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2024.04.17 安全保障

欧州・中東情勢にみる「台湾海上封鎖」の実効性とさらなるリスク

末次 富美雄

 ロシアによるウクライナ侵攻と、イスラエルとイスラム武装組織ハマスとの紛争は、海の安全も脅かしている。ロシアは、ウクライナの穀物輸送を妨害するため黒海の封鎖を図った。ハマスとの連帯を示すイエメンの反政府武装組織フーシ派は、紅海を通る船舶のうち、イスラエルと関連があると彼らが判断した商船などを攻撃している。

 国際経済にも大きな影響を及ぼす海上交通妨害は、日本の近海でも起きうる。台湾有事においては、中国が台湾を海上封鎖するシナリオが想定される。シーレーンが制約されれば、食料やエネルギーを海外に依存する日本にとっては死活問題である。そこで本稿では、黒海・紅海を巡る情勢分析から、中国による台湾の海上封鎖が起きた場合の示唆を探ってみたい。

紅海、黒海の海上輸送の現状

 まず、ウクライナ侵攻から見てみる。ロシアは、ウクライナへの侵攻当初、黒海を封鎖して同国からの穀物輸送を妨害したため、米国小麦先物価格は一時60%以上高騰した。その後、国際連合、トルコ、ウクライナ、ロシアが2022年7月に「黒海穀物イニシアティブ」に合意したことで、黒海経由のウクライナ産小麦の輸出が認められるようになった。小麦は高値ながらも一定量の供給が確保され、懸念されたアフリカ諸国の飢餓はなんとか免れた。

 同イニシアティブは2023年7月にロシアが撤退を表明し、終了したが、米国小麦先物価格は侵攻前より低価格で推移している。この背景には輸送ルートの変更がある。ポーランドなどを経由した陸上輸送に加え、戦争の影響を受ける黒海中央部を避け、黒海西部沿岸寄り、さらにはドナウ川経由の輸送経路が確保されるようになったのだ。もちろん、ウクライナの対艦ミサイルや無人艇によるロシア黒海艦隊旗艦「モスクワ」や輸送艦、哨戒艇の撃沈が、ロシアの黒海における「海上優勢(海上交通をコントロールする力)」を低下させたことも大きい。

 一方、イスラム武装組織ハマスとイスラエルの戦闘が続く中東はどうだろうか。ハマスとの連帯を掲げるフーシ派は、紅海を航行する船舶に対し、無差別に近いミサイルやドローン攻撃を行っている。米中央軍(CENTCOM)の公表(3月10日現在)によれば、昨年10月以降フーシ派の攻撃で商船2隻が沈没、10隻に火災等の被害が出ている。3月6日に沈没したリベリア船籍ばら積み貨物船(バルク船)では船員3名が死亡、4名が負傷したと伝えられている。

 中東においては、ソマリア沖海賊やペルシャ湾および紅海の安全確保を目的とした米国や英国など40カ国からなる「海上多国籍軍(CMF:Combined Maritime Force)」が編成されている。日本の海賊対処部隊もCMFの「海賊対処部隊」であるTF151の部隊として活動している。

 フーシ派による船舶攻撃に対処するため昨年12月には、新たに米国を中心とした有志連合が「繁栄の守護者作戦(OPG:Operation Prosperity Guardian)」を開始した。OPGはフーシ派が発射したと推定される巡航、弾道ミサイルやドローンを撃墜するとともに、イエメン国内のフーシ派拠点に攻撃を行っている。この他、EU(欧州連合)は今年2月19日、紅海における商船護衛のため、加盟7カ国が艦艇4隻を派遣することを明らかにした。EUの部隊は、米軍中心のOPGとは異なり、商船護衛に特化した活動を実施している。

 こうした中、世界の海運各社では、紅海ルートを避ける動きが強まっている。国際海事機関(IMO)によれば、3月10日現在、紅海の出入り口に当たるバブエル・マンデブ海峡を通峡する船舶の隻数は、昨年の7日間平均69隻に比較して、今年は28隻と大幅に減少している。一方、アフリカ南端の喜望峰の通行隻数は昨年7日間平均の43隻に比較し、86隻と倍増している。

 また調査会社Drewryによれば、船舶用コンテナの使用レートは昨年12月に急激に上昇し、今年1月下旬には、40フィートコンテナで3964ドルと昨年11月のほぼ倍となっている。欧州の海運大手は、紅海情勢を勘案し、昨年12月以降、欧州とアジアを結ぶ航路を喜望峰周りとすることを明らかにした。日本の海運大手3社(日本郵船、商船三井、川崎汽船)も紅海における航行を一時的に取りやめている。

完全な海上封鎖は実施困難

 黒海、紅海における国際海上輸送を巡る現状から、次の点が指摘できる。まず、妨害を行う側から見ると、軍事力を行使し、国際海上交通を完全に封じ込める「海上封鎖」の実施は困難であるということだ。ロシアが企図した黒海の封鎖は、ロシア黒海艦隊の被害拡大や商船の航路の変更により、有名無実となった。結果として、ウクライナの穀物輸送は継続している。

 紅海におけるフーシ派によるミサイル、ドローン攻撃は、紅海経由の国際海上輸送に大きな影響を与えているものの、航行船舶が全くなくなったわけではない。フーシ派が公開した商船捕獲作戦の映像を見て分かるように、1隻の商船を拿捕(だほ)するためには、ヘリコプターを含む兵力が長時間拘束されることとなる。バブエル・マンデブ海峡を通峡する船舶が減少したとはいえ、現在でも1日30隻近い船舶が航行している。これら全てを拿捕し、立ち入り検査を行うことは現実的ではない。

 次に、海上交通妨害を受ける側にとって、危険海域を航行するか否かの判断は、「船舶運航者の心理状況」、「輸送コスト」、「物資の必要性」の3つのパラメーター次第だということが指摘できる。

 フーシ派による紅海航行船舶への攻撃による被害は、5カ月で2隻。小規模な被害を受けた商船を含めても、航行船舶の数と比較すると極めて少ない。にもかかわらず、海運会社大手は、紅海経由のルートを避けている。攻撃されるかもしれないという恐怖感に加え、喜望峰を迂回することでかさむ輸送コストは許容範囲と判断しているものと推定できる。

 一方、黒海における海上輸送は、ロシア海軍による攻撃の可能性は低いとはいえ、ロシア軍の長距離巡航ミサイルにより、オデッサ(オデーサ)やドナウ川周辺の港湾施設攻撃の被害が発生している。そうした危険の中でも、安定した海上輸送が行われているのは、穀物輸送の必要性が、攻撃被害に対する恐怖やコストよりも優っているからである。

台湾有事は海上封鎖だけではすまない

 国際海上交通に係る黒海と紅海の状況は、台湾有事を考える上で有益な示唆を与えてくれる。2022年8月、ペロシ米下院議長が訪台した際、中国が台湾を囲むように射撃海面を設け弾道ミサイル発射を行った時の海面の設定が、海上封鎖を意識したものではないかと、多くの専門家が分析した。また、米研究所CSISが台湾の国防安全研究院と共同の研究で、両国専門家が台湾有事における最も可能性の高いシナリオとして挙げているのは軍事侵攻ではなく、「法執行機関による隔離(Quarantine)」としている(米研究者91%、台湾研究者63%)。軍事力を行使する「海上封鎖(Blockade)」と使い分けてはいるが、大きな違いはないとみられる。しかしながら、海上に海域を設定するだけで海上封鎖ができるわけではない。これまでの例を見れば明らかなように、ミサイルなどが飛来しうる危険海域であっても、「物資の必要性」が高ければ、当該海域を航行する商船は現れるだろう。法執行機関による「隔離」にも同様のことが言える。

 つまり、戦略として、海上交通の完全な遮断は現実的ではない。部分的な海上交通妨害についても、黒海の事例のように相手の「船舶運航者の心理状況」と「物資の必要性」によっては奏功しない可能性がある。

 2023年米下院公聴会に出席したラトナー国防次官補も、「中国が台湾周辺の海空域を封鎖しても、台湾は国際社会と連携し、輸送を確保する」と述べている。その上でラトナー氏は、中国が封鎖の実効性を確保するために、第三国の民間商船や航空機を攻撃するリスクもあるとの見方を示している。これは、台湾の経済封鎖は、封鎖だけで終わる可能性は低く、第三国を巻き込んだ国際的武力紛争に直結する危険な行為であるという米政府の見方を示すものである。中国が台湾の経済封鎖をどのように実施するのか、その実効性、影響力、対応手段などシミュレーションしなければならない項目は多い。

 島国である日本にとって、その生存と繁栄に海上輸送は欠かせない。国土交通省が発行している「海事レポート2023」によると、日本は貿易量の99.6%を国際海上輸送に依存。特にエネルギー、鉱物資源、食料などの国際海上輸送依存率はほぼ100%となっている。

 紅海の例のように、第三国の民間商船などを中国が攻撃するようなことがあれば、有事は内戦の域を出て、国際法上の国際的武力紛争に発展する可能性がある。そうなれば、周辺海域の緊張はより一層増す。結果として、日本のシーレーン確保にも支障が出てくる。黒海や紅海の事例からの学びは多いと言えよう。

写真:ロイター/アフロ

地経学の視点

 欧州や中東からわが国への海上輸送路には、南シナ海、台湾、東シナ海と中国が領有権を主張する海域が近くにある。この海域で軍事衝突や海上封鎖が起これば、物流は混乱。食料や化石燃料などがスムーズに輸入できず、経済のみならず日常生活にも支障が出るのは明らかだ。迂回路を使って輸送をしたとしても、日数を要すれば、運賃の高騰を招くことも想定され、影響を排除することは難しい。

 ただ、紅海や黒海の例を見ると、海上封鎖が容易でないことも分かる。必要性が高い物資であれば、船舶は危険な海域であっても航行するという現実もある。そうした時、中国はどう出るのか――。具体的想定をする必要性を著者は強調している。

 太平洋戦争では、米軍の徹底的な通商破壊により、わが国は抗戦能力を大きくそがれた経験を持つ。紅海や黒海で起こっていることは、海の向こうの出来事ではない。歴史や現在進行形で起こっている事象を学び取り、明日に備えることが求められている。(編集部)

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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