2021年9月15日、米大統領府は、オーストラリアのモリソン首相、イギリスのジョンソン首相及びアメリカのバイデン大統領のAUKUS(Australia, United Kingdom, United States)創設に関するテレビ会議方式による共同会見を放送した。この枠組みは、軍事技術に係る協力を推進することが主体であり、最初の取り組みとして、オーストラリア原子力潜水艦8隻の取得に協力することが挙げられている。他の協力分野として、サイバー、人工知能、量子工学及び海中工学が示されている。米英豪三国首脳の発言として共通するのは、この取り組みが新たな枠組みであることに加え、三国の特殊なつながり(紐帯)を強調していることである。モリソン首相は、三カ国は長い間、同じレンズで世の中を見てきたとし、バイデン大統領は、この三カ国は過去百年以上にわたり、肩を並べて戦ってきたと述べている。
米英豪の三カ国は、情報共有の国際的枠組みである「5Eye’s」の加盟国であり、アングロサクソン国家という共通点を持つ。今回のAUKUS設立によって、オーストラリアがフランスの造船会社と締結していた総額700億ドルにも上る「Attack級通常型潜水艦12隻」の契約が解除された。フランス政府は何ら事前交渉のない突然の決定であるとして強く反発、9月17日には駐米豪フランス大使の召還を伝えている。AUKUS設立は、単なる軍事技術協力の枠を超え、米国を中心とする同盟体制を危機に陥れる危険性をはらんでいる。今後の安全保障環境に与える影響について考えてみたい。
準軍事的視点から見た場合、原子力潜水艦の能力は、通常型潜水艦の能力をはるかに凌駕する。例えば、オーストラリア南部のアデレードから南シナ海までは、ロンボク海峡を通過すると約4,500海里(約8,300キロメートル)である。燃料補給の必要がない原子力潜水艦は平均20ノット程度で航行可能であり、10日間もかからずに南シナ海に到達できる。一方通常型潜水艦は12ノット程度の巡航速力が精一杯であり、15日間以上を要する。無補給(原子力潜水艦の場合は、主として食糧)行動が30日間程度と考えると、原子力潜水艦は10日間南シナ海における行動が可能となるのに対し、通常型潜水艦は、途中で補給しない限り南シナ海における活動は不可能となる。さらに、通常型潜水艦は定期的にバッテリーを充電する必要があるため、哨戒機等により発見されやすいという脆弱性も指摘できる。
従って注目すべき点は、オーストラリアは2016年にフランスの会社と契約を結んだ際、なぜ原子力潜水艦ではなく、通常型潜水艦を選択したのかである。原子力潜水艦は通常型潜水艦よりも高価であり、予算の制約が大きかったことは確かである。しかしながら、最も大きな変化は、原子力に関するオーストラリア政府の方針転換である。オーストラリアはウラン埋蔵量が世界最大と言われているが、国内法で商業用原子力発電所の建設と運転を禁じている。しかしながら、2019年に温室ガス削減の観点から原発の有用性が提唱され、原子力に対するオーストラリア国民の見方もポジティブに変わりつつある。
このような原子力に対する国民の見方の変化に加え、中国への対抗、さらには、通常型潜水艦導入に関し、経費の高騰や計画の遅延といったフランス政府への不信感が、今回の決定の裏にある。9月19日、モリソン首相は、フランスの批判に反発、フランスは計画の破棄に気づいていたはずだと述べている。フランスの造船会社による潜水艦建造が遅れていることは、再三にわたり報道されていた。今年6月、フランスのフィガロ紙は、オーストラリア政府が潜水艦に関し、「プランB」(代替計画)を真剣に検討していると伝えている。筆者も個人的には、このままだと、日本製の潜水艦が代替潜水艦として選ばれる可能性があるのではないかと考えていた。米豪に強烈に反発しているフランスではあるが、自国の取り組みやオーストラリアの危機感に対する見通しが甘かったことも反省すべきであろう。
AUKUS創設に当たり、安全保障上最も留意しなければならないのは、この枠組みが、アングロサクソンという血の紐帯を彷彿させることである。今回三カ国の首脳が記者会見の発言でそれぞれ歴史に敷衍したことは、その懸念を増幅させる。「5eye’s」という情報共有に加え、最先端技術の共有もアングロサクソンの中で進めるのではないかという疑念が広がった場合、従来米国が進めてきた「共通の価値観を持つ国々との協力」という中に、排他的なグループが形成されるとの見方が広がりかねない。
アメリカと同盟又は安全保障上の枠組みを持つ「非アングロサクソン」国家が、いざとなったらアフガニスタンのようにアメリカに見捨てられるかもしれないという危惧を持つことが最も懸念される。フランスの米豪に対する強い反発は、豪・EU自由貿易協定を阻害することや、逆に中・EU自由貿易協定を促進するような動きにつながるということも指摘されている。中国は一帯一路政策の下、欧州における影響力拡大に努めてきたが、最近では、その強引な手法や新疆ウィグル地区における人権問題への懸念から、その勢いに陰りが見え始めている。中国が、今回の米豪とフランスの対立を利用し、欧州における影響力拡大を再度活性化しようとすることは確実である。フランスが、振り上げたこぶしを静かに下すことのできるような情勢を作ることは、対中国を目指すAUKUSの責務であろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
写真:UPI/アフロ