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2022.03.09 特別寄稿

中国に技術を盗まれるうちが花…「守りに入る日本企業」が、世界に置いていかれる前に「今すぐ着手すべきコト」
船橋洋一緊急寄稿 地経学時代の経済安全保障論(4-4)

船橋洋一

露わになった「日本の外的環境への脆弱さ」

国家安全保障、経済安全保障、国民安全保障に共通する課題は、有事に備える上での制度上、法制上の不具合の克服である。経済安全保障に絞ってみても、死活的に重要な産業、企業、製品、部品、素材、インフラ、ネットワーク、データなどを守るための法整備がきわめて不十分である。

例えば、電気通信事業法では、外国企業が自由に日本市場に参入できる。中国企業、ロシア企業、北朝鮮企業は自由に日本で通信業務を開始し、営業することができる。現に、チャイナ・テレコムは、日本で通信事業を開始している。電気事業法にも、外国企業の日本市場参入を阻止する条項はない。日本の事業関連法のほとんどに、外国企業の日本市場参入を規制する条項はない。従って、政府が安全保障の観点から行う民間経済活動の規制は外為法に限られている。

外国人の土地購入に対する規制もない。自衛隊基地、米軍基地、重要インフラ施設周辺を、国家安全保障上、リスクのある外国の政府や機関が取得し、偵察、監視、通信傍受などの情報収集の拠点として利用しても、規制できないし、事実さえ、把握できていないのが現状である。米国のCFIUS(対米外国投資委員会)は、外国人の土地購入を規制する権限を与えられているが、日本の外為法には、土地に対する対内直接投資を規制する条項がない*¹。

経済安全保障上の構造的な赤字が悪化しつつあることに加えて、これまで黒字として貢献してきた要因が急速に赤字化しつつあることも日本の経済安全保障をさらに脆弱にしている。これは先に述べた日本の国家安全保障上の黒字から赤字への転換とも関連している。

これまでの最大の黒字要因は、米国主導で戦後作り上げてきた「自由で開かれた国際秩序」である。往々にして、一国が台頭する時、その発展は勤勉な国民や賢明な指導者といった国内要因によるものであると人々は考えるものである。しかし、ある国の発展にとって最も重要なことは、その国が置かれている外的環境とその国が組み込まれている国際秩序のありようである。

過去70年間、日本は米国主導の自由で開かれた国際秩序から最も利益を得てきた国の一つであった。日本の戦後の繁栄は、「ユーザー・フレンドリー」な米国主導の国際秩序とルール・規範・標準、そして、この秩序を支えた日米同盟の存在によって可能になった*²。

この間、1970年代初頭、この日本の最大の黒字要因が大きく揺らいだことがある。1971年夏のニクソン・ショック――米国の対中接近とドルと金の交換性の停止――である。その直後、国際政治学者のズビグネフ・ブレジンスキーコロンビア大学教授は『ひよわな花日本――日本大国論批判』(1972年)を著し、次のように記した。

「日本に滞在するうち、日本の成功は・・・本質的に自らがつくりだせず、コントロールが及ばない外部的な状況に依存していることを強く感じざるを得なかった。私の報告書の題名が示唆するように、私は日本の突然の開花は何かとてもひ弱であるということに気がつかされた」

「日本のコントロールの及ばない外部的状況」への「依存」の脆弱性が再び、露わになりつつある。なかでも、「自由で開かれた国際秩序」の要である自由貿易体制の揺らぎである。米国が自由貿易の内政的支持基盤を失ってしまった。その傾向はオバマ政権から始まり、トランプ時代に加速し、バイデン政権になっても、変わらない。

オバマ政権はみずから主導したTPPを議会で承認させることに失敗した。バイデン政権は、「中産階級のための外交政策」の旗印の下、一段と保護主義に傾斜している。トランプ政権時代、離脱したTPP(CPTPP)にバイデン政権が復帰する可能性はほぼない。民主党左派やホワイトハウスの内政担当部局は、自由貿易や多角的交渉に強い拒否感を抱いている。

そこで、バイデン政権は、貿易交渉ではなく「経済的枠組み」という用語を用いてアジアとの新たな関与プロセスを構築しようと試みようとしている。アジア外交を担う米政府要人は、「我々は貿易という言葉ではなくサプライ・チェーンと呼ぶことにしている。貿易取引はサプライチェーン・レジリエンスと言い表す。クリーンエネルギー技術やインフラ投資などのサプライチェーン・レジリエンスが今後の有望分野となるだろう」と期待を表明する*³。

ただ、インド太平洋戦略を推進するカート・キャンベル大統領副補佐官(インド太平洋政策調整官)らは、内政的制約で貿易政策、さらにはアジア政策が十分に展開できないことに強い苛立ちを抱いているようだ。昨年11月、シンクタンクでのイベントに招かれたキャンベルはモダレーターが「手を一本、二本と後ろ手で縛られていて大変ですね」と述べたのに対して「手だけじゃない。足まで後ろに縛られているのかも」と冗談めかしつつ歎いて見せた*⁴。

 

日本は「自立し、自助努力をする同盟国」となれるのか

私が主催するシンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)では、日本の経済安全保障にとって重要かつ敏感な企業100社に対して、アンケートを実施した。アンケートは、2021年11月中旬から12月中旬にかけて電子メールで送付、回収し、合わせて28社の企業の経営トップとの聞き取り行った。

アンケートでは、この国際秩序とルールの揺らぎに対して、日本が建設的な役割を果たすことへの期待の声が相次いだ。「安定した製品供給ができるよう、適切な国内生産支援とともに、他国との政策協調による、自由で開かれた通商体制を維持してほしい」、「自由で開かれた経済は日本の国力の大前提であり・・・(その)促進のための政策立案と実施を大きく期待」、「国内を頼り過ぎないでも経済安全保障を確立する国際連携」などだ。

おそらく、この点こそ、日本が最大限、役割を発揮できる分野であるだろう。日本は、米国がTPPを離脱した後、CPTPP交渉をまとめ上げる上で大きな役割を果たした。現在、英国、中国、台湾、エクアドルが加盟を申請し、韓国も加盟申請の準備態勢に入っている。

中国加盟は当分、難しいかもしれないが、「経済的威圧」の抑制や「国家安全」の乱用禁止など経済安全保障上の抑止効果をねらうとともにデジタルや環境などの分野でのルール形成に資する形で中国との政策対話を行い、一定の条件が整えば中国との交渉を開始することも選択肢として考えておくべきだろう。その際、ガット原則にある「安全保障例外」の抜け穴を使い、「国家安全」を盾に「経済的威圧」を発動する余地を中国に与えないためのルールを形成することが経済安全保障上、必要となる。

「政府への期待」の中には、「カーボンニュートラルに関する国際的な秩序作りを行わないと、日本企業の国際競争力と国内産業基盤の喪失につながる可能性が高い。安全保障上重要な産業基盤を国内に維持するため、公平な国際ルール作りを他国に働きかけるとともに、補助金を含めた国の積極的な産業支援策」を求めるとの訴えもあった。国際秩序とルール形成こそが、企業の国際競争力と国内産業基盤の強化につながる、と見るのである。補助金を含めた国の産業支援策も、この秩序とルールを再構築する営みの中で同時に整合的に行わなければならない。

戦後の国際秩序のもう一つの基盤である米国主導の同盟も、トランプ政権の間、「同盟タダ乗り」批判や同盟国に対する関税制裁などで激しくきしんだ。

米国とは同盟関係にあり、東シナ海をはじめ海洋地政学的攻勢を強める中国に対する抑止力を維持する上からも米国との関係強化を図らなければならない。日米同盟の抑止力をいかに維持するか、日本がどのようにより自立的な防衛を強化できるか、が問われている。より自立し、自助努力をする同盟国がより信頼できる同盟国となる。日米同盟は、相互運用性(interoperability)だけでなく相互依存性(interdependence)を必要とする局面へと移っていくだろう。その過程で経済安全保障面での協力が不可欠となるだろうし、日本のその面での役割も大きくなるだろう。

 

思い出される「日米半導体協定の教訓」

しかし、経済安全保障面での協力は同盟国と言えどもそう簡単ではないことを同時に認識しておくべきである。

半導体をめぐる同盟国間協力もその一つである。米政府はサムスン電子、SKハイニックス、TSMCなどのグローバル半導体企業に対し、表向きは「半導体不足問題を打開するため」との理由で、製品別に敏感な営業機密を提出することを要求したが、それがグローバル・サプライ・チェーンの中国“汚染(contamination)”調査を企図したと受け取られ、抵抗に逢っている。

商務省の要求する提出項目には製品別に3つの顧客名簿と顧客別売上比率、主要チップの技術段階まで含まれていた。また、自発的提出としながらも、非協力的な企業には強制的に収集する手段があると匂わしたとの反発を買った。左派系のハンギョレ新聞は、「米国は現在、半導体設計企業であるインテルに莫大な補助金まで与え、米国内に製造施設を拡充するよう誘導している。こうした状況で、サムスン電子の機密情報がインテルのようなところへ渡らないと誰が保証できるか」と批判し、米国に今回の要求の取り消しを求めている*⁵。

同じような要請は日本の半導体・部品製造メーカーにも行われたが、トップ聞き取りで、経営者の一人は、「日本政府のしかるべきところに対応で助言を求めたが、明確な返答はなかった。そちらの判断でやってほしい、とのニュアンスだった」と打ち明ける。

別の経営者は、1980年代から90年代にかけての日米貿易摩擦、なかでも日米半導体協定の事例に言及した。「あの数量協定によって日本は半導体の価格設定権を喪失させられ、それがその後の日本の半導体の凋落につながった。同盟国といっても企業はライバルでもある」。さらにもう一人の経営者は「2年前、ある米企業を買収しようとしたら、CFIUSで止められた。審査に時間を取られている間に、米国のPE(プライベート・エクイティ)ファンドに買われてしまった。米国が経済安全保障を強めれば強めるほど、日本もその反動で標的となる可能性もある。80年代のあの教訓を学び直す必要がある」と語った。

米国をはじめ同盟国・同志国との協調のもう一つの難しさは、それらの国々が対中経済安全保障政策を志向しながらビジネスの実態では中国への依存度をなお強めていることである。そして、この点は日本も変わらない。

今回、アンケートを実施したフロンテオは、AIを用いたリーガル・テック企業だが、物と技術のグローバル・サプライ・チェーンにおける「チョークポイント」と「制裁企業とのつながりの可視化」の解析、および持ち株比率による「影の実効支配者」分析を行っている。

同社の調査によると、新疆ウイグル自治区のYoungor Textile Holdingsからのサプライチェーン(下流/カスタマー)における米国企業へのパス(物品の流通経路)にはCalvin Klein、Ralph Lauren、NAUTICAをはじめ24社がつながっていた。米政府はユニクロが同社の”新疆綿“を使っているとして同社の製品の輸入差し止め措置を行ったが、はるかに多くの米企業が同社の”新疆綿“を使用しているのが実態である。

また、日本とファイブ・アイズ5カ国の企業に対する中国政府の持ち株比率に基づく実効支配力の増大調査(2016年から2021年の間の増加分)では、米国:151社→525社(3.5倍)、英国:120社→366社(3.1倍)、カナダ:36社→152社(4.2倍)、オーストラリア:263社→452社(1.7倍)、ニュージーランド:19社→91社(4.8倍)とそれぞれ増加していることが判明した。トランプ政権とほぼ重なるこの時期、ファイブ・アイズの国々の企業は中国政府への資本依存度を高めてきたのである。因みに日本はこの間、29社→60社(2.1倍)である*⁶。

中国に対抗するための米国の地経学的攻勢に、日本の企業は「巻き込まれ」のリスクを感じている。日米の政府間の経済安全保障政策対話を一刻も早く始動させ、地経学的リスクの評価と管理に関する政策調整に踏み出すべきである。

 

「モノづくり」は時代遅れではない

しかし、政府は経済安全保障政策の目標も対象もアプローチもなお明確に示していない。岸田政権が設置した経済安全保障担当大臣に「何を一番期待しますか」の問いに、企業(83社回答)は次のように回答している。「経済安全保障政策についての方向性を明確に発信してほしい」、「日本政府の方針の明確化(人権対応方針を含む)」、「安全保障と経済活動の両立の観点から、機微技術・情報の範囲の明確化」、「経済安全保障と安全保障、産業競争力強化の鼎立に向けた戦略の具体化」などだ。

トップ聞き取りでも、何人もがこの点を指摘した。そのうちの一人はこう言った。「政府が方針を出しくれないと、中国政府は、「個社の判断」で輸出規制をしているとみなす恐れがある。そうなると長期間にわたるリスクを背負いこむことになりかねない。アメリカの企業はアメリカの法律で線引きはっきりしている。日本ははっきりしていない」

米中双方に対する外交政策、貿易政策と環境政策、対外経済政策とアジア太平洋政策と産業政策・科学技術政策をどのように関連付け、整合的に打ち出すのか。すなわち、経済の発展と安定、国家安全保障と国民安全保障、バランス・オブ・パワーと国際秩序・ルールの維持・構築、をいかにして統合的に経済安全保障戦略として打ち出せるか、が問われている。

その際、日本の強み、つまりは経済安全保障上の黒字をどのように見据えるかが重要である。アンケートでは35・1%の企業が日本の強みとして「モノづくりの競争力優位の保持」を挙げた。経済大国の中でGDPに占める製造業比率が高いのは、中国(28%)、日本(21%)、ドイツ(20%)の三か国である。日本は依然として世界三大製造業立国に位置している。

デジタル・プラットフォーム全盛の時代、モノづくりは一見、時代遅れのように見えるが、決してそうではない。

『地経学とは何か』でも述べたところだが、第四次産業革命の新技術は社会実装の段階に入ると、先端部素材をはじめ精緻なものづくりを必要とし、データとの融合を必然とする。

韓国のサムスンバイオは米モデルナと新型コロナ向けmRNAワクチンの受託製造契約を締結し、昨年10月に韓国でワクチンの出荷を開始した。米国が開発し、韓国が製造するmRNAワクチンはいずれアジアのブースター接種需要を支えるかもしれない。製薬産業も、インテルのようなデザインハウスとTSMCみたいなファウンドリーへとビジネス分化が起こりつつあるのだ。

半導体で起こったことが合成バイオや量子コンピューティングでも起こる可能性がある。そうした時代に、日本の半導体産業が犯した“日の丸自前主義”の失敗を繰り返してはならない。国境のないオープンイノベーション型の研究開発にもっと果敢に取り組む必要がある。mRNAワクチンは、まさにオープンイノベーションの勝利を物語っている。繰り返しになるが、国家安全保障政策と異なり、経済安全保障政策においては企業が重要なプレーヤーである。日本の経済安全保障政策に最も不足しているのは、その点の認識ではないか。

  

日本企業は「安全保障のリテラシーが低い」?

私はかつて著した『経済安全保障論――地球経済時代のパワー・エコノミックス』(東洋経済新報社、1978年)で経済安全保障政策の要諦は、官民連携であるとして以下のように述べた。「官民の連携は国家の経済パワーをとらえる際、最も重要な要素である。私企業は利益を求め、利潤を極大化するように行動する。この行動様式はいまの富の極大化を指向するのが常態であるが故に、国家の政治の要請から来る政策目標と矛盾することもありうる。私企業の無方向のダイナミズムを統括し、方向づけ、それを国家の経済パワー行使に役立てる能力が経済連けいの基幹である」*⁷

政府は、明確な政策目標と政策手段を提示する。それによって企業の事業展開や投資判断にできるだけ「予見可能性」を与える。それが政府の責任である。政府は政策遂行において恣意的な運用をしてはならない。政府の諸官庁の間の縄張り(権限争い)とタコツボ(局所最適解と専門バカ)を克服し、明確な優先順位を示すことが最低限、その恣意性を封じ込め、予見可能性を高めることに資する。ここは政治指導力が一番、求められるところである。

経済安全保障政策は規制の強化であり、政府の市場介入である。それは自由経済を制約することであり、企業活動のコストを上げることにもなる。下手すれば、企業と経済を痛めつけ、国富と国力を傷つけることになりかねない。政府、なかでも外務省、防衛省などの伝統的安全保障を担当する部局はこの点を明確に認識すべきである。一方で、企業の方も、政府の経済安全保障強化を自由と私権の侵害の観点からのみとらえるべきではなく、また、単なるコスト増加要因ととらえるべきでもない。

海外の専門家の間からは、日本の企業の地経学と安全保障とに関する「リテラシーの弱さ(semi-illiteracy)」が効果的な経済安全保障を進める上で障壁となるのではないか、との疑問が聞かれる。「政府と企業の連携の弱さが中国に対する日本の戦略的劣位をもたらしている」と見るのである*⁸。

経済安全保障は、政府と企業の機微情報の共有を要する。場合によっては同盟国との共有をも必要とする。その際、民間人がそうした情報へのアクセスを許されるセキュリティ・クリアラス(適格性評価)の制度が求められる。

この点に関しては、「経済安全保障法制に関する有識者会議」の場において産業界側からは「『国家公務員に求められるものと同等の守秘義務』に関しては馴染みがなく・・・曖昧かつ広範に守秘義務を完全に順守することになると、事実上社内での仕事が不可能になり、特にエース級のエンジニアを参加させることに対して慎重になる」といった慎重論が表明された。公明党も人権上の配慮から慎重姿勢とされ、今回の法案に盛り込むことが見送られたと言われる。政府がこうした懸念に丁寧に応えるのは当然のことである。

しかし、企業は世界のルールと規範をよりよく守るために自らも戦うことが、自らの技術、知的財産、人材資源、機会、利益を守ることにもなるし、ひいては国家の安全保障もよりよく守ることができることを認識するべきである。

すでにサイバー・セキュリティでは内閣官房のNISC(内閣サイバーセキュリティ・センター)が運営する官民のサイバー・セキュリティ協議会の民間企業参加者に対する信用調査が行われている。経済界にも米国との共同研究開発に携わる通信情報企業をはじめセキュリティ・クリアランス制度の確立を求める声も高まっている。経済同友会も経済安全保障に関する報告書の中で「ルール形成とその背景にある戦略に関する官民の深いレベルの議論の場とセキュリティ・クリアランス制度の確立」を提言している*⁹。政府は、対象とするセキュリティの範囲を厳格に明確にした上で、セキュリティ・クリアランス制度の確立を法制化するべきである。

トップ聞き取りでは、次のような発言もあった。「収益極大化をめざすのは企業として当然だ。しかし、その企業もそのビジネス生存圏の外にはもっと大きな川が流れている、その外枠のもっと大きなリスクを政府に管理してもらい、企業はそれに協力しなければならない。企業はその認識をもっと持つべきだ」。安全保障は経済合理性の「外枠」に位置する。経済安全保障政策を追求するにあたって重要なのはこの「外枠」をも使った企業活動の活性化と資産の確保・保全、さらには国富と国力の探求である。

繰り返しになるが、経済安全保障においては企業が主体である。そして安全保障上重要かつ不可欠な企業は規模の大小を問わずにその機微技術や資産や人材を守らなければならない。基幹インフラ役務の安定的供給の設備や役務の事前審査で中小企業を“特別扱い”するとか、負担増やコスト増を理由に中小企業のセキュリティの備えに“配慮”するようなことがあってはならない。よく言われるように「セキュリティは一番弱いところのセキュリティしか確保できない(security is only good as the weakest link)。

アダム・スミスが『国富論』で記したように、「どの国家も政治経済の最大の目的は、その国の国富と国力を増大させることである」。そして、「主権国家の最初の義務は、暴力と他国からの侵略から社会を守ることである」。畢竟、「防衛は豊かさより重要なのである」。

日本はWTO(世界貿易機関)でも認められている安全保障条項を外交の道具として上手に使って来なかった。そのいわば”安保の穴“を利用する地経学的発想は希薄で、外交も臆病だった。たしかに、この”安保の穴“を乱用すれば中国のような国際秩序をかく乱する側に立つ。そこは慎重に進める必要がある。しかし、死活的な事例においてはそのような外交力に訴える局面もありうる。トップ聞き取りでも、「政府への期待は、インフラ整備、規制改革、国際交渉の3つ」との指摘があった。ルールと規範と標準の面での外交力を企業は政府に求めている。

経済安全保障には、死活的な資源・資本・データ・ネットワーク・インフラを最低限、自ら守ることができる「戦略的自立性」と外からの「経済的威圧」を抑止し、交渉上のカードにもなりうる資産を有し、動かせる「戦略的不可欠性」が求められるが、これに加えて、もう一つ政府と企業の意思疎通を密にし、国家安全保障をともに強化する官民の「戦略的対話」が要る。国家を守ることが企業利益を守ることでもあり、企業を守ることが国家を守ることでもあるという「啓発された自己利益(enlightened self-interest)」を政府と企業が共有することが大切である。

 

「守る」「攻める」「育てる」の三拍子で進めよ

日本の経済安全保障政策論議は、あたかも日本が「持てる国」であるかのような前提で議論が行われているきらいがある。それも日本の虎の子の技術を中国に盗まれないように、マネされないように、不等価交換されないようにと身構えた論調になりやすい。

面談の際、ある経営トップがいみじくも言ったように「盗まれないようにしないといけないが、盗まれるうちがまだ花という気もする。日本はもっと先の技術革新を目指さなければいけない。それほど中国の技術革新のスピードは速い」のが現実である。別の経営者は「日本のこの種の対応は何が何でも守るだけになりがちだ。何を守るか、そのリストをつくるだけで2,3年かかる。それに対して世界は、2~3か月ごとに変化する」と語った。

経済安全保障を「守る」視点だけでとらえてはならない。「攻める」、そして何よりも「育てる」視点へと視野を広げる必要がある。経済安全保障政策は、「守る」「攻める」「育てる」の三本柱で進めるべきである。日本の生産性と国際競争力を再び向上させ、持続的に日本の国力と国富を増大させることを考えなければならない。

ここでの最大の課題は、科学技術と研究開発、そしてイノベーションを振興させることである。アンケートでも、「基幹的な研究技術開発(R&D)強化のための政策支援、政策の方向性の明示」「長期的な視点で日本企業の国際競争力を高められる方向にリードいただき、基盤整備や研究開発の後押しを期待」といった声が寄せられた。

日本の研究機関における人材・リソース不足から基礎研究分野は明らかに先細り傾向にある。米国では国防総省予算約80兆円のうち、10兆円程度が技術開発に向けられている。それに比べて、日本の場合、科学技術予算約4・1兆円のうち、防衛省への配分は1100億円にすぎない。

経済同友会は先の報告書の中で、政府、とりわけ規制官庁の「反イノベーションバイアス」と「不作為のリスク」の克服を求めるとともに、「安全保障を担う防衛省と学術界、産業界の関係が必ずしも密接でなく、安全保障の観点からのイノベーションや機微技術が生まれにくい」と問題を提起。「新型コロナワクチン開発における日本の遅れは、こうした状況が招く国難の事例」と指摘している*¹⁰。

日本には最先端の技術革新の種(シード)は数多く撒かれている。大学の研究水準もなお高い。トップ聞き取りでも「量子コンピューティングを用いた超高性能計算力とバイオテクノロジーは大きな潜在力を秘めているのではないか」との声が聞かれた。

バイオ、なかでも合成生物学は、2021年のクアッド首脳会議でも「我々は、バイオ技術に始まり、未来の重要・新興技術の動向のモニタリングを実施しており、関連する技術の機会の特定を進めている」(首脳声明)ことが謳われた。「バイオ技術」のくだりは、この面での中国の躍進に危機感を抱く米政府の強い要請で挿入されたという。バイオ技術は、CO2を”食う“微生物の活用など地球温暖化に向けての新たな切り札となるとの指摘があり、岸田首相も2022年1月のバイオ関連11団体へのメッセージでそうした期待を表明している。

ただ、日本の場合、技術はあっても、そしてシードは存在しても、それを商業化、産業化し、社会実装するのに手間取り、結局はイノベーションにつながらず、世界に広がらず、標準化できない”ガラパゴス・フール“に終わる事例も多い*¹¹。

経済安全保障の「守る」場面では規制を強化することになる。しかし「攻める」と「育てる」場面では規制を改革する必要が生まれる。「経済安全保障法制に関する有識者会議」でもワクチンに代表されるように国産の医薬品メーカーが国内生産から撤退していった理由の一つとして「日本における法律に基づく認証のハードルやコストが高く、(医薬品メーカーは)海外臨床に取り組まざるを得ない」として、認証規制の改革を求める声が聞かれた。安全保障の観点から日本の経済法制と規制の在り方を見直すとともに、特に規制に関しては「強化」と「改革」の双方の面から精査するときである。

 

国家的危機には「大きな政府」と「大きなビジネス」が必要だ

最後になるが、日本の安全保障上(とりわけ危機管理を含む国民安全保障)の赤字として、国の安全保障の向上のための技術革新とイノベーションを進める体制が欠如していることを挙げたい。4兆円の研究開発予算を計上しながら、防災、防疫、交通安全、治安、防衛といった国民安全保障のためにはほとんど役立てていない*¹²。

AIとサイバー能力の面で先頭を走ることができれば、その国が核保有国であるか否か、通常兵力の観点で軍事大国かどうかに関係なく、小国であっても影響力を格段に増大させることができる*¹³。必ずしも友好国とは言えない複数の核保有国に囲まれた非核国の日本が用いる非対称的なレバレッジとしてもAIパワーと「国家サイバー・パワー」を飛躍的に強めるべきである。科学技術の研究開発を国民安全保障のために本格的に振り向けるときである。

健康安全保障、エネルギー安全保障、食糧安全保障、技術安全保障、そして国民安全保障のいずれも、安全保障と危機管理の面から政府と企業の協力関係を構築する必要がある。

危機にあっては、政府は持てる資源と手段を出し惜しみしない「大きな政府」でなければならない。米政府はファイザーのmRNA戦略に対して同社と協定を結び、⒚億5000万ドルの事前買い取りを行った。危機に備える際、政府の仕事は企業にリスクマネーを出すことである。その時、「大きな政府」は「大きなビジネス」を必要とし、その逆もまた真である、それがコロナ危機の教訓だったとニューヨーク・タイムズ紙は論じた*¹⁴。

アンケートは、コロナ危機のさなかに行われた。コロナ危機では、それに対する政府の”泥縄“対応と有事に対する日本の国家としての備えの不十分さが浮かび上がった。

それに関する次のようなコメントもあった。「今回新型コロナウイルスによるパンデミックを契機に明らかになった、国家安全保障の観点から、国民の安心・安全に直結する製品のサプライ・チェーンの整備などに期待したい」「社会インフラ的な位置づけの医薬品、医療機器・材料の安定供給確保に向けた対応は、今後コロナが収束したとしても、最優先で取り組んでいきたい」

危機に直面しても、のど元過ぎれば忘れる日本の健忘症への戒めと受け止めるべきであろう。


*¹ 兼原信克『安全保障戦略』、日経BP,2021年、312~313、332

*² 船橋洋一・G・ジョン・アイケンベリー編著『自由主義の危機 国際秩序と日本』、東洋経済新報社、2020年、序章

*³ 筆者の米政府高官との会話

*⁴ “Biden’s Asia plans to shape China rivalry,” Japan Times, December 12, 2021.

*⁵ 米国の「半導体機密情報」要求、政府はより積極的な対応をするべき) 『ハンギョレ』、2021年10月18日;https://www.hani.co.kr/arti/opinion/editorial/1015650.html#csidx61e10a8de530f75ab8451a42fb65a1b

*⁶ フロンテオに対する聞き取り、2021年11月19日

*⁷ 船橋洋一『経済安全保障論 地球経済時代のパワー・エコノミックス』、東洋経済新報社、1978年、270

*⁸ (Yuka Koshino and Robert Ward,Japan’s effectiveness as a geo-economic actor,Adlephi paper,2022)

*⁹(「強靭な経済安全保障の確立に向けてーー地経学の時代に日本が取るべき針路とはーー」、2021年4月21日)

*¹⁰ 経済同友会「強靭な経済安全保障の確立に向けて――地経学の時代に日本が取るべき針路とは――」、2020年4月

*¹¹ ”ガラパゴス・フール“と”ガラパゴス・クール”の概念については、『ガラパゴス・クール』、東洋経済新報社、2017年)を参照

*¹² 兼原信克『安全保障戦略』、日経BP,2021年、323

*¹³ Henry A.Kissinger,Eric Schmidt,Daniel Huttenlocher, The Age of AI And Our Human Future, John Murray, 2021, 163~164

*¹⁴ ”Capitalism is amazing! (It’ also inadequate), the pandemic is showing why we need big business and also big government”, New York Times, November 19, 2021.

船橋洋一

1944年、北京生まれ。ジャーナリスト、法学博士。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長。英国際戦略研究所(IISS)評議員。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ