実業之日本フォーラムでは、テーマに基づいて各界の専門家や有識者と議論を交わしながら問題意識を深掘りしていくと同時に、そのプロセスを「JNF Symposium」と題して公開していきます。ウクライナ戦争について陸海空の自衛隊OBと議論する座談会、第4回となる今回は、ロシアによる「核の脅し」を教訓に、日本の防衛体制において核抑止をどう位置付けるべきか考えていきます。(座談会は3月24日に実施。ファシリテーターは実業之日本フォーラム編集委員の末次富美雄、話者のプロフィールは記事末尾)
【これまでの議論】
第1回:「戦わずして勝つ」はあえなく失敗、ウクライナの力を見誤ったロシア
第2回:なぜロシア得意のサイバー・電子戦は通用しないのか 生かされた「クリミアの教訓」
第3回: ウクライナ反転攻勢のカギ、米戦闘機F-16の供与はあるか
第4回:海外から見れば日本は「核保有国」? 避けられぬ非核3原則の議論(今回)
末次富美雄(実業之日本フォーラム編集委員):前回に続き、日本の防衛体制のあり方について議論したいと思います。
ウクライナ戦争では、ロシアによる核の脅しがなされており、われわれにも核に対する考え方について多くの示唆があると思います。日本の安全保障上、核抑止をどのように位置付け、どのように担保していくべきでしょうか。
小野田治(日本安全保障戦略研究所上席研究員):ロシアは、核使用のドクトリンを公表しており、その中で「自国の安全に大きな影響を及ぼす場合は核を使用する」と明らかにしています。このように宣言することで核の恫喝(どうかつ)がより効果的になると考えている。戦況がロシアにとって著しく不利になれば核を使うことはあり得る、と西側に推測させるわけです。
ロシアのプーチン大統領は早い段階で、ウクライナの東部・南部4州を自国に繰り入れました。ザポリージャ、ヘルソン、ドネツク、ルハンスクの4州はロシア領ということになりますから、そこで戦況が悪化すれば、核を使う名分が立ちます。「使うかもしれない」と思わせることで、相手の行動を抑制できるのは間違いありません。その点では、抑止はある程度効いているのです。
「西側はプーチンの恫喝に屈するべきではない」という意見も分かりますが、国のリーダーとしては、核のリスクがある中で、現実的には希望的観測のみでギャンブルはできない。今回ご参加の皆さんも部隊指揮官の経験からお分かりかと思います。ましてやNATO(北大西洋条約機構)には、米国を含めて30カ国(編集部注:今年4月にフィンランドが加盟し、31カ国となった)の首脳がいるわけで、彼らが一致して「もっとロシアを追い詰めるべきだ」とはならないでしょう。ロシアはそれを狙っています。
「非核3原則」の是非
末次:まさに核による抑止が効いているわけですね。核保有国同士の戦争は起こりづらいが、ウクライナはNATOに加盟しておらず、核の抑止力を持っていない。NATOとしても武器供与は抑制的にならざるを得ないのでしょう。この状況は、台湾有事を考える上でも大きな教訓となると思います。核抑止については、多くの先行研究と、さまざまな主張がありますが、大事なことは議論することだと思います。
日本でも防衛力強化の議論が進んでいますが、その中で抜け落ちているように思うのは核に関する議論です。昨年末に見直された国家安全保障戦略では、「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核3原則が安全保障の基本方針とされていますが、現状は、「議論せず」「考えさせず」を加えた5原則だという指摘もあります。
わが国の安全保障を考える上で、核の議論は避けて通れないと思います。G7(主要7カ国)広島サミットを5月に控え、唯一の被爆国である日本が核兵器廃絶に向けて取り組むことは重要ですが、理想と現実のバランスもまた重要です。日本は米国の「核の傘(核兵器による拡大抑止)」の下にあるわけですが、それは本当に実効性を伴っているのか。日本に対する核抑止をどのように担保していけばよいでしょうか。
矢野一樹(日本安全保障戦略研究所上席研究員):日本の周辺国の状況に鑑みれば、非核3原則は論外だというのが私の考えです。核保有国であるロシアは、核の先制使用を容認しています。最近プーチン大統領は、米露の核軍縮合意である「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行の一時停止を表明しました。
中国は核弾頭の数を増やしており、現在450発程度とみられる核弾頭の数を2035年までに1500発にすると米軍は見積もっています。「核先制不使用」をうたいながら、中国の要人は、中国の重要地点が攻撃されたら核を使用すると言っています。また、北朝鮮は必死で核を作り、弾道弾の試験発射を繰り返し行っています。
このように、日本が正対する3つの権威主義国家が核を持ち、事実上、核の先制使用を容認している状態にあるにもかかわらず、日本が何ら核戦略を立てることなく、国家安全保障戦略で非核3原則をうたえば事足れりとする神経自体が分かりません。
末次:矢野さんご指摘のとおり、中国、ロシア、北朝鮮という核保有国に囲まれている日本にとってみれば、核の脅威を見て見ぬふりをするのは危険すぎると思います。ただ、唯一の被爆国という日本の立場からすれば、「核兵器の削減」というスローガンは降ろすことはできません。一方で、冷徹に情勢を考えたときに、わが国に対する核抑止をどのように担保するかということは常に考えておかなければなりません。渡部さんはどう思われますか。
日本は「潜在核保有国」
渡部悦和(渡部安全保障研究所長):核抑止に関しては、米国に頼らざるを得ないというのが私の結論です。ですから、日米安全保障条約、日米同盟は不可欠であろうということです。
日本としても、核に関しては本当に議論しなければなりません。非核3原則で本当にいいのか。私は、核を「持ち込ませず」という原則は消去し、「持たず」「作らず」の2原則は米国の核抑止力に頼るべし、という考え方です。日本が自前で核開発を行うことは国際情勢などを踏まえるとかなり難しいと思います。
末次:小野田さん、いかがでしょうか。
小野田:もっとプラクティカルな議論が必要です。核抑止は学問の一分野になっています。しかし日本の核抑止専門家は、私が知る限り、片手ぐらいの数しかいません。防衛研究所政策研究部の高橋杉雄政策研究室長や、米ハドソン研究所の村野将研究員など若手研究者もおいでになるけれども、核の専門家は非常に少ない。そのあたりがアカデミックに議論が展開できない理由だと思います。
ちょっと驚く話をします。私は2013~15年の間、ハーバード大学で安全保障の研究をしていたのですが、ハーバード大の核専門家が作った資料には、日本が「核保有国」とされていたのです。というのは、「核保有国」の定義には、「核兵器を作る潜在能力のある国」という分類があり、その中に日本が含まれている。確かに日本には原発はあるし、核燃料の再処理能力もある。核兵器を作ろうと思えば作れるという意味で、潜在核保有国とハーバードでは認識されているのです。核の研究者の間で日本がそのように認識されているという事実すら、われわれは知りません。
一方で、日本はNPT(核不拡散条約)の優等生でもあります。だから世界から信頼されているんです。米国も、日本に対して拡大抑止(自国の核抑止力を他国に対しても提供すること)をきちんと提供しないといけないと思っているわけです。この点が重要です。
日本人だけが、そういう話を知らないまま、非核3原則をうのみにして、核抑止について考えもしない。昨年12月に発表された国家安全保障戦略にも核戦略に関する記述はありません。海外と日本で大きな認識のギャップがあることを、ぜひ国民の皆さんに知っていただきたい。そういった意味で、核のことをもっと勉強しなきゃいけないというのが私の意見です。
末次:今年の1月、韓国の尹錫悦大統領は、自国で核を持つ、もしくは米国に核の持ち込みを依頼することも考えなければいけないと述べました。韓国のアンケートでは、国民の6割ぐらいが核保有を支持しています。これに対して米国はどう動いたか。同月末にはオースチン米国防長官が韓国を訪問し、米国による韓国への拡大核抑止を担保すると表明しました。このような核を巡る各国の動きをわれわれは注視しなければなりません。
写真:REX/アフロ