瞬間、ここにロシア軍の戦車が来ていることがわかる。それをウクライナ軍が集めて、実際にその情報をもとに軍を動かし、ロシア軍の戦車を撃破したというようなことも言われております。

 そして、今回の情報戦全般を見るときに、スマートフォンを使えなかったプーチン大統領と、スマートフォンを徹底的に使ったゼレンスキー大統領。この国家の指導者の違いによって、情報戦の勝敗が決まったと見ています。ゼレンスキー大統領はみずからスマートフォンで「自撮り」をして、リアルタイムで情報戦を実施する。ウクライナの立場というのを明確に世界に訴える。それが、全世界の共感を得る情報戦の勝利になったということです。

 かたやロシア軍やプーチンは偽情報に基づく情報戦を展開しました。それも、新聞や国内のテレビなどのオールドメディアを使った国内向けのうそのナラティブにまみれた情報戦をしたのです。これが完全に失敗している。全世界にいかにロシアがうそにまみれた情報を流そうとしても、それを世界は信じない。そういうことになってしまったのです。

 そして、この情報戦の中で、アメリカの情報戦は成功しています。プーチンが偽情報を流すのに対して、努めていち早く事実に基づく情報で打ち消すという作戦でした。いわゆるDeterrence by Disclosure(開示による抑止)です。今までは、決して外には出さなかった極秘情報や機密情報まで事実に基づいて情報を開示してしまうことによって、ロシアの開示する情報が虚偽であると明らかにしていきました。この戦いの特筆すべきものであろうと思います。

小野田:ウクライナ軍は、全国民に、敵の情報を、SNSを通じて通報してくれと公然と言っています。ウクライナ国民は積極的にSNSを使って、どこにこういう部隊がいるということを軍に通報する。これを、ジュネーブ条約の観点から見る必要があると思います。民間人は守られなければならないというのがジュネーブ条約の基本ですが、SNSによって軍に情報を流している民間人をロシア兵が狙撃したとしたら、それは戦争犯罪になるのかという点は非常に微妙な問題になります。

 台湾に有事が訪れるとすると、台湾軍は確実に市民とともに戦う体制にならざるを得ない。そうしたときに、市民のどこまでが民間人として守られるべき存在なのかというのは非常に難しい問題として浮かび上がってくる。これは、今までの戦争にはなかったことです。そこに我々はよく注意しておく必要があると思います。

渡部:その点に関しては、解決策は簡単です。ウクライナがやっているように、そういう情報を提供する国民に対して、軍の組織の一員としての地位を与えてしまう。それで、ジュネーブ条約を回避するということが解決策としてあります。台湾有事の際も重要な視点だと思います。台湾の国民一人一人をいかにして軍の組織の中に入れていくか。祖国防衛戦ですから、祖国防衛のためには全国民でもって一緒に戦う体制をつくっていく、ジュネーブ条約にも違反しない格好で。それは大切な点だと思います。

小野田:それは、全国民戦闘員化ということでしょう。

渡部:そうです。

小野田:それが日本で通じるかという話ですよ。

渡部:今、議論しているのは台湾とウクライナの話ですから。

小野田:日本へのインプリケーションも考える必要があります。

渡部:それはあります。

末次:この辺については、非常に難しい問題だなと認識しています。民間人は保護されるべきというのは、小野田さんが言われるとおりですし、渡部さんが言われるようにみんなで戦うべきだという指摘もうなずけます。台湾有事について議論を深めていく中で、民間人の脱出も含めて、民間人保護はどうあるべきかといった問題についても考えていきたいと思います。

 次いで、軍隊としてのガバナンスの問題を考えてみたいと思います。プーチンがどこまで軍人を信じて指揮をしたのか、あるいは軍の人間がどこまで上を信頼しているのかという点についてロシア軍は大きな問題を抱えているように思います。これは、いわゆる共産党軍としての出自を持つロシア軍としての特徴なのか、ある程度、中国軍にも同じようなことが言えるのかについて、ご意見を伺いたいです。小野田さん、いかがでしょうか。

小野田:西側の軍隊とロシア軍の一番大きな違いは、指揮統制のやり方です。ロシア軍では決定権は上層部にしかない。例えばBTGという大隊戦術軍がロシアの戦術単位となっていますが、そのBTG指揮官その場、その場で戦術的な判断をして、自分のBTGにフレキシブルな指示を与えられていたのかどうかというと、そうではありません。BTGの上の、例えば旅団や師団クラスの部隊長が全般的な指揮をとっていて、そこでないと決心や判断ができないという仕組みがロシア軍の一番の問題点であり、それが露呈したのが今回の作戦だと思います。

 西側は、逆に兵士一人一人が物を考えて、機動的に、フレキシブルに動けるという訓練を日ごろからしています。その戦術を学んだウクライナ軍が、小部隊でもみずから自分たちで判断して最適な行動をとれたことが大きな差になっていると思います。ジャベリンやスティンガーなどの携帯式ミサイルシステムが効果的使用できたのはその点にあったと思います。指揮統制の問題というのは軍隊組織の形の基本ですので、そこが非常に大きなポイントだと思います。

末次:これからこの座談会は回を重ね、ウクライナ戦争からの教訓を踏まえて台湾有事についてどう考えていくのかを議論していきます。今回は最後に、邱伯浩さんにお話を伺いたいと思います。現在のウクライナ戦争が台湾から見てどのように見えるのか、何を教訓としているのか教えてください。


邱伯浩(キュウ ボオハオ)
中央警察大学警政研究所(大学院) 中国政治修士課程、国防大学政治研究所(大学院)中国政治博士課程,、政治学博士。1989年~1997年、(台湾)憲兵部隊教官、連長。1998年~2005年、国防部後勤次長室(軍備局)参謀。2005年~2006年、国防大学教官。2006年~2009年、国防大学戦略研究所専任助教授(退官時の階級は「上校」)。2013年~2019年、DRC国際研究委員。2019年7月~、日本安全保障戦略研究所研究員。専門は国際政治学、特に軍事戦略、中国軍事政治、中国人民武裝警察、日台関係、中台関係安全保障論を研究。

邱:今度のウクライナ戦争から得られる教訓は2点だと思います。

 1つ目は、ロシアがウクライナ侵攻を決断するまでの国際的な動きです。国際社会がロシアの軍事力展開状況やプーチン大統領の発言を聞いて、ロシアのウクライナ侵攻の危険性をどう評価していたのか。アメリカを中心とするNATOがロシアのウクライナ侵攻にもう少し強い立場をとっていれば、ロシアはウクライナへの軍事侵攻をあきらめたのではないかと思います。中国の台湾への軍事侵攻についても、アメリカや日本、NATOが強い警告を示せば抑えられるかもしれない。そのような国際情勢を作っていかなければならないと思っています。

 2つ目は、ウクライナ国民の強い抵抗です。台湾が中国から軍事侵攻を受けた場合、どの程度団結して抵抗することができるかという問題があります。私自身は台湾人という意識がありますし、台湾は独立した国家だと思っています。しかしながら、いわゆる認知戦の観点から言えば、中国の文化が大量に台湾に流れ込んでおり、台湾は中国の一部だと考える人もいます。中国が台湾に軍事侵攻した場合、抵抗意思がそれほど強くない人がいる。その場合、国際社会が果たして台湾に支援の手を伸ばしてくれるのかが大きな課題です。

 以上2点がウクライナ戦争から台湾が学んだことです。

末次:台湾有事にあたっては国際的な支援の枠組みが必要だという意見がある一方で、台湾自身の国防意識も重要です。台湾に対する中国による認知戦が、とても大きな役割を果たしてくるということですね。

(次回に続く)

写真:AP/アフロ

実業之日本フォーラム編集部

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