忍び寄る脅威-中国潜水艦の我が国周辺における活動-

忍び寄る脅威-中国潜水艦の我が国周辺における活動-

2021年9月10日、防衛省は、海上自衛隊が奄美大島東の接続水域(領海から12海里=約22kmの海域)を潜没潜水艦が北西進していることを確認したと伝えている。その際、その付近を航行する中国海軍艦艇ルーヤンIII級駆逐艦を確認していることから、防衛省は当該潜没潜水艦を中国のものと推定している。当該潜水艦は、9月12日に横当島の西南西の接続水域を航行したことも伝えられており、海上自衛隊は、少なくとも3日間にわたり追尾していたと推定できる。この間スノーケルを実施したことが報道されていないことから、「商」級原子力潜水艦又はAIP(Air Independent Propulsion :非大気依存=長期間大気を必要としない機関)を搭載したYUAN級通常動力潜水艦と推定できる。

アメリカ国防省は2021年11月3日に「中国軍事安全保障の発展に関する年次報告書」を公表した。同報告書は、中国海軍を水上艦艇と潜水艦合わせて355隻を保有する世界最大の海軍と評価している。米議会調査局(CRS:Congressional Research Service)が今年10月に公表した「中国海軍の近代化状況」においては、すでに2015年には米海軍を数的に凌駕し、2020年の段階ではその差は37隻とされている。2020年の米海軍情報局(ONI:Office of Naval Intelligence)報告書における潜水艦保有数は、2020年は弾道ミサイル搭載原子力潜水艦4隻、攻撃型原子力潜水艦7隻、通常型潜水艦55隻の合計66隻であるが、2025年には71隻、2030年には76隻に増加すると予測されている。

日本が中国潜水艦の脅威を肌で感じたのは、2004年11月10日に「漢」級原子力潜水艦が石垣島と多良間島間の領海を侵犯したときであろう。1999年3月の能登沖不審船事件以降、2度目の「海上における警備行動」が発令された。その後、日本周辺での国籍不明潜没潜水艦の活動が断続的に伝えられている。防衛省HPによれば、2013年に3回確認されてから、2014年、2016年、2018年、2020年、2021年にそれぞれ1回、我が国の接続海域を潜没航行している。2018年に尖閣諸島の接続水域を航行した潜没潜水艦は、東シナ海で浮上し国旗を掲揚した写真が公開されており、防衛省は、中国「商」級原子力潜水艦と断定している。我が国がこれら潜没航行潜水艦を、中国の潜水艦と判定したのは、前述した「漢」級及び「商」級原子力潜水艦に続き、今回で3回目であるが、周辺諸国の潜水艦保有状況等を勘案すると、全てが中国潜水艦であった可能性が高い。

 

日本周辺海域で行動する潜水艦は、中国海軍北海艦隊及び東海艦隊に所属する潜水艦であろう。米海軍情報部の見積もりによれば、中国北海艦隊には原子力潜水艦2隻、通常型潜水艦14隻が、東海艦隊には通常型潜水艦18隻が配備されており、合計34隻となる。通常保有兵力の1/3が修理、1/3が訓練そして1/3が実運用に従事すると推定されている。この計算から、約10隻程度が台湾及び東シナ海を含む西太平洋を行動していると見積もられる。

前述した米国防省の中国軍事力に関する報告書では、中国海軍は潜水艦から対地巡航ミサイルによる長距離攻撃を企図していると分析されている。中国が保有する長距離対地(艦)ミサイルYJ-18の射程は推定約540Kmである。同ミサイルは潜水艦の魚雷発射管から発射可能である。日本周辺で活動している中国潜水艦は、各種情報収集活動に従事するだけではなく、政治的、軍事的所要があれば、いつでも、隠密裏に日本の重要インフラや政経中枢を攻撃することが可能である。

このように極めて脅威の高い潜水艦であるが、これに対し日本は、現行法令上極めて限定された行動しか取り得ない。もちろん公海上を潜没航行する潜水艦の行動を制約するいかなる国際法も存在しない。しかしながら、日本の場合、これが潜没したまま日本領海に入っても、海上における警備行動を発令し、自衛隊が浮上、国旗掲揚の要求及び領海外への退去を要求するだけである。要求に従わない潜水艦に対するいかなる強制措置も規定されていない。

隠密行動が命の潜水艦にとって、探知されたというだけで、その存在価値が失われたに等しい。浮上要求に従うことは潜水艦にとって屈辱であるだけではなく、国家として国際法違反行為を問われかねない。警告されれば、強制手段によらずとも、国籍が明らかになることを避けるため、潜没したまま速やかに領水内から退去すると考えられる。しかしながら、領海内を潜没航行する潜水艦に対し、国家として一定程度の強制手段を規定することは、領海近傍を潜没航行する対象国潜水艦の精神的圧力になることは間違いない。国籍不明潜水艦が、日本の領海周辺で活動することを抑止する意味でも検討の余地がある。

潜水艦が持つもう一つの特徴、これが最大の特徴であるが、潜水艦が行動している、あるいは行動していると思わせるだけで、相手の行動を大きく制約できるという点である。その例が1982年に生起したフォークランド紛争である。イギリス原子力潜水艦「コンカラー」の魚雷攻撃を受け、アルゼンチン巡洋艦「ヘネラル・ベルグラノ」が撃沈され、それ以降空母を含むアルゼンチン海軍艦艇は一切、港から出撃することはなかった。当時アルゼンチン海軍の対潜能力は限定的であり、イギリス原子力潜水艦は、戦闘海域において、まさに行動の自由を謳歌することとなった。現在でも米海軍は、潜水艦の脅威がある海域では虎の子の原子力空母を行動させることはない。事前に徹底した潜水艦の脅威排除を行う。潜水艦排除のために兵力及び時間を費やさなければならないことは、軍の作戦行動だけではなく、商船等が航路変更を余儀なくされる等、国家の経済活動にも大きな影響を及ぼす。

平時に潜没潜水艦を確認したことを公表するかどうかについては、議論がある。自らの潜水艦探知能力を公表することに等しく、軍事的合理性からは好ましい事ではない。防衛省が公表した事例は、全て接続水域を潜没航行したものであるが、接続水域の潜没航行自体は国際法違反ではない。しかしながら、我が国の領海近傍を潜没航行することは、安全保障上の懸念を与える行為であることは間違いない。一方で、潜没航行中の潜水艦を探知できたという事は、政治的決断さえあれば、いつでも無力化(撃沈)することが可能であることを意味する。

今回の公表は、我が国の能力の一部を示すことにはなるが、それによって以後の対象国潜水艦の行動を抑制する効果が期待できる。更には、強大な攻撃能力を持つ潜水艦が、我が国周辺に忍び寄っていることについて、国民に警鐘を鳴らすことも目的の一つであろう。しかしながら、防衛省が潜没潜水艦を確認したことを公表しても、一部報道機関が事実関係を報じるだけであり、危機意識は国民的な広がりを見せていない。潜水艦の脅威について、国民的理解が不足していることがその大きな理由であろう。

中国潜水艦の近代化は、多くの旧式潜水艦を退役させることによる減勢を許容しつつ、近代的潜水艦導入を進めることで開始された。このため、しばらくは数的な減少が続いていたが、最近は増勢に転じつつある。近代的潜水艦は静粛性、攻撃能力及び指揮通信能力等が格段に向上している。さらに、中華人民共和国創立70周年記念軍事パレード(2019年10月)において無人潜水艇と推定される「HSU‐001」が公開されている。有人、無人の中国潜水艦の活動は今後更に活発化するであろう。防衛省が公表している国籍不明潜水艦の活動は氷山の一角にしか過ぎない。中国潜水艦が恒常的に日本周辺海域を行動しており、それら潜水艦には強力な攻撃武器が搭載されているという事を、積極的に国民に訴えていく必要がある。水中からの脅威は、すでにすぐそこに来ているのである。

サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄

防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。

写真:ロイター/アフロ


 
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