ロシアのウクライナ侵略から間もなく3ヶ月。アメリカ、欧州、日本を含む西側諸国は、ウクライナへの軍事的、政治的、人道的支援を行うとともに、強力な経済制裁をロシアに科した。しかし、ロシアはダメージを抱えながらもウクライナへの攻撃を止める気配はない。果たしてロシアは経済制裁にどこまで耐えられるのだろうか。
実際、経済制裁はどれほど影響している?
2月にロシアのウクライナ侵略が始まって以降、ウクライナは頑強な抵抗を続けてきた。アメリカ、欧州、そして日本を含むG7などの西側諸国は、ウクライナへの軍事的、政治的、人道的な支援とともに、強力な経済制裁によってロシアに対峙している。
紛争を分析する際には、その激化と沈静化を左右する「ドライバー」(主な変数)を把握することが不可欠である。ウクライナ侵略においては、プーチン大統領の意図、ウクライナがどこまで持ち堪えられるかに加え、経済制裁がロシアにどれほど経済的な痛みを与えるか、もドライバーの一つである。
巨人ロシアvs中量級ボクサーのウクライナ
ロシアに経済的な痛みを与えるとは、どういうことだろうか。
例えるならば、ロシアという巨人が、ウクライナという中量級のボクサーに殴りかかり、二人の殴り合いが続いている。巨人のパンチは一発一発が重く、ボクサーはガードを高く、よく守っているが、それでも確実にダメージは蓄積している。しかも巨人ロシアは核兵器というライフルを肩にかけている。ウクライナの後ろでは米国、欧州、日本などがセコンド(介添え人)として駆け付け、支えてきた。
留意すべきは、米英仏はセコンドでありながら自らも現役のボクサーであり、また巨人と同様に核兵器というライフルを肩にかけているということである。ウクライナは劣勢であるが、今のところセコンド陣はボクサーを後ろから応援し、この殴り合いに直接、参加しているわけではない。しかしロシアという巨人は、ウクライナというボクサーひとりで立ち向かえる相手ではない。
そこでセコンドの米欧は、ウクライナの後ろから経済制裁というナイフを、巨人ロシアの足めがけて投げた。日本も小太刀を投げ、ウクライナの後ろから参加している。いま巨人の足には、経済制裁という何本ものナイフと小太刀が刺さっている。巨人は痛みにもだえている。
2014年のクリミア併合後も米欧は制裁を発動したが、そのときはかすり傷程度に終わっていた。今回はそういうわけにはいかない。手負いの巨人は痛みにもだえながらも、さりとて、今すぐ倒れるほどではない。ウクライナという中量級ボクサーへの攻撃は止まらない。
「600以上の民間企業」がロシアから撤退
手負いの巨人ロシアは、どこまで侵略を続けるつもりなのか。ロシアは経済制裁にどこまで耐えられるのか。
ロシア経済のストックとフローへの制裁により、ロシアの経済的な痛みは強まっている。西側諸国はカネ(金融)とモノ(貿易)と技術の流れを止めることで、ロシア経済を孤立させようとしている。
ロシア当局はロシア企業に対し、輸出収入で得た外貨の80%をルーブルに転換するよう強制するようになった。ルーブルを買い支えるためである。しかし主要銀行がSWIFTから排除され、ロシアはもはや西側の企業がまともにビジネスできる市場ではない。
すでに600以上の民間企業がロシア・マーケットから撤退しており、ロシアの雇用にも影響が出ている。モスクワ市長は20万人が仕事を失うリスクがあると指摘している。また、早々に撤退を決めたマクドナルドと異なり、バーガーキングはロシアにおけるフランチャイズ事業への出資比率が低く、ロシア側企業の承諾なしに撤退できない。消費者や投資家から猛烈な批判を受けブランド価値を大きく毀損している。マーケットとしてのロシアの信頼は地に落ちた。
さらにロシアに経済的な痛みを与えるためには、エネルギー分野の取引制限を進めることが不可欠である。しかし欧州のロシア依存が高い構造になっており、この脆弱性を解消するのは容易ではない。3月8日、米国はロシアから石油禁輸を決めたが、米国のロシアへの石油の依存度はわずか2%(石油製品を含めると8%)に留まる。
欧州、日本、中国などの化石燃料の購入代金がロシアに流れ続ける一方、制裁によりロシアの輸入が減ったことで、ロシアの貿易収支、経常収支は改善している。
日本も「事実上の当事者」
日本は対ロシア制裁の最前線にいることをもっと強く自覚すべきである。日本は軍事介入しているわけではないが、集団安全保障体制における非軍事的措置である経済制裁を行使しており、すでに事実上の当事者である。
ロシア中央銀行は2022年1月末までに6302億ドル(約72兆円)もの外貨準備を積み上げてきたが、米欧日が連携し、その総額の約6割、ユーロ、ドル、ポンド、円の4000億ドル以上もの膨大な資産が一気に凍結された。
日本が凍結したロシアの円建て外貨準備は約3.8兆円に上る。日本はモノと技術のフローの制裁も進めており、工作機械や炭素繊維などの対ロ輸出を禁止した。日本が巨人ロシアの足に小太刀を投げたというのは、そういうことである。
日本は「経済制裁」をよく理解していない
制裁について、日本はその経済力と潜在的な打撃力の割に、制裁の専門家も実務家も少なく、いまひとつ理解されていない節がある。
メディアでは経済制裁でプーチンの意図は変えられない、効果が出ていないという紋切型のコメントがよく見られる。しかし制裁の目的や、戦略、勝利の方程式(theory of victory)を踏まえず、経済制裁が効いた、効かない、と、簡単に評価することはできない。
おそらく制裁は効果がないという主張の背景には、軍事力なら効果がある、という暗黙の前提があるのだろう。しかし1996年末頃から本格化したコソヴォ紛争は、およそ2年の内戦を経て、1999年1月にラチャク村で虐殺が明らかになると、NATOがセルビアとコソヴォにランブイエ文書を提示、その交渉決裂により空爆の開始へとつながっていく。
NATOの空爆は、ミロシェヴィチ大統領が和平案を受け入れるまで78日間続いた。ロシアとウクライナの戦争は、まだ始まって2か月である。軍事力とて、すぐさま暴虐を止められるわけではない。
<後編(5月17日配信)に続く>