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2022.11.02 コラム

電磁波によるインフラ破壊--北朝鮮からのEMP攻撃という「最悪のシナリオ」に備えよ

相良 祥之

 10月4日、北朝鮮は5年ぶりに日本上空を通過する弾道ミサイルを発射した。ここで思い起こすべき点は、EMP(Electromagnetic Pulse:電磁パルス)攻撃の脅威である。

 EMP攻撃とは、核爆発などにより瞬時に強力な電磁波を発生させ、公共インフラの電気系統や電子機器に過負荷をかけ、誤作動させたり破壊させたりする攻撃である。原子力・火力など発電所のほか、電話やインターネットなどの情報通信、電気・水道・ガスといった基幹インフラが制御不能になる。さらに、飛行中の航空機が操縦できなくなるリスクや、医療機関やそのシステムにも大きな影響が生じ得る。軍事的にはセンサーや情報システムが無力化されるリスクもある。物理的な攻撃によらずに、社会経済活動を大きく混乱させる、経済安全保障上の脅威でもある。

 北朝鮮の朝鮮中央通信(KCNA)は、9月下旬から10月にかけての発射実験が、戦術核運用部隊の訓練だったと報じている。近年の北朝鮮の動向を踏まえれば、北朝鮮が核弾頭を搭載した弾道ミサイルを発射し、日本上空を通過する際にEMP攻撃を仕掛けるシナリオを想定しておくべきではないか。日本の防衛にとって新しい領域である「宇宙」「サイバー」「電磁波」のうち、これまでEMPを含む電磁波への関心は低かった。だが、もしEMP攻撃が現実のものとなれば、自衛隊の装備のみならず、民間の基幹インフラにも壊滅的な打撃を加えることになるだろう。

北朝鮮によるEMP攻撃の脅威

 2017年9月3日、北朝鮮は6回目の核実験(水爆実験)に踏み切った。この際KCNAは「広大な地域に対する超強力EMP攻撃」を加えることができると報じた。日本でもEMPへの関心が一時、高まった。

 しかしその後、北朝鮮による軍事攻撃では、弾道ミサイルや核爆弾など大量破壊兵器による直接攻撃やサイバー攻撃に注目が集まり、EMP攻撃への関心は薄れてきている。例えば、米国防省の国防情報局(DIA)が2021年に公表したNorth Korea Military Powerという報告書[1]にもEMP攻撃への言及は見られない。

 他方、米国議会の諮問委員会の一つである「国家・国土安全保障に関するEMPタスクフォース」は、EMP攻撃により米国の電力網が破壊される脆弱性について分析と提言を続けてきた。2021年6月、EMPタスクフォース事務局長のDr. Peter Vincent Pryは報告書を公表し、北朝鮮のEMP攻撃が差し迫った脅威であると、警鐘を鳴らした[2]。報告書は、北朝鮮が2012年に打ち上げた衛星「光明星3号(KMS-3)」と2016年に打ち上げた衛星「光明星4号(KMS-4)」について、かつてソ連が米国に高高度電磁パルス(HEMP)攻撃で奇襲するため周回させていた部分軌道爆撃システム(FOBS= fractional orbital bombardment system)と、ほぼ同じ軌道で周回していることを指摘した。

 ソ連のEMP攻撃に関する技術はすでに北朝鮮へ流出したとみられている。つまり北朝鮮は、小型の核爆弾を「偵察衛星」あるいはミサイルに搭載し、それを高高度(約30~400km)で爆発させることで、米国に対しEMP攻撃を仕掛ける能力を追求してきたというのである。

 北朝鮮は、核兵器の小型化・弾頭化をすでに実現している可能性が高い。高高度での核爆発であれば、大気圏再突入技術も不要である。北朝鮮は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会で「国防発展5カ年計画」(国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画)を提示し、核兵器の小型・軽量化および戦術兵器化、弾道ミサイルの精度向上や極超音速滑空飛行など変則軌道の開発を進める方針を定めた。以降、北朝鮮は、さまざまな軌道の弾道ミサイルの発射、複数地点からの同時発射、そして「偵察衛星」と称する弾道ミサイル発射を繰り返している。核実験の再開に向けた動きも観測されている。

放射能汚染か、EMP攻撃によるインフラ破壊か――「最悪の二者択一」も

 北朝鮮によるEMP攻撃はどのような形で行われるだろうか。北朝鮮による核弾頭を用いた攻撃として考えられるシナリオは、ミサイルに小規模な核爆弾を搭載し、①日本の領土・領海に着弾させる。あるいは、②日本上空を通過させる途中で核爆発を起こし、EMP攻撃を仕掛けるというものである。

 ①のように、わが国の領土・領海への着弾を狙った弾道ミサイルであれば、ミサイル防衛で迎撃可能なはずである。また、日本に人的・物的被害を与える武力攻撃は、米国、日本、韓国による北朝鮮への強烈な反撃を招く。北朝鮮にとって破滅的な行為である。

 問題は②、日本を通過する弾道ミサイル(あるいは巡航ミサイル)が、日本上空に差し掛かった際に核爆発を生じさせるEMP攻撃である。この場合、日本への人的・物的な被害は軽微であろう。もし高い高度で迎撃できれば、放射性物質が地上に落下するまでに無害化されるとみられる。

 しかし仮に高度が低い場合、「EMP攻撃を避けるため迎撃する」か、「有害な放射性物質が地上に落下することを避けるためあえて迎撃しない、つまりEMP攻撃を甘受する」か――という難しい判断が求められる。しかも、その判断は迎撃可能な数分以内に下さねばならない。ミサイルが高度を低く抑え高速で飛翔する「ディプレスト軌道」の場合、さらに短時間での判断となる。

 EMP攻撃に対して、防衛省・自衛隊も備えてきた。自衛隊の電磁パルス防護に加え、レーダーや通信システムの多重化・冗長化により被害を軽減することができる。仮に無力化されても、修理したり代替機材に切り替えたりすることで復旧は可能であろう。ただし、復旧までのタイムラグを狙って日本の領土が攻撃される事態は想定しておかなければならない。

 また、EMP攻撃に日本が反撃すべきか、という問題もある。日本上空での核爆発であっても、EMP攻撃が電気系統のみ破壊し、人的な被害や建造物の破壊を生じさせない場合、それを「武力攻撃事態」と認定し、北朝鮮領内へ反撃すべきかどうか、判断は難しい。日本の反撃がエスカレーションのラダーを上れば、北朝鮮から日本への第二撃による大規模な人的被害が予想されるからである。また、電磁波で指揮統制システムが破壊された場合、反撃を行うべき基地や指揮命令系統のターゲティングにも支障が出る可能性がある。

基幹インフラの強靭性確保が急務

 ひとたびEMP攻撃が発生すれば、社会に甚大な影響が生じる。この時、総理大臣など閣僚、そして緊急事態発生時に官邸に集う局長級の緊急参集チーム、事態室など行政に、備えはできているだろうか。携帯電話はつながるだろうか。閣僚や緊急参集チームが乗る自動車、あるいは公共交通機関は動くだろうか。信号は機能しているだろうか。飛行機はフライトを続けられるだろうか。ガラス張りの建物の中で勤務は継続できるだろうか。

 このように、自衛隊や行政のみならず、民間の基幹インフラにおいても電磁パルス防護は喫緊の課題である。今年5月に成立した経済安全保障推進法では、基幹インフラが安定的に提供されるため、事業者に対し、重要設備の導入や維持管理などについて政府が必要な措置を勧告することができるとされた。14の対象分野のうち、電気通信、電気、ガス、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、放送、金融などの事業者は、電磁パルス防護のため特段の措置を講ずる必要があるのではないか。

 ただし、基幹インフラ防護を巡る現在の政府のアプローチは規制色が強い。事業者には、経済的に不合理な対応を迫られるのではないかという懸念が根強い。この点、米軍は、高高度EMP(HEMP)攻撃に対する技術標準を設定している。例えばMIL-STD-188-125という基準に対応した民間企業向け防護製品は、米国、英国、スイス、韓国などで製造されている。日本政府も、基幹インフラ事業者に対し、どの基準を推奨するかという指針を示すとともに、事業者のEMP機器導入を支援する制度を整えることが必要であろう。

 仮に北朝鮮が日本にEMP攻撃を仕掛けた際、高高度であれば北海道から九州まで広い地域に影響が及ぶ可能性がある。さらに、北朝鮮のEMP攻撃は、中国による台湾侵攻の第一段階に過ぎない可能性もある。中国と北朝鮮が連携し、まずEMP攻撃で日本、そして米韓をかく乱し、その隙に台湾侵攻を仕掛けるというシナリオである。つまり日本は何としてもEMP攻撃をしのぎ切らねばならない。自衛隊、行政、そして民間の基幹インフラには、そのための連携強化、自衛隊・行政・民間での共同訓練の実施など、十分な備えが必要である。

写真:AP/アフロ


[1] https://www.dia.mil/News-Features/Articles/Article-View/Article/2812198/defense-intelligence-agency-releases-report-north-korea-military-power/

[2] Dr. Peter Vincent Pry, Executive Director, EMP Task Force on National and Homeland Security, North Korea: EMP Threat –North Korea’s Capabilities for Electromagnetic Pulse (EMP) Attack (June 6, 2021) https://emptaskforce.us/wp-content/uploads/2021/06/REPORTempthreatNK21A.pdf 

相良 祥之

アジア・パシフィック・イニシアティブ(API) 主任研究員
1983年生まれ。国連・外務省を経て現職。これまで外務省 北東アジア第二課(北朝鮮に関する外交政策)、国連事務局 政策・調停部、国際移住機関IOMスーダン、JICA本部、DeNAで勤務。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。