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2022.10.21 安全保障

ウクライナへの大規模空爆が及ぼす「衝撃と畏怖」を軽視してはならない

末次 富美雄

 10月10日、ロシアは首都キーウを含むウクライナ各都市に対し、クリミア橋破壊への報復を口実とする大規模空爆を実施した。

 ウクライナ国防省は、84発の巡航ミサイルと24機のドローンによる攻撃であり、ウクライナ軍はその内43発の巡航ミサイルと10機のドローンを撃墜したと伝えている。ウクライナの報道によると、ミサイル攻撃により29カ所のインフラ施設、4つの高層ビル、35の住宅及び学校に被害が及んだ。攻撃直後の発表によれば、本攻撃で少なくとも8人が死亡、24人が負傷した。10月18日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、10日以降継続する空爆により国内発電所の30%が破壊されたとツイッターに投稿している。

 首都キーウが攻撃を受けたのは、4月にロシア軍が撤退して以来初めてであった。戦争中でありながら、平穏を取り戻しつつあった住民のショックは極めて大きく、報道の一部に、ロシアがウクライナ国民に「衝撃と畏怖(Shock and Awe)」を与えることにより、戦争を有利に終結させようとしているのではないかとの見方があった。

 「衝撃と畏怖」は、2003年にイラクが大量破壊兵器保持を阻止するという目的で開始された「イラクの自由作戦」当初の大規模空爆の際に使用された言葉である。今回のロシアの攻撃が果たした「衝撃と畏怖」の効果について検証する。

 「衝撃と畏怖(Shock and Awe)」は、1996年にアメリカ国防大学において開発された軍事ドクトリンである。冷戦後、脅威が多様化する中で国防費削減に伴う米軍の規模縮小に対応するためには、当時発達しつつあった情報技術を利用し、いかに早く戦略的に優位に立つかを理論的に体系化したものと整理されている。ウルマンとウェイド共著による『Shock and Awe-Achieving Rapid Dominance-』には、「Shock and Awe」を「敵の意思、認識及び理解をコントロール」する方法と定義し、そのための例として、相手軍事力に対する圧倒的な力の運用、広島・長崎を例とする核攻撃による市民への大規模な打撃、大規模な空爆、電撃戦などを挙げている。

 「速やかな優勢獲得」が目的であり、大規模な軍事力使用だけではなく、情報に基づき、敵の一番弱いところをついて、敵の抵抗意思の弱体化を図ることも「衝撃と畏怖」に含まれとされている。2003年の「イラクの自由作戦」においては、航空機によるピンポイント空爆と巡航ミサイル攻撃によるイラク軍指揮中枢や通信施設の破壊を行った。イラク軍の指揮系統は早期に破壊され、わずか1か月で、イラク全土がアメリカを中心とする多国籍軍に占領された。この戦争は「衝撃と畏怖」の典型例とされている。

 「イラクの自由作戦」終了後、「衝撃と畏怖」の再評価が実施された。空爆により6000人を超える市民が犠牲になったとの調査結果があり、市民が標的となりかねないため、名前を変えた「テロ」だという批判が集まった。9.11以降テロに対する敏感なアメリカ世論に配慮したのか、米軍はそれ以降「衝撃と畏怖」戦術という呼称は用いていない。

 「速やかな優勢獲得」の観点からは、今回のロシアの大規模空爆は効果を上げているとは言えない。多くの軍事専門家も、ロシアの空爆が、ウクライナ南部及び南東部で行われているウクライナによる領土奪回作戦に与える影響は無いという見方が多い。一方で、10月11日にオンラインで行われた先進7カ国会議(G7)の共同声明には、今回のロシアの攻撃を「罪のない市民に対する無差別攻撃は戦争犯罪を構成する」と厳しく批判している。ゼレンスキー大統領も空爆を「テロ行為」として、プーチン大統領との交渉余地は「全く無い」と言いきっている。

 懸念されるのは、インフラの多くが破壊されたことによる市民生活への影響である。在ウクライナ日本大使館サイトによれば、首都キーウの月間平均気温は10月には10度以下となり、最も寒い1月及び2月は-3.2度にもなる。日本原子力産業協会が今年9月にまとめた資料によれば、ウクライナ総電力量の55%が原子力、火力が29%であり、再生可能エネルギーを含めたその他は16%にしか過ぎない。この内、ウクライナ全電力の20%を占めるザポリージャ原子力発電所はロシアの支配下にある。欧州からの送電設備の整備も進められているが、ロシアの空爆が継続され、すでに30%が攻撃された発電所への被害が拡大すれば、電力供給がひっ迫することは必至である。そして、厳寒の中での窮乏生活が、人々の心をむしばみ、停戦を要望する人々が増加してくるかもしれない。

 今回のロシアの空爆は、戦術的効果よりも心理的効果を狙ったものと言える。その観点から、「衝撃と畏怖」による速やかな優位獲得には貢献しない。しかしながら、インフラ攻撃による水、電気の欠乏が次第にウクライナ国民に厭戦意識を拡大させるといった長期的な影響は否定できない。違った意味ではあるがロシアの「衝撃と畏怖」が次第に効果を表し、最終的にはロシアに都合のいい状態での停戦に結びつく可能性は否定できない。

 日本の安全保障に置き換えて考えてみれば、ロシアの大規模空爆と同様な攻撃が、台湾に対し行われる可能性があることを認識しておく必要がある。令和4年度の防衛白書によると、中国は台湾を射程に収める1000発に及ぶ短距離弾道ミサイルを保有しており、更には多数の長距離巡航ミサイルや爆撃機を保有している。米軍の「イラクの自由作戦」と同様のピンポイント空爆及びミサイルによる精密攻撃を台湾の政治・経済の中枢及び重要インフラに加える蓋然性は極めて高い。その攻撃による恐怖を受けて、台湾が中国支配を受け入れる可能性も否定できない。本来の意味での「衝撃と畏怖」、速やかな優位獲得の達成と言える。

 第20回中国共産党大会にて、三選を確実にした習近平主席は中台統一で武力行使は放棄しないことを明言した。台湾有事が日本へ波及することは自明の理である。日本の安全保障を担保するためには、中国の台湾への軍事侵攻を阻止する必要がある。そのためには、アメリカ及び共通の利害を持つ国とともに、中国に、台湾軍事侵攻のコストが得られる利益を大幅に超過することを理解させる努力が必要である。その観点から、ロシアがウクライナに行った大規模空爆による「衝撃と畏怖」が効果的であったという状況を作ってはならない。ウクライナに対する軍事支援が法的に難しい日本にとって、電力供給施設の早期復旧を含め、ウクライナ市民に対する生活支援を中心に支援を強化していく必要がある。

写真:ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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