2020年6月10日、米国国土安全保障省EMP(Electromagnetic Pulse)タスクフォースのプライ局長は、中国のEMP攻撃に係る軍事ドクトリン、計画及び能力に関するレポートを公表した。
レポートによると、中国は核高高度電磁パルス(HEMP : High-altitude EMP)から軍事力や重要インフラを防護する能力を強化するとともに、核HEMP攻撃を情報戦やサイバー戦の延長線上と見なし、最も優先順位が高く、最も可能性の高い戦争の手段と位置付けている、としている。中国は「核の先制不使用」を標榜しているが、核HEMPは核攻撃の範疇には含まず、サイバー攻撃同様に相手のネットワークや電子機器を破壊する先制攻撃手段としているのである。レポートでは中国が、広範な電子機器や通信ネットワークを破壊するHEMPを、台湾軍と台湾周辺を行動する米海軍空母を同時に無力化できる手段と認識していることが指摘されている。HEMPは人体にほとんど影響を与えないことから、これを使用する戦いは、通常の戦争とはかけ離れた「不正規戦」の範疇に含まれるであろう。
EMPは自然に発生することがある。1859年に観測された太陽嵐(たいようあらし)は磁気嵐を発生させ、ヨーロッパや北アメリカの電信用鉄塔から火花が発生したと記録されている。1921年と1960年にも小規模な太陽嵐が発生し、世界中で電波障害が発生したことが報告されている。核HEMPは、高高度において核爆発を発生させることにより、これと同様の効果を及ぼす。概ね40~400Kmの高度における核爆発は、地球上に強大なエネルギーを放出する。エネルギーの種類は短時間で広範囲に影響を与える衝撃波(E1)、カミナリと同様の効果のある雷撃波(E2)そして波長の長い電磁波(E3)の3種類である。E1及びE2では、電子機器に過電流が流れ基盤等が焼損する。E3では送電線や電話線といった長大なケーブルに大電流が流れ、トランス等が焼損するといった被害を生じさせる。日本戦略研究フォーラムのレポートによれば、10キロトンの核爆発が高度30Km発生すれば影響範囲は600Km、400Kmあれば2,200Kmも及ぶ。1962年7月8日にハワイで島内約300か所の信号が止まり、一般家庭でも停電が広がる現象が生起した。これは、同日に約1,400Km離れたジョンストン礁の高度400Kmにおいて行われた、1.4メガトンの核実験による影響と推定されている。当時低軌道を飛行していた人工衛星にも大きな被害を与えたことが確認されている。
HEMPは広域の電力・通信インフラに不可逆的な大停電現象を生起させると推定されており、航空機、自動車、電車といった交通機関が使用できなくなったり、パソコンやスマホ等の電子機器も焼損したりする可能性がある。米国議会EMP議員団が認定したシナリオによると、ニューヨーク上空135Kmで10キロトンの核爆発が生起した場合、米国東部全域に被害が及び、数百万人が死傷、原子炉、工場、製油所、パイプライン等の火災等による汚染で生じる経済的被害は数兆ドルにのぼり、復旧まで数年はかかると見積もられている。
トランプ前大統領は2019年3月26日、HEMPを国家の安全保障及び経済的繁栄を確保する上での脅威と位置付け、国土安全保障省(DHS:Department of Homeland Security)を責任官庁に指定した。DHSはHEMP対処の年次報告書を提出するように義務付けられている。昨年8月に公表された報告書では、クリティカルなインフラの定義、EMP攻撃を受けた場合に優先的に復旧するインフラの選定等を具体化した復興計画、長期間の電源喪失への対応策、EMPリスク評価に係るパイロット事業等の検討を進めていることが明らかにされている。既存のインフラにEMP対策を実施するためには膨大な予算が必要と見積もられることから、新たなインフラ整備に当たりEMP対策を講ずる方法が一般的となっており、具体的対策は一部にとどまっているものと見られる。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。