土地は誰のものか-重要土地調査法案-

政府は2021年3月26日に「国家安全保障上重要な土地等に係る取引等の規制に関する法律案(重要土地等調査法案)」を閣議決定し、国会に提出した。法案の内容は、自衛隊基地や離島など安全保障上重要な土地の一定面積上以上の土地売買に関し、氏名や国籍、利用目的等の事前届け出を義務付ける「第一種重要国土区域」と、政府に土地の所有者や利用実態の調査を認める「第二種重要国土区域」を定めるものである。基本方針及びそれぞれの具体的地域の指定は内閣総理大臣が行うこととされている。
対馬の海上自衛隊基地周辺の土地が韓国リゾート会社に、北海道の広い地域が中国資本家に買収され、使用目的不明のまま放置されていることを危惧する報道があり、外国人による土地取得に何らかの制限を加えるべきだとの意見は以前からささやかれていた。しかしながら、国民の財産権や生存権を保証する憲法の理念から、私権の制限は行うべきではないとの反対意見から、長年にわたり何の規制のないまま放置されてきた。今回私権の制限を含む法律の成立が具体化してきた背景には、日本に内外における重要な情勢変化がある。
国外における変化は、中国企業による外国の土地や港湾の長期間リースの急増に国際的な懸念が高まっている事である。2016年に豪州北部準州当局が、ダーウィンの米国海兵隊駐留拠点に近い港湾を、中国企業「嵐橋集団」に99年間貸与する契約を締結した。ダーウィンは、沖縄、グアムと並んで米国海兵隊をローテーション配備することで、西太平洋に展開する中国海軍の活動を牽制する重要な拠点である。2016年3月20日付のニューヨーク・タイムズ紙は「中国は米と豪の海軍活動をスパイする最前線を購入した」との専門家の意見を報じている。
2017年7月には、スリランカのハンバントタ港が中国の国有企業に99年間にわたりリースされることが明らかとなった。当時この出来事は「債務の罠」と称され、中国の経済進出への警戒感が国際的に広がった。2018年8月に訪中したマレーシアのマハティール首相は、記者会見において「新たな植民地主義は望まない。」と中国を牽制する発言をしている。同氏は、マレーシア前政権が進めていた中国主導のインフラ計画を、負債を増大させると批判、次々に中止させている。
豪州やスリランカの例は、日本人に、例え私的な取引とは言え、外国人、特に中国人との土地取引は国の安全保障に大きな影響を与えることを実感させる例となったものと考える。
国内における情勢の変化は、新型コロナウィルスの感染拡大である。2021年2月に成立した「新型コロナウィルス対策の特別措置法」では、緊急事態宣言のもとで出された施設等の使用制限を「要請」できる事に加え、正当な理由なく応じない業者には「命令」ができる。更には「命令」に応じない事業者には過料を科すことも明らかとされている。これは、明らかに私権への制限と言えるであろう。新型コロナウィルスの感染拡大という非常時であるという事を考慮しても、人の命にかかわる事態における私権の制限は、日本国民のコンセンサスを得たと言えるであろう。
2021年4月1日のパラオ現地紙は、同国大統領の台湾を訪問伝えた上で、米国が2022年から2027年にかけて、パラオに19,700万ドル投じて各種軍事基地を建設することを報じている。その中で、事前調査に訪れた米国人が、中国人がパラオの土地の多くを99年間リースしており、これがレーダー等建設の障害となっているとの懸念を示したことを伝えている。パラオは台湾と国交を結んでいる数少ない国である。パラオという親台湾の国でさえ、商業目的を名目とした中国の進出が確認されたことは驚きである。
国内外の情勢を考慮すると「重要土地等調査法」は国会を通過することは確実と考えられる。問題はその実効性をどう確保するかという事である。例えば日米が共同使用している厚木基地は、安全保障上の重要性を考慮すれば、間違いなく「第一種重要国土区域」に該当する。しかしながら、厚木基地周辺は住宅地に密接しており、その売買を事前に届けることは、大きな反発を受けるであろう。市街地の基地や駐屯地は対象外とするとの報道があるが、その場合適用対象は、離島や過疎地域のみになりかねない。
「重要土地等調査法」の実効性を高めるためには、国民一人一人の自覚と、周囲の人々の目が重要な役割を果たす。従来メディアの役割は一方通行であったが、最近ではSNSの普及により双方向の情報提供が増大しつつある。フェイクニュースやデマの拡散等が与える影響に危惧がもたれるSNSではあるが、その膨大な情報を取捨選択することにより、違法な土地取引の兆候をつかむことは不可能ではないであろう。個人の財産権や所有権を尊重する事は、自由民主主義、資本主義の基本である。しかしながら、国が成立する三大要件である、国民、国土及び政府の一つである国土の所有権については、安全保障上一定の私権制限があるのは、ある意味当然のことであろう。土地は所有者のものであるが、その売買が与える影響は、所有者の責任に帰することを自覚する必要があるのではないだろうか。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄 防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。


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