実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。今回は、ウクライナ戦争について陸海空の自衛隊OBと議論する座談会。最終回となる第5回は、防衛装備移転3原則に基づく日本のウクライナ支援をフックに、国内防衛産業をいかに保護・育成すべきかを考えます。さらにウクライナ戦争の「戦後」の秩序のあり方についても議論を深めていきます。(座談会は3月24日に実施。ファシリテーターは実業之日本フォーラム編集委員の末次富美雄、話者のプロフィールは記事末尾)
【これまでの議論】
第1回:「戦わずして勝つ」はあえなく失敗、ウクライナの力を見誤ったロシア
第2回:なぜロシア得意のサイバー・電子戦は通用しないのか 生かされた「クリミアの教訓」
第3回: ウクライナ反転攻勢のカギ、米戦闘機F-16の供与はあるか
第4回:海外から見れば日本は「核保有国」? 避けられぬ非核3原則の議論
第5回:韓国は備え始めている 対応急務の「武器のサプライチェーン」(今回)
末次富美雄(実業之日本フォーラム編集委員):日本のウクライナ支援の話題に移ります。岸田文雄首相が今年3月にウクライナを訪問し、支援を約束しました。具体的には、殺傷性のない装備品支援に3000万ドルを拠出することや、エネルギー分野などに4.7億ドルの無償支援を行うことなどです。NATO加盟諸国が戦車や戦闘機を供与しているのに対し、日本は非戦闘用の支援にとどまります。
背景には、海外への防衛装備の輸出を認める「防衛装備移転3原則」の厳格な運用があります。昨年末に防衛3文書が見直された際、同原則の運用方針を見直し、殺傷能力のある兵器、装備の移転も可能にしてはどうかという意見があったと認識しています。
今回のウクライナ支援には、運用方針の見直しが間に合いませんでした。一応、ウクライナのゼレンスキー大統領は歓迎の意を表していますが、NATOと比較して、日本の支援のあり方には疑問を持たれるのでは、という懸念もあります。矢野さんはどうお考えですか。
矢野一樹(日本安全保障戦略研究所上席研究員):全くおかしいと思います。瀕死の病人に、薬を持っているのに、「うちは薬をあげることはできないから、食料をあげるよ」と言っているようなものです。自分が病気になったときも薬を他国に求めないというなら理解できます。しかし、日本が戦争の当事者となれば、友好国から武器・弾薬の供与を求めるはずです。「自分は求めるが、都合が悪いから他国からの求めには応じられません」というのは常識外れです。憲法には、武器を輸出してはいけないとは書いていない。内閣の決定でしかないのです。今までろくな弾薬製造も行っていない日本が、弾薬を他国に提供できる状態ではないことは確かですが、実態は別として理論的には全くのひとりよがりです。
渡部悦和(渡部安全保障研究所長):最近、半導体のサプライチェーンの脆弱性をどう克服するかという議論をよく聞きます。ウクライナ戦争で明らかになったことは、弾薬や戦車、ミサイル、ドローンなど、「武器・装備のサプライチェーン」を考えなければいけないということです。これはウクライナ支援に限りません。日本有事、あるいは台湾有事において、日本が必要とする弾薬をどのように確保するかが大問題です。日本の弾薬製造能力からみて、十分な弾薬を供給できるとは思えない。どこからか供給を受けなければならないのです。そういう観点で、弾薬のサプライチェーンを考える必要があります。
今回のウクライナ戦争は、日本の持つ「アレルギー」、つまり国際的常識に反する安全保障の議論とか、核・原子力の活用や兵器輸出に対する画一的な反対姿勢について、見つめ直す良い機会だと思っています。
「武器のサプライチェーン」をいかに確保するか
末次:確かに、弾薬やミサイルのサプライチェーンは重要です。その中で考えなければならないことは、「武器の共通化」という問題です。サプライチェーンを確保するためには、いかに国際的ネットワークにビルドインしていくかが非常に大切です。さらに、国内の製造能力を維持するために、防衛産業を保護・育成することも欠かせません。このバランスをうまくとっていかなければならないと思っています。
そう考えた場合、防衛装備の移転を積極的に進めないと国際的な武器のネットワークにも入れませんし、国内防衛産業も育たない。それなのに、なぜ装備移転が進んでこなかったのか。防衛装備移転3原則の厳格的な運用のほかに考えられる理由はありますか。
小野田治(日本安全保障戦略研究所上席研究員):国内防衛産業の営業力と価格の問題が大きいと思います。価格が高いから売れない。2020年にフィリピンに警戒管制レーダーを移転する契約が締結されたのが唯一の防衛装備移転です。フィリピンには練習機を供与していますが、あれは中古です。
末次:TC90ですね。
小野田:ええ。現在、UAE(アラブ首長国連邦)にC-2輸送機を移転する交渉が行われていると聞いていますが、進捗は芳しくないようです。今の防衛産業のレベルでは、企業単独で大型の装備移転を行うことは不可能です。国が主導しなければ進まないと思います。
末次:韓国の武器輸出はすごい勢いで伸びていますね。
小野田:韓国は、この10年で国防産業の海外輸出をものすごく増やしました。政府が音頭を取っているからです。155ミリ榴弾砲K9をポーランドに売り、インドネシアと次世代戦闘機の共同開発を行っています。「非殺傷」「殺傷」というような区別はしていない。このような仕組みを参考にしなければいけません。
韓国だって、本来、武器の価格競争力は高くないはずですが、価格を安くしてでも、販路の確保を優先している。これは高度成長期に、日本が海外に進出していったパターンと同じだと思います。護送船団方式は好ましくないと言う人もいますが、それをやっていかないと、絶対に海外のマーケットを開発することはできないでしょう。
もう一つ、「NATOカタログ制度」における日本特有の課題があります。
末次:相互運用性を向上させるために、NATO規格を定めたものですね。非NATO国は、参加レベルによって、「Tier1」と「Tier2」に分かれており、2020年に日本は、他国の装備品等の情報の閲覧に加え、自国の装備品等の情報を登録・発信できる「Tier2」となっていますね。
小野田:はい。ですが、日本はTier2の国でありながら、殺傷兵器を海外に輸出できないという制約があるため、登録しても輸出ができません。積極的に登録するインセンティブが全くない状況です。
輸出できないということは供給ルートがないということです。日本の危急時に、海外から兵器や弾薬を緊急輸入すると言っても、そのルートが確立できていないわけです。従って、日本の防衛産業をNATO規格に組み入れていく政策は絶対に必要です。ウクライナ戦争から教訓を得ることができる今こそ、その重要性を国民に理解してもらうチャンスです。NATOカタログ制度の実効性を確保して、砲弾等を海外に輸出できるようにするべきです。
「戦後」の世界の絵姿は
末次:NATOカタログ制度について、防衛装備庁のウェブサイトを見ると、確かに仕組みの説明があり「タイムリーな部品調達などへの効果が期待される」というだけで、参加したい企業はどうぞといった感じです。国家として、この仕組みを積極的に利用しようという姿勢が感じられません。むしろ、登録し、商談がまとまっても、海外に提供する場合は、経済産業大臣の許可がいりますよと、ブレーキを踏んでいるのが現状です。
日本の防衛力強化において、各種政策の方針が示され、防衛費増額に対する国民的理解も広がっています。しかしながら、実際の制度化という面では、まだまだ進んでいないことが多いと感じています。実際の政策に落とし込むための検討が不足していますし、制度改正も手つかずの点が多いというのが課題かと思っています。
最後に、ウクライナ戦争の終結は全く見通せませんが、中国の習近平国家主席のロシア訪問(3月20~22日)も踏まえて、ウクライナ戦争の終結の絵姿と、そのときの国際情勢について意見を伺えますか。
渡部:バイデン米大統領は、現在の国際秩序について「民主主義陣営と権威主義陣営の対立だ」と述べています。この構図は、ウクライナ戦争を通じて明確になったと思います。戦争を始めたのはプーチン大統領です。オースチン米国防大臣が主張しているように、ロシアにこの戦争を勝たせてはいけません。
経済制裁を受けているロシアの国力は、これから右肩下がりで落ちてくると思います。それと同時に、世界第二の軍事大国といわれていたロシアの軍事力も徹底的に落とさなければならない。ウクライナでの教訓を踏まえ、今後、ロシアに戦争を仕掛けるような能力を持たせてはならないというのが、私の基本的な考えです。一方で、そうなった場合、ロシアが中国のジュニアパートナー(属国)となり、中国の影響力が増大することが十分考えられます。強大化する中国にいかに対処するかというのが、民主主義陣営のこれからの大きな課題となると思います。
さらに事態を複雑にするのは、インドをはじめとする、いわゆる「グローバルサウス(南半球を中心とする途上・新興国)」の存在です。このグループを、権威主義陣営に向かわせてはいけない。民主主義陣営に近付くような政策をとっていく必要があると思います。
ブロック経済になる可能性を避けながら、民主主義陣営が国際秩序を主導していく。そういう世界であり続けてもらいたいと思います。その中で、日本は、日米同盟を中心として、民主主義陣営の中で存在感がある国家として存在していく努力が必要だと思います。
そのためには、総合的な国力として、経済力、政治力、外交力、技術力、教育力の全てが必要です。しかし軍事力を抜いた議論はあり得ない。ウクライナ戦争を通じて、国民の皆さまに、軍事力の重要性をぜひ理解してくださいというのが私の思いです。
民主主義は守り抜くべきもの
末次:ご指摘のとおり、民主主義陣営と権威主義陣営のそれぞれ代表である米国と中国はデカップリング(分断)しつつあります。そのような中で、3月に中国がサウジアラビアとイランの和解を仲介したことは、グローバルサウスの国々から見れば、「平和を求めているのは中国じゃないのか」という印象を与えた可能性があります。中国がグローバルサウスの取り込みを進めている懸念があります。
また、ロシアの国力低下が避けられない中で、誇りの高いロシアが、中国のジュニアパートナーになることを許容するのか。この点について、どう考えますか。
矢野:ジュニアパートナーになることを許容するかどうかというよりも、中・露に加え北朝鮮の3カ国が戦略的な連携を深めていくということは、間違いないと思います。そうした周辺3カ国の正面に立つという前提の下、日本は政策や戦略を推し進めていく必要があります。そう考えると、日米同盟だけでは不十分です。太平洋方面における集団防衛体制を含めて考えていかなければならないと私は考えています。
小野田:昨年末改定された国家安全保障戦略では、より良い国際秩序をつくるために外交努力をするとあります。この点が非常に重要です。安倍晋三元首相が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を立ち上げたことをイメージしていると思います。
国際秩序はこれから混沌としてくると思います。制裁で国力が低下すると言っても、ロシアがなくなるわけではありません。中国の国力はもうピークを迎えたという説もありますが、国際社会を俯瞰すると、人口比で言えば現時点で民主主義陣営はマイノリティーです。それでも民主主義陣営が強かったのは、経済的にマジョリティーだったからです。経済的な優位性が失われていくと、民主主義陣営の強みも失われてくる。中国のような権威主義国が、経済的な規模も大きくなっていったときに、みんなそこにすり寄る形にならざるを得ないというのが、国際秩序の難しいところです。
われわれは、民主主義陣営による国際秩序が、昔からあったかのように錯覚しがちです。これは比較的最近できたものであって、非常にもろいものだということを認識すべきです。その上で、日本は、少なくともアジア地域において、民主主義の主導的な役割を担わなければいけません。その自覚が「外交」というキーワードで国家安全保障戦略に示されたことを高く評価したいと思います。
一方で、軍事力のない外交は無力だということも、冷徹な現実として再認識する必要があります。今回、防衛費を増額する理由はそこにあります。それを、国民にしっかり理解いただくことが重要です。ウクライナを電撃訪問したことを野党が詰問している国会の状況を見ると、まだまだこの国はそのあたりの考え方が浸透していないと感じます。「行くのが遅い」「なぜ早く行かなかったんだ」と言う野党がいてほしいと思います。
「防衛3文書」に欠ける視点
末次:2021年から米国は、民主主義陣営の国を集めて「民主主義サミット」を主催しています。今年も、3月29、30日にオンライン形式で計画されています(編集部注:予定どおりサミットは開催され、約120カ国・地域の首脳が参加した)。ただ、このサミットに招待されなかった国が「われわれは米国から民主主義国と認められていないのか」と非難の声を上げています。
そのことを考えると、このように色分けすることが果たして正しいかという面も考える必要があります。グローバルサウスの取り込みを考える場合、包摂性、多くの国々を包み込める仕組みが必要だと思います。
また、防衛力の強化に係る検討が進んでいますが、「2023~27年度までの防衛費総額43兆円」というお金の問題だけが先走りして、あるべき防衛力に関する議論がおざなりになっているのではないかという危惧があります。自衛隊OBの皆さんの意見を伺いつつ、実業之日本フォーラムとしても、あるべき姿について意見発信していきたいと考えています。最後に、ここで言っておきたいことがあればお願いします。
渡部:やはりオールドメインで物事を考える習性をつけてもらいたいと思います。今までは陸海空だけ考えていた。それだけではだめで、サイバー、宇宙、電磁波領域も戦いの場所になってきている。しかし、なお不十分です。経済、外交、科学技術も考えなければなりません。そして、サイバーの中でもSNS等で構成される新たな情報空間をいかに利用するか、そこから生じるさまざまな問題をいかに処理するか、このことを考えなければいけないということを強調したいです。
矢野:一番考えなければならないのは、今日有効だからといって、明日有効とは限らないということです。今日の戦争形態が、そのまま次の戦争形態になるわけではありません。これから日本政府が創設する統合司令部の役割は、将来の戦争、明日の戦争を同盟国と一緒に考え、その変化に対応することが重要です。
それから、昨年末に制定された国家防衛戦略には、新しい戦い方に対応するために、7つの機能・能力が示されています。この中に入っていませんが、海上自衛隊が持つ極めて重要な機能として「水中優勢の維持と獲得」が国家防衛戦略に示されています。私が元潜水艦乗りだから言うわけではありませんが、極めて重要な機能です。同盟国である米国は、初めからこれを対中軍事戦略の切り札として位置付けています。同盟国と歩調を合わせていくのであれば、そのあたりはきちんと考え、実行していくべきだというのが私の考えです。
末次:矢野さんらしく、AUKUS(米英豪三国間の安全保障枠組み)で進められている豪州の原子力潜水艦との共同も視野に入れたご意見だと思います。小野田さん、いかがでしょうか。
小野田:防衛3文書は非常によくできていると思います。ただ一つ、十分に議論されていないことがあります。それは人材の確保です。国防戦略の中で、人材確保に触れてはいますが、従来の防衛計画の大綱に書いてあることとほとんど中身は一緒です。
最近になって、例えばサイバー人材について、高額の報酬で雇用するという話が出てきましたが、まだまだ検討が足りていません。日本の人口が減っていく中で、どのように数を確保するか、どのように質の高い人間を自衛隊に採用していくのかを真剣に考えていくべきです。
また、常備兵力だけで国防が成り立つという考え自体も見直さなければならないかもしれません。ウクライナ戦争の教訓として、「予備役がいなければ戦争は継続できない」ということが挙げられます。ウクライナでは、民間に出た予備役が招集に応じ戦闘に参加しています。国のレジリエンシー(強靭)な体制が非常に重要です。そういう意味で、外国のやり方を学び、日本独自の人材確保の方法を考えていくべきだと思います。
末次:防衛3文書の中で抜け落ちているのは、民間防衛を含めた国家としてのレジリエンスだと私も認識しています。皆さん、どうもありがとうございました。
写真:Ukrinform/アフロ