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2022.10.28 安全保障

朝鮮半島西岸の動きが意味するもの、北朝鮮の思惑を探る

末次 富美雄

 朝鮮半島西岸に不穏な動きが広がっている。

 10月24日、朝鮮中央通信は朝鮮人民軍総参謀部の話として、朝鮮半島西岸から海上に向け10発の砲撃を行ったことを伝え、これは北朝鮮船舶に韓国軍が行った威嚇射撃への報復であることを明らかにしている。同日、韓国合同参謀本部も、北朝鮮商船が警告に従わずに、北方限界線(NLL : Northern Limited Line)を超えたため警告射撃を行ったことを認めている。

 NLLは1953年の朝鮮戦争休戦後に確定した陸上の軍事境界線を海上に延長する形で、日本海側及び黄海側に設けられた境界線である。北朝鮮はNLLを認めておらず、その南方に「軍事境界線」という別の境界線を設定している。

 韓国及び北朝鮮は幾度となくNLL周辺で軍事衝突を繰り返してきた。大きな衝突として、延坪島海戦(1999年6月及び2002年6月)、大青海戦(2009年11月)、韓国海軍哨戒艦「天安」沈没(2010年3月)、延坪島砲撃事件(2010年11月)が挙げられる。3回生起した海戦は、いずれも北朝鮮の警備艇等がNLLを超え、これに韓国哨戒艇が対応し、北朝鮮から砲撃などを受け海戦に発展したものである。天安沈没も延坪島砲撃も北朝鮮が主導したものだった。陸上の非武装地帯を挟んだ挑発、核及びミサイル開発と並んで、北朝鮮がいわゆる「瀬戸際戦術」を駆使する場合の一手段となっている。

 北朝鮮は、2022年、過去最大の規模で弾道ミサイルを発射した。その数は、10月14日までに26回、40発以上にも上る。10月4日の発射は、5年ぶりに日本上空を通過する中距離弾道ミサイルの発射だった。さらには、発射された弾道ミサイルの内いくつかは変則軌道であり、北朝鮮の報道によれば、貯水池から発射された弾道ミサイルも含まれていた。多種多様なミサイルを開発し、周辺諸国の対応能力を超える能力獲得を目指していることは確実である。

 北朝鮮は、10月12日、金正恩総書記立ち合いのもと、朝鮮半島西岸の黄海において長距離巡航ミサイル2発の試験を行ったことを明らかにしている。13日付労働新聞は、当該巡航ミサイルが「楕円及び8字型飛行軌道に沿って、1万234秒飛行し、2000㎞先の標的に命中した」と報じている。長距離巡航ミサイルの発射試験は、2012年9月、2022年1月に引き続く3回目であり、いずれも黄海側で実施されている。2000㎞という射程は、韓国、日本のみならず、中国の北京、上海という主要都市、さらにはロシアのウラジオストックまで含まれる。今回の長距離巡航ミサイルの試験海域は、韓国と対立しているNLLを含み、更には中国に面する黄海側で実施するという周辺諸国の神経を逆なでするものであった。

 北朝鮮は、9月に公表された核戦力政策に関する最高人民会議法令において、核の先制使用の可能性について言及しただけではなく、核を外部からの脅威、侵略などから国家主権と領土守るため基本的力量とし、核放棄のための交渉を明白に拒否している。また、朝鮮労働党創建77周年の金正恩総書記の演説では、「敵は軍事的脅威をもたらしながら対話を求めているが、我々には対話する必要もなく、地域の状況を悪化させている敵に明確なシグナルを送るため、必要に応じて軍事的対策を精力的に実施する」と述べている。過去に例を見ないほど行われた弾道ミサイルの発射、核政策の変更、そして金正恩委員長の演説を聞く限り、北朝鮮が、アメリカとの直接交渉を求めるための「瀬戸際戦術」を取っているとは言い難い。

 それでは、最近の朝鮮半島西岸における北朝鮮の米韓のみならず、後ろ盾ともいえる中国を刺激するような軍事行動をどう解釈すべきであろうか。北朝鮮の軍事的動きについては、国内向け、軍事的必要性、そして対外的メッセージの観点から見る必要がある。

 国内的理由として考えられるのは、昨年9月に明らかにされた国防開発5か年計画の進捗度を国民に披露し、金正恩政権の正当性と体制結束を図ることである。中でも5大中核事業としている①超大型核爆弾の生産、②15000㎞の射程を持つ核先制、報復攻撃能力の高度化、③極超音速滑空飛行戦闘部の開発導入、④水中及び陸上固体エンジン大陸間弾道ロケットの開発、⑤原子力潜水艦と水中発射核戦略武器の保有とされている。②及び③の試験はすでに行われており、9月に行われた弾道ミサイル発射では④の一部が行われている。現在すでに準備が完了したとされている核実験については、5大中核事業の超大型核爆弾か短距離弾道ミサイルに搭載できる小型核爆弾、双方の可能性がある。

 軍事的理由として指摘できるのは、多種多様な弾道ミサイル機能試験の必要性である。5年ぶりに行われた日本上空を飛行した中距離弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルの発射は、装備の確認に加えて、政治的手続きも含めた、発射までの手順の点検であった可能性も否定できない。精密兵器であれば、あるほど、定期的な試験は欠かせない。

 最後に対外メッセージである。「瀬戸際戦術」は、軍事的強硬姿勢を示すことで、関係国から譲歩得る方法である。1994年の、核廃棄の見返りに軽水炉を建設し、軽水炉完成までの間、毎年50万トンの重油を提供するという「米朝枠組み合意」は、まさに北朝鮮瀬戸際戦術の成果と言える。しかしながら、前述したように、今回の各種軍事行動は、アメリカとの交渉開始を目的とするとは考えられない。

 北朝鮮労働新聞によると、9月から始まった一連の弾道ミサイル等の発射は、朝鮮半島周辺で行われた米韓海上共同訓練及び日米韓共同対潜訓練に応じたものとしている。更に、黄海における長距離巡航ミサイル発射も「我が国戦争抑止力の証明であり、明白な警告である」としている。10月13日から2日間にわたり行われている海岸砲の射撃も、韓国側の射撃に対応するものと説明している。北朝鮮の一連の発言を見る限り、北朝鮮と対決姿勢を強める韓国の尹政権が主導する米韓連合軍の活動に神経をとがらし、威嚇している可能性が最も高いと考えられる。金正恩委員長の危機意識の表れと言っていいであろう。

 韓国は10月17日から28日までの予定で、陸軍を中心とする部隊が「護国訓練」と称する訓練を実施中と報道されている。この訓練に、海軍や在韓米軍工兵部隊が参加しており、黄海方面で射撃が実施された模様である。北朝鮮が商船を使用してNLL越境を行った背景には、訓練状況と韓国軍の反応を探る目的があったと考えられる。朝鮮半島の緊張感が高まっており、NLL周辺又は非武装地帯周辺で軍事衝突が起こる危険性が高まっている。

 朝鮮島における有事が最も懸念されたのは2017年の米トランプ政権の時期であった。米朝両国は、指導者が互いに相手をののしり、米海軍空母3隻が日本海に展開するなど軍事的緊張が高まっていた。アメリカが北朝鮮にアメリカ本土に到達する戦略核弾道ミサイルの保有を許さないという観点から北朝鮮を先制攻撃する可能性も高まっていた。現在、アメリカに北朝鮮に軍事的手段を行使するインセンティブは低い。ロシアのウクライナ侵攻も、国家に対する軍事侵攻の道義的正当性に疑問を投げかけている。

 現在朝鮮半島は、アメリカの関心の低下にもかかわらず、北朝鮮が危機意識を高めている状況と整理できる。日本の安全保障にとって、北朝鮮の核及び弾道ミサイル開発は看過できないものではあるが、これを阻止する具体的手段は見いだせない。とすれば、優先しなければならないことは、事態をエスカレーションさせないことである。

 第一に、危機意識が高まっている北朝鮮に疑心暗鬼を起こさせないような行動をとることである。これは、朝鮮半島周辺で米韓を含む訓練を実施しないということを意味するものではない。目的や規模を明らかにした上で、透明性を持って実施する必要があるということである。北朝鮮が何らかの軍事的手段を講じた場合のリスクを明確に示す意味もある。

 第二に、北朝鮮との間に速やかに意見交換を行うことができる窓口の設置が望まれる。今回北朝鮮の弾道ミサイル発射に関し、日本政府は北京の大使館ルートを通じて抗議したとしているが、不測の危機事態が生起した場合、このルートだけでは有効な手段は取り得ない。

 最後に、北朝鮮が核及び弾道ミサイルを放棄した場合のメリットについても引き続き訴えていく必要があることは言うまでもない。

 北朝鮮の核実験や弾道ミサイル発射に留意をするのは当然であるが、朝鮮半島の非核化には長い道のりが必要であるという覚悟を持って、当面エスカレーションを防ぐことを優先すべきであろう。

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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