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2022.08.08 安全保障

ウクライナ産穀物の輸出再開も、依然残る「航路の脅威」

木村 康張

 2022年8月1日午前、シエラレオネ船籍の貨物船「ラゾニ号」が、2万6000トンのトウモロコシを積んでウクライナ南部のオデッサ港を出港した。目的地は中東・レバノン北部のトリポリ港。約5カ月間途絶えていたウクライナ産穀物の輸出再開の第一陣である。

 2月24日にロシア軍によるウクライナ侵攻が始まった。ウクライナの港湾周辺の貯蔵施設や精製施設等はロシア軍の攻撃目標となる可能性があったため、同日、ウクライナ政府は国内すべての港湾を閉鎖した。オデッサ港などウクライナ南部の6港湾には、16カ国70隻の外国貨物船が出港できずに足止め状態となった。

 ウクライナは、全国土の6割が「黒土(チェルノーゼム)」と呼ばれる肥沃な土壌で占められている。同国の穀物輸出量は、世界の穀物輸出量(小麦・大麦・トウモロコシの2018年から2020年の年間平均)第2位の4987万トン(割合としては12.5%)だ。しかし、上述の理由で港湾が閉鎖されたため、輸出用穀物2000万トン以上がオデッサ港の穀物貯蔵施設に滞留されている。

 ロシアの穀物輸出量も、同4499万トン(11.3%)で世界第3位を占めている。しかし、ウクライナ侵攻に伴う制裁措置として、欧州諸国がロシアを国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除したために貿易の決済が困難になったほか、ロシアを原産地とする輸入品に高関税率が適用されたり、ロシア船舶の入港が禁止されたりし、穀物の輸出が難しくなっている。

 ウクライナとロシアにおける穀物輸出の停滞が続いた場合、両国からの穀物輸入に依存するアフリカと中東諸国では深刻な食料危機に陥る恐れがある。2022年4月30日付『Global Japan Consulting』によると、小麦の依存率は、エジプトが86%、スーダンが80%、レバノンが77%、イエメンが50%となっている。

 アフリカ連合議長国であるセネガルのサル大統領は「穀物輸出が再開されなければ、アフリカ大陸を破壊する深刻な飢饉となる」と、窮状を訴えている。中東やアフリカのみならず、小麦の価格上昇は世界経済にも大きな影響を及ぼしている。ウクライナ産穀物の安定輸送は、「食料安全保障」の観点からも極めて重要である。

 しかし、穀物輸出にはまだ大きな課題が残っている。その最たるものは輸送航路上の機雷敷設の可能性である。その脅威について、ロシアによるウクライナ侵攻の経緯をたどりながら説明したい。

圧倒的優位を確保したロシア黒海艦隊

 2月24日午後6時、ロシア軍は黒海艦隊の旗艦巡洋艦「モスクワ」と小型ミサイル艇が黒海に浮かぶウクライナ領ズミイヌイ島に向けて艦砲射撃を行った後、兵員を上陸させて同島を占領した。さらにロシア軍は、同島に射程400キロメートルのS-400(SA-21)地対空ミサイルを配備してウクライナ南西部の航空優勢を確保した上で、黒海艦隊が海上優勢を確立した。

 3月15日には、オデッサの南方40キロメートル沖に、旗艦「モスクワ」以下、フリゲート艦と警備艦各1隻、小型ミサイル艇3隻に護衛された大型揚陸艦6隻と航洋掃海艇2隻の計14隻からなる上陸作戦部隊が集結。翌16日未明、オデッサ南方の都市に対して攻略部隊の戦闘艦艇から艦砲射撃と巡航ミサイル攻撃が開始され、同日夕刻には沿岸部の港湾に対する艦砲射撃が行われた。

 対するウクライナ軍は厳しい状況にあった。オデッサを基地とする南部艦隊のうち、旗艦のフリゲート艦は修理中で、ロシア軍による捕獲を防ぐため2月24日に自沈。25日夜にはズミイヌイ島沖で16隻のウクライナ小型艇がロシア戦闘艦を急襲したが6隻が沈没、3月3日にはロシア軍航空機の攻撃により哨戒艇1隻が沈没した。このため、ウクライナに残存する艦艇は小型艦艇10隻前後となっていた。

 このように、ロシア艦艇部隊は海上戦闘において圧倒的な優勢を確保したが、予想されたオデッサ上陸作戦は実施されなかった。なぜ上陸を断念したのであろうか。

ウクライナによる予想外の反撃

 3月19日、ロシア連邦保安庁は「ウクライナ軍がオデッサ周辺の港湾に420発の機雷を敷設した」と発表した。後日、ウクライナのクレーバ外相も、「われわれは自衛のために海に機雷を敷設している」と上陸阻止機雷原(防勢機雷原)の敷設を認めた。上陸阻止機雷は、敵の上陸が想定される沿岸部の沖に機雷を敷設し、敵の接近を阻止するためのものだ。

 オデッサ沖に集結したロシア上陸部隊の掃海兵力はわずか2隻であり、機雷による脅威を低く見積もっていたと考えられる。もっとも、黒海艦隊の全掃海兵力は8隻で、全兵力を投入したとしても、掃海作業には長期間を要する。このため、ロシア黒海艦隊は上陸作戦を断念し、オデッサ港に対する海上封鎖に作戦を変更したとみられる。

 だが、海上封鎖の効果も限定的であった。4月13日夜、ロシア艦艇の行動パターンを把握していたウクライナ海軍は、国産のR-360「ネプチューン」地対艦ミサイルにより攻撃を行い、旗艦「モスクワ」は2発の命中弾を受けて大破炎上。同艦は翌14日夜、自力航行不能となり港へ曳航中にオデッサ沖約110キロメートルの洋上で沈没した。周辺に展開していたロシア艦艇は作戦海域から後退、ウクライナ海軍は6月6日、「われわれの攻撃により、ロシア艦艇は沿岸から100キロメートル以上に後退した」と発表した。

 さらに5月に入るとウクライナ軍は、ロシアに占領されたズミイヌイ島に対するドローンやミサイルによる攻撃を行った。これにより同島上空を飛行中のロシア軍ヘリコプターを撃破したほか、短距離ミサイルを積載して停泊していた上陸用舟艇2隻を撃沈させ、ロシア軍の同島への物資輸送手段を喪失させた。

 ウクライナ沿岸から35キロメートル沖のズミイヌイ島は、ロシア軍占領後およそ4カ月にわたってウクライナ軍のミサイルやドローンによる攻撃にさらされ、ロシア軍が配備した対空ミサイルやレーダー施設は破壊された。ロシア軍は6月30日、同島から駐留部隊を撤退。7月7日にウクライナ軍は同島に上陸し、ウクライナ国旗を掲揚した。

 ロシア軍は、ズミイヌイ島からの撤退により黒海西部の航空優勢を失い、戦闘艦艇をウクライナ沿岸から100キロメートル以遠に後退させた。これにより、オデッサ港を含むウクライナ南部の港湾に対する海上封鎖を弱める結果を生じさせた。

ロシアによる機雷敷設の可能性も

 一方、機雷を使ったことで、両軍以外の被害も確認されている。この間、ウクライナ、ルーマニア、トルコの沿岸海域で多数の機雷が発見され、商船7隻が被害を受け、うち2隻が沈没している。3月19日、ロシア連邦保安庁は、沿岸部で発見された機雷は「ウクライナが敷設した旧式の係維機雷の係維索(ワイヤー)が切断し、風と潮流によって浮流したもの」であると警告を発した。

 6月26日、ウクライナのクレーバ外相は、「ロシアはわれわれの船舶を破壊するために機雷を使っている」とロシアが意図的に機雷を浮遊させたと非難し、米政府当局者も「ロシアが黒海に機雷を敷設している事実を確認している」ことを明らかにした。これに対しロシアのラブロフ外相は、「ロシアは船舶の運航の妨害には一切関与していない」とロシアによる機雷の敷設を否定した。 

 ロシアとウクライナが保有する旧式の係維機雷は、いずれも旧ソ連海軍製である。沿岸部で発見された機雷が、ウクライナが敷設した係維機雷の係維索が切れたもの(浮流機雷)か、ロシアが意図的に旧式機雷を浮遊させたもの(浮遊機雷)なのか、特定することは困難である。

 戦時における海上封鎖は、戦闘艦艇により敵の海上輸送を妨害する「通商破壊戦」と、敵の港湾や航路に機雷を敷設して敵の海上輸送を封鎖する「攻勢的機雷敷設戦」により実施される。ロシア政府はロシア海軍による機雷敷設を否定しているものの、海上輸送を封鎖するため、ロシア海軍がウクライナの港湾や航路に意図的に機雷を浮遊させた可能性は否定できない。

 ロシア海軍は、ソ連海軍時代から機雷と潜水艦の開発に努力を傾注してきた。旧式機雷だけでなく、敵港湾のはるか遠方から潜水艦により発射され、事前に設定された機雷敷設位置まで自動航行して敷設される「自走機雷」も保有している。 

 現在、ロシア黒海艦隊は7隻の潜水艦(うち1隻は近代化改修後の就役試験中)を保有しており、沿岸部で発見された浮流・浮遊機雷とは別に、隠密裏に自走機雷を使った可能性は否定できない。例えば、ロシア海軍が潜水艦により、ウクライナ沿岸から100キロメートル以上離れた海域で、港湾の前面や出入港航路がある水深の浅い大陸棚に自走機雷を用いた攻勢的機雷敷設戦を実施することは不可能ではない。

穀物輸出合意直後の港湾攻撃

 7月13日、ウクライナに滞留する穀物の海上輸送を巡って、国連とトルコを仲介役、ウクライナとロシアの軍代表を当事者とする4者協議がトルコのイスタンブールで開かれた。輸出航路の安全性確保に向けた調整センターの設置など基本合意がなされた。具体的な内容を詰めるため協議は継続され、7月22日、イスタンブールにおいて、トルコのエルドアン大統領と国連のグテレス事務総長の仲介の下、ロシアのショイグ国防相、ウクライナのクブラコフ・インフラ相が合意文書に署名した。

 ウクライナ産穀物輸出の主な合意内容は、

  • ・国連主導の下、全ての当事国の代表者で構成する共同調整センターをイスタンブールに設置する。
  • ・オデッサ港周辺に機雷を敷設したウクライナは、港を出入りする船を安全な航路に誘導する。
  • ・ウクライナへの武器流入を防ぐため、トルコ海峡の出入り時に指定する港で積荷検査を実施する。
  • ・当事国はこの合意に関連する全船舶と港湾施設に対するいかなる攻撃も行わない。

であり、ロシア側の主張を受け入れた内容となっている。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、「ロシアは挑発行為を行い、ウクライナや国際社会による努力を妨げようとする可能性がある。だが、われわれは国連を信用している。今後の合意保証は国連の責任だ」と、定例のビデオ演説でロシアに対する不信と国連への期待を表明した。

 ゼレンスキーの不安は的中した。ロシアとウクライナが合意文書に署名した翌日の7月23日、ウクライナ軍は「オデッサの港がロシア艦艇の発射した4発の巡航ミサイルによる攻撃を受け、2発が港湾施設を破壊した」と発表した。

 7月24日、ロシア国防省報道官コナシェンコフ中将は、「海上発射ミサイルにより、オデッサの海軍修理工場ドック内の艦艇と米国が供与した対艦ミサイルの倉庫を破壊した」と発表、ロシア外務省報道官ザハロワ情報報道局長は「攻撃目標は軍事施設であり、穀物輸出の合意には反していない」と主張した。これに対し、英国国防省は26日、「23日のロシア軍が攻撃した地点には艦艇や対艦ミサイルは存在しなかった」としてロシア国防省の発表を否定した。また、英国国防省は、「古い情報、不十分な計画、トップダウン方式の作戦によってロシア軍の攻撃目標設定能力は常に損なわれている可能性が高い」とも指摘している。これは、ロシア軍が意図しない目標に対して攻撃を行う危険性を警告している。

航路の安全は担保されていない

 7月27日、穀物輸出再開に向けた合意に基づき、ウクライナ、ロシア、トルコ、国連の計20人で構成される共同調整センターがイスタンブールにあるトルコ国防大学内に設置された。

 ゼレンスキー大統領は29日、穀物輸出の指定港の一つチョルノモルスク港を訪れ、貨物船への穀物の荷積み作業を視察した。ウクライナ大統領府は「わが国の準備は万端だ。ウクライナ軍が安全の保証に当たる」と発表した。クブラコフ・インフラ相は「オデッサ港とチョルノモルスク港では17隻の貨物船が穀物の積載が完了し、ユジニ港で積載作業中の1隻が作業を終われば出港準備はすべて整う」と述べた。

 そして8月1日、冒頭述べたとおりウクライナ産穀物輸送再開の第一陣となる貨物船1隻がオデッサ港からレバノンに向けて出港した。

 7月から8月はウクライナにおける小麦と大麦の収穫期であり、オデッサ港に滞留する穀物は7月末の約2000万トンから8月末には約6000万トンに増大することが見込まれる。ウクライナ大統領府経済顧問は、「港が正常に機能しない場合、6000万トンの輸出には1年8カ月から2年かかる」と懸念する。

 また、9月から11月はウクライナにおけるトウモロコシの収穫期だ。穀物の輸送が順調に進まなければ、収穫が終わる11月末には約8520万トンの穀物が滞留して港湾の貯蔵能力を超えるとの報道も見られる。このような事態になれば、穀物の輸入をウクライナとロシアに大きく依存するアフリカや中東諸国では、食料価格の高騰、大規模な飢餓の発生、社会不安の増大、政情の不安定化、テロ組織の活発化といった「危機の連鎖」が危惧される。この危惧を払拭する上で、ウクライナ産穀物の輸出が再開された意義は大きい。

 ただし、穀物輸出を続けるためには、ウクライナ南部の港湾から黒海の出口となるトルコのボスポラス海峡までの航路の安全が確保されることが前提である。意図的であれ偶発的であれ、ロシア軍による港湾施設や船舶に対する巡航ミサイル攻撃が再び行われれば、穀物輸出は中断されるであろう。

 さらに、(ロシア政府は否定しているが)黒海艦隊が機雷を航路上に敷設している可能性もある。浮遊機雷であれば航行中に厳格な見張りを行うことで回避可能だが、潜水艦から自走機雷により敷設された攻勢機雷原が存在する場合、機雷敷設位置をロシア側が公表しない限り、航路の安全確保は困難となる。

 オデッサ港を出港した第一陣の貨物船は3日朝、トルコのボスポラス海峡沖に無事に到着した。しかし、今回の航路が必ずしも安全とはいえない。機雷には通常、「航過係数装置」が付けられており、機雷が船舶の通過を感知して何隻目に起爆させるかを敷設前に設定できるためである。

 機雷は、長期間にわたり相手に脅威を与える戦略兵器である。日本は、太平洋戦争中に米軍により、日本周辺の港湾や内航航路に敷設された1万1277発の処分を79名の殉職隊員を出しながら行い、現在も残された機雷の処分を海上自衛隊が行っている。ロシア軍による機雷敷設が完全に否定されるまでの間、穀物輸出に従事する貨物船は、この脅威の中で運航されていることを忘れてはならない。

写真:AP/アフロ

木村 康張

実業之日本フォーラム 編集委員
第29期航空学生として海上自衛隊に入隊。航空隊勤務、P-3C固定翼哨戒機機長、米国派遣訓練指揮官、派遣海賊対処行動航空隊司令(ジブチ共和国)、教育航空隊司令を歴任、2015年、第2航空隊(青森県八戸)司令で退官。退官後、IT関連システム開発を業務とする会社の安全保障研究所主席研究員として勤務。2022年から現職。

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