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2023.08.21 安全保障

台湾有事机上演習から見えてきた日本の安全保障が抱える3つの課題

末次 富美雄

 7月15日、16日の両日、民間シンクタンク「日本戦略研究フォーラム」が主催する、台湾有事を想定した机上演習が東京都内で実施された。3回目の机上演習であり、現役の国会議員10名を含め元政府関係者や自衛隊OBが参加している。今回初めて台湾シンクタンク研究者が参加したことにも注目される。

台湾で実施された定例演習「漢光39号」、中国の侵攻を想定している。台湾の“国花”を尾翼にあしらった民間機も見える(写真:ロイター/アフロ)

 報道によると、今回の机上演習は、2027年に防衛力の抜本的強化が完成したことを前提に、同年中国が台湾に侵攻する3つのシナリオを想定したとされている。(1)日台へのサイバー攻撃と尖閣への中国漁民上陸、(2)中国台湾軍事対立に際し、米国からの後方支援要請及び邦人退避、そして(3)日本への武力攻撃事態発生の3種類である。机上演習の細部に関する報告書は現時点で明らかにされていない。しかしながら、机上演習において首相を務めた小野寺議員は、報道番組を中心に机上演習の成果及び課題を積極的に発言している。これら一連の報道から、なされた演習の想定を推測しつつ、現在進められている防衛力の抜本的強化が抱える課題について3つの問題を提起したい。

 第一に、反撃能力に関する議論のブレである。

 反撃能力に関し、最近公表された防衛白書は以下のように記載している。「わが国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイルなどによる攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件――引用註:(1)わが国に対する急迫不正の侵害があり、(2)これを排除するため他の適当な手段がないこと、(3)必要最小限度の実力行使にとどまること――に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、わが国が有効な反撃を可能とする、スタンド・オフ防衛能力などを活用した自衛隊の能力をいう」

 「武力攻撃が発生」し、「弾道ミサイルなどの攻撃が行われている」ことが前提とされている。しかしながら、小野寺議員は、机上演習において、「反撃能力行使に当たって、日本からの先制攻撃と思われないように、日米共同行使を念頭に米国側と擦り合わせが必要」との認識を示している。

 防衛白書に示されている弾道ミサイル対処の延長線上にある「個別的自衛権」の範疇に属する「反撃能力」と、日米共同対処における「集団的自衛権」に属する「反撃能力」とは別ものであろう。米国シンクタンクCSISが今年1月に公表した「台湾有事シミュレーション」において、米軍は中国本土への攻撃は、核戦争に発展しかねないことから、実施しないと分析している。台湾を巡り米中間で軍事衝突が生起したとしても、日米の「集団的自衛権」に基づく中国領域への攻撃は、極めてハードルが高い手段と認識すべきである。この違いを明確にしておかなければならない。ここを不明瞭にした場合、「スタンド・オフ防衛能力」として整備が進められているトマホークや長距離巡航ミサイル等の配備先において、「他国を攻撃する能力」として配備反対との意見が高まりかねない。

 第二に、「武力攻撃事態認定」に関するコンセンサスを形成することの是非である。

 小野寺議員は、テレビ番組において、演習の中で、中国法執行機関である海警と海上保安庁の巡視船の間で衝突が発生し、海上保安庁職員に犠牲が生じても「武力攻撃事態認定」を行わなかったことを明らかにした。その理由として、武力攻撃事態と認定することで日本が先に軍事力の使用を決断したと国際的に認識される危険性と在中国邦人の国外脱出に悪影響を及ぼす可能性を指摘した。

 小野寺議員の意思決定は、武力の行使を忌諱する日本の風潮及び国内法上の規定から十分に理解できる。しかしながら、こうした意思決定の基準を日本のコンセンサスとしてどう扱うか、公表するかについては慎重を期すべきだ。日本の武力攻撃事態認定の基準を明確にするということは、その基準に達するまでは日本は武力を行使しないということを対外的に明らかにすることと同意である。中国の台湾軍事侵攻に対する米国の方針が曖昧であることが中国に軍事力行使をためらわせる要因となっていることを思い起こす必要がある。「武力攻撃事態認定」にはある程度の幅を持たせておく必要がある。

 一方で、この幅は、海上保安官や自衛官にとっては命のリスクとなる。今回の机上演習において、小野寺議員が「武力攻撃事態」と認定したトリガーは、海上自衛隊が整備を進めている防御能力が限定的な哨戒艦が沈んだことであった。「武力攻撃事態認定」に海上保安官や自衛官の犠牲が必要との認識が広がることは、それぞれの人員募集上大きな障害となりかねない。「武力攻撃事態」認定には一定程度の幅が有る事を明らかにすると同時に、自衛官や海上保安官への被害に対する補償についても検討することが必要であろう。

 第三に、演習でも想定されたサイバー攻撃の抑止にどう取り組むべきかという点だ。

 サイバー攻撃が基幹インフラに加えられた場合、国民生活に大きな影響を与えるであろうことは容易に想像できる。さらに、原子力発電所や空港の制御関連システムにサイバー攻撃が加えられた場合は、大量の死者や著しい環境破壊が発生する。米国は「国家サイバー戦略」において重要インフラへのサイバー攻撃に軍事的手段で対抗する可能性について言及している。日本の場合、昨年制定された国家安全保障戦略においては、重要インフラへのサイバー攻撃に対し、「可能な限り未然に攻撃者のサーバー等への侵入・無害化ができるよう、政府に必要な権限が付与されるようにする」とし、これを「能動的サイバー防御」としている。

 サイバー攻撃を抑止するためには、軍事手段を含む物理的手段を行使する「懲罰的抑止」やセキュリティーに万全を期し、攻撃者の侵入を拒否する「拒否的抑止」だけでは全うできない。新たな抑止概念が必要であろう。その中で、相手の領域に存在する攻撃者のサーバーに侵入・無害化する行為を「専守防衛」の原則の中でどのように整理するのか、更にはその際の「事態認定」はどのように行うのか、検討すべき課題は多い。

 政府は、令和5年度を「防衛力抜本的強化元年」と位置付け、今後5年間の防衛費総額を43兆円に設定した。その上で、「スタンド・オフ防衛能力」や「統合防空ミサイル防衛能力」を含む7つの機能と能力を示している。これらはいわばハードに該当するものであり、有効に活用するためには法体系や制度を整えなければならない。

 今回実施された机上演習は、まさにその法体系や制度が抱える課題や、法体系の不備を明らかにするものと位置付けられる。小野寺議員を始め国会議員がそれらの課題などを認識し、国民に対する啓蒙や、各種施策を実施していくことになれば意義は大きかったと評価できるだろう。

 上記三点を指摘したが、国民保護体制の充実や持続性・強靭性の強化についても多くの課題がある。昨年の国家安全保障戦略策定に伴う国民的議論の盛り上がり、そして防衛費のGDP比2%確保と議論が積み重ねられ、その結果は「防衛力の抜本的強化」という結実を得た。今後は整備されたハードをいかに効果的に使用し、わが国の安全保障を確保するかという作業が必要である。今年6月防衛費増額の財源を確保するための特別措置法が成立したが、これはあくまでもスタートであり、今後長い道のりが残されていることを自覚する必要がある。今回の机上演習が、その端緒となることを期待したい。

地経学の視点

 本記事で取り上げた日本戦略研究フォーラム主催の台湾有事シミュレーションに対して、中国の論評サイト「観察者」の中で軍事・外交ウォッチャーの施洋氏が評論を掲載している。いわく、その本質は、軍事シミュレーションそのものにあるのではなく、有事において、いかなる法的根拠に基づき、いかなる手順で判断を下し行動に移すべきかという手続きのシミュレーションだった。だから文民の閣僚役を数多く配置したのだ、と。そして同氏はその手続きを綿密に整えようという日本の姿勢や文化に対して「形式主義」と笑ってみせる。

 確かに一党独裁の国からすれば、戦争という極限状態を想定してもなお法的手続きを整えるのに苦慮しようとする姿勢は愚かしく見えるかもしれない。だが、その温度差にこそ、私たちが守らなければならない価値観が宿っている。私たちは、厳然たる「力」である軍事力を誰かの「英断」だけで動かせない仕組みの不自由さを誇るべきだ。

 ただし、解を求めようとしない無意味な「形式主義」で本質を見失う愚は避けなければならない。官民ともにシミュレーションを重ね、法の枠組みを守りながらも、実効性の高い対処法の可能性を積み上げていく必要がある。本記事で筆者が提示した論点もその例だろう。残された時間は短い。(編集部)

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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